5-17 子供の好奇心
「やっぱり。子供たちが迷宮に向かったのは間違いありません」
レイが深刻そうに告げると、備蓄庫の前に集まった村人たちは嘆きの声を上げた。中には腰が抜けたかのように膝をぬかるみに付ける者もいた。
「ほ、本当にオラたちの子は迷宮に行ったんですか!?」
レイに縋りつくようにステルマが尋ねると、レイは苦い顔をしたまま頷いた。
子供たちが迷宮に向かった理由はともかくとして、行ったと断言できる証拠は二つ。一つは備蓄庫に泥の足跡が複数残されていた。それも大人の大きさでは無く、子供の足跡だ。二つ目にエトネの鼻が地下室に残る子供たちの匂いを拾い上げた。彼らがレイ達の見張りを掻い潜り、裏側から侵入したのは間違いない。
さらに、改めて消えた子供たちの家々を探索してもらうと、その時には見つからなかった失せ物がある事が判明した。例えば、刃の欠けた包丁や、ヒビの入った鍋の蓋。それに錆びたな鉈だ。どれも不用品や修理品として放置していた物が、煙のように消えている。
おそらく、子供たちが持ち出したのだろうと結論付ける。
「……子供たちは好奇心が旺盛じゃ。大人が備蓄庫に近寄るでないと言えば、度胸試しで近づこうとする。……おそらく、ワシらの話を聞いて、あと数日もすればアマツマラから冒険者が来て、迷宮に近づくことすらできないと知り、好奇心を抑えられなかったのじゃろう」
村長が推測を口にした。心当たりがあるのか、大人たちはぎこちない動作で同意のように頷きあった。
レイは沈痛な表情を浮かべる村人たちを前にして案山子のように立ちすくんでいた。足が動かない。身じろぎ一つすることが躊躇われた。
此処に居れば、間違いなく自分に不都合な展開になると頭では分かっていた。理性は警告の鐘を鳴らし、本能は不吉な予感と隣り合わせだ。
だけど。
「……冒険者様」
ステルマの消え入りそうな声に体が痺れたように震える。壮年の男性の悲哀の籠った視線がレイを掴んで離さない。
「お願いだ。どうか、オラたちの子供を。……マリオンを助けてくれないか」
「お願いします」「頼むよ。オラたちに出来る事は何でもする」「息子を、息子を連れ帰ってきてください」「アンタらだけが頼りなんだよ」
堰を切ったように、消えた子供の親たちがレイの前に跪いた。節くれだった指がレイの方を向いている。まるで聖者に助けを請う人々のような景色がそこにあった。
遠くでレイの様子を心配そうに見つめるリザ達は、主が彼らを振り払う事もできず、苦しげに悩んでいる姿に気づいた。そして、ここからでは聞こえないはずのため息すら聞こえ、
「分かりました。出来る限りの事はします。……僕らが迷宮に入って貴方たちの子供を探します」
苦渋に満ちた声色で、少年は決断した。
「正気とは思えないわね。本気で未踏の迷宮に潜るつもりなのかしら」
「ああ、本気だとも。あと五分後に出発する。荷物を纏めるんだ。レティ、リザ! 短期決戦だ。食料も水も最低限の量で構わない」
馬車の中に必要な物資を取りに戻ったレイは外に残っている二人に向けて大声で指示を出した。シアラはレイに翻意するように説得をする。
「主様。未踏の迷宮がどれだけ危険なのかは、アンタだって十分わかっているでしょ」
誰も足を踏み入れていない迷宮は、夜の海を泳ぐのと似ている。明かりの無い海では自分が何処に居て、どちらに岸があるのかもわからない。その上、長く留まるほど体力は消耗していき、ついには沈んでしまう。
出現するモンスターのレベルや頻度。迷宮内の構造や罠の種類。どこにセーフティーゾーンがあり、どこにボスの階層があるかすら分からない。迷宮探索に置いて、情報は生死を別つ重要な要素といえる。
それゆえ、未踏の迷宮に関する情報はどんな些細な物でも、ギルドに高値で売ることが出来る。
レイとて、自分がどれだけ愚かな行動をとっているのかは重々承知していた。たった五人しかいない《ミクリヤ》のパーティーで未踏の迷宮に挑もうとするのは自殺行為だ。
「そもそも、迷宮に足を踏み入れた子供たちがまだ生きているとは限らないわよ。子供らが、夜中に侵入したとしたら、もう六時間以上は経過してるわ。……外の人達には悪いけど、子供たちだけで六時間もの間、迷宮を生き延びるのは不可能よ」
「それに関しては、僕の考えは違う」
ようやく、荷造りの手を止めたレイはシアラの方を振り向いた。
「シアラも備蓄庫の中を調べただろ。あそこ、引き戸の天窓が開いていたのは見たはずだ」
「子供たちが忍び込んだ窓の事でしょ。それなら見たわよ」
「僕は棚をよじ登って、天窓の付近の棚を見た。そこには埃が拭い去られ、泥が付着していた。でももう一つ、あるべきものが無かったんだ」
