3-54 精霊祭 六日目〈Ⅷ〉
リトライ八回目、ホワイトタイガーの群れを片付けたのち、レッサーデーモンと対峙。これで奴との戦いは五回目になる。残念な事に初手の刺突は避けられず、一撃目で右肩から先を切断された。この一撃が頭や喉。もしくは心臓などの即死箇所を狙ってくれたら《生死ノ境》Ⅰが発動し躱せる確率も上がるのだが、この世はそうは上手く行かない。大量の出血と落ちた右腕が握っていたファルシオンを無くしたことで戦闘続行は難しくなり、唯一残っていたダガーを握りしめて僅か一分後に死亡。
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リトライ十回目。振動続く迷宮内を駆け抜けている最中に転倒。十数秒のロスが発生してしまう。結果、出口まであと少しの地点で狭まった通路の壁面のおうとつに鎧が引っ掛かったため、ゴールを目前に動けなくなる。秒単位で鎧が軋み、《耐久》の加護が無くなり砕けた破片が自分の体に突き刺さる。更に深く食い込ませるように壁が破片を押し込む。完全に体内に潜りこませると、壁は僕自身を圧迫しようとする。まるで万力に固定されたかのように全身に一定の圧力がかかる。水風船を押しつぶしたように、僕の体は破けた。
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リトライ十二回目。レッサーデーモンの初撃の刺突を完璧に回避できたのは八回中三回のみ。残りの五回は一撃をまともにくらい、戦闘力が低下した状態で交戦。そして死亡した。しかし、九回目のこの時、遂に刺突の破り方を発見した。考えれば単純な話だが、魔法でも戦技でも技能攻撃でも無い以上、間合いの外に居れば攻撃は届かない。
来るタイミングは体が覚えている。レッサーデーモンの殺気に合わせて後方へと大きく飛んだ。空間そのものを突き破る刺突は空気を震わせたが僕の視線の先で何もない空間を突いたまま止まる。バトルアックスの先を見て、ようやく躱せた事に安堵した。
もっとも、初手を躱しただけで、その後戦いは無造作に振るわれるバトルアックスを躱し、一撃を入れるのがやっとだった。そして、七回目以来になる敵の本気を引き出せたところで、七回目をなぞるように死んだ。
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リトライ十六回目。ホワイトタイガーの群れに後れを取る事は無い。……と思って手早く片付けすぎてしまい、ホワイトタイガーの群れのボスと遂に戦う羽目になった。いままでは道を塞ぐボスをレッサーデーモンが切り倒していたから戦う機会は無かったが、あまりにも早くにホワイトタイガーたちを駆逐してしまい、そのイベントが無くなってしまった。
恐ろしい事に、ボスの体毛はファルシオンの刃を弾き、濁った瞳からビームのような光線を放つ。やはりボスなだけはあった。並みのホワイトタイガーよりも力も早さも戦い方も数段上を行く。
首筋を噛み切るボスの下顎は僕の血で赤く染まっていた。いくら群れに対する攻略法を見いだせたからといって調子に乗ってはいけない。個のボスを倒した直後にレッサーデーモンを相手にするのは無理だ。僕はホワイトタイガーたちを手早く倒してはいけないと心に刻んで死んだ。
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リトライ十九回目。これまでの死んで逝った自分が骸として積み上がる。その上に今の自分があり、経験は魂に焼き付いている。じゃなければこれまでの屍はタダの骸。残骸に過ぎない。
レッサーデーモンの刺突を、体を後方にそらすことで避ける。突きを外した敵の取る方法は二つ。武器を引き寄せるか、逆に距離を詰めるか。今回は後者を選んできた。伸ばした腕をそのままに一歩、間合いを詰めてきた。
その一歩に合わせるように僕も前進する。ファルシオンの刃は短く、自分の間合いに敵を捉えなければ話にならない。もっとも、それは敵の懐で戦う事になるのだが。危険を覚悟で近づいた。バトルアックスの柄が揺れるのを視界の端で確認すれば、すぐさま頭を下げた。頭上を唸って横に薙ぎ払われたバトルアックス。だけど、その刃は通路の壁へと激突した。レッサーデーモンの力任せの攻撃によってバトルアックスは壁にめり込んだ。
これで数秒はバトルアックスによる攻撃は無い。そう思って不用意に距離を縮めた。だけど、レッサーデーモンは迷うことなくバトルアックスを手放し、筋骨たくましい拳を握りしめる。身の丈並みのバトルアックスを軽々と振るう両手だ。触れれば、骨折では済まないだろう。
―――だったら、触れないまでだ。
