5-35 心の内側
「いい加減、おきんかこの戯け者」
むぎゅり、と。可愛らしい音と共に、レイの意識は覚醒へと至る。ところが、視界が何かに塞がれているかのように暗かった。顔の上に乗っている何かを手で追い払うと、視界が開けた。
「ここは……どこだ」
シアトラの迷宮に潜ってから何度目かになる疑問。だが、問いを発せずにはいられなかった。レイは周りの風景に言葉を失っていた。
まず空が見えた。
迷宮に居たはずなのに、なぜ空が見えるのかという疑問よりも、赤茶色に濁り、薄汚れた色をしている空に圧倒されていた。
そして、自分の足元に目をやると、迷宮の剥きだしの岩肌でも、タイルが嵌められた整然とした通路でもない、乾ききってひび割れた大地に困惑した。
四方八方を振り返ると、何処までも続く地平線が広がっている。動物や草木などの命は一つもない、まるで死んだ世界だとレイは思う。エルドラドや、ましてや日本ですら見たことのない光景だ。
同時に見た事も無い光景なのに、どうしてか心が軋むのを感じていた。ここに居るのが苦しかった。
「……なんだよ、ここは。僕はシアトラの迷宮に居たはずだろ。なのに、どうしてこんな場所に。……そうだ、僕はグラントスライムに弾き飛ばされて、そして……意識を失ったのか? それでまた、変な場所に転移したのかよ。早く戻らないとナリンザさんが!」
嫌な想像が膨らみ、混乱するレイは誰かに尋ねている訳も無く、自分に言い聞かせるために独り言を言う。返事を期待していたわけでは無い。ところが、レイの予想を裏切り、
「こりゃ、あれだ。其方の心象風景とかいうやつじゃろ。有り体に申せば、心の内側という物か」
背後から声を掛けられた。どこか、甘えたような声色でありながら、古めかしい言葉遣いの聞き慣れない声だ。
レイが振り向くと、そこには不思議な少女が宙に浮かんでいた。年のころはエトネと同じぐらいかもしれない。まるで炎を固めたかのような真紅の長髪が風になびき揺れ、溶かした銅のような滑らかな肌を申し訳程度に隠すのはチューブトップ状の布切れ。下にはホットパンツよりも縦が短いのを履いている。そのせいで、へそや足の付け根までがむき出しとなっている。幼い顔に似合わない凄惨な笑みを浮かべる口からは八重歯が出ていた。
「また変態が出やがったよ。お腹いっぱいだよ、クソったれ」
「呵々。まさか第一声が変態とは驚いたわ。この姿はお気に召さんか、御厨玲」
ほとんど裸同然の幼女から日本での本名で呼ばれたレイは、反射的に武器を抜こうとした。ところが、レイの手は空を掴んだ。どういう訳か、コウエンを始めとした武器一式はどこにもなかった。身に付けているのは衣服と鎧のみ。
すると、笑みを浮かべていた幼女がレイに声を掛けた。
「お探しの物はこちらではないか」
幼女が自らの薄い胸元から、へそまでを指で撫でると、撫でた部分が燃え上がった。レイが驚くと、その炎は一つの形へと姿を変えた。
一振りの日本刀、龍刀コウエンだ。
自分の体よりも大きなコウエンを、幼女は肩で担いで構えた。
「……その刀は僕の物だ。返してくれないか」
「しかり。この刀は其方の物だ。だがな、同時にこれは我でもある」
大仰な、時代がかった言い方にレイは引っ掛かりを覚えた。そして、幼女の言葉の意味から、ある考えに至った。
龍刀コウエン。
赤龍の牙と背骨から生み出された稀代の刀は、まるで意思があるかのように振る舞っていた。
「まさか君は―――」
「―――しかり。我はコウエン。龍刀コウエンに宿りし意志なり。……いわば、赤龍の生まれ変わりと言えよう」
担いでいたコウエンをくるりと回して大地に突き刺した幼女―――コウエンは刀の柄頭に立つ。己が証明をするかのように、手で梳いた髪が炎となって燃え上がった。少なくとも、普通の幼女ではないようだ。
「というか、赤龍って女だったの!?」
「そこに驚くか!」
