4-47 選択
ぐぅー、と。
世界の崩壊について話す覚悟を決めたレイを妨げたのは、誰かの腹が鳴る音だった。全員の視線がエトネに集まった。童女は恥ずかしそうに俯いてしまう。
「……先に、ご飯を済ませようか。城壁内の用事も全部終わったし、後は闇市で出発前の準備をするだけだ。買い出しは後回しにして、向うで昼を取ろう」
「それはいいけど、主様。お金の方は大丈夫なの?」
シアラが心配しているのは小切手の方では無く、巾着に入っている硬貨の事だ。闇市では小切手は使えない。現金払いのみだ。その事を指摘されたレイはいまごろ己の失態に気づいた。
「しまった! ……大分使ったし、参ったな……どうしよう」
テオドールの工房で、リザとエトネの装備を購入し、更に全員分の装備を修復した代金で現金は一気に吹き飛んだ。ギルドではまだ小切手を硬貨に変える事は出来ない。
頭の中で金を借りられそうな人物を思い浮かべるが、どの人も先程別れたばかり。それなのにいきなり金の無心をするのは格好がつかない。
すると、リザがある事を思い出した。
「ご主人様。この前の買い出しの際に闇市に両替商が来ていました。おそらく、街で小切手の換金がされ難いのを知り、出店しているのでしょう」
「そうなの? それだったら、問題は無いかな」
両替商は日本でも行われているれっきとした商売である。本当の意味での両替商は国によって使われている通貨が違うため、自分の手持ちの現金をその国の通貨に両替する商売。エルドラドでは殆どの地域で通貨の単位がガルスで統一されているため、彼らの役目は小切手などを換金する事ぐらいだ。リザの説明では主に商会ギルドが無い地域での小切手の両替をしているとの事。
一行は闇市へ向かう。修復された正門を潜り、リザの記憶を頼りに両替商を見つけた。闇市の中でも人気の少ない一角。木の板を釘で押さえつけていた、掘っ立て小屋がそれだった。店の両側を筋肉隆々の冒険者が固めている。
カウンターで頬杖をついている店主の向こう側でガルスの入った木箱が山のように積まれていた。護衛を置くのも納得の量だ。
応対した店主は気だるげな口調で一人、一万ガルスまで。それも手数料に七分を取ると説明したが、背に腹は代えられなかった。
レイは五人居る事を主張して、小切手の内に五万ガルス分を硬貨に替え、そこから三千五百ガルスを支払った。
「毎度アリ。……スリには気を付けなよ」
商人は粘っこい視線をレイに送りつつ、最後にそう付け加えた。レイ達が足早に立ち去ると、彼は傍に居た筋肉達磨に二三、何かを囁いていたが、レイ達に気づくよしも無かった。
現金を手に入れたレイ達は闇市の中で飲食店が立ち並ぶ区域に足を運んでいた。時刻は昼時。人の往来も増してきた。
はぐれないようにとリザはレティの手を繋ぎ、匂いにつられて歩き出さないようにシアラがエトネの首根っこを掴んでいた。彼女は幾重にも重なった匂いの渦から、食欲をそそる匂いを優れた鼻で嗅ぎ分けると、一目散に走ろうとする。
その度に先読みしたかのようなシアラの手がエトネを捕まえる。それが一回や二回なら笑い話ですむのだが、十を超える頃になると、
「主様。……獣用の首輪を買って頂戴。もちろん、鎖付きで」
と、シアラが呟いた。低い声が彼女の本気を裏付ける。ようやくエトネは大人しくなった。
五人は落ち着いて食事がとれる場所として、イスとテーブルがある出店を選んだ。幸運にも、冒険者のグループが立ち上がったばかりの席を確保した。
店は麺料理を出す店だった。品数も一種類しか無く、全員それにした。僅かな時間を置いて、店主は五人分の麺料理を持ってきた。
「へい、お待ち!」
出されたのは赤いスープに入った麺だった。血の池のように赤い汁の表面に人参やらピーマンや、何かしらの肉が浮かんでいる。その隙間を埋めるかのように麺が沈んでいる。
