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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第4章 エルフの隠れ里
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4-42 パーティ結成

 エルフの隠れ里を出てからの道程はこれまでにない程順調だった。エトネの鼻を使い森の中の村々を繋ぐ道までモンスターを避けて到着すると、手に入れたばかりの魔道具。雛馬車を使う。


 掌サイズからあっという間に大きくなった馬車とキュイを繋ぎ、試運転を兼ねて道を突き進む。御者台に居るのはレティだ。


 キュイはその大きな体格に見合った力を持ち、ぐんぐんと馬車を引っ張る。幸運な事に雛馬車は特別な機構でも積んでいるのか、揺れは最小限に収まっている。馬車酔いしやすいレイでも問題なく乗っていられた。


 道の所々で関所のように陣取っていたモンスターは全てロテュスが相手してくれる。指輪から振るわれる鋼糸は、彼女の指の延長のように自在に動き、モンスターのコマ切れが完成する。


 レイ達は馬車を降りることなく、クライノートの森を出る事が出来た。そしてそのまま、南下してアマツマラには昼前に到着した。


「馬車の停留所はこちらです!」


 アマツマラの外城壁に沿うように立ち並ぶ闇市の一角にて、商人風の男がキュイの行く手を阻む様に立ちふさがった。どうやら、馬車や馬などの停留を請け負っている商人らしい。


 彼の誘導に従い、複数並んでいる馬車たちの横に雛馬車を停めた。そのままレイ達に向けて商人は交渉を始めた。


「停めとくだけなら、一日五百ガルス。動物の世話込みなら千ガルス……なんですが、ニチョウは女しか近づけませんので、千二百ガルスとなります。どうしますか?」


 相場が分からないレイはリザに視線を送る。彼女は品の良い眉の間に皺を寄せた。


「少し高くは有りませんか?」


「すいやせんね。今の相場はこれぐらいなんで。嫌ならいいですよ! 他所へ行ってもらっても」


 リザに対して商人は余裕を持った態度で返した。値引きに応じるつもりは無い様だった。レイは巾着を取り出すと五百ガルスだけ支払った。


 商人はまいどあり、と言うと手に持っていた紐を通した板に炭で日付などを記入した。最後にレイの名前を聞くと、そこに書き込み、レティに対してキュイに掛けるように渡した。


「そいじゃ、金目の物は手に持ってくださいよ。盗まれても保証しませんので。そいでは、行ってらっしゃい」


 それだけ捲し立てると、商人は再び馬車の呼び込みをすべく、走り出した。


「よかったの? この馬車、大きさを変えられたんでしょ。わざわざ、ぼったくられることも無いでしょ」


「いや。寧ろその機能を見せびらかす方が危ないと思ったんだ。下手に人目のある所で大きさを変えたら、余計なトラブルを招くかもしれないだろ」


 レイの意見に納得したシアラは馬車から降りた。その後リザとロテュスも続いた。最後に降りたエトネは、初めて出会った時に被っていたフード付きのマントを上から羽織っていた。自分の姿をあまりに他人に見せたくないという警戒心の表れだ。


 彼女は降りると、不安そうに彼方此方に視線を向けた。今のアマツマラはお世辞にも治安がいいとは言えない。スタンピードの傷跡が色濃く残り、氏素性の定かでは無い者の出入りが多くなっている。闇市そばの駐車場だけに人の喧噪も騒がしい。


 エトネを安心させるようにレティが彼女の手を握った。シアラもそれとなく、他の人から彼女が見えないように移動する。


「さてと。それで貴方たちはこの先どうするのかしら?」


 ロテュスが背伸びをおえると尋ねた。背中を反る関係で、豊満な胸が突き出されたのを視界に入れた瞬間、どこからか感じた殺気に怯えたレイは慌てて告げた。


「え、えっと。まずは冒険者ギルドに向かうつもりです。エトネを冒険者にするのと、『薬草採集』のクエストを終らせておきたいです」


 そもそも、クライノートの森に入った理由がクエストだった。道中で集めた薬草を提出してクエスト完了だ。


「それは助かるわ。私も貴方たちの無事をギルドに報告しなくちゃいけないけど、それには無事な姿を見せた方がいいものね」


 ロテュスは同意し、リザ達からも反対意見は無かった。レイ達はキュイと馬車を駐車場に置くと、アマツマラのギルドへ向かった。


 久しぶりのアマツマラではあったが、離れていた期間が一週間程度の為、さほど街の様子は変わっていない。スタンピードの傷跡を目にするたびに、胸の奥が軽く疼く。『黒い影』との対話を経て、自覚した罪悪感がレイを蝕む。


