リーブロ商会との接触
ゲンナル商会にリーブロ商会から書状がとどいた。
宛先はレオ・ヴァンドール、ヴァーゴ宛だ。
差出人はリーブロ商会の会長代理ショルズ。
内容は取引についての話がしたいとのことだった。
『ついに来たな、相棒!