レイは亭主が提示する金額を支払う。しかし、表情は固いままだった。
(しまったな。まさか激辛系の店だったとは。僕は大丈夫だけど、エトネやレティは厳しいかな)
レイが二人の様子を伺うと、幼女組は何の抵抗も無く麺を箸で手繰り寄せた。驚いたのはレイだけでなく、リザやシアラもだった。
「あ、貴女たち、これを食べるの?」
「ちょっと! そんなにいっぺんに口に入れない方が」
止めに入った二人を無視して、レティとエトネは麺を口に流し込む様に食べ始める。その速度は一向に衰える事は無い。
まさかと思い、レイも麺を箸で掴む。血の池のように赤いスープから持ち上がった黄色い麺には、赤い汁が絡みつく。
覚悟を決めて少年は麺を啜った。
だが。
「……辛くないや」
「「ええ?」」
レイの反応にリザとシアラは揃って驚いた。そして、二人も覚悟を決めると麺をゆっくりと啜る。三人の口の中には野菜特有の爽やかな甘さが広がっていた。
「……この赤い汁はトマトか」
「おう、うちの汁は牛の骨でダシを取ったのに、トマトを加えてんだ! 見た目とは裏腹にそんなに辛くないから、子供でも食えんぞ!」
店主がレイに声を掛けると、再び呼び込みを始めた。
トマトの味がする汁には多少なりとも唐辛子のような辛い物が刻んでいるが、それがかえって味を引き立てていた。いつの間にか五人は食事を瞬く間に食べ終えてしまった。
すると、店主がその喰いっぷりを気に入って、デザートを持ち出した。白い寒天のような柔らかい物体が小鉢に入っている。
食べてみると、牛乳を固めた甘い菓子だとわかる。食感からしても杏仁豆腐に近いとレイは思った。食後のデザートを味わいつつ、レイは周囲を見回した。客の入りは上々だが、満席では無い。
「おじさん! 悪いんだけど、このテーブルを少し使わせてくれないか。ちょっと話し合いに使いたいんだけど」
レイの申し出にあからさまに店主は顔色を変えた。そこですかさず、レイは先程支払った金額よりも多めの金額を支払った。積まれた硬貨に店主は相好を崩すと、「あんまり長居すんじゃねえぞ」と返した。
「許可も出た事だし、皆に聞いて欲しい話がある」
デザートが空になった事を確認して、レイは話を始める。周りの喧噪で掻き消えるだろうが、それでも用心の為に声を小さくする。
「まず、僕はエルフの隠れ里で13神が一柱、クロノスと出会った。……あの里に僕の探していた聖域があったんだ」
リザ達はレイの発言に度肝を抜かれた。無神時代が始まって千三百年。神に見放されたと習ってきたエルドラドの民にとって、神に会ったというのは途轍もない衝撃を与える。
「クロノスはこの世界が五年後に崩壊すると言った」
「「「「「―――っ!?」」」」」
続いて落とされた爆弾にリザ達は言葉を失った。レイは神域でされた説明を掻い摘んで、手早く進める。エルドラドが神々の遊技場と呼ばれた事や、結果として世界が一度崩壊しかけて巻き戻った事。
その中で、13神が進める遊戯の事は省略した。
異世界人であるレイにしても、彼女の話した世界の真実は途轍もない衝撃を与えた。ましてや、エルドラドに暮らすリザ達が、自分たちの世界の存亡を遊戯の盤にしている事を知るのは愉快とは言えないと考慮した。
彼は世界を滅ぼす『七帝』の存在。それをくいとめようとする十三人の『招かれた者』の存在。そして、自分がその一人である事だけを端的に説明する。さらに、テオドールから聞かされた七帝討伐軍についても話した。
「まさか……この世界が滅びるなんて……俄かには信じがたいです」
リザは顔面を蒼白にさせながら絞り出すように言う。隣に座るレティは机の木目をじっと見て何かを耐えるかのように顔を伏せていた。エトネは話の壮大さに付いて行けず、首を捻ってばかりだった。