 レイは何度か呼吸を繰り返して、正面から傷跡を見つめた。崩れた建物。行方を探す張り紙。幼い兄弟を抱えて途方に暮れている子供。居なくなった子供の痕跡を捜し歩く親。


 それらを余すことなく、目に焼き付けようとする。


 一方でエトネはずっと俯いて歩いていた。彼女にとってみれば、アマツマラは街の規模だけでも最大。そこを行きかう人々の数も最大。そして、街の雰囲気も騒がしいことこのうえなかった。


 鼻だけでなく耳も良い彼女にとってアマツマラの街を歩くだけでも、非常に難しい。その上、彼女の境遇を加味すると、平静でいられる方が難しい。外城壁を潜った時から、彼女はずっとひび割れた石畳を見つめていた。


 その背中を叩いたのはシアラだった。見上げたエトネに対して視線を前にしたままシアラは口を開いた。


「しゃんとしなさい。アンタは悪い事してないんだから。下を向く必要なんてないのよ」


 厳しい口調だが、エトネを気遣っての言葉だった。エトネは勇気づけられたのか顔を上げた。すると、彼女の萌黄色の瞳は落ち着きを無くしたかのように彼方此方を向く。


 怯えたのではない。見えてこなかった景色に気を取られ始めたのだ。例え瓦礫や煤で汚れた街でも、山育ちの幼女にはむしろ新鮮に写る。


 そして一行はアマツマラの中腹にある、ギルドへと辿りついた。


 幾らか残骸は減ってはいるが、いまだに青空ギルドは営業中だった。元噴水広場に机と椅子が置かれ、揃いの制服を着た職員が忙しなく働く。


 すると、そのうちの一人がギルドに近づく一行を、特にロテュスに気づいた。


「これはロテュス様!」


 その呼びかけにギルド付近に居た誰もが視線を向けた。なにしろA級冒険者にして容姿端麗なエルフ。彼女を一目見たいと思うものは後を絶たない。ギルド職員だけでなく、冒険者や街の人たちの視線を釘付けにする。


「ヤルマルか、その次ぐらいの責任者を呼んで下さるかしら」


 一行を代表するようにロテュスがアマツマラのギルド長を指名した。職員は「承りました」、と告げると一目散に走りだした。


 ロテュスの来訪で騒がしくなるギルド。途端にエトネは落ち着きを無くしてしまった。周りの視線を集めているのだ。レイだって落ち着かない。時折交わされる会話を盗み聞きすれば、


「『双姫』の傍に居るガキは誰だ」「連れてる女も若いけど、粒よりじゃないか」「あら、可愛らしい坊やじゃない」


 などの好奇心に晒されている。特に最後のは思わず背筋が寒くなってしまう。


 そうこうしているうちに、ヤルマルが職員に連れられて現れた。年に見合わない健脚を披露し、息を切らせていた。


「ぜぇー、はぁー。……無事でしたか、レイ君!」


 開口一番、ヤルマルはレイの無事にもろ手を挙げて喜んだ。レイは少々面喰ったが、頷いた。


「ええ。なんとか。……ご心配をおかけしたみたいで申し訳ありません」


「いやいや! こちらの情報の伝達に齟齬があったのが問題じゃった。本当に申し訳ない」


 深々と頭を下げたヤルマルはレイ達がアマツマラを離れた日の事を説明しだした。その日に行われた会議で森が一定以上の冒険者以外の立ち入りを禁止された事を。だが、会議が長引き、ギルドにその通達を出せたのが夜になってからだったことを。


 ギルドのミスと言うには、さほどのミスでは無い。むしろ、冒険者と言う命の危険がある職を選んだ時点で、そこから先は自己責任だ。ヤルマルが気を揉む事は無いはず。


 それでも、この老人はレイ達を心配してわざわざA級冒険者にクエストを依頼したのだ。レイはその気持ちが嬉しくなり、再度礼を述べた。リザ達も主に習い頭を下げた。


「はいはい。いつまでも頭を下げ合ってないで。ほら、クエストの報酬を頂きに来たわよ」


「おお! これは忘れておりました」


 ロテュスが声を掛けなければヤルマルとレイ達は永遠と頭を下げ合っていたかもしれない。彼女は焦れた様に報酬を催促すると、ヤルマルは傍に控えていた職員に報酬を取りに行くように頼んだ。


