5-16 トラブルはいつも突然に
村で迎える二度目の朝。
異変を知らせるように静寂が破られる。扉越しに、誰かの名を呼ぶ声がこだまの様に繰り返され、昨晩の雨でぬかるんだ地面を蹴って、大人たちが右往左往するのが窓の向こうで見えた。
「何かあったのかな」
「どうやら、そのようだな」
ただならぬ様子に、レイは手にしたカップに残っていたコーヒーの残りを飲み干した。横ではダリーシャスもコーヒーを味わいつつ、視線を鋭くして、窓の方を探るように見ていた。
リザ達も、村の様子に警戒心を高める。すでに食事は終えていた。
その時、扉を叩く音が響いた。焦っているのか、強い音である。近くに座っていたリザが代表するように扉を開けると、そこには皺を深くして深刻そうな表情を浮かべる村長が立っていた。後ろにはステルマや、数人の大人たちの姿がある
「朝早くからすまんね。少し力を貸してほしいのだ」
家の中に上がった村長は開口一番にそう言った。レイは窓の外の騒ぎに目をやり、
「村の方たちが先程から行ったり来たりしているのと、関係はありますか」
「うむ。実は朝方から村の子供らが数人、煙の様に消えてしまった」
村長の言葉にレイ達は緊張の色を濃くした。ステルマが補足するように口を開く。
「オラの所の倅もいなくなったんだ。何処に行ったか、知らないか」
「え……マリオンがいないの?」
エトネが驚きの声を上げる。レイの脳裏に、昨日頭を下げに来たそばかすの少年が浮かんだ。彼が居なくなったと聞き、エトネはショックを受けたように顔色を青ざめた。
「おお。そういえば倅が言ってたな。冒険者さんの所の子と遊んだって。お前さんの事か」
「ステルマさん。子供達が居ないと気づいたのは、いつ頃の話ですか」
レイがステルマの話を遮って尋ねた。
「朝飯が出来たから、起こしにベッドを捲ったら、そこには毛布を丸めた身代わりしかなかった。書き置きなんて無い。……まあ、文字なんて書けないがな」
ステルマは力なく笑みを浮かべ、肩を落とした。
「多分、夜の内に抜け出したんだろうってのが、オラたちの考えだ」
「抜け出したって事は、自分の意志という事ですよね。その……誘拐とかは無いんですか」
レイの質問にステルマと村長は揃って目を丸くして、爆笑してしまう。
「うわっはっはっは! オラみたいな貧乏な奴の子を誘拐したって、何の得にもなんねえよ。それに、少なくとも今は外からモンスターが来ないように扉や窓は塞いでいる。それが朝になったら動いているんだから、自分で外に出たんだろうな」
外部による誘拐の線が消えたのは喜ばしい事だが、そうなって来ると別の問題が起きる。一体、消えた子供たちはどこに行ったのか。
「いま、村の者であちこち探してるんじゃが、お主らの中に人探しに秀でた者はおらんかと思ってやって来たんじゃ。どうかな、手伝ってはもらえないか?」
頭を下げる村長にレイはエトネを見た。エトネは尻尾を振る事で、消えた友人を探しに行きたいと無言のアピールをしていた。
「分かりました。微力ながら、僕らにも協力させてください」
「おお、助かります」
消えた子供たちはマリオンを含めて男の子が五人。どれも昨日、エトネと遊んだ子供たちだった。全員に共通しているのは、年が幼く、ベッドから忽然と姿を消している事だった。
エトネには親から提供された子供の衣類や枕から匂いをかぎ取ってもらい、それを鼻で追いかけてもらう。補佐にはリザとレティが付いた。
レイとシアラは親から居なくなったことに気づいた時の状況などを聞き取りしていた。なぜか、ダリーシャスとナリンザも付いてきたが、戻れと言った所で戻らないだろうと分かっているため、最初から無視を決め込んだ。
「それでは確認ですけど、貴女の息子さんも朝起きた時にはすでに居なかった。家の中には水筒と携帯食料が無くなっていたんですね。そして、扉を塞いでいた物がずれていた、と」
「ええ、ええ。そうなんです。……あの、大丈夫ですよね。冒険者様。うちの子、無事に帰ってきますよね」
不安そうに尋ねてくる母親にレイは何とも言えない曖昧な返事しか出来なかった。ステルマの話だけでは、夜中にこっそり抜け出した程度にしか捉えていなかったが、どうも子供たちは遠出するつもりらしい。そうでなければ、水筒も携帯食料も持っていく必要はない。
(こりゃ、大事になりそうな予感がするぞ)
不吉な予感を抱きつつ、レイは頭の中で纏めた考えをメモ帳に文字に落とす。
