4-48 ゴロツキ
リザ達の覚悟を受け取ったレイに対して、シアラが口を開いた。
「それで、主様はどうする気なの。……『七帝』とやらに立ち向かうか決めてないんでしょ。テオドール王の言う通りその、討伐軍に参加する気なの?」
「……それについては考えさせて欲しいって答えたよ。……正直、力でサファさんを倒せるとは思えない。だから、僕はもっと別の手段で世界を救えないかやってみたいんだ」
ある意味、逃げの選択肢だが、それをリザ達が責める権利は無い。極論を言ってしまえば、レイは巻き込まれたに過ぎない哀れな被害者だ。偶発的な事故からエルドラドに来てしまっただけの存在。世界を救うために尽力してほしいと頼むのは筋違いだ。
だから、リザ達はレイの判断を尊重する。自分たちの世界の事だ。どうにかしたいと思うなら、自分でどうにかするべきだと彼女たちは考えた。
(もっとも、奴隷の身で何が出来るか分かりませんが)
リザは内心、自虐的な笑みを浮かべた。
あの日。彼女を取り巻く優しい世界が崩れ去ったあの日。
彼女は妹を守る為に姉妹共々奴隷の身に落ちた。以後、泥を啜る日々を過ごし、悪逆と罵られてもおかしくない事を積み重ねてきた。真っ当な道を歩いては来なかった。
それは全て、仇を討つためだった。
父母を、兄を、全てを奪った仇敵を討つために今日まで生きてきた。正直に言えば、リザにとって世界が崩壊するかもしれない現実よりも復讐は優先されることだった。
(世界が終わるなら、世界が終わる前にアイツをこの手で……)
テーブルの下に隠れた掌が固く握られる。爪がくい込み、血が流れた。すると、レイがリザを呼ぶ。
「それで、リザ。……リザ?」
青い瞳は暗く、心ここにあらずと言った状態だ。レイが呼びかけても少女は反応しない。レティが肘で押してようやく呼ばれた事に気づく。
「……な、なんでしょうか」
「大丈夫? 急にこんなことを聞かされて、ショックだった?」
「大丈夫です。問題ありません。それよりも、何か御用でしょうか」
心配そうなレイに対して、リザは首を振った。それが空元気なのは全員分かっていたがあえて黙る。そして、レイは先程テオドールの工房で気づいた可能性を尋ねた。
「あのさ。……前にリザが教えてくれた、アースガルスから来た異世界人の事だけど」
どきり、と。
リザの心臓が脈を打つ。先程まで思い出していた存在を言い当てられ、動揺が広がった。何の話か分からないシアラとエトネは不思議そうに首を捻っていた。
「僕はそいつが『招かれた者』だと思うんだ」
「……まさか……世界救済を託された者の一人が……アイツなんですか?」
動揺は消え、リザの心は嵐の海のように乱れていた。彼女を取り巻く優しい世界を壊した仇敵が、事もあろうに世界を救済するために来た存在だとは思いたくも無かった。
だが、レイは自分の推測を続けた。
「少なくとも、無神時代に入ってから呼び出された異世界人は全員、『招かれた者』なんだ。だとすれば、アースガルスという異世界から来たそいつは間違いなく、僕と同じ『招かれた者』になる」
リザとレティの姉妹は揃って言葉を失っていた。仇敵が世界を救うための救世主候補と知り、唖然としてしまった。
「ちょっと待って、主様。そのアースガルスから来た異世界人て、何者の話よ」
話の切れ間を狙ってシアラが口を挟んだ。リザ達の事情を深く知らないシアラとエトネの頭上ではクエッションマークがいくつも並んでいた。
彼女たちの秘めた過去に関する事だけに、自分の一存でどこまで話していいかどうか迷うレイは言葉を濁した。すると、リザが助け舟を出した。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。……この先、二人と旅をする以上、聞いて欲しい事があります」
リザはそう前置きすると、自分たちの境遇の一端を話す。自分達は奴隷の身であることで生きながらえている。そんな境遇に追いやった存在が異世界人であること。そしてそいつを殺すことを目的としてリザは強くなろうとしていることを。
「リザおねいちゃんも、レティおねいちゃんも、たいへんな目にあったんだ」
