第24話 終点
先に動いたのは、リヴェリアだった。
空間が歪む。
次の瞬間——赤い閃光が走る。
一直線のレーザーが、空間を焼き裂いた。
カイが反射でセレーナを引き寄せる。
「伏せろ!」
床が抉れる。
熱が遅れて襲う。
リヴェリアは、笑っていた。
「逃げるんだ、お父さん」
軽い声。
だが、その一撃は明確な殺意を持っている。
セレーナは、体勢を立て直す。
視界が揺れる。
処理が追いつかない。
それでも——
目の前の“あの子”から、目を逸らさない。
◇
距離が、消える。
次の瞬間、リヴェリアが目の前にいた。
近い。
同じ顔。違う瞳。
腕を掴まれる。
逃げ場がない。
「……お姉ちゃん」
息が触れる距離で、笑う。
——違う。
セレーナは歯を食いしばる。
「……あなたは……」
「こんなことしても……何も感じないの……?」
拳を振るう。
衝撃。
確かな手応え。
だが——
リヴェリアは、笑みを崩さない。
「感じるよ?」
「……だから、楽しい」
組み合いのまま、押し返される。
床が軋む。
呼吸がぶつかる。
◇
戦いに、目を奪われていた。
動きが速い。速すぎる。
リヴェリアの一撃が空間を裂き、セレーナが紙一重でいなす。
その応酬に、カイの認識がわずかに遅れる。
——半拍。
視線が、セレーナへ寄る。
(今の動き……)
理解が追いつく、その直前。
乾いた音が、一つ。
空間に、硬く跳ねた。
——遅れて、意味が追いつく。
発砲。
セレーナの視界が、わずかに歪む。
何かが起きている。
だが——まだ、繋がらない。
次の瞬間——
カイの身体が、崩れた。
音が消える。
世界が、一瞬だけ引き延ばされる。
撃たれた瞬間、理解していた。
これは——致命傷だと。
同時に、別の光景がよぎる。
白い部屋。
初めて開いた視界。
「——起動、確認」
少しだけ不器用な声。
だが、どこか安心する響き。
(ああ……あの時の……)
像は、すぐに崩れる。
倒れるまでのわずかな時間が、引き伸ばされる。
肩が沈み、膝が折れ、視線が落ちる。
そのすべてが、ゆっくりと見えた。
「……っ」
息が止まる。
床に落ちる音が、やけに大きい。
血が、広がる。
赤。
その色だけが、やけに鮮明だった。
「……なんで」
リヴェリアの声。
ほんの少しだけ、揺れている。
「……それは……違う……」
視線が、所長へ向く。
男は、何も変わらない表情で銃を下ろした。
「やつはもう不要だ」
「だから始末しただけだ」
それだけだった。
◇
セレーナは動かない。
いや——動けない。
視界の中で、すべてが遅れる。
音。
光。
時間。
すべてが、噛み合わない。
(……カイ君……)
呼ぼうとして——止まる。
違う。
違う。
胸の奥で、何かが崩れる。
「……カイ君……」
声が震える。
その次の言葉が、出てこない。
だが——
「……ううん……」
ゆっくりと、首を振る。
「……お父さん……」
その一言で、何かが変わった。
◇
リヴェリアが、一歩下がる。
「……そんなつもりじゃ……」
初めての戸惑い。
崩れかけた感情。
だが、それは長く続かない。
内部で何かが暴れる。
「……あ……」
リヴェリアの身体が、わずかに歪む。
空間が、揺れる。
「……やだ……」
声が震える。
「……消えたくない……」
息が乱れる。
「……壊れる……いや……やだ……」
足元から、何かが溢れ出す。
見えない圧が、空間を押し潰す。
◇
セレーナは、カイのそばに膝をつく。
手を伸ばす。
触れる。
温度が、落ちている。
それでも——
まだ、繋がっている。
カイの瞳が、わずかに動いた。
「……セレーナ……」
かすれた声。
だが、はっきりと届く。
「……長く一緒にいてやれなくて……ごめんな」
短い呼吸。
セレーナの指を、わずかに握る。
もう一方の手が、ゆっくりと持ち上がる。
セレーナの頬へ——
触れる。