「……随分と勿体ぶった言い方ね。何が無かったのかしら」
レイは上を指差した。シアラの金色黒色の瞳は素直に馬車の天井を見上げ、理解できないように首を傾げた。レイはその姿に苦笑して、違う違うと訂正した。
「僕が言いたいのは雨だよ。昨晩から明け方まで降っていた雨が棚は愚か、備蓄庫のどこも濡らしていなかった」
昨晩の雨は強い横風も相まって、窓に叩きつけるような雨だったのは寝ずの番をしていたシアラにも記憶に残っていた。そのせいで備蓄庫を囲うように置かれたかがり火は消え、撤去された。天窓から雨が入り込んでも不思議はない。
もし、子供たちが雨の降っている頃に家を抜け出し、備蓄庫に侵入したとすれば天窓は雨が降っている時も開いていたことになる。なのに、備蓄庫の中は泥以外に湿った様子はなかった。付け加えると、その泥もまだ固まっていなかった。
そこから導き出されるのは、子供たちが備蓄庫に忍び込んだのが雨が止んでからという可能性だ。
「多分、あの子たちが迷宮に入ったのは多めに見積もっても三時間ぐらい前だ。運が良ければ、生き延びた子もいるかもしれない」
「それは……そうかもしれないけど……。それでも、この人数で行くのは反対よ。せめて、明日まで待ちましょう。明日にはアマツマラから、冒険者や兵士が送られてる。そいつらと一緒に行けばいいじゃない」
「それこそ本末転倒だ。いまなら、まだ間に合うかもしれないんだ」
「だけど、ワタシたちが行く必要なんかないじゃない!」
シアラは焦燥を滲ませて言う。
「縁も所縁も無い村の子供を助けに、わざわざ危険な事に首を突っ込む必要なんてないじゃない。それとも、その必要があるって言うの!?」
「……あるんだよ。それが」
シアラはレイの返答に虚を突かれたように驚いた。不要な荷物を出し終えたレイは軽くなった鞄を背負うと、シアラに向き合った。
「子供たちを助けに行くのは村人のためじゃない。エトネの為なんだ」
「な、なんでここにおちびの名前が出てくるのよ」
急にエトネの名前が出て来た事にシアラは訝しげる。
「今回、子供たちが迷宮に潜ったのは、エトネが原因かもしれない」
「はぁ? それってどういう意味よ。あの子が何かしたって言うつもりなの!?」
シアラが眦を吊り上げ、気色ばんだ。金色黒色の瞳に大火が宿る。レイは慌ててシアラの口を塞いだ。
「そうじゃない。ただ、昨日、エトネが食事の席で言っただろ。モンスターと戦った事や、冒険者になった事を子供らに言ったら、驚かれたって」
昨晩の夕食時。くたくたになるまで遊んできたエトネは興奮していた。何しろ、初めての同世代の子供と触れ合ったのだ。その経験は宝石のように彼女の中で色づいていた。食事もそっちのけで、誰それと何をして遊んだと楽しそうに話していたのを誰よりも聞いていたのはシアラだった。
口を塞がれたシアラがはっとしたように動きを止め、全てを悟った。レイは口を塞いでいた手を離した。
「そう。子供らからしてみると、自分と年の近いエトネがモンスターと戦う冒険者と言うのは男心をくすぐる。それこそ、迷宮に潜ろうと思い立って、夜中に家を飛び出してもおかしくない。幸い、見張りは備蓄庫を固めておらず、裏側は無警戒だった。なにしろ、危険な迷宮に自分から入ろうとする奴がいるなんて、想像すらしていなかったよ」
子供たちが持って行ったとされる不用品の目的も、こうしてみれば見当がつく。包丁や鉈は武器で、蓋は盾だ。冒険者気取りで、その辺の原っぱで遊ぶ分には微笑ましい図だが、迷宮を進むには役に立たないだろう。
しかし、これはレイの中で浮かんだ妄想に過ぎない。真実は迷宮に潜った子供たちにしか分からない。だけど、エトネに触発されて迷宮に潜ったという可能性は無視できない。
「……確かに、ありえそう。分別の付かない子供だけにね。……その事、エトネには?」
「このことは君以外には誰にも言ってない。そもそも僕の勝手な想像だ。だけど、もしエトネがこの先そんな風に思ってしまい、助けに行っていたのと助けに行かなかったのでは抱える罪悪感が違う」
自分の存在が原因で誰かが死んだりしたした場合、その時に何かできたはずなのに、何もしなかったと後悔する辛さはレイは嫌と言うほど知っていた。そのような重しをエトネに背負わせたくなかった。
「……だから、これはエトネのために行く」
ようやくシアラは納得したように頷くと、「武器と防具を取って来る」とだけ言って馬車を降りた。
(……クソったれ。どうして僕は、昨晩寝ちまったんだよ! この、大馬鹿野郎が!!)