自身の境遇と重なる部分があって共感したのかエトネは涙ぐんだ。一方でシアラは黙ったままリザの話を聞いていた。
「多分、僕の推測は間違っていないと思う。少なくとも、この世界のどこかでまだ生きて世界を救済しようとしている『招かれた者』と、リザの目的の人物は同一人物だ。……僕はそいつと会いたい」
「……会ってどうなさる気でしょうか?」
「そいつがどうやって世界を救うのか。『七帝』を殺すことで世界を救おうとしているのか、あるいはそれ以外の方法を見つけたのか。僕はそれが知りたい。だから、リザ。教えて欲しんだ。そいつが何者で、どこに居るかを」
レイの真剣な瞳はリザを正面から射抜く。
(……来るべき時が来たんでしょうか)
リザはレイの痛いほど真剣な視線から目を逸らすと、胸中で嘆息する。いつか、話さなくてはいけないと漠然と感じていた。それをあれやこれやと内心で理由を付けて先延ばしにしていたつけを払う事になる。
そっと、握られた拳に温かな温もりを感じた。下を見れば、隣に座っているレティが姉の手を握っていた。まるで勇気づけるように。しかし、一方でレティは翠色の瞳に不安を滲ませていた。
(分かってるわ。……あの事だけは絶対に言わない)
リザは言葉に出さずに、胸中で告げた。代わりに、妹の手に重ねるようにもう片方の手を乗せた。あの事は誰にも話せない。命を狙われるのが自分たち姉妹だけならまだいい。もし、レイやシアラ、それにエトネ。いや、それどころかファルナやオルドといった『紅蓮の旅団』にまで魔の手が伸びたら。
それが姉妹にとって一番恐ろしかった。
「……私も多くは知りません。名前も、年齢も。アースガルスという世界から来た事しか知りません。ですが、アイツが何と呼ばれているのかだけは知っています」
瞬間。脳裏に蘇るのは真っ赤に燃えた修道院。四方を煙と火に囲まれた礼拝堂。至る所で死に絶えた修道女や孤児たち。どの顔も無残な死に顔を晒していた。
そして。
物言わぬ骸となった兄の返り血を浴び、鮮血に染まった銀甲冑を。少女は生涯忘れない。同時に味わった恐怖が背骨を撫でた。途端に言葉が出なくなる。此処にはいないはずの銀甲冑が兜の隙間から自分を睨んでいるかのような恐怖を味わった。
呼吸が乱れ、苦しくなる。リザの額に大粒の汗が浮かんだ。
明らかに様子がおかしくなったのは対面に座るレイにも分かった。彼は一瞬、もういい、と告げたくなった。彼女の苦しむ姿を見たくないと思った。
だけど。それを告げようとして、鋭い視線に押さえつけられた。送ったのはなんと、レティだった。彼女は無言のままレイを見つめていた。
レイはその視線を静かに見返して、上げた腰を下ろした。
(これは二人の問題だ。同じ地獄を潜った姉妹の乗り越えるべき壁だ。僕に出来るのは待つだけ……か)
手助けできない事に寂しさを覚えたレイは待つと決めた。そして、息を整えたリザは、自分の復讐するべき相手の二つ名を告げた。
「アイツの二つ名は―――『勇者』です」
「「―――っはぁ!?」」
驚愕の声は二つ。一つはレイ。もう一つはシアラだった。二人は立ち上がらんばかりに驚いていた。すぐに衝撃から立ち直れたのはシアラだった。
「ちょっと待って、アンタが言う『勇者』ってまさか、あの『勇者』の事を言ってんじゃないでしょうね!? あの銀甲冑の!?」
「知っているんですか!?」
今度はリザとレティが驚く番だ。シアラは頷くと、苦々しい口調で過去を思い出す。
「まあね……人魔戦役の時に酷い目にあったのよ」
それっきり、少女は固く口を閉ざした。少なくとも語りたい思い出ではないようで、リザもそれ以上追及するのを諦めた。
そんな中、レイは驚天動地の只中に居た。
(ちょっと待ってくれよ! 『勇者』って、あの『勇者』? 『七帝』の内の一体かよ!?)
クロノスが話した世界を崩壊に導く七体。そのうちの一体に『勇者』はカウントされていた。リザとクロノスの言葉が正しければ、異世界アースガルスから来た『招かれた者』は『七帝』の一体、『勇者』と言う事になる。
(いやいやいやいや! あり得るのか、そんな事が!?)
