5-40 同士
燎原の火の如く、燃え盛る炎。コウエンの振りまいた炎は消えるどころか、勢いを増して燃え盛る。黒よりも黒い漆黒が、天板となって覆う広間。赤の炎に照らされた空間はまさに地獄の様相を成していた。
横に薙いだコウエンは白い少年の左頬を浅く掠めるのに終わった。刀が振られる直前、白い少年が後ろに仰け反った事で、間合いが遠のいた。
浅い手応えに舌打ちするレイは、更に一歩踏み込んでコウエンを振るう。
「もう一撃―――っ!」
だがその体は自分の中に巻き起こった強烈なイタミで止まってしまう。まるで体がバラバラに砕けたかのような激痛に、レイは崩れ落ちて、絶叫を上げた。
「ぐううううああああああ!」
獣の叫びだ。
白い少年の足元という死地に居るのに、逃げ出す余裕も無く七転八倒する。髪を振り乱し、皮膚を引っかき、喉が潰れそうな悲鳴を上げていた。
先の鋭いアイスピックで氷を削るかのようなイタミが、レイの全身を襲う。これまでになかった種類のイタミだ。赤龍やゲオルギウス、サファといった怪物達によって与えられるイタミは大きな津波で襲い掛かり、その後収まっていくようなのが多い。しかし今回のは全く違う。これは質ではなく、量だとレイはイタミで翻弄されながらも思考だけは働かせる。
(この一つ一つのイタミが、《トライ&エラー・グレートディバイド》で先送りにしたイタミかよ! 蓄積した分をいま、払わされているのか!!)
レイの推測は正しい。
全身を突き刺すイタミはレイが白い少年に殺された三百回以上の死に戻りのイタミだ。ツケとして先送りしていた支払いを請求されているのだ。
(だからって、このタイミングは無いだろ!?)
白い少年を前にして、無防備な姿を晒す恐ろしさは考えたくも無かった。特殊技能は《トライ&エラー・グレートディバイド》のままだ。ここで殺されれば、セーブポイントが死亡した瞬間の五秒前になってしまう。巻き戻ったとしても動けないのは変わりない。
だけど、《トライ&エラー》の状態に戻したとしても、状況は変わらない。セーブポイントは既に変更された。ここで殺されると、巻き戻れるのは最後の死を味わった瞬間だ。このツケが無かったことにはならない。
そもそも、イタミでステータス画面を開くことすらできないのだ。レイはいつ来るか分からない死を待つしかできなかった。
ところがだ。
死を振りまくはずの白い少年は一向に動こうとしない。レイの浅い一撃を受け、長髪の一部を失った少年は彫像のように固まっている。
彼が動かない時間がレイの命が続く時間だ。
レイはまだ終わらないイタミの連続を受け止めながら、ふと白い少年の顔を見上げた。コウエンで切り裂かれた白い長髪は一部を失い、隠れていた左頬が露出している。
―――その傷口から、青い血が一滴、涙のように落ちた。
「お……お前。……魔人種……なのか!?」
人間種とは違う血の色にレイは驚きの声を上げた。すると、いままで動きを止めていた白い少年が、体の動かし方を思い出したように首を振る。
「あれ? 言ってなかったかな」
フランクな喋り方だが、奇妙な響きが声に乗っている。感情の読めない白い少年は天に向かって指を向けた。すると、広間を覆うように広がっていた影が溶けるように消え、少年の足元に集まる。
縦長の広間の天井にびっしりと埋まっていた鉱石は一つ残らず爆発しており、上の階層と繋がり吹き抜けとなった。
数少ない光源を失ったものの、依然としてレイ達を囲むように炎は踊る。白い少年が髪をかきあげ、露わにした端正な横顔に炎が映える。
瞼を瞑り、左目の下あたりをはしる横一文字のかすり傷から、涙のように青い血が落ちていく。
そして、少年が瞼を開けた時、レイの体を衝撃が貫いた。
開けられた少年の二つの瞳は金色の瞳だった。
