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影操師 ―散らない桜―  作者: 伯灼ろこ
第三章 シャドウ・コンダクター
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 5節 シスコン? ブラコン?

「私以外の命は、ゴミクズ同然って?」

「姉さん、口が悪……」

 怒りが爆発する、まさにその直前だ。呆れたように視線をぐるりと真上へ向けた紫遠の視界に、それは写り込んでいた。


「……ごきげんよう、シスコン野郎」


 その距離、およそ10センチ。紫遠の視界を占領した仮面の男は、大きな手袋に包まれた右手を振り上げ、紫遠の顔面へ向けて勢いよく叩き降ろした。

「!? 紫遠!」

 居間に響く破壊音は窓ガラスに伝わり、ガタガタと揺れた後に割れる。えぐれた床の下からは砂埃が舞い、私は咳き込みながら濁った視界を彷徨わせた。

「……げほっ」

 私以外に、咳き込む声が近くから聞こえる。振り返ると、仮面の男――道化師の攻撃を間一髪のところで避けた紫遠が床に着地をするところだった。

「チッ。避けやがった。相変わらず瞬発力が良いなぁ……ケケケッ」

 赤い服が砂煙の中で動く。またしても突如現れた道化師は、あろうことか紫遠に攻撃を加えた。しかし拳一つで床を破壊する道化師も道化師だが、その攻撃から避けた紫遠も紫遠だ。互いに人間技ではない動きを見せる。

 とにかく、私がやるべきことは――

「道化師! 私たちの家を壊すな!!」

 道化師を怒鳴りつけること。

「姉さん、危ないから離れて」

 紫遠が私の肩を掴んで居間からホールへと押しやる。しかし聞き分けの悪い私はすぐに居間へ戻った。

「アブソリュート」

 破壊され、亀裂の入った床を隔てて、2人が睨み合っている。紫遠が不思議な単語で、道化師のことをそう呼ぶ。道化師の名前だろうか。どうして紫遠が知ってるんだ。

「なァ紫遠よぉ。テメェこんなとこで何やってんだァ?」

「何って……何さ」

「姉を監禁して、戸無瀬で起きている事象に関しては知らん顔かって聞いてンだよ。世界を守るのがテメェの使命じゃねぇの? ああん?」

 道化師の攻撃は終わりではない。目にも止まらぬ早技で紫遠に更なる追撃を加える。紫遠はそれら全ての攻撃を避けている。避けるが、その度に家のテレビから箪笥など何かが破壊されている。……あのテレビ、50型の超良いやつだったのに。

「……勘違いしないでくれる。僕は世界を救うヒーローになんてなった覚えは無いよ。それに監禁だなんてとんでもない。ここは姉さんと僕の家さ」

 道化師は両手から不思議な青い光を出す。それが紫遠に絡みつき、爆発を引き起こす。紫遠は瞬時に氷の盾でガードをし、爆発から逃れている。……逃れるのが、精一杯だ。道化師の力が、紫遠の力を遥かに上回っていると私は確信してしまった。

 しかしそもそも、この戦いは一体なんなの? 2人共、なんの為に戦ってるの? 道化師が一方的に攻撃を仕掛けてきたとしか思えない。

 待って。まず、この2人は……何者??

「姉さん! 危ないって言ってるだろ!」

 私に迫る青い光は、紫遠が形成する氷の壁によって跳ね返され、居間の壁をぶち抜いて庭へと消える。道化師は紫遠の行動を見て、舌を打った。

「ああ、そうだったな。忘れてたぜ。テメェは姉ただ1人を護る為のシャドウ・コンダクターになるんだっけか? ……ケケッ。くだらねぇ」

「くだらなくて結構。それより、殺り合うんなら家の外にしてくれない? 僕らの生家がこれ以上壊れるのは嫌なんだけど」

「壊れたらテメェらまとめて組織で面倒見てやるから心配すんな! ほら、シャドウを出せ! 氷の死神もろとも、俺様の配下にしてやる!」

 組織。シャドウ。ああ、今日はそんな単語ばかりを耳にする。というかこいつら凄い力を持ってるクセに、使い方を間違ってる。ここで披露するくらいなら、戸無瀬と、何の罪も無い憐れな人たちを助けてよ……。