そんな中シアラだけがレイをじろり、と睨んでいた。
「……なんだよ」
「どうせ、主様の事だから、まだ、話してない事があるんでしょ。……じゃなかったら、修練所から帰った夜にこの話をしていたはずよ」
レイは言葉に詰まった。確かに彼女の言う通りである。ここまではまだ、衝撃的な話ではあるが、そこまで秘密にすることでは無い。レイは観念したように告げた。
「クロノスから《トライ&エラー》の……欠点みたいなのを聞いたんだ。《トライ&エラー》を繰り返せば繰り返すほど、僕は色々な騒動を引き起こす因子になるそうだ。ネーデにゲオルギウスが来たのも、ウージアで誘拐騒動が起きたのも、アマツマラでスタンピードが押し寄せたのも。もしかしたら、僕のせいなのかもしれないんだ」
「そんな事ないよ!」
いの一番に反応したのはレティだった。彼女は顔を上げると、机を叩いて立ち上がる。翠色の瞳が烈火の炎を上げている。
「全部、単なる不幸な偶然だよ! いくらご主人様の技能がとんでもない物でも、そんな事あるわけ―――むぎゅっ!」
最後まで喋れなかったのは隣に座るリザが妹の口を塞いだからだ。いくら周りが騒がしくても、人目のある場所。騒ぐのは得策では無い。
「レティ、静かに。……ですが、ご主人様。妹の言う通りです。先程上げた三つはどれもご主人様とは別の因果関係があるはずです」
「……別の因果関係?」
リザは頷くと、一つずつ推測を述べた。
「ゲオルギウスの件については、ファルナやロータス様から聞いた話を元にすれば、ネーデの迷宮の最下層が発見された事で調査隊が送られ、その結果ゲオルギウスがネーデに転移したのですよね?」
ネーデの街のギルド長から口止めされていた内容だったが、オルドの口は軽かったようだ。
「ご主人様がいなくとも、ネーデの街にゲオルギウスが転移した可能性はあります。同様にスタンピードの件もそうです。アレを引き起こした黒幕は最初から、この時期のアマツマラを狙っていたと街では噂されていました」
「……確かに、ワタシもそう聞いたわ」
リザとシアラはレイが眠っている間に噂されていた話を思い出していた。ダラズを攻める時までスタンピードは完璧に隠匿され、アマツマラを落とすべく動かされていたモンスターと赤龍。
例え、国からの情報が降りて来なくても、現場で活動する者達の方が肌で正確な情報を感じ取る。
「ウージアでの一件も、私達の前の主、クロト絡みの問題です。ご主人様とは無関係に起きた事件です。……だから、ご主人様のせいではありません」
リザの言葉はレイにとっては有り難い言葉だった。しかし、それでも拭いきれないシミのように、囁くのだ。
―――やっぱり、お前が居たせいだ、と。
『黒い影』は囁く。それに、レイにとっての懸念はもう一つある。
「リザ。多分だけど、主様が気にしているのはそれだけじゃないと思うわよ」
その懸念にシアラは気づいた。彼女は金色黒色の瞳に理知的な色を浮かべると、レイの懸念を当てる。
「……過去よりも未来。主様が気にしているのは、《トライ&エラー》を使い続ける事で、その『七帝』とやらと遭遇しやすくなるのを気にしているんでしょ」
リザ達ははっとした顔でシアラとレイを交互に見た。レイは観念したように頷く。
《トライ&エラー》はレイの切り札だ。使わずにこの先生きて行けるかと言われれば、断言はできない。
しかし、使えば使うほど、『七帝』と遭遇する可能性を引き寄せる。事実、すでに『守護者』とは遭遇してしまっている。
「……あのさ。その『七帝』ってどのぐらいの強さなの? ……例えば、サファ様と比べたら、どっちが強いか、ご主人さまはクロノス様から聞いてないの?」