夜の何時ごろに少年らが家を抜け出したのか不明だが、明け方までに抜け出していたとしても、もう二時間は経つ。子供の足でも二時間あればそれなりの距離を移動できる。
(村の外に向かったとして、行き先に当てがなければ一体どこを探せばいいのかすら分からないよな)
レイは昨晩の子供たちの様子や、話した事の内容がヒントになるのではないかと思い、質問をぶつける。どの親も、昨晩の子供達の様子におかしい所は無かった。エトネと遊んだことをしきりに話していた事をレイに伝えた。
「……参考になりました。心配でしょうけど、落ち着いて行動してください」
レイはそれだけ言うと、縋るような視線を送る親たちから逃げるように立ち去る。そして、小声でシアラに囁いた。
「どうだ。今の所、影が濃い人は居た?」
「居ないわ。どの親も今のところは生死に関わる事はないみたい」
シアラが金色の瞳を輝かせて断言した。シアラを付き添わせていたのは、《ラプラス・オンブル》を使ってもらうためだ。人の死の確立を影の濃淡で判断できる特殊技能。彼女には消えた子供の家人たちが、この後安全かどうかを確かめてもらう。
レイは子供たちの消失が誘拐である可能性を捨てきれていなかった。確かに現場は荒らされず、中から外へ自分から出た痕跡はあるが、それでも他者の介入がなかった事の証明にはならない。もしかしたら、壁をすり抜ける技能を持った人物が子供たちを中から連れ出したかもしれない。もしくは、外から子供たちに催眠術を掛けて外に連れ出したのかもしれない。
そのような技能が存在しないとは限らない以上、その可能性は残っている。
だとすれば、その誘拐犯の目的は何か。考えられる答えは二つ。一つは《トライ&エラー》による、因果を重ねた結果、何かしらのトラブルを引き寄せたのか。
あるいは、自分の後ろで真剣な表情を浮かべているダリーシャス絡みの問題か。その二つの内のどちらかだ。
すでに、レイ達のメンバーとダリーシャスとナリンザの全員に死の危険性があるかどうかを《ラプラス・オンブル》で確認してもらった。今のところは、安全だとシアラは言う。
そして、子供たちの家族にも死の危険性は無いと判明した。少なくとも、子供たちの消失に悪意ある存在は介入してない可能性が高くなった。
「さて、どうしたものかな」
五件目の聞き取りを終えたレイは村長が書いた村の見取り図を広げた。この村は周囲を柵で覆われ、村の東西を貫く街道を塞ぐように関所が二つある。どちらとも、一日中自警団の誰かしらが門番を務めている。昨晩も同様で、子供どころか、犬一匹通っていないとの事だ。
村を囲う柵は最近新しいのに取り換えたばかりだと村長は説明していた。スタンピードの発生を受けて、村人の間に防衛意識が高まり、村人総出で柵の張替えをしたのだ。大人の胸の高さまである柵は子供だけでは乗り越えられない。柵の幅も子供たちの体格でも潜り抜けるのは難しい。
「まさにアリの這い出る隙間もない。村を子供たちだけで飛び出す事なんて出来ないよな」
「しかし、現実としてこれだけの人数で探しているのに、一向に見つからない事を考えれば、子供らは村を出たと考えるしかあるまい」
ダリーシャスの言葉ももっともである。柵を超えた先はなだらかな丘陵地帯が続く。三百六十度、何処にでも行ける事を考えると探索範囲は広大になってしまう。
「この辺りのモンスターの脅威はいかほどなのでしょうか」
ナリンザの疑念にレイ達と行動を共にしていた村長が答えた。
「スタンピードが起きる前は、それほどモンスターの数も目撃情報も少なかったですが、最近は違うようになりました」
「違うとは、いったいどのように」
「見慣れないモンスターがうろつく様になりました。数はそれ程ではありませんが、それでも今まで見たことのないモンスターだけに、近くの村でも警戒を呼びかけ、発見次第、情報を交換しておりました」
村長やレイ達は知る由もないが、メスケネスト火山の麓にある迷宮から端を発したスタンピードは、甚大な被害をアマツマラとダラズに齎しただけでなく、シュウ王国南部に大きな変化を引き起こしていた。
六将軍第四席クリストフォロスによって人為的に発生されたスタンピードは、地下から溢れたモンスター対メスケネスト平野を根城にしていたモンスターの激突から始まった。
そして勝利したスタンピードの群れは北上し、シュウ王国南部にあった防衛網を食い破っていき、アマツマラまで辿りついた。大量の血で大地を汚し、モンスターが通り過ぎた後には屍が続いた。
実はその時、メスケネスト平野にはまだモンスターの姿が残っていた。