繰り出される打撃のコンビネーションはまさに台風さながらの暴風を生み、剛腕の摩擦で焦げ臭い匂いが通路に立ち込める。それでも、拳は至近距離で躱す僕を捉える事は出来ない。
二秒後右に二歩。すぐさま左に戻って、壁を蹴る。床に着地をしたら足から力を抜いてしゃがむ。次はその体勢から上に大きく飛ぶ。天井の突起物を掴んで右腕のフックを躱す。ここで相手は仕切り直す為、一度後ろに下がる。合わせて僕も距離を取る。
互いに一足では詰められない距離を保って息を整えた。レッサーデーモンの素手の攻撃は顔に似合わず、実に合理的な動きをする。自分の動きで相手の動きをコントロールして逃げ道を塞いでから止めの一撃を放つ。逆にいうと、こちらが同じ行動を取れば相手も決まった行動しかとらない。パターンが固定化していれば覚えるのは容易かった。
しかし、それを実行するのは神経をすり減らす。それに避けたといっても薄皮一枚の所。顔や腕にレッサーデーモンの拳で切られた傷口が赤い血を流している。ともかく、ここまでは順調だった。
そしてここからが本番でもある。大抵、レッサーデーモンは僕を舐めてかかる。そのため戦い方が何処か大雑把で適当になってくれる。しかし、ひとしきり戦闘を終えると敵は本気の状態になってしまう。
距離を取ったレッサーデーモンは僕に対する警戒心を上げたのか、重厚すぎる殺意を放つ。通路に充満する殺意のせいで自分が深い海に沈められたかのような錯覚に陥る。無意識に呼吸まで浅くなってくる。
―――そして、世界が遅くなる。
爆発的な脚力を発揮したレッサーデーモンは僕を捕えようと一気に加速した。それは己の体を砲弾のように加速させ、触れたものを砕く破城槌のような一撃だ。僕はスローモーションの世界で、体を動かした。向かってくるレッサーデーモンの頭部に向かってファルシオンを向けた。
速度が世界に戻ってくると同時に、僕の体は大きく後方へと弾き飛ばされた。通路から広間へと弾き飛ばされ、二転三転と転がる。全身を割れそうな痛みが襲う。でも、その痛みに呻いている猶予は無い。震える足を叱咤して立ち上がり、腰のダガーを抜く。どろりとした物が額から溢れる。眉の上あたりを切ったのか血が垂れてきた。視界を遮る赤いカーテンを拭い去り、通路の方へと視線を向けた。
通路の出口に仁王立ちするレッサーデーモンはピクリとも動かなかった。頭部からファルシオンを生やしたまま絶命している。高速で突進した事が仇となった。羊頭の固い頭蓋を突き破ったのは己の突進力に他ならない。
ようやく、ようやくレッサーデーモンを一体倒すことが出来た。
でも、感動に震える余裕なんて無い。
出口を塞ぐ屍を突き飛ばして新しいレッサーデーモンが複数体通路から吐き出されてきた。足音や息遣いはまだ聞こえる。きっとレッサーデーモンの後ろにも複数のモンスターが列をなしているのだろう。その中にはリザを殺したアイアンライノーも居るはずだ。
「足、止め、しなくちゃ」
ズキズキと全身が痛む中、足を引きずって前に進もうとする。武器はバジリスクのダガーが一本。敵は超級モンスターが複数体。勝ち目なんて無いのは分かっているのに、壊れたロボットのように足は動く。
だけど、後方から伸びた手が僕を引っ張った。
「このバカレイ! いくらなんでも無茶が過ぎるわよ!!」
怒声に交じってどこか上擦った声が混じる。ピントの合わない右目は鮮やかな赤い頭髪を捉えていた。いつの間にファルナが僕の首根っこを掴んでいた。
「ファ、ファルナ?」
「そうだよ! アンタ、走れる? ってどう考えても無理か!」
自分で尋ねておいて自分で勝手に判断したファルナが僕の脇の下に自分の首を入れて一息で僕を持ち上げた。細い肩のどこにそんな力があるのかと驚きながら、荷物のように運ばれていく。そして、僕らは広間中央の結界へと飛び込んだ。
レッサーデーモンたちは僕らを追って結界へと飛び込もうとしたが光の膜に弾かれて侵入を果たせないでいた。しかし、奴らは自分たちが結界でダメージを受けるのも構わずに叩き割ろうとする。電流が流れる音と共にモンスターたちの怒り狂った声が聞こえてくる。あのままいけば、結界が崩壊してしまう。なにより、結界は迷宮の中央を塞いでいるに過ぎない。ホワイトタイガーの様にぐるりと迂回すれば、簡単に追いついてこれる。
「……ファルナ。避難民の誘導は……終わったの?」
「ああ、アンタが時間を稼いでくれたおかげで、お釣りもでたぐらい、さ!」
語尾が強くなったのはファルナが結界の中央で跳躍したからだ。まるで、堀を跨ぐかのように前へと跳んだ。すると、流れる視界の中にキラキラと反射する何かを見つけた。次いで鼻に刺激臭が飛び込む。これは……油か?