 しばらくして、職員は布に包まれた酒瓶を持ってきた。


「バルボア山脈の雪解け水と大地で作られたブドウのみを使用したワインです。私の蔵にある逸品ですぞ」


「ありがと。大切に飲ませて貰うわ」


 ロテュスはボトルを受け取ると、立ち上がった。これで彼女の用は全て済んだのだ。


「それじゃ、レイ。それに他の子たちも。短い間だったけど、これでお別れね」


「本当にありがとうございました。ロテュスさんが居なかったら、エルフの里に入る事もできませんでした」


 事実、レイ達だけではサファは通してくれなかっただろう。結果的にはエトネはエルフたちに受け入れられなかったが、彼女が居なければ孫娘と祖父の邂逅すらなかった。


 エトネもおずおずとだが、礼を言う。


「あの。……ありがとう、ございました」


 フードを被ったまま下げられた頭をロテュスは何処か優しげに見つめていた。彼女の長い指がフード越しにエトネの頭を撫でた。


「私や、ブーリンのような純血エルフ程じゃないけど、あなたも長生きするわ。……長い人生を楽しく生きるコツはね、好きな人を見つける事よ。たとえ、その人と死に分かれても、思い出は残るもの。……それを見つけられなかった私が言うのもおこがましいけどね」


 言うと、彼女は颯爽と歩きだした。レイ達は再び去りゆくロテュスに向けて頭を下げた。彼女は振り返ることはなかった。






「それでは『薬草採集』のクエスト報酬と魔石の価格を合わせた小切手となります」


 レイの無事を確認したヤルマルは、忙しそうに席を立った。代わりの職員がその後の応対を担当する。レイはレティの持つ革鞄から薬草の束と、レッサーデーモンの魔石を取り出した。


 二つ合わせて二万五千七百二十ガルスとなった。残念ながら、ギルドでは貨幣不足のため、小切手での支払いとなった。


 そしてレイは残った用を済ませるべく、職員に告げた。


「あと、この子の冒険者登録と、パーティー申請の本申請をお願いしたいんですけど」


「畏まりました。そちらの方もパーティーに参加するのでしょうか?」


 レイが頷くと職員はまず、冒険者登録を済ませるべく、審判官を呼びに席を立った。数分もしないうちに、目を布で覆われた青年がやって来た。レイは席をエトネに譲った。


 彼女は審判官の出で立ちに警戒心を漲らせていたが、質問には簡潔に応じた。


「名前は?」「エトネ」「年は?」「7つ」「種族は?」「狼人族ヴォルフのハーフエルフ」「貴方は内乱、放火、窃盗、殺人に該当する犯罪を過去にしましたか?」「してない」


 あっという間に彼女の偽りのない基本情報を書きだした。それを職員に渡すと審判官は去って行った。そして水晶玉を用いたプレートの作成が終わると晴れてエトネは冒険者となった。


 エトネは自分のステータスが刻まれたプレートを面白そうに眺めていた。その間にレイ達も各々ステータスの更新を済ませた。レッドゴブリンとグリーンボア。それにレッサーデーモンと三つの戦いを繰り広げた結果、全員レベルが上がっていた。リザとシアラは二つ。レティは三つ。レイは元のレベルが高かったせいか、一つだった。その代り、戦技が新しく追加される。


「それでは続いて、パーティー申請をしましょう。えっとレイ様の申請は……パーティー名ですね。それではまず、申請書を取り出しましょう。代表者のレイ様。水晶の上に手を乗せてください」


 レイは言われるがまま、右手を乗せた。そして、職員は『宣誓』を告げると詠唱を始めた。


「《戦士の肉に潜みし蛇よ》、《呼びかけに応じ、塒に戻れ》」


 すると、レイの手の平から水晶の中へと鎖が落ちた。そしてその鎖は瞬く間に羊皮紙へと姿を変えた。吐き出された羊皮紙を水晶から取り出した職員はエトネに向けて羽ペンを渡した。


「それでは新しい参加者の方に自署をお願いしたいのですが……書けますか?」


 エトネはしばらく紙と羽ペンを受け取ったまま、石化したかのように動けないでいた。


「もしかして、字が書けない?」


 レイが助け舟を出すと、エトネは思いっきり、首を縦に振った。山暮らしのエトネは文字とは無縁の生活を送っていた。リザが羽ペンを受け取ると、職員からメモ用紙を貰い、彼女の前でエトネと書いて見せた。


「これでエトネ。貴女の名前ですよ」


「エトネ……なまえ」


 エトネはそのメモ用紙を食い入るように見た。リザから羽ペンを受け取ると、メモ用紙と見比べながら名前を記入する。直線があらぬ方向を向いているが、一応エトネと読めた。職員も問題なしだと告げる。