かつて魔法工学の兵器によって荒れ地と成り果てたメスケネスト平野。中央にあるメスケネスト火山の周辺はモンスターの血で赤く染まっていた。そのメスケネスト平野のさらに南部。海岸線沿いに押し込められていたモンスターが北上を開始したのだ。
今までは火山周辺を抑えていたモンスター達によって端へ端へと追いやられていた彼らは、これを好機とみて、よりよい環境を求めた。スタンピードによって出来た空白地帯を奪い、さらにはシュウ王国の南部へと侵入した。
ところが、彼らの目論見は泡と消えてしまうのだった。防衛網が破られた事を知り、急遽アマツマラに救援に向かったスヴェン王子は後顧の憂いとして防衛網の再構築を命じていた。結果として、北上を始めたモンスターの群れはシュウ王国南部の軍勢に押し戻され、敗北を喫した。
それでも極少数のモンスターが突破を果たしたのも事実だった。ステルマたちを襲ったクロッドウルフもまた、そのような経緯で侵入を果たした一体である。
「外に居るなら、子供たちが危ないな。モンスターが居るなら直ぐにでも連れ戻さないと」
「冒険者様。どうか、お願いできますか。村からも自警団を送り出しますが、貴方たちの手を借りたいです」
村長の懇願を断る理由はレイには無い。彼らはエトネたちに合流するべく、借りている家へと戻った。
すると、エトネたちと備蓄庫の裏手でばったりと出くわした。向うも家へ戻ろうとしていたのか、エトネはしょんぼりと肩を落としていた。
「そっちはどうだった?」
レイの問いかけにリザは首を横に振った。芳しい結果にはならなかったようだ。
「エトネの鼻でも追いきれませんでした。何しろ、一晩中降った雨のせいで匂いが掻き消えてしまい、追いかけるのは難しいとのことです」
「ちからになれなくて、ごめんなさい」
腰から生えている尻尾がエトネの感情に合わせて垂れ下がる。落ち込むエトネの頭にレイは優しく手を当てた。柔らかな頭髪が、レイの手を押し返す。
「謝る事はないよ。エトネはエトネに出来る事をしたんだろ。だったら、いますべきことは気持ちを切り替えて前を向くことだ」
エトネは萌黄色の瞳でレイを見上げると、力強く頷いた。
「……うん。わかったよ、おにいちゃん」
そして、そのまま視線を横に滑らせて―――凍り付いたように動きを止めた。
「……エトネ。どうかしたのか」
レイは彼女が驚きのあまり声を失っていることに気づき、彼女の見ている方角へと振り向いた。そこは備蓄庫の天窓があり―――開いていた。
どくん、と。
レイの心臓が不吉な予感に鼓動を強める。備蓄庫の裏には大きな木が枝葉を広げて伸びており、大人ならまだしも子供なら枝を伝って屋根に渡れるかもしれない。
―――どうして、自分はそんな想像をしてしまったのだ。
「……村長。あそこの天窓はいつも開いているのですか」
レイは掠れた声で絞り出すかのように尋ねた。村長は首を傾げ、
「天窓ですか? いいえ。鳥などが入り込まないように換気の時以外は開けませんが。……はて、おかしいですな」
ぞわり、と。背筋が死神の青白い手に撫でられたように震えた。
いつもは開いていないはずの窓が開いている。その事にレイ達は表情を硬くした。弾かれたようにレイは備蓄庫の入口へと駆け出し、中に飛び込んだ。
明かりの無い薄暗い室内。天窓から伸びる光が室内に舞う埃を浮かび上がらせる。その光の根元。開け放たられた天窓の傍には壁に打ち込まれた棚が並ぶ。
仮に子供が外から中に入ったとして、壁に均等に付いている棚は下に降りる梯子のようなものかもしれない。
レイはすぐさま視線を下に向ける。そこには地下室へと繋がる穴がある。いつもなら、下に繋がる階段はあるのだが、モンスターが来ないようにと壊されている。その代りに折り畳みの梯子を掛けて移動するのだが、レイの記憶では閉まっていたはずだった。それなのに、梯子は掛かっている。
壁に掛かっているランプも無かった。レイが暗い地下室へと飛び降りた。光の届かない闇の中、暗がりの中に潜む者が居るかどうかを睨んでいると、遅れてやって来たナリンザが《光》の呪文を唱えた。地下室の闇を追い出すように光球が浮かぶ。
レイは感謝の言葉を口にするのも忘れて、部屋の隅を向き、言葉を失った。
不吉な予感が現実として形を作る。
塞ぐように置かれていた瓶が僅かにずらされ、出来た隙間は未成熟な子供が通り抜けるには十分な広さを有していた。
読んで下さって、ありがとうございます。