混乱ばかりして、思考は一向に纏まらなかった。そんなレイを不思議に思ったのかエトネが声を掛けた。
「どうかしたの、おにいちゃん」
釣られて、少女たちの視線がレイに向いた。彼女たちは『七帝』の中に『勇者』が居る事を知らない。レイは『七帝』の二つ名を説明していなかった。サファの事を考えて説明できなかったという理由もあるが、もし、彼女達がレイの元を離れると言った時、余計な事を知っていると危険に巻き込まれると考えて情報は最小限に留めていた。
そのため、レイが何に混乱しているのか少女たちは見当もつかなかった。
どう説明するべきか悩むレイだったが、そこに新たな闖入者が現れた。ある意味、混乱の極地に立たされたレイにとっては救いの手ではある。
「お前さんらよー」
野太い声が全員の視線を誘導する。いつの間にか机の傍に立っていたのは店主だった。
「いつまでもそこに居座られると、商売あがったりなんだ。悪いんだが、出て行ってくれないか」
いつの間にか、露天には列が並び、机を占拠しているレイ達に厳しい視線を送る。
「少し、考える時間をくれないか。買い出しはシアラとリザに任せる」
露天を離れたレイはそれだけ言うと、終始押し黙ってしまった。ムッツリと眉間に皺を寄せて考えこんでいた。
無論、リザの話した『勇者』について彼はずっと悩んでいた。どうして、『招かれた者』が『七帝』に至ったのか。どうして『招かれた者』がリザの復讐の相手になったのか。それをリザ達に説明するべきなのかどうか。
(リザの事だ。サファさんと同格の相手と知っても、怯む事なんて無いんだろうな。それどころか、知れば討伐軍に参加したがるかもしれない……でも、今の僕らじゃ、絶対に死んで終わる)
余計な情報を与えないと考えたのが、返っていい方向に働いている。リザは『勇者』が『七帝』だとは知らないでいる。
(シアラの反応からすると、『勇者』は有名人のようだ。リザの居ない所で尋ねてみるか……いや、でも下手に探りを入れれば目敏いシアラの事だからすぐにばれるだろうし……ああ、如何すりゃいんだよ!!)
心の中で絶叫を上げることのメリットは、どれだけ声高に叫んでも聞こえない所だろう。レイは内心であれやこれやと考えを巡らせていた。
一方で買い出しを任された二人は先頭を歩きつつ、長旅に必要な物資を買いこむ。水や食料を始めとして、薬草や、安物だけれど必要な日常雑貨の類。戦闘に必須なポーションを始めとした道具も割高ではあるが購入しておく。それにエトネの服も見立てた。動きやすさを重視したノースリーブと短パンを上下三つずつ。それと下着の替えを三つ。靴は元から持っている物をそのまま使う事になった。
買った品物はレティのおねだりによって気をよくした商人の下働きが駐車場に止めてある雛馬車まで運んでいく。五人はそのまま、人ごみを流れるように買い出しを続けた。
―――後ろから近づく、怪しい風体の男たちに気づかないまま。
「必要な物は大体揃ったわね。最後は……あのニチョウ用に鞭とブラシも必要ね。……鳥って、ブラシで良かったのかしら?」
「どうなんでしょうか。あそこに馬に関する露店が出ています。聞いてみましょう」
リザとシアラが指さす方向に馬の手入れの道具などを扱う雑貨屋が開いていた。アマツマラでは馬不足の為か、他の露天程賑わっておらず、二人ばかりが馬の鞭などを手に取って眺めていた。
近づくリザ達に店主が愛想笑いを浮かべた。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
「ニチョウ用の道具を。……置いてありますか?」
リザの用件を聞くと店主はありますよ、と返した。
「ニチョウはもう成体ですか? だったら、鞭とブラシ。それにヤスリが必要になりますね」
店主は慣れた手つきで、それぞれの用途を説明する。リザ達はその説明に真剣に聞きながら相槌を打っていた。
その間もレイは『勇者』について頭を悩ませていた。そのため、先に露天に来ていた二人組とぶつかってしまった。
「―――っとと!」
「おっと」
肩をぶつけてしまったレイはようやく正気に戻ると、ぶつかってしまった相手に謝った。
「すいません、考え事をしてまして。大丈夫ですか?」
「いや、よい。気にするでない」
尊大な口調が返って来た。レイが顔を上げてぶつかった相手を見ると、その奇妙な出で立ちに驚いた。
レイよりも頭二つ分は大きい。上半身は襟を立たせたシャツを羽織り、前を止めず開き広げている。そのため、褐色の肌が惜しげも無く晒している。程よく鍛え抜かれたしなやかな筋肉は肉食獣を想起させる。
下半身は黒地に金の刺繍が施された、豪壮な装いだ。何より目を引くのは手首や足首、そして首にこれでもかと下げられている黄金の装飾だ。
