2節 物語ヲ。
やっと首根っこを解放された私は、寝ることを諦めてオカルト研究部へ向かった。保健室が駄目なら部室だ。正式な部員ではないけども、戸無瀬七不思議の謎を解き明かしたという大きな仕事をやり遂げたのだから、部員以上の存在感があるはず。しかしそう思っているのは私だけだ。だって、今や戸無瀬七不思議の全ての不思議は“デタラメ”と認定されているのだから。
1番目【保健室のベッド】
夕方になると、呻き声が聞こえる。
2番目【2階女子トイレ】
小さな女の子がお母さんを呼ぶ声がする。
3番目【理科室の人体模型】
人体模型が動く。
4番目【音楽室のピアノ】
誰もいないのにピアノを弾く音がする
5番目【地下防空壕】
複数人の呻き声がする。
6番目【屋上の女子生徒】
飛び降り自殺した女子生徒の霊が出る。
7番目【校庭の散らない桜】
桜が散らない。
――桜、咲いてないしね。
唯一の真実だった7番目も、本当は催眠による幻覚であった。朝霧先輩曰わく、桜木六不思議としては全て真実らしいけど。
部員のつもりで開いたオカルト研究部の扉。中には同じくサボリの朝霧蒼夜先輩がいて、目が合った私はいつものように親しげに挨拶をしようとしたけれど、寸前で自分に「待った」をかけた。
この朝霧先輩は、一体、“いつ”の朝霧先輩なのか。私のことを知らない? 知ってはいても、どこまでの仲なのか? 七不思議に関して、どこまで認識している?
うーん、と一人怪しく悩んでいる私を不思議そうに眺めていた朝霧先輩は、やがてクスクスと笑い出した。
「授業をサボってまで部活見学か……入部希望?」
そう問われ、私はその気も無いのに頷いた。
「オカルトに興味あるんだ?」
「多少……」
「なら、戸無瀬七不思議は聞いたことあるだろ?」
「はい」
「あれは、ただの噂だと思う?」
「いいえ。全部、本当だと思っています」
「その根拠は?」
「えっ? えーと……噂には、必ず噂ができる理由があるはずなんです。だから、一概に嘘とか……」
「うん。合格」
あまり深い意味の無さそうな入部テストに合格した私は、おそく初対面である朝霧先輩からまっさらのノートを手渡された。手の平サイズで、ハードカバー形式のそれなりに高級そうな代物だ。
「これは??」
「ノート」
「それはわかってます!」
「記録するんだ」
「なにをです?」
「知ったことを。オカルトに限る必要はない。初めて知り、また面白い、素晴らしい、などとにかく感銘を受けたことを書き記す」
「……はぁ……記録して、どうするんですか?」
「記録したそのノートは、味わい深い物語となる。どんな小さな事象にも、発生する原因と成りうる物語が必ず存在する。それらを纏め、残しておくんだよ」
「……はぁ……なんの為に?」
朝霧先輩は自分で口にすることすら可笑しいらしく、照れ笑いをしながら、しかし真剣そのものの瞳で言う。
「こんなことを言うのは大袈裟すぎるかもしれないし、俺は狂ってしまったのかもしれない。でも俺は、この世界が崩壊してしまった時の為に――そして、死滅した世界を目の当たりをした異人に、この世界にも物語があったことを伝えたい。その時の為に、あらゆる物語を記しておきたいと真面目に考えている。大真面目に」
笑うことは出来なかった。むしろ、私は顔を引きつらせていた。だって、世界の崩壊なんて――下手したら、明日にでも起き得る事象だから。
「わかりました。私、出来るだけ多くの物語、記録します」
「ははは、俺の話なんか適当に流してくれたらいいのに。でも真面目で正義感の強い、可愛い後輩が出来て嬉しいよ」
朝霧先輩は続けて言う。
「では、入部にあたっての登竜門なんだけど――戸無瀬七不思議について調べてきてほしい」
「はい!」
「――特に」