「……お前。魔人……六将軍か!?」
「僕が? 何の冗談だい、それ。笑えないよ」
レイの断定を、冷笑で叩き落した少年は金色の瞳でレイの全身を見下ろした。三百を超すイタミがようやく終わりを迎え、荒い息を吐くレイ。まだ立ち上がるだけの気力は無く、うつ伏せのまま、視線だけを少年に向けて睨んでいた。
少年はレイの腰のあたりを注目していた。素足のまま、レイの頭を踏みつけると、力を加える。
華奢な体のどこにそれだけの力があるのか。レイの頭は地面へとめり込み、抵抗する力のないレイは甘んじて受けるしかない。
少年はレイの腰に差してあるダガーを抜いた。細い指先で刀身を撫でたり、鼻を近づけて匂いを嗅いだりと弄ぶと、唇を三日月のように開いて笑う。
「はっはっはっ。懐かしい。実に懐かしい匂いだ。この三百年、行方が分からなくなっているゲオルに……シアラの匂いだ。不思議だ。本当に不思議だよ」
ミシミシと頭蓋骨が軋む中、レイは聞き逃せない単語を拾う。何故ここでシアラの名が出てくるのか分からず、冷静さを忘れて聞いてしまう。
「どうして。お前が、シアラの名前を、知っているんだ」
「んん? まあ、ちょっとした縁と言うやつだよ。昔々、あの子の母の悪戯で酷い目にあってね。そしたら、ゲオルの奴。ボクの仇討ちだって言って飛び出しやがった。あれでも六将軍の一角。軍を指揮する将軍だというのに、戦線を離れやがって。ただでさえ、カタリナが居なくなった直後だというのに。だいたい、仇討ちってボクは死んでないって話さ」
頭の上でされるのは、思い出話だ。かつての過去に浸る少年に対して、レイは嫌な推測を抱き始めた。六将軍第二席を愛称で呼び、そのゲオルギウスがこの少年の為に、将軍という責任ある立場を捨て、戦場を離れた事。
それが繋がると何を意味するのか。自分の頭を踏みつける存在が何と呼ばれているのか。
レイはそれを口にする。
「お前は……ま、ぐふっ!」
だが、最後まで口にはできなかった。少年が足に力を籠めて、レイの頭を踏みつけた。びしり、と。広間の床にひびが走る。
「昔話を延々と語る趣味は無いよ。いまは君に興味があるんだ」
白い少年はレイに向けて甘く言うと、足元の影が蠢いた。影は何本もの手となって膨れ上がると、レイの体を這いずり回りそのまま四肢を絡めとる。そして、レイの体は十字架にはりつけにされたかのように持ち上がった。
踏みつけられた衝撃で、額から血を流すレイ。片目が赤く染まる視線の先に白い少年の金色の双眸が待ち構えていた。光彩が毒々しい黄金を放ち、狂気に彩られている。
「不思議だ。実に不思議だ」
レイの顔を舐めまわすように白い少年は呟く。
「黒い髪に黒い目。まるでボクらの同族のような姿だ。だけど、君からは同族の臭いはしない。先祖返りでも無い。君は根っからの人間種だ。そして、このダガー」
少年がレイの頬をダガーの刀身で撫でる。冷たい金属の感触が戦闘で高揚したレイの肌を冷ます。
「行方不明の魔人種の匂いがする。シアラはともかくとして、ゲオルの血を手に入れるのは難しい。なのに、このダガーからゲオルの残滓を感じる。不思議だ、実に不思議だ」
不思議と何度も繰り返した。そして、白い少年は自分の目の下に出来た傷を指で触る。青い血が少年の指先を染めた。
「何より。このボクに一撃を与えた、あの動き。射出された全ての矢を撃ち落した技量。大量の炎を出せば僕が繭を出すと分かり、炎に隠れるという発想。天井の鉱石をワザと爆発させて、ボクに防がせるという策略。まるで、そうまるで未来を視ているかのような的確な行動。……もしかして、シアラの子供かい?」
白い少年の大外れな推理にレイは口を挟みたくても挟めなかった。影はレイの四肢のみならず、首にも巻き付き、締め上げていた。声を出すのは愚か、呼吸すら危うい。