すると、ファルナがくるりと回るとその油に向かって右手を差し出した。
「《超短文・初級・炎ノ蛇》!」
詠唱と共に吐き出された炎が蛇のように地面を這い、油に引火した。その火は瞬く間に燃え広がり、結界内部だけでなく外側にも伸びていく。あっという間に広間の中央付近を横に割る炎の壁が出来上がった。同時に結界が崩壊した。
オレンジ色の火を放つ炎の壁に降り注ぐ結界の欠片という幻想的な光景が生まれている。結界は破れたが、炎の壁がモンスターの行く手を遮っている。しかし、あの魔法は一度見た事はあるがこれ程の威力は無かったはずだ。
僕の疑問にファルナが応えた。
「支給された油を広間に撒いておいたのさ。いくら超級でもこの炎の壁を易々とは超えてこないはず!」
確かに炎の壁越しに黒い影が見え、レッサーデーモンの怒りまじりの鳴き声が響く。だけど、相手は超級モンスター。じきに炎の中に飛び込んででも向かってくるはずだ。足止めとしてはあまり期待できない。
だけど、ファルナが用意した仕掛けはこれだけでは無かった。次の広間へと続く通路は、前に僕が通ってきた時とは違う光景だった。等間隔に光り輝く壁が何枚も展開している。その輝きは魔石を弾く結界にどこか似ていた。
「《クローズドウォール》。魔石を弾く結界をこの通路だけじゃなく、避難が完了した通路にも作るのさ。これで奴らは通路を通る度に足止めをくらう。時間は稼げるはずだよ」
自信に満ちた声が聞こえた。やはり、ファルナを頼ったのは間違いでは無かった。光の壁が展開する通路を抜けて、僕らは二つ目の広間、B-7へと辿りついた。通路の出入り口で待ち構えていた冒険者たちがファルナの顔を見てほっとした様に表情を緩めた。
「姐さん! 無事で良かったですよ。急に戻るんですから」
「悪かったね。……ここの避難は完了したのかい?」
「ええ。……指示通りに。でも、クランの名前を使ってしまいましたが宜しかったんですか?」
不安げな冒険者の言葉にファルナは快活な笑みを浮かべて返す。
「責任はアタシが取るよ。それより、手はずは整ったかい、キャメル」
キャメルと呼ばれた冒険者は頷くと、広間の中央へと向かって手を向けた。人気のない結界内は天幕が踏み荒らされた跡を残していた。そして鼻をつくような刺激臭が充満していた。
「さっきの広間と同じように油を撒いてあります。それと使えそうな武器なども手分けして運んでいます。ここの防衛部隊が言うことを聞いてくれて助かりましたよ」
「そうかい、それじゃ、さっさと次の広間へと向かうわよ」
指示を下したファルナに合わせるように冒険者たちは動きだす。当然、ファルナも動こうとするのを僕が制した。
「もう、大丈夫だ。……自分で歩ける程度には回復したよ」
「……分かった。でも、無理すんじゃないよ」
しぶしぶといった具合にファルナは僕を下ろしてくれた。まだ、足はふら付くけど走る分には問題は無い。それよりも次の広間にはリザ達が居るはずだ。いくらなんでもファルナに担がれたままの姿は格好が悪い。
差し出された回復薬を飲んで、僕もファルナの後に続く。広間を抜ける前にファルナは火を放った。今度は炎の壁どころか広間一帯が炎の海とかす。背後の熱気に急き立てられながら次の広間へと向かった。
その最中に通路に魔方陣を刻む魔導士たちの姿を捉えた。彼らは一心不乱に《クローズドウォール》の魔方陣を迷宮に刻み込む。
そして、遂にC-8に戻って来られた。
死に戻りのスタート地点が此処である以上、死ぬたびにここに戻ってきているはずなのに、ようやく帰って来たという感情が生まれている。感傷に浸っていると横合いから聞きなれた声が聞こえた。
「あー! ご主人さま!!」
どん、と腰のあたりで音がする。視界を下に向ければ僕の腰にしがみ付く、栗毛色の頭髪が目に飛び込んだ。放さないように力いっぱいしがみ付く少女に声を掛けた。