「テメェの論理は破綻してんだよ! 世界を救えなきゃ、大好きなオネーチャンを護れねぇんだぜ? 紫遠よォ!」

 一際大きく輝く青光は、紫遠に避ける時間もガードする時間も与えない。光をもろに受けた紫遠の身体は居間の壁を突き破り、その向こうにあるホールの壁を、更に向こうのキッチンの壁まで吹き飛ばされていた。

「!!」

 死んだ。そう考えるのが普通。たとえば交通事故とかで、車に激突しただけでも人体は破壊されるのだから、何枚もの壁を突き破った紫遠の身体は――。

 我が家の中にできた、大きな穴の一本道。私は脇目を振らずに穴をくぐり抜け、キッチンの壁を背にぐったりと座り込んでいる紫遠の元へ走った。……良かった! 身体は原形をとどめている。ちょっと丈夫すぎるところに首を傾げるけど、ぐちゃぐちゃになるよりは全然いい!

 私は自分と瓜二つの顔を覗き込み、意識を失っていることに気付く。原形をとどめてはいるが、頭や顔、首、胴体、肢体。ありとあらゆるところから赤い液体が流れている。私の顔から、サッと血の気が引いてゆく。

「しお、ん……っ」

「心配すんな。急所は外してある」

 いつの間にか私の背後に立っていた道化師が可笑しそうに言い、「それに」と付け加える。

「この程度の攻撃で死ぬようなタマじゃねーよ、こいつは。ケケケッ」

 がっくりと頭を垂れている紫遠を見下ろす私の耳元で、道化師が囁く。

「つーか、今がチャンスなんじゃね?」

「なにが……」

「戸無瀬の操り人形たちを助けに行くチャンス」

「…………!」

「紫遠が気を失ってる、今しかねぇだろーよ」

「…………」

「起きたらこいつまた、姉さん姉さんとうるさいことこの上ないぜぇ?」

「…………」

 道化師はどうやら、私の望みに応えに来たようだ。かなり荒っぽいやり方で。

「紫遠……ごめんね」

 私は両手で紫遠の頬を撫で、立ち上がった。

 時刻は午後7時。バケモノが戸無瀬へ放たれてから約3時間が経過というところだ。私は外へ出て走った。道化師も私と併走している。

「おい、急げよォ。世界を救いたきゃナッ!」

「いま私が救いたいのは世界じゃない」

「それが間接的に世界の為になんだよォ」

「……。なぁ、教えろ。お前と紫遠は……あと七叉? ……何者なの?」

 道化師は言った。


「正・義・の・味・方」


 曰わくそれをシャドウ・コンダクターと言うらしい。……これまで何度が耳にしてきた単語だけど、まさか自分の弟がそれだったとは。

「あン? テメェなにか勘違いしてねぇ? 弟だけじゃない。テ・メ・エもだ」

 私は聞こえないフリをした。

「なぁ、道化師……」

「ああん?」

 こちらを振り返ろうとした道化師は、振り返れないまま顎をおさえて地面に突っ伏した。笑顔の仮面に少しだけヒビが入る。

「ケケケッ……これは予想してなかった。予想してなかった!」

 私は拳を握り締めたまま走り続ける。

「おいヲイおいオイなんで前触れ無く俺の顎にパンチを食らわせた? ん? 答えろよコラ」

 道化師はピョンと起き上がって私を追い掛ける。

「紫遠の敵討ち。だから、まだまだ足りない」

 道化師は高笑いをする。

「そうか! わかったぜ! コンプレックスを抱いてんのは弟だけかと思ってたが……とんでもねぇ! お前も相当なブラコンだ!」

「うっせぇ!」

 2回目のパンチは、すでに予期されていた為に軽々と避けられる。でもいいんだ。1回目に、かなりの力で殴ってやったから。少しスッキリした。

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