若々しい涼しげな風貌と併せて、相当高位な身分の青年だとレイは睨んだ。
「このような往来だ。誰かとぶつかる事もあろう。気を付けておくように」
またしても尊大な口調ではあるが、レイは気に障る事は無かった。むしろ、この男の品格に相応しい言葉遣いだと受け止めた。
すると、鋭い視線を感じて、視線を横に向けた。男の連れと思わしき人物がレイを睨んでいたのだ。
全身を覆うマントで分からないが、起伏のあるシルエットから女性だとレイは推測した。顔を覆うベールから覗く鋭い視線はレイに対してありありと敵意を向けていた。双頭の槍を握る手に力が篭った。
「止せ。……済まぬな。連れは少々気が立っている。我らはこれで失礼させてもらう」
男は言うなり、露天の前から女を連れて、離れて行った。途端に、掛かっていた圧力は止み、レイは嘆息した。
「何だったんだ、アイツら」
首を傾げて雑踏に消える二人組を見送ったレイに対して、シアラが声を掛けた。
「主様。巾着をちょうだい」
言われて、レイは懐に入れてあった巾着を取り出し、シアラの手に乗せた。
―――瞬間。二人の視界から巾着の姿は掻き消えた。
「……あれ?」
「主様! あっち!!」
シアラが叫び指さした方を向くと、少し離れた場所から、鞭でレイの巾着を奪った小男が居た。小男はレイに見せびらかすように巾着を振る。
そして、雑踏に紛れようと駆けだした。
「待てよ、この泥棒!!」
「ご主人様! 一人で行かないでください!!」
後方でリザが叫ぶもレイは止まらない。それどころか、
「みんなはそこで待っていて! 直ぐに取り戻して帰るから」
と、返した。少年は雑踏を掻き分け、小男を追いかけた。
奇妙な事に、時に遅く、時に早くと小男は速度を変える。まるでレイのスピードに合わせるかのようだった。レイはその事に気づかないまま誘導され、闇市の中でも特に治安の悪い地区に足を踏み入れてしまった。
立ち並ぶ露天の中身はどれも禁制の品ばかり。通りを歩く者も、どれも一癖も二癖もありそうな者達ばかりだ。
王国が住民の為にと黙認した闇市で大手を振って開かれている暗部へとレイは足を踏み入れてしまった。ようやく少年は自分が嵌められたことに気づいた。
小男が足を止めると、待ち構えるように人相の悪い者達が五人ばかり、物陰から姿を見せた。彼らは素早くレイを取り囲むように逃げ道を封じた。
「おうおう、小僧。ちょいとばかし、恵まれない俺らに金を恵んではくれないかね」
小男から巾着を受け取った大男がレイに向かって言う。威嚇するように周りはニヤニヤと武器をひけらかした。
「その巾着の事ですか?」
「ちげぇよ! お前の持ってる、小切手の事だよ!」
大男は腰に差してあった大剣を抜くと、それでレイに刃先を突き付けた。コートの中にある小切手に切っ先は向く。
(何でこいつ等、小切手の事を知ってるんだ。……この街で知っていると言えば、オルドやテオドール。それにヤルマルさんに……ああ、そういう事か)
レイは自分の迂闊さに深い溜息を吐いてしまった。
「お前ら、両替商の差し金だな」
「……何のことか、サッパリだな」
大男は余裕を崩さないが、唇の端が引き攣ったのをレイは逃さなかった。事実、レイの推測は正解だった。
彼らは両替商の手下だ。彼らの目的はレイの持つ小切手。両替商は闇市で、これはと眼を付けたカモを手下たちに襲わせ、小切手を奪わせると、それを売り払うという裏の仕事をしていた。
年若い冒険者にそぐわない大金を持つレイは、まさに格好の餌だった。
「いいから、さっさと出すもんだせよ!」「なんなら、ついでに身ぐるみを剥いでやろうか!?」「全裸にして門に吊るしてやるのもいいかもな」
下卑た野次が次々と飛んでくる。もちろん、レイは小切手を大人しく支払う気は微塵も無かった。周囲を見渡せば、荒事は日常茶飯事なのか、誰も助けに入るつもりは無いようだ。切り抜けるには独力で何とかするしかない。
(まさか、こんな所で戦う羽目になるなんて)
レイはファルシオンへと手を伸ばそうとして、驚いて手を止めさせられた。なんと、鞘に収まっているコウエンが熱を発しているのだ。
何故自分を使わないのか、と。文句を言っているかのように。
「こんなゴロツキ相手に、お前をお披露目するのは勿体ないだろ。お前の出番はまた今度だよ」
そう呟くと、コウエンは納得したかのように熱を治めた。
レイは改めて、ファルシオンを抜いた。合わせるように男たちも身構え、殺気立つ。
「悪いけど、お前らに渡す金は無い。さっさと巾着を渡して降参してくれないかな」
「度胸だけは認めてやるよ。……お前ら、やっちまえ!」
「「「うぉおおおお!!」」」
大男の号令に男たちが駆けだした。レイはファルシオンを構えると、戦闘を開始する。
読んで下さって、ありがとうございます。