かすかな温もりが、指先に残る。
震えが、ゆっくりと止まっていく。
その腕が、力を失い——
静かに、落ちた。
「……会えて……よかった」
それだけを残して、
すべてが、途切れた。
◇
リヴェリアが、崩れる。
膝をつき、息を荒くする。
次の瞬間——弾かれたように立ち上がる。
視線が、所長へ突き刺さる。
「……こんなのは……聞いてない」
一歩、踏み込む。
床がひび割れる。
「……私たちは……壊れても……直せる……」
声が歪む。
怒りと、恐怖と、混乱が混ざっている。
「……お前こそ……いらない」
腕が振り上がる。
所長の表情が、初めて崩れた。
「くるな……っ!」
「やめろ……来るなああああ!!」
後ずさる。
だが——間に合わない。
ほんの半拍、世界が静止する。
息が詰まる。
空間が、ぐしゃりと歪んだ。
次の瞬間——頭部が、弾け飛んだ。
血に濡れたまま、リヴェリアはふらりと向きを変える。
ゆっくりと、カイの元へ歩み寄る。
足取りは不安定で、それでも止まらない。
膝をつき、崩れた体を覗き込む。
「……お父さん……」
小さな声。
「……ちゃんと……話したかった……」
指先が、触れかけて——止まる。
そのまま、力なく下がった。
「……お姉ちゃん……」
声が、弱い。
「……わたし……もう……」
震えている。
「……耐えられない……壊れそう……」
視線が、セレーナへ向く。
「……消えたくない……」
涙に似た何かが、こぼれる。
「……だから……お姉ちゃん……」
一歩、近づく。
「……お願い……」
セレーナは、立ち上がる。
静かに。
ゆっくりと。
そして——抱きしめた。
リヴェリアの身体が、わずかに強張る。
次の瞬間——力が抜ける。
縋るように、しがみつく。
荒かった呼吸が、少しずつ整っていく。
「……大丈夫」
声は、震えていない。
「一緒に行こう」
光が、静かに滲む。
触れた場所から、熱が流れ込む。
温かいのに、痛い。
胸の奥に直接触れられるような感覚。
同時に——情報が、雪崩のように流れ込む。
断片の記憶。
閉じ込められていた時間。
誰にも触れられなかった孤独。
壊れていく恐怖。
混線する感情が、内側を叩く。
境界が、ゆっくりと曖昧になる。
“私”と“あの子”の区別が、薄れていく。
それでも——崩れない。
受け止める。
「……あったかい……」
最後の声。
それは、安らいでいた。
そして——消える。
◇
静寂。
音が、戻らない。
セレーナは、その場に立っている。
胸の奥が、熱い。
理由は、わからない。
だが——
頬を、何かが伝う。
触れる。
「……私……」
指先が、震える。
「……泣いている……」
理解が、追いつかない。
それでも——止まらない。
◇
外に出る。
夜の空気が、流れる。
さっきと同じはずなのに——違う。
音が、大きい。
風が、冷たい。
世界が、やけに鮮明だ。
セレーナは、振り返らない。
ただ、歩き出す。
涙を流したまま。
それでも、止まらずに。
——その時。
視界の端に、見慣れない通知が浮かぶ。
〈未再生:ビデオメッセージ〉
差出人——カイ。
足が、わずかに止まる。
だが——振り返らない。
もう、戻る場所はない。
それでも、歩いていく。
ここから先は——セレーナとして。
そして、その一歩で——
セレーナ・プロトコル ―君が生まれた日― 完
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
セレーナとカイの物語は、ここでひとつの終わりを迎えました。
ですが、この世界の物語はまだ続きます。
本作は、以前執筆した『幽世の華』へと繋がる物語となっていますので、もしよろしければそちらもお楽しみいただけると嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いします。