レイの叫びにコウエンは力なく項垂れた。ぐにゃりと前に倒れると、鮮やかな真紅の髪もあとを追うように揺れた。
「誤解を抱かせたようで申し訳ないが、我は別段女でも男でもないぞ。赤龍だった時も同じだ。竜なら性もあるだろうが、龍では用を成さん。古代種の龍とはいわば精霊。男女の性に分かれておるわけでは無し。それゆえ番を作り、子を成す必要はないからのう」
「それじゃ、その姿は何だよ。まさか君の趣味とかじゃないだろうな」
コウエンは驚異的な身体バランスを披露して、柄頭の上でくるりと回って見せた。真紅の髪は揺れ、裸同然の体をアピールしている。
「気に召さんか? 其方の趣味に合わせて童の姿をしておるのだが。不服があるならそれ、このように」
回り続けるコウエンの体に変化が起きた。背丈が伸び、手足が伸び、胸が膨らみ絶世の美女へと変化した。腰に手を当て、胸を突きだして見せつけるようにポーズをとった。着ている衣服は変わらないため、はち切れんばかりの胸に伸ばされて、チューブトップが悲鳴を上げる。
「年を取らせることも」
言葉を区切ると再び体を回す。すると今度は胸が萎み、関節が骨張り、筋肉が付き始めた。顔立ちも女性らしい柔らかな印象から、男らしい勇ましい印象へと変わった。当然、足の太さも変わり、ホットパンツも肉に押されてしまう。股間に目がいかないようにレイは全神経を働かせる。
「性を変えることも」
野太い声でコウエンは言う。口から放つ声色すら変わっていた。
そして更にもう一度、コウエンは回る。今度は人の形を保ってはいるが、大きさがケタ違いだった。赤茶けた空を背負うかのような巨大な存在へと変化していく。まるで、おとぎ話にある魔法のランプから飛び出した精霊のような姿だ。
「姿形は自在だ。なにしろ、姿に意味はない。ここに我が居り、其方と言葉を交わすことが重要なのだ」
巨大な姿に似つかわしい、大音声が死の世界に響き渡る。レイは耳を塞ぎながら叫び返した。
「だったら、元の姿に戻って! その姿はうるさくて敵わないよ!」
納得したかのように頷いたコウエンは、体を縮ませ、性別を変え、元の幼女の姿に戻った。刀の柄に腰かけて、足をブラブラと揺らした。
「まあ、我とてこの姿が一番のお気に入りゆえ、この姿でいさせてもらう。其方の趣味に合う故、目の保養ともなるだろう」
「ちょっと待て。どうして僕の趣味がロリコン認定されてんだよ」
レイが青筋を作りながら尋ねるとコウエンは驚いた顔を浮かべた。
「違うと言うのか? 年若いおなごと血も繋がっておらぬのに兄と呼ばせ、我を最初に振るう相手にあのような輩を選んで。あれであろう。囲っているおなごに手を出させぬために、あの場で我を抜いたのであろう」
コウエンが口にしているのはスヴェン王子との決闘だ。確かに、あの戦いはロリコン王子の魔の手からエトネたちを守るための戦いという見方もできなくもない。だけど、あまりにも心外なため、レイは声を荒げた。
「誤解にも程がある! 僕はロリコンじゃない!!」
「呵々。ここには我と其方しか居らぬ。なにより、ここは其方の世界。偽りなき本心を申してみよ」
レイは自分の説明を聞く気が無いコウエンにため息を吐くと、これまで気になっていた事を尋ねた。
「君が本当に刀に宿っている意思だとしたら、どうして僕の呼びかけに応じないんだ。応じてくれたら、ラミアの時だってもっと楽に戦えたはずだ」
「知れた事。其方の前に立ちふさがる敵が我に相応しい敵でないからであろう。あのような者達に我の炎は過ぎた力。価値の分からぬ道化に披露する気は毛頭ない」
傲慢な物言いだが、どういう訳か、コウエンが口にすると嫌味では無かった。ごく自然と、そのような気風を持っていた。