暗い沈黙を破ってレティが尋ねた。レイは彼女たちに『七帝』の存在は教えたが、二つ名は教えていなかった。レイとしては気が進まなかったのだ。
「……サファさんはその『七帝』のうちの一体だ」
「―――っ!!」
エトネが萌黄色の瞳を大きく見開かせてしまう。同様にリザ達も雷に打たれたかのように驚いてしまった。サファが『七帝』であるという事は二つの事を指す。
一つは『七帝』の強さがあのサファとの同等と言う事。
一つはエルフという種を守る『守護者』と敵対すれば、エルフを敵に回す事。
レイはこの二つを考慮して、『七帝』の中にサファがいる事を告げられずにいた。例え、エトネがエルフと共に暮らせなくても、彼女にとって血の繋がった存在だ。エトネだけじゃない。レイもリザ達もエルフと敵対することは望んでいない。
「……最悪ね」
シアラが全員の気持ちを代弁するかのように呟いた。レイは意を決して、告げた。
「ここまで聞いて、皆には決めて欲しいんだ。……この先も、僕と共に行くのか。それとも、別れるのか。多分、行けば地獄が待っていると思う」
レイは全員の反応を確かめず、一気にまくし立てた。
「それで、身勝手だとは思うけど、エトネを故郷に連れて行くまでは人手が欲しいから付き添ってほしい。けど、その先は君たちの意思に任せた―――っいて!」
最後までレイが言えなかったのは、彼の額に目がけてチョップが三つ降り注いだからだ。リザ、レティ、シアラ。彼女たちがレイに向けてチョップを軽く落としていた。
「ご主人様、いまさら何を言っているのですか?」
リザが呆れかえったように口を開くと、レティが頷きながら言葉を引き継ぐ。
「もう、地獄なら一緒に潜ってきた仲じゃない」
続いてシアラが、机の下で足を蹴り飛ばした。美しい笑みを浮かべてはいるが、額には青筋が浮かんでいる。
「舐めないでよね。ワタシが最悪って言ったのは、あんな怪物と遭遇する事じゃなわいよ。あんな怪物を躱す方法が最悪なだけよ」
「……いいの。《トライ&エラー》があるとはいえ、死に戻りのイタミに耐えられなかったら、死んじゃうんだよ」
「それなら逆に聞くけど、ワタシらが死ねば、主様も死んじゃう。言ってしまえば足手まといよ。それなのに、主様もワタシたちと一緒に居たいと思っているのは何でかしら?」
レイは答えに窮した。答えが分からないからでは無い。答えを言うのが照れくさかったからだ。それを察したシアラは表情を緩めると、
「ワタシも……ううん。ワタシたちも同じ理由よ」
リザとレティも同意するように頷いた。彼女たちは例え、天地を飲み込む怪物と遭遇することになるとしても、レイと共に居る事を選んだ。
それはレイにしてみると、言葉で言い尽くせない程の感情を齎した。一方で、エトネは一人黙っていた。彼女はパーティーではあるが、故郷に帰るまでの期間限定が付く。それゆえリザ達と同じ思いは抱けないでいた。
そんな童女にレイは視線を向けた。
「エトネは……むずかしくて、よくわかんない。セカイがほろぶとか、サファさんみたいなつよい人があと六人もいるとか。そうぞうできない」
一拍開けた後、言葉を継ぐ。
「でも、おにいちゃんにクエストをいらいしたから、おにいちゃんと……みんなと、いっしょにいたいです」
拙くもエトネらしい言葉だった。レイは全員の気持ちを受け止めると、宣言するように告げた。
「ありがとう。……僕はリーダーとして未熟だ。『招かれた者』としても、『七帝』と戦うかどうかも気持ちは定まっていない。……でも、それでもみんなと一緒に居たい。一緒に旅をして、世界を見て回りたいんだ。だから、これからもよろしくお願いします」
リザ達は揃って返事をした。
「「「「こちらこそ、よろしくお願いします。ご主人様!」ご主人さま!」主様!」おにいちゃん!」
読んで下さって、ありがとうございます。