「ただいま、レティ」
「おかえり、ご主人さま」
エメラルドグリーンの瞳に涙を浮かべているレティがこちらを見上げている。そして、遅れてやって来たのはリザとシアラだった。
「ご主人様! ご無事……とは言い難いですが、お帰りなさいませ」
「心配かけさせるんじゃないわよ、馬鹿主様」
二人とも心配半分、怒り半分といった表情で僕を睨んでくる。特にリザは何か言いたげな気持ちを込めた視線をぶつけてくる。だけど、今はその事に構っている暇は無かった。代表するようにファルナが一歩前に出た。
「リザ。ここの撤退は完了したの?」
「ええ。ここと次の広間を避難民は通過したわ。足止め用の仕掛け終えたから手の空いている者達は次の広間へと向かったわ。残っているのは私たちだけ」
それでギャラクさんやホラスの姿が無かったのか。人気のない広間を見て、得心がいった。
「なら、急ごう。何せ五十の広間だ。渡り切って地上に出るのも時間が掛かるはずだ」
僕が言うとなぜかリザが首を横に振って否定した。
「実は迷宮の……変成? によって広間の配置が特殊になっています。報告ではこの先の広間はあと七つしかありません」
「何だって! それじゃ、残りの四十の広間はどこに消えたんだよ!」
ファルナの疑問は当然だった。僕はてっきり下に繋がる階段から地上へとつながる階段は全て一直線に繋がっているのかと思った。しかし、リザやシアラの様子を伺うと違うようだった。
「主様。ここで時間を潰しても意味は無いわ。ギャラク様からワタシたちは別行動をとっても良いと許可が下りている。……むしろ、独断行動したから手にあまると判断されたのかもしれないけど、とにかくセーフティーゾーンまで行きましょう」
「分かった。それじゃ、急ごう」
シアラに促された僕らは慣れ親しんだC-8を離れる。背後からファルナの強烈な視線がこの女は一体誰だ、と問い詰めてくる。物理的な痛みを伴う視線に対して、今は時間が無いからと自分に言い聞かせて振り向かないようにする。もっともそんな事をすれば加速度的にファルナの視線は強くなっていくだけだが。
僕、リザ、シアラ、レティ、ファルナの五人はスタンピードの群れを足止する準備を行っている広間を幾つも抜けた。そして、アマツマラの迷宮の入口へと戻ってきた。
そこは数日前に訪れた時と風景が異なっていた。前は正方形の広間だったのが、いまでは六角形の広間だった。そのうちの五つの壁にそれぞれ通路が繋がっている。僕らが出てきた通路もそのうちの一つだ。正面には地上に向かう階段が伸びていた。
姿形を変えたセーフティーゾーンでは予備兵役や冒険者、鍛冶師風の人などが集まって言い争いを続けていた。他の通路に吸い込まれていく避難民たちは不安そうに中央に集まっている人々に視線を向けていた。
僕らは事情を聞こうとして議論する人たちの輪に加わり、聞いてしまった。自棄になったように叫ぶ男の声を。
「なんで、こんなことになってんだよ! 下からはモンスターの群れ。地上の出口には赤い龍が待ち構えているなんてよ!!」
―――ああ、シアラの予知が遂に来た。
意外な事に、この土壇場で自分の精神は驚くほど冷静だった。死に戻りが重なり、心が摩耗して反応を示さなくなっただけかもしれないが。かつての恐怖心は感じられない。
シアラが僕に振り向き金色黒色の瞳を向ける。リザとレティもそっと僕を伺うように青と翠の瞳を向けた。僕は来るべきものが来たのだと理解した。
何処にも逃げ場所も隠れ場所も無い。後ろからモンスターの群れが押し寄せ、前には赤い龍が立ちふさがるなら、戦って活路を見出すしかない。
立ちふさがる壁を打ち砕くべく、拳を強く握った。
読んで下さって、ありがとうございます。