レイの推測は正しかった。コウエンがレイの呼びかけに応じなかった理由は、彼ら程度では不満だったのだ。クロッドウルフやラミアはまだしも、ブレイブサラマンダーやグラントスライムのような上級、超級モンスターでさえ、コウエンの眼には適わない。どれだけの強敵を求めているのか、レイは想像したくも無かった。
するとスヴェンは振るうに相応しい相手だったのかという疑問がレイの中で浮かび上がった。その疑問を読んだかのようにコウエンは口を開く。
「あの痴れ者との戦い。力を貸してやったのは、良き名を貰った礼だ」
「良き名って、コウエンが?」
コウエンは頷くと、指先に火を灯すと、指を動かした。炎は軌跡を描き、宙に炎で文字を書いた。驚くことにそれは漢字だった。
「紅焔。煌焔。紅炎。其方の国の文字、漢字とかは実に多彩で多様だ。響きは同じであるはずなのに、意味が違う。そこが気に入ってな。あの時一度だけ、其方の言う事を聞く気になったのだ」
スラスラと漢字を宙に書いてみせたコウエンにレイは別の質問をぶつけた。
「どうして君は漢字が書けるんだ。それに、そもそも僕の本名もどこで知った?」
「それは簡単な話。其方に触れている時に、心を、記憶を読み取ったに過ぎん。器物に宿った意思とはいえ、元を正せば人よりも上位の存在。人の心を読むなど簡単な事よ。其方が13神より遣わされた『招かれた者』であることも。《トライ&エラー》を使い何度も繰り返しているのも、其方の心を読むことで知っておる」
コウエンはそこでようやく、龍刀の柄頭から降りた。そして、ひび割れた大地に座っているレイに向けて足を上げた。むぎゅう、と可愛らしい音がして、再び視界が塞がれた。どうやら、レイの視界を塞いでいたのはコウエンの足だった。
「……おい。どういう意思表示なんだこれは。僕には女の子に……というか人に踏まれて喜ぶ趣味は無いぞ」
「知っておる。これは我の抗議の表れ。甘んじて受けよ」
「受けられるか!!」
レイはコウエンの足を掴むと、幼女を放り投げた。図としては青少年による幼女虐待というアブナイ図式だが、コウエンは軽快な動きで龍刀の柄に舞い戻った。
「踏まれるのが嫌いなら、そうじゃのう。……殴ってやろうか?」
「僕に被虐趣味は無い! 大体、何の抗議をしてんだよ」
「我はな、退屈なのじゃよ」
コウエンはレイに向けて拳を突きだした。
「我は其方に臨む」
言葉ともに、指が一本立つ。
「我を振るうにふさわしい敵を。血が湧き立つような強者を我に寄越せ」
次いで、もう一本、指が伸びた。
「我を振るうにふさわしい主を。我と共に、血風渦巻く戦場を駆けるのに値する主となれ。さすれば我は其方に力を貸そう。大地を燃やし、大海を干上がらせ、大空を深紅に染めあげようぞ」
「……どちらも満たしていなかったから、お前は眠っていたのか」
「しかり。……だが、ようやく微睡から目覚める時が来た。そのついでに其方とこうして言葉を交わそうと思い立ったのだ」
レイは首を傾げてしまう。彼は自分を過大評価していない。自分はコウエンを振るうにふさわしい主ではないと、情けない話だが、胸を張って言えた。かといって、グランドスライムが彼女の言う相応しい敵とは思えない。もしそうなら、触手の嵐の際に目を覚ましているはずだ。
だとすれば、残った可能性はただ一つ。
「うむ。我を振るうにふさわしい敵が来たという事だ。レイよ。心して戦え。あれは相当難儀する相手。それゆえ、我も心躍るというもの」
すると、レイの姿に変化が起きた。自分の体が光の粒となって消えていこうとしているのだ。同時に龍刀も光の粒となって消えていく。
「時間切れか。安心せい。ここは時の流れの無い場所。どれだけ長くここで語り合おうが、現実では数秒も経っていまい。……こうして言葉を交わせて楽しかったぞ。其方の成長に我は期待しておる。故に、精進を怠るでないぞ」
「……精々、退屈させないように頑張るとしますよ」
「うむ。その意気を忘れるな。不甲斐なき主なら、我が燃やし尽くしてやろう。ああ、それと次に来るときは暇をつぶせる物を持って来い」