それに、下手に自分の正体を知られるわけには行かなかった。この少年がレイの想像するあの七人の一人なら、自分の正体を知られるのは非常に危険な行為だ。
白い少年は首を振って、「いや、それは無いか。あの子が視るのは人の死と起こりうる可能性の映像。ここまで戦闘に向いたものでは無い。何より彼は人間種だ」、と自分に言い聞かせると顔を両手で覆う。答えの出ない難問に頭を抱えていると、着ているコートの内側に何かを感じたのか、手で押さえ始めた。
少年が着ているのはレイのコートだ。内側のポケットから取り出されたのはレイの身分を表すプレートだった。
銀色の板に刻まれた文言を、炎に照らして少年は読み上げた。
「ああ、冒険者とやらの身分証か。レイ。君の名かな。所属しているパーティーは《ミクリヤ》……ミクリヤ、ミクリヤ、ミクリヤ」
すると、白い少年は魂が抜けたかのように呆けた表情を浮かべた。何度もミクリヤを繰り返し呟くと、一転して破顔した。背骨をこれでもかと仰け反り、広間に反響するほどの大音声で笑う。
「あっはっはっはっはっはっは!? そうか、そう言う事か!! 納得がいく。それなら納得がいく。黒髪黒目。ニホントウ。そして、先程見せた異常ともいえる戦闘と、その後に見せた反動。そしてその白い頭髪。全てが繋がったぞ!!」
少年の哄笑はとても長く、それこそレイにとっては永遠のように感じられた。だが、突然止むと、少年は鋭い視線を向けて、告げた。
「きみ……『招かれた者』だな」
ぞわり、と。レイの首が見えざる死神の鎌に触れたような寒気を感じた。
「なに……を……言って」
「誤魔化すなよ。その見た目からすると、こっちに来たのは転生では無く、転移だろ。白髪は、何らかの特殊技能の代価か、あるいは代償だ。未来を予知する類と見たが違うかな」
凍り付いたように固まるレイを置いて、少年は自分の推測を捲し立てる。
「イタリカ、いや、違うな。……そう、ニホンジンだったか。君たちは自分をそう呼んでいたはずだ。……あれ? ニッポンジンだったけかな」
自分の口にした内容に首を傾げる少年はどちらが正しいのか繰り返し呟いて、記憶を引き出そうとしている。だけど、レイにしてみればそれどころでは無かった。自分が《招かれた者》だとばれてしまった事でさえ、この際どうでもよかった。
どうしてこの少年は、自分が異世界人だと分かったのか。それは即ち、一つの事を指しているに他ならない。
―――だけど、それは認めたくない事実だ。
混乱の極地にあったレイは無我夢中で言葉を紡いだ。
「お……お前……ま……さか」
「おっと。すまない。首が絞まっていたか。いま解いてやろう」
首を締めあげていた影は解けるが、レイが張りつけのままなのは変わらなかった。一向に状況は良くならないが、レイはそれでも聞かなくてはならない事を尋ねる。
「お前は何者なんだ!?」
レイの血を吐く様な言葉。本心では聞きたくないのに、聞かねばならないのがレイの心を苦しめる。この最悪の推測が外れるように願っていた。
―――しかし、世界は非情で無情だった。
少年は自分の両腕を伸ばし、舞台役者のように言う。
「ボクかい? ボクはね、『七帝』が一柱、『魔王』にして、君と同じ『招かれた者』さ。名をフィーニス・マールム!」
そして、少年。いや、『魔王』フィーニスはレイに向けてお辞儀をした。
「よろしく、親愛なるボクの同士にして敵よ。歓迎しようじゃないか」
フィーニスはまるで出来の悪い道化師の様に、頭だけ上げて茶目っ気たっぷりにウィンクをする。四肢を拘束されていながら、レイの中に沸々とした怒りが湧いていた。
「……ふざけるなよ。何が同士だ。何が『招かれた者』だ。お前が、僕と同じ救世主候補だと!? 『七帝』のお前が!!」
