12節 クソ女。
「なぁ、国松、ちょっと聞きたいんだけど」
朝霧くんの冷静な声色が私の興奮を冷ます。朝霧くんは親指をくいっと動かし、ある芸術作品について尋ねる。
「お前の理論でいくと、心臓さえ動いていれば人間は死なないんだろう? つまり、全てを食べ尽くすまで絶対に人間を殺さないのが国松のやり方だ。……なのにさ、この子だけ脳味噌を残して死んでいる。心臓が潰れている。握り潰されているから、明らかに国松の仕業ではないだろうけど」
朝霧くんが指差したのは、朝霧くん曰わく「正義感の強い後輩」の作品だ。
「ああ……それね。あのクソ女がさ、私の楽しみを奪ったのよ」
「クソ女」
「友達だかなんだか知らないけどさぁ、自分でその子の心臓を握り潰して殺しやがったの。狂ってるわよね。ったく、酷い話じゃない」
「そのクソ女の特徴は?」
「んっ? まさか私の為にクソ女に制裁を加えてくれるのっ? さすが! 朝霧くんを食べるのはその後にしてあげるわね!」
「特徴は」
「赤い髪よ。燃えるような赤い髪。私にしちゃ、空襲の炎に包まれた月夜見の町の色のようで……見ていてあまり気分が良いものじゃなかったわ」
私は必死に訴えた。赤い髪のクソ女を告訴した。朝霧くんが制裁を加えてくれるように。
「……あの子、生きてたのか……しかも、木乃芽を助けた。……最初は、無理に女の子らしく振る舞っている大人しい子だと思っていたのに……はは、とんでもないじゃじゃ馬娘だった」
朝霧くんは私を無視して独り言をブツブツと言いながら、制服のポケットから小型の機械を取り出した。それは何? お父さんがそれを使って誰かとお話しをしているのを見たことがある。無線機?
「ねぇっ、朝霧くん!」
「国松。まだ質問をしていい?」
「えっ? ええ……もちろんよ。クソ女のことなら何でも聞いて!」
「生け贄にされた生徒は美味しく味付けをされるらしいんだけど……どういう意味? 塩やコショウなどを振りかけるってこと?」
私は首を縦に振った。
「まぁそんなところかしら。生け贄は、人肉の旨味成分を目一杯に引き出す為のものを注入されているの。普通には嗅ぎとることは出来ない微量な成分だけど、私たちは敏感に反応をする。そんな臭いのする味」
「じゃあ、その臭いをさせながら歩いていたら……」
「ええ。たちまちに私たちに囲まれちゃうわね」
朝霧くんは再び無線機のようなものを弄くり、耳に当てる。
『だ、大丈夫ですか?!』
通信機から漏れる大声は、あのクソ女のものと同質だ。え、なによ。朝霧くんそいつのこと知ってたの? なら話が早いわ。手っ取り早く制裁を……。
「……まぁ、一応。そっちは?」
ああ、なにを長々と喋っているのよ。早く殺しちゃってよ、クソ女! あっ、それはダメ。悔しいけれどクソ女の脳味噌は美味しいはずよ。朝霧くんには、クソ女をここに誘導してもらわなくちゃならないの。
ほどなくして無線機を切った朝霧くんは、ノートとペンと一緒に無線機をポケットの中に仕舞った。記録はもう終わりみたい。
「一つ、国松に教えてあげないといけないことがある」
「そんなのいいからクソ女を」
「国松は、人間は生きたまま食べるのが最高に美味しいと言った。だから心臓を残し、死なないように食べ続けた」
「はやくクソ女を」
「残念だけど、国松が食べていた人間は早い段階で死んでいたよ」
ん?
「結論だけ言うけど、国松、お前は、死体の脳味噌をずっと食べ続けていた」
んん?
「心臓が動いていても、人間は死んでいるという事象は――まぁ、よくあるんだ。ほとんどのやつは知らない事実だけど。というか、心臓と頭だけの状態になった人間が生きていること事態にお前よく不審感を抱かなかったな」
んんん?
「まぁ自分も同じタイプの生物に変貌しているから気がつかなかっただけか。灯台下暗しというやつだな、まさしく」
朝霧くん、なに言ってんの?
「お前、相当馬鹿っぽいから懇切丁寧に教えてやっても理解出来ないと思う。いや、絶対に理解出来ない。断言する。年齢を重ねている割にはおつむは小学生並みだな。むしろそれ以下か。早くに人間を止めてしまった弊害だな」
お前なに言ってんの?
「まぁ普通のことだよ、なぁ? 国松陽菜子。人間ってのは、心臓が止まる以外にも様々な死に方が存在する。餓死、出血多量死、焼死、ショック死、溺死、病死など種々様々なバラエティに富んだ死に方が。だからな、頭と心臓だけになって生きてる人間なんて、人間じゃないんだよ」
…………。
「お前は人間じゃないやつの脳味噌を食らってた。美味しい美味しいって馬鹿みたいな面してな。見ているこっちのことも考えてくれ。……笑いをこらえるので精一杯だったんだぞ?」
どうして。
「結局のところお前は、母親の脳味噌もそれ以外の人間の脳味噌も、新鮮なうちに食べれていないってことだ。今から試す? 俺の脳味噌で。はっ、そんなこと許可すると思ってんのか」
どうしてなの。
「クソ女? それはもしかして梨椎世槞のことを言ってる? いやいや、俺から言わせればお前だよ。なぁ? 国松陽菜子。クソ女の称号は、お前にこそ相応しいよ――食人型め」
どうしてよ!
「どうして?! 私はお腹がすいていたのよ! 餓死するかもしれなかった! 母親を食べることによって私が人間じゃない存在になったっていっても、そんな生き方も致し方ないって……朝霧くん、言ってくれてたじゃない!」
朝霧くんは言う。ひどく、感情の無い表情で。
「うん。でも、赦されるとは言ってない」
絶望の淵に立たされた気がした。信じていたものに裏切られるって、こういうことを言うのね。いいえ、それだけじゃない。私は今までずっと、死肉を食べてきた……? 新鮮だと思って食べていた肉が、脳味噌が、実は死肉? ……そんなの嘘よ! だって死肉は固いわ! 冷たいわ! 私の芸術作品たちの肉は……温かくて柔らかかったもん! 肉汁が滴り落ち、それはジューシー。流れる血は喉の渇きを癒やしてくれた。
「朝霧くん……私は騙されないわよ。貴男、嘘を吐いてるでしょう。自分が食べられたくなくて、必死の嘘を。見抜いてるわ。バレバレなのよ」
私がこれまで死肉を食べていたかを調べることは簡単。目の前のこいつを、頭から丸かじりにしてやればいいのよ。そして比較するの。ええ、簡単なことよ! 朝霧くん、貴男に関してはじわじわと食べていくなんて方法はとらない。覚悟しろ!
「そうだ。まだ、聞いていないことが残っていた」
「バーカ! もう答えてやんねーよ! お前の意思は数秒後には私の腹の中なんだよ!」
朝霧くんは質問を続ける。私を見ず、桜の幹を見上げながら。
「桜が咲かなくなったのは、いつから?」