どうやって心の中に持ってくるんだよ、とボヤキながらレイの姿は光の粒となって弾けて消えた。レイの意識が今まさに目覚めようとしているのだ。
一人残されたコウエンは、宙を浮かびながら揺蕩っていた。レイの居た場所を眺めつつ、
「何しろ、ここは、我以外には引きこもり体質の先住者しか居らんからのう。暇で暇でしょうがない。其方はどう思う、先住者よ」
コウエンが誰も居ないはずの背後に声を掛けると、それに応えるかのように闇の粒が集まり始めた。粒は瞬く間に人の形を生み出す。
この場にレイが居れば、苦い顔を浮かべたのは間違いなかった。コウエンの背後に出現したのは、レイの中に巣食う『黒い影』、その者だった。
「これは初めまして。いつの間にか潜りこんでいた不法滞在者。さっさと出て行ってくれませんかね」
挑発的な物言いに、コウエンは紅の瞳を細める。思いがけないおもちゃを見つけた子供のように笑みを浮かべていた。
「ほう。この我に向けてそのような口を利くとは。……其方、何者だ」
「何だっていいだろ。……そうだな……アンタ、蛇の脱皮って知っているか」
捨て鉢な口調だが、気負う事のない『黒い影』に向けてコウエンは頷いた。
「あれって変な話だろ。死体でもないのに、生きてない皮がそこに残り続ける。本体がくたばったとしても皮は残るんだぜ。残された皮にしたら、たまったもんじゃねえよ。成長するために、生きる為に俺を置いていきやがって、てな具合に怨んでいるんだろうな」
「くだらん。皮には意思なぞ無い。単なる抜け殻に過ぎん」
コウエンが『黒い影』の話を冷笑する。だが、『黒い影』は指を振って否定する。
「いいや。想像してみな。その残された皮が意思を持ち、集まったらってな。どんなことが起きるか、想像つくか?」
「……それが其方だと言うのか」
コウエンの問いかけに『黒い影』は押し黙った。人の外見をした影に過ぎないはずなのに、笑みを浮かべているかのように。
掌に熱を感じた。
レイが意識を取り戻して最初に感じたのは、右手に握ったコウエンが発している熱だった。薄らと視界を開けると、赤灼けた世界は消え、迷宮の薄暗い闇がレイを迎えた。
「戻ってきた……のか」
痛む体を無理やり起こして、周りを確認する。同時に、自分が何と戦っていたのかを思い出した。
「そうだ、グラントスライム!」
レイは広間の中央に鎮座しているはずの超級モンスターを探した。ところが、広間のどこにも巨大なシルエットは無かった。
(もしかして、ナリンザさんが倒したのか。ナリンザさんは一体どこに)
すると、レイの耳が金属音を拾う。戦闘音だ。おそらくナリンザが誰かと、何かと戦っているのだろう。
―――我を振るうにふさわしい敵が来たという事だ。
コウエンの言葉がレイの中で恐るべき想像と繋がった。ナリンザはコウエンの言う敵と戦っているのではないか。
だとすればナリンザ一人では危ないと考えて、レイはコウエンを握ったまま音のする方へと駆けだした。
グラントスライムの暴れた跡が残る広間を突っ切り、レイは足を踏み入れた。
惨劇の舞台へ。
レイの目に飛び込んできたのは、青い光に照らされた鮮血と右手だった。まるで力任せにもぎ取られたかのような千切れた断面をした右手は、半ばで折られた槍を握って宙を舞う。
次いで聞こえてきたのは、ナリンザの荒い呼吸だ。途切れ途切れの呼吸は、いまにも止まりそうなほどか細く危うい。
息を吸わなくても、鼻は凄惨な血腥さを拾い上げた。夥しい血痕が足元にまき散らされて、気化して空気に交じっているかのようだ。
ナリンザは一人で戦っていた。右腕を無くし。折れた槍を片手で振るい、刃の形をした闇を打ち払う。闇は槍に当たる度に金属音を響かせていた。
劣勢だ。
美麗な顔に大きな切り傷が刻まれ、脇腹から血がとめどなく流れ、左足は折れた骨が突き破っている。立っているのが奇跡といえた。