「はい」
朝霧先輩は部室の扉を、いや、その向こうにある校舎を突き抜け、校庭にある桜の枯れ木を見つめる。
「桜が咲かない理由、知りたい」
「……はい!」
あれほど桜が散らない理由を探していた私は、奇妙なことに咲かない理由について調べることとなる。でもなんとなく、私の中では答えが出ているような気がするんだ。
「おっ」
昼休み、桜の枯れ木の下にて、私の弟とその親友、相模七叉の姿を発見する。これは世界の真実について平然と触れることが可能なメンツだ。
「ねーえ! なんでこんなところにいるのー?」
片手をブンブンと振って走り寄る。2人は、この場所を選んだことに大した理由は無いらしいが、なんとなく来てしまった、とのことだった。
「世槞か。なんだか、性格が変わったみたいに明るくなったな。前は大人しくて、ビクビクと脅えていたか弱い女の子……」
「違うよ七叉。こっちが本当の姉さんなんだ。どうやら姉さんは、言葉遣いや立ち振る舞いの男っぽさについて苦言を呈した僕のことを相当に気にしていたらしいんだよね。現に今、戻っていた言葉遣いがまた女らしく……」
その口を塞ぐべく、私は身体能力を駆使して紫遠に足払いをかけた。簡単に避けられたことについては言うまでもないけど、口を塞ぐことに成功はした。
「仲良いな……お前ら」
相模くんは乾いた笑いを漏らし、私が調べに来た桜が咲かない謎については不明だと言った。
「じゃあ、世界を裏から監視している組織に属する相模くんに別の質問。――どうして組織は、常盤先生を放置してたの? 組織は世界の均等を保つことが目的なんでしょう? なら、常盤先生なんて始末対象最有力候補じゃない」
相模くんはサラッと答える。
「常盤先生自体は、世界にとって危険な存在ではなかったから」
「……影人を匿ってたわよ? しかも自分の“娘”とか気の触れたこと言っちゃって」
「組織が始末するのは、世界にとって危険である影人のみだ。影人が誰の助けを得ていようが、関係ない。今回の場合で言えば、常盤先生が影人を複数飼い慣らしていたことを組織も誰も知り得なかった。だから、放置されていた」
「いい加減なものね……。ま、今回の事件に関して責任を追及されるべきは、常盤先生の身近にいながら、その凶行に気付くどころかむしろ見ない振りをしていた組織人である相模くんかしら?」
「……ああ、だから、始末書をたくさん書かされたよ」
「あら」
「第三者がどんな凶悪な犯罪を犯そうが、影人が絡んでいなければ組織は動かない。戸無瀬の生け贄制度も、どうせ狂人の道楽程度にしか考えていなかった俺のミスだ」
「わかっているなら良いのよ。でも……全ての責任を相模くん1人に押し付けるのは、ちょっと無理があるかな。組織的にはそれで正解なんだろうけど、戸無瀬には異変に気付く私と紫遠もいた。だから、平等に見れば私と紫遠にも責任はあるんだよ」
生け贄制度に怯えてなどいず、もっと早くに行動をしていれば被害はもう少し抑えられたかもしれない。あの時は自分の正体など何も知らなかったとはいえ、やはり私には、深い悔恨の念が残っている。
「ねぇ相模くん。相模くんが司る属性は? シャドウの名前は?」
質問内容があまりに唐突すぎたのか、相模くんは紫遠に目配せをし、紫遠が「答えてあげて」と溜め息混じりに促した後にやっと教えてくれる。
「俺は審判を司るシャドウ・コンダクターだ。シャドウは白輝」
「ふーん……」
自然と目がいくのは、やはり相模くんの足元にある黒い影。紫遠の黒い影は死神になるが、相模くんの黒い影は白く輝くヒト型になるのだ。なら、私の黒い影は何になるのだろう。
「世槞は?」
「ん?」
「世槞が司る属性とシャドウの名前は? 答えたんだから、教えてくれよ」
「あー……」