「……あの、これ」


 エトネが職員に向かって声を掛けた。彼女はリザの書いたメモ用紙を指差していた。


「これ、もらっても……いい?」


「え、ええ。構いませんよ」


 職員が言うなり、エトネは宝物を触るかのような慎重な手つきでメモを摘まみ、大事そうに服のポケットにしまった。


(文字に興味が湧いたのかな。……本屋で文字を覚えやすいような絵本を探してみるか。……いや待てよ。あそこの本屋、まだ無事なのか)


 エトネにどうやって文字を教えるのかレイが考え込んでいると、職員がレイを呼んだ。


「それではレイ様。パーティー名ですが、如何しますか?」


 職員の手元には仮名としてミクリヤと書かれている。かつて、レイが咄嗟に思いついた自分の苗字をそこに記してもらった。


 異世界に自分の名前が一時とはいえ刻まれることに、奇妙な感慨を味わっていた。


 しかし、今日。レイはこの名前にも一つの意味を込める。


「パーティー名はそのままでお願いします」


「畏まりました」


 これは―――狼煙・・だ。


 世界のどこかに居るという、もう一人の救世主候補。そして『七帝』に向けて。ここに『招かれた者』が居るぞと知らしめるための狼煙だ。


 彼らが日本語を知っているという可能性は限りなく低い。響きだけでミクリヤが御厨だと分からないかもしれない。それでも、世界のどこかに居る、彼らに向けて自分が此処にいる事を告げる。


 戦うかどうかはまだ決めていない。けど、逃げないという選択だけはした。その覚悟の表れだった。


 職員が羽ペンの羽の部分で文字を撫でると、仮と書かれた部分が消え去った。そして職員は水晶に羊皮紙を戻した。するり、と入り込んだ紙片は瞬く間に鎖へと姿を変えた。


「それではプレートを握り、水晶の上に手を重ねてください。一番下は代表であるレイ様でお願いします」


 職員の指示通りに五人はプレートを持ち、手を重ねた。そして職員は詠唱を始めた。


「《塒に戻りし蛇よ、呼びかけに応じよ》。《契約を結べ、戦友は円卓の輪に連なる者也》」


 詠唱水晶内の鎖が蠢き、出口を求めてさまよっている。


「《魂を縛る蛇よ、その身を契約の証とかせ》」


 ぴくり、と。先端が持ち上がると上方、レイたちの方へと近づいていく。


「《フォーメーション》!」


 詠唱の完成と共に、鎖は一直線にレイ達を貫いて消えた。終わった証明のようにプレートにはmikuriyaと深く刻まれていた。


「正式に申請は完了しました。パーティー、《ミクリヤ》。等級はGから始まります。……なお、代表者のレイ様が死んだ場合、残った方が引き継ぐ事は可能です。引き継がれない場合は、パーティーは消失しますのでお忘れなきように」


 職員の言葉に了承を返した。ギルドで行うべき用事はこれで全て済んだことになる。机から離れると、リザが尋ねた。


「それで、この後のご予定は如何しますか?」


「うーん。とりあえず、日の高い内に出発はしたい。かといって、あいさつ回りをしない内にアマツマラを出る訳にもいかないしな」


 レイの脳裏にオルドを始めとした『紅蓮の旅団』。ギャラクやメーリア。それにニコラスなど世話になった人達の顔が過った。


(昼飯にはまだ早いし、ここは一度挨拶周りを済ませておいた方がいいかな)


 そう考えたレイは意見を言おうとして口を開くが、


「ここに居たのか! レイ!」


 という、大きな声に口を噤んだ。振り返れば、紫がかった赤い髪の少年が坂を駆け下りていた。先程思い浮かべた顔の一人、ニコラスだった。


 彼は人の隙間を縫おうとして、それが女性の集団だと気づくと大きく体を仰け反らしていた。女性恐怖症の彼らしい反応だ。


 やっとの思いでレイ達に辿りついても、レイ以外女性の集団であるため、彼は体を強張らせてしまう。レイは視線をリザ達に向けると、彼女は直ぐに察したのか女性陣をニコラスから遠ざける。


「ありがとう。……それで、ニコラス。久しぶりだけど、そんなに息を切らせてどうかしたのか?」


「お、おう。お前を探して昨日からずっと街を駆けずり回ってたんだよ。……師匠がお呼びだ。工房まで来てくれないか」


 ニコラスの師匠と言われて、レイは一瞬誰の事を指しているのか分からなかったが、すぐに思い出した。


 彼の師匠は、この国の王。テオドールの事だ。


エトネのステータス、及び、全員の更新されたステータスは4章のEXにて公開します。


読んで下さって、ありがとうございます。

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