17節 半分、本気。
――数時間後。校庭のど真ん中に、まるで山のように積み重ねられた食人型の死骸と、喰い荒らされた教師と生徒の死体の前で私たちは話し合っていた。
「結局、運良く生き残っていたのは姉さんのクラスの女の子と、臭い焼却炉の中に隠れていた1年の生徒2人、そして部室前に効力の無い魔法陣を描いて、それのお陰で助かったと勘違いしているオカルト研究部の先輩たちか……。教師はほぼ全滅、生徒に関しては帰宅していたやつが多いから、被害は約3割といったところかな」
紫遠の結果報告に関してオカルト研究部の周防部長が異議を申し立てるが、紫遠が聞く耳を持つわけがない。
「紫遠、この死体の処理はどうするの? シャドウ・システムの後処理班任せ?」
「……。どこでそんな単語を覚えてきたんだ。……ああ、ピエロの野郎か」
紫遠は制服のポケットに手を突っ込む。一体どんな魔法道具が現れるのかと思ったけど、現れたのはなんてことない、マッチの箱だった。
「燃やす」
幸い、死体は体内から染み出した脂肪に塗れており、火が点きやすかった。およそ何百と数えられる死体に火はたちまちのうちに回り、熱せられた空間は戸無瀬を囲う氷の壁を次々と溶かし始める。夜空に立ち昇る白い煙りを見上げながら、私は未だ氷の外側で待ちぼうけを食らっているマスコミや警察、野次馬たちの存在を思い出す。道化師に言われた通り、律儀に外で待ち続けていたらしい。氷が溶けた今も、入って来ようとはしない。
「姉さん、ちょっと良い?」
「ん? ……んん?!」
ペロリ。そう、ペロリ。紫遠に呼ばれて顔をそっちへ向けた時、艶やかだが血色の良くない唇から出された舌が私の首筋を這った。
私は両肩を震わせ、なんとも言えないこそばい感覚と妖しい雰囲気に飲まれ、どんな反応を示したら良いのかわからずに混乱し、ただ怒ることしか出来なかった。
「舐めんな!」
「いや、血が流れてたから」
「だから舐めんな!」
「グリシン、アラニン、グルタミン酸……アミノ酸か。うん、旨味成分たっぷりだ」
「……え?」
ペロリと出した舌を仕舞い込み、紫遠は感じた食事の味を述べる。
「姉さん、生け贄にされる直前に注射をされたんでしょ?」
「……味付けか!」
「常盤先生が、“娘”に生け贄を美味しく捧げる為に考案したんだろうね。確かに今の姉さんは、涎が出るほど美味しそうだ」
私は紫遠から一歩、後退った。
「あはは、冗談だよ。半分本気だけど」
「食う気あるんじゃん!」
「大丈夫。その旨味成分も、やがて老廃物となって排出されるさ。残念だけど」
ちょっと危ない発言を繰り返す弟からはやはり距離を取りつつ、私は戸無瀬の外を囲う第三者たちを見回す。
「ん?」
その中で1人、眩しく輝く人間が前へ躍り出た。いや、輝いているのは人間ではない。人間のようで人間ではない――光が集合して人型を成している生き物だ。そいつの前を、人間が歩いている。私は納得した。
「相模七叉とそのシャドウかぁ……遅っせぇなぁ。全部終わっちまったよ」
相模七叉は、紫遠曰わくシャドウ・システムに属している人間だ。道化師が言っていた“後始末”を滞りなく行わせる為の作業班を数人、連れている。
「死体焚き火の最中か、丁度良かった」
相模くんは遅れたことに対し、詫びを入れるどころかタイミングが良いことを喜んだ。私が怪訝な顔をしていると、相模くんは“焚き火”へ向けてマネキン人形を放り投げて言った。
「空いた氷の穴から、自由を求めて旅立ってしまった食人型を無事に捕獲。即座に始末した」
私は焚き火の中に投げ込まれたマネキン人形を見た。マネキン人形ではなかった。かつて潮田清花であったモノだった。どんな最期を迎えたのか知る由は無いが、清花は口を縦に押し広げ、白眼を剥いていた。
「その子……去年、生け贄になったんだって。食人型が巣くう第一桜木高等学校の中でたった1人逃げ続け、影に感染した。望みは、食人型でありながら人間を喰らうことではなく、自由になること……らしい」
ごうごう、と燃え盛る火に包まれ、潮田清花の身体は見えなくなる。
「まさか同情しているとか」
相模くんが言う。鼻で笑いながら。
「別に。ただその子に関する情報を持っていたから、伝えたまで。同情はしてないよ……殺されて当然だからな、食人型は。でも、表世界側の潮田清花には、殺されるべき理由はなかったよね」
世界の真実とは残酷だ。紫遠も相模くんも、きっと道化師も、そして組織に属する人たちも、影人を容赦なく殺す。殺せる。影人化した理由が如何に同情を誘うべきに値するものであっても、関係無い。影人となって世界の均等を崩しているのは、大罪なんだ。
“ではせめて、感染などというくだらない理由で影人化し、殺される哀れな第三者を救うべく、力を行使しようではありませんか――世槞様”
――ん?
私はキョロキョロと周囲を見渡した。周りでは、組織から派遣された後処理班が“元通りの月夜見市立戸無瀬高等学校と月夜見市”を再建すべく、迅速に動いている。壊れた建物は修復され、飛び散った血痕や肉片は綺麗に掃除、学校を運営する際に必要な人材――教師やその他専門職の人間、そして人数補正程度の生徒が組織から用意される。生き残った者たちは、催眠術ではない組織独自の手法で記憶を改竄され、数日後には何事もなかったかのように学校生活を送っていることだろう。騒ぎを聞きつけたマスコミや警察、野次馬やテレビの視聴者たちの記憶もきれいさっぱりだ。常盤先生が月夜見市内に散らばる要人たちに仕掛けた催眠術さえも消失するだろう。
私が気になっていたのは、我が子を生け贄に捧げてしまった親たちのこと。催眠術によって生け贄制度を許諾していた親たちは、催眠効果がなくなった途端にどうなってしまうのか。組織の情報操作によって如何にして我が子の死を納得するのか。
「どうしたの、姉さん」
キョロキョロとまるで迷子のように辺りを見回す私を見て、紫遠が尋ねる。私は「なんでもない」と返し、組織の人間に連れられて戸無瀬の校舎から出てくる朝霧先輩を発見し、走り寄った。
「朝霧先輩! 無事で本当に良かったです」
朝霧先輩はにっこりと微笑む。
「なんとか命辛々。地下学校がシェルター代わりになっていて、助かったよ」
「やっぱり! バケモノたちは、とにかく外へ出て人間を喰らうことが目的だったから、閉じ込められていた場所に戻るなんて発想がなかったんでしょうね。ああ、このことに私が早く気がついて、学校側に連絡を取れていれば……もっと多くの人が助かったかもしれないのに」
「自分をそう責めてやるなよ。梨椎は立派に……おっと。なんだか冷たい視線を感じると思ったら、梨椎の弟が俺を睨んでいた」
「おい紫遠!」
私が紫遠に掴みかかっている間も後始末は続けられ、桜木の校舎から運び出された“頭と心臓だけが繋がった死体”が、ポン、とボールを投げるようにして焚き火の中に入れられた。
それから約3日後――私は、心身共に新たなる高校生活をスタートさせることに成功した。