「ナリンザさん!!」
レイの叫びに、ナリンザは振り向く余裕すらなかった。襲い来る闇を槍で打ち払うも、突破されてしまう。鋭い矢の如き闇がナリンザの腹部を貫いた。
ごふっ、と。口から血が吐き出された。闇はナリンザの体を持ち上げると、力任せに振り回した。レイは地面へと叩きつけられそうになるナリンザの体を受け止め、二人して地面を転がった。
「―――っう。ナリンザさん。ナリンザさん。しっかりして!」
レイの呼びかけにナリンザは応じない。血はとめどなく流れていく。瞳は光を無くしつつあった。レイは彼女の腰にあるポーチから回復薬を纏めて取り出した。手当たり次第に蓋を開けて、傷口に振りかける。どれがどの種類の回復薬か、確認している暇はない。
じゅくじゅくと泡立ち、傷口は塞がっていくが、流した血の量が多すぎたせいか顔色は紙のように白い。
「どうして、こんなひどい事に。一体誰がやったんだ!?」
取り乱すレイに、ひどく平坦な声が投げられた。
「誰ってそりゃ、ボク……かな」
「誰だ!?」
暗闇の中から感情の無い声がする。レイはコウエンを突きつけると、暗闇の中から、少年が姿を見せた。それはレイがグラントスライムの中から引きずり出した白い少年だった。レイのコートを纏っているが、全裸には変わりない。
「君が……ナリンザさんを。……一体どうして、こんな事を。彼女は君を助けたんだぞ!!」
レイが叫ぶと、白い少年は頭を掻いた。まるで、困っているかのように、
「そうなのかい。それは済まない事をした。……だったら、これはせめてもの詫びだ。心安らかに眠ってくれ」
―――瞬間。世界が速度を失った。
レイの眼前に漆黒の闇が、刃となって襲い掛かる。漆黒を固めたような闇は刃の形をしており、ナリンザの腹部を貫いたのと同じ物だ。
レイは咄嗟に、手に握りしめたままのコウエンを振るって刃を撃ち落した。
そして世界は速度を取り戻した。コウエンによって散らされた弾かれた闇は影となって白い少年の足元に戻った。
「お前が、それを操っているのか!?」
「そうだよ。……凄いね、その武器。なんだっけ。……たしか、ニホントウっていうんだっけ、ソレ。……うわぁ。いまスゴく嫌な奴の顔を思い出したよ。……アイツ死んでいてくれると嬉しいんだけど。……ボクの影を弾くなんて、大したもんだよ」
感心したような口ぶりは自分の方が上だと暗にほのめかしていた。だけどそれも仕方ない。白い少年が無造作に放った闇を撃ち落しただけで、レイの右手は痺れていた。ファルシオンでも耐えられたかどうかわからないほどの衝撃だった。
「レイ殿……逃げて……下さい」
その時、ナリンザが囁くような声を上げた。うっすらと眼を開けているが、焦点は合っていない。
「あれは……戦っては……いけません。……今なら……逃げられます」
ナリンザの左手が通路を指した。グラントスライムの死によって、スライムの壁は消えていた。逃げる事は確かに出来る。もっともそれを白い少年が見逃すかどうかは別だった。
「私が……あれを……くいとめます。その……隙に……逃げてください。……そして……王子に……逃げるようにと……言ってください」
「そんなの嫌だ。僕一人で、逃げるなんて絶対に嫌だ。地上に帰る時は二人一緒だ!」
レイの切実な叫びにナリンザは嫌がる子供のように首を振る。左手はレイの腕を掴み行かせまいとする。だけど、レイは覚悟を決めていた。並々ならぬ決意を口にした。
「アイツを倒して、一緒に地上に帰りましょう。王子が、ダリーシャスが貴方を待っています。だから、こんな所で死なないでください!!」
手にしていたコウエンが、一段と熱くなる。レイの決意に歓喜しているかのように。
読んで下さって、ありがとうございます。
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