一人馬車に残ったレイは自分を呪いたかった。二日連続の寝ずの番をリザやシアラに止められたこともあり、レイは早々に眠ってしまったのだ。起きたのも今から一時間程度前だ。ここで死に戻ったとしても、子供たちは迷宮に潜ったあとだ。止める事は出来ない。
いくら昨日の自分に対して罵詈雑言を投げかけたとしても、全ては手遅れだ。レイは鞄を背負ったまま馬車を降りる。すると、レイを待っていたかのようにダリーシャスとナリンザが居た。
二人ともどういう訳か、防具を身に付けている。ナリンザは手に槍を持っていた。
「……何をやっているんですか?」
レイは嫌な予感を抱きつつ、尋ねずにはいられなかった。
「これはしたり。このような状況でこのような姿を見て、問いを投げかけるとは愚かとしか言えんぞ、レイ」
ダリーシャスはいつものように大仰な動作で嘆かわしいと言わんばかりに首を振った。一刻を争う状況だけに、レイはイラつきつつもう一度質問を投げかけた。
「……何をやっているのか、って聞いてんだよ」
「見て分かるだろ。我らも其方と共に迷宮に潜るのだよ」
「アンタ。……正気か」
レイは自分の事を棚に上げて、シアラに言われた事をダリーシャスにぶつけた。
「今から向かうのは何もかもが不明な迷宮だ。子供たちが今も生きているかどうかも不明。大体、ここはアンタの国じゃないし、消えた子供たちはアンタの国民でもないんだぞ。なのに、行くのかよ」
ダリーシャスはレイの指摘に頷き、しかし尊大な態度を崩さないまま、
「うむ。確かに、向かうのは未踏の迷宮。子供らが生存しているかどうかは怪しく、なによりここは俺の国ではないし、消えたのも俺の民でもない。……だからどうした」 と、威風堂々と言い返した。
レイは言葉を失う。ダリーシャスは口の端を吊り上げ笑みを浮かべていた。すると、空を覆っていた鉛色の雲に切れ間が生まれ、光がダリーシャスに向かって落ちる。まるで舞台に上がった役者に当たるスポットライトのようにダリーシャスを輝かせた。
「そんなものは助けに行かない理由にはならないだろ。俺が助けに行こうと決めたのは、其方が行くと決めたからだ」
「……どうして、僕にそこまで興味を持っているんですか。もしかして、そっちの趣味でもあるんですか」
「王子には稚児趣味があると宮廷の雀は申しておりました」
ナリンザがぼそりと呟いた内容にレイは一歩後ずさりをする。ダリーシャスはどのような時でも変わらない従者に、心底疲れたようにため息を吐くと、
「その噂を流した出所を追うと、どういうわけだか、其方に辿りつく。何故なんだ?」
「はて。私には何のことかさっぱり」
ベールの下ではナリンザがすました顔を浮かべているのがありありと想像できる。ダリーシャスは咳払いするとレイを真っ直ぐ見つめて言う。
「全ては勘だ。其方とともに行くのが、俺にとって重要な意味を齎すと勘が告げている」
《王者ノ勘》。ダリーシャスの持つ技能が働いている。
これ以上、言葉を重ねた所でダリーシャスが意見を変えないのは、数日行動を共にして骨身に染みるほど理解している。レイはダリーシャスに、
「分かりました。協力に感謝します、ダリーシャス王子。……でも、死んだとしても僕を怨んで化けて出てこないでくださいよ」
と。釘を刺した。ダリーシャスはレイの軽口に軽口で応じた。
「その時は、この首を塩に漬けて、叔父上に差し出せ。きっと高値で売れるぞ」
不敵に笑いながら、自分の首を撫でてみせた。
それから数分後、レイ達は備蓄庫の地下室に集まっていた。メンバーはレイ、リザ、レティ、シアラ、エトネの《ミクリヤ》所属の五名。それにダリーシャスとナリンザを加えた七名だ。
最低限の食料と、迷宮探索に必要な物資だけをバックパックの中に詰め込んだ。レイが用意した革鞄もバックパックの中に入っている。装備を身に付けている。彼らは迷宮への入り口を睨みつけていた。
「それじゃ、目的を確認するよ。今回の目的は迷宮に潜った子供たちの救出。それだけだ。迷宮の探索や攻略はしない。速やかに子供たちを連れて帰る。……最悪の場合は、子供らの……遺体や遺品を回収する事になる。……そんな結末も覚悟していてほしい」
レイの非情な発言に、全員は力強く頷いてみせた。これから未踏の迷宮を挑むというのに、怯む者が居ないのはレイにとって心強かった。
そして。
「さあ、行こうか」
未踏の迷宮に向けて、最初の一歩を踏み出した。
読んで下さって、ありがとうございます。