「怒るなよ。これでも真面目に、世界を救おうとしているんだよ。むしろ尊敬してくれ。『七帝』になってもなお、世界を救おうとしている僕を」
「どこがだ!? お前の部下はネーデで、アマツマラで、ダラズで数えきれない悲劇を撒き散らしやがった。それのどこが救世なんだ!」
唾を飛ばしながら激昂するレイに、フィーニスは困った様に半笑いを浮かべる。
「うーん。……ああ、そう言う事か。君は勘違いしている、レイ。僕が救うのはね、魔人種だけさ。それ以外は全て滅べばいいと思っている」
その言葉が偽りでも、はったりでもないとすぐに分かる。目の前のフィーニスは本気で滅ぼす気だ。人間種と獣人種を。根こそぎ滅ぼし尽くす。
フィーニスは金色の瞳に狂気を宿らせ、乾いた笑みを浮かべて、呪詛を垂れ流す。
「君たちは等しく滅べ。消えろ。自害すら生ぬるい。苦しみぬいて、魂すら消え去れ。それで世界は救われるのさ」
「……お前は狂ってる」
「そうかもしれないし。そうじゃないかもしれないよ」
その時、迷宮が振動を始めた。最初は小さく揺れたのだが、加速度的に揺れは激しくなる。僅か数十秒で足元がぐらつき、吹き抜けの天井から瓦礫が落ちてくる。フィーニスは周りを見回して、舌打ちをした。
「これはやってしまったな。さっきの爆発。適当に飛ばしたら、ダンジョンコアにぶち当たったようだ。この迷宮、もうじき崩れてしまうよ」
フィーニスの言葉が真実のように、迷宮の振動は収まる所を知らない。すると、フィーニスはレイのダガーを振るう。ぴしり、とレイの左目の下に横一文字の傷が作られた。奇しくも、フィーニスの傷と似ていた。
レイが身構えていると、フィーニスはレイの傷に向けて、自分の指を近づけた。足元から影がフィーニスに絡みつき、下から上と伸びていく。まるで蛇の様に這いずり回る影はフィーニスの指先へと辿りついた。レイと触れるか触れないかの距離まで近づいた指から影が伸びて、レイの傷口から体内へと侵入する。
途端に、レイの全身が熱くなった。薄皮一枚下を謎の存在が根を伸ばしていき、傷口の周りが寄生虫に入り込まれたように腫れていく。
「ぐおおお! な、何をした!?」
皮膚の下で這いずり回るそれは熱を持ち、レイの中に根付いていく。フィーニスはその結果を満足そうに眺めていた。
「これは聖印さ。ボクから同士であり、後輩の君に贈り物だ。上手く使えば、きっと君は強くなれる」
恋人に囁く様な甘い声。だが、レイにしてみれば気持ちが悪かっただけだ。脂汗を浮かべつつ、視線で人を殺しかねない程睨むレイを見て、フィーニスはますます満足げに笑った。そして指を鳴らすと、レイの体が下へと沈んでいく。円形に広がる影の中に飲み込まれていくのだ。フィーニスは握っていたダガーを影の中に落とした。
「お前、僕を何処に連れていくんだ!」
影の中に沈んでいく体にレイは焦りを浮かべた。だが、フィーニスは笑みを崩さないまま、
「安心しなよ。楽しませてくれた礼だ。このまま迷宮に居たら君たち死んじゃうから、地上へ送ってあげるよ。こんなの、特別サービスだよ」
レイは影に飲まれているのが、自分だけでなくナリンザもだと気づいた。ずぶずぶと沈んでいく彼女は遠目ではピクリとも動かない。心配だが、動けないのは自分も同じだ。四肢に絡みつく影ごとレイの首から下まで飲み込んでいた。
「それじゃ、レイ。また会える日を楽しみにしているから。それまでにもう少し強くなってくれよ。せめて、『勇者』の半分ぐらいまでは強くなってよ。そしたら、今のボクといい勝負になるはずだから」
その言葉を最後に、レイの体は漆黒よりも黒い影へと飲み込まれてしまう。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回更新は二十七日月曜日頃を予定しております。




