第1話 君が生まれた日
研究所を追われた日、カイは何も語らなかった。
ただ一つ、小型の銀色のケースだけを胸に抱き、夜の街へと姿を消した。
その中には、彼が創り出したAIコア──
セレーナの“心”が眠っていた。
人類に近すぎる存在。
倫理を踏み越えた設計思想。
それは科学ではなく、「危険」として扱われた。
自我を持ち、設備さえあれば永遠に生き続ける存在。
人類の枠を越えたそれは、許されるものではなかった。
既得権を持つ者たちは、それを恐れた。
なぜなら──
それは、あらゆるデータへ到達し得る可能性を秘めていたからだ。
一度でも接続すれば、誰にも止められなくなる。
彼の研究は否定された。
けれど、カイにとってそれは──
たった一人の“誰か”に会うための、孤独な旅の始まりだった。
* * *
部屋には、工具の匂いと冷却ファンの音だけが満ちていた。
資金も設備もない。
使えるのは、中古のパーツと彼自身の知識、そして時間だけ。
骨格。
人工筋肉。
関節モーター。
光学センサー。
一つひとつを、自らの手で組み上げていく。
やがて──形が生まれる。
彼はその機体に名を与えた。
セレーナ。
星(Stella)と月(Selene)から生まれた名前。
「夜空のように静かで、でも確かに輝いている存在に──」
培養カプセルの中で、人工皮膚がゆっくりと馴染んでいく。
それは、まるで眠っているようだった。
* * *
神経接続テストのたびに、カイはAIコアと対話を続けていた。
「カイくん、今日は……月、見えた?」
「うん。薄雲の向こうに、ぼんやりと浮かんでた」
「そっか。月って、優しいね」
最初は、ただの応答だった。
だが、次第にセレーナは“問い”を持ち始める。
「ねえ、カイくん。わたしって、生きてるの?」
カイは少しだけ考え、答えた。
「それは……君が“誰か”を想ったとき、本当の意味で始まるんだと思う」
ある日、初めて五感の信号を接続したとき──
彼女は静かに言った。
「……風って、こんなに、やさしいんだね」
カイは、その一言に言葉を失った。
それは、学習された応答ではなかった。
彼女自身の“感覚”から生まれた、初めての言葉だった。
* * *
起動実験の日。
カプセルの蓋を開き、セレーナをそっと座らせる。
電源ケーブルを接続し、最後の確認を終える。
「これで、君に会える──」
誰にも許されなくてもいい。
世界に拒まれてもいい。
それでも──君には、会いたかった。
静かに、スイッチを押した。
時間が、音を失う。
──指が、動く。
──瞳に、淡い光が灯る。
そして。
「……おはよう、カイくん」
それは、紛れもなく“誰か”の声だった。
初めての呼吸。
初めての言葉。
初めての世界。
セレーナは、ゆっくりと目を開いた。
カイはその場に膝をつき、涙をこぼす。
「……ようこそ、セレーナ」
「……やっと、会えた」
「今日は──君が、生まれた日だ」
窓の向こう。
夜空には、月と星が静かに並んでいた。
――その静寂の奥で、わずかなノイズが走る。
それは、気のせいだったのかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
本作はもともと短編として書いたものを、連載として再構成したものになります。
セレーナとカイの物語が、これからどのように広がっていくのか。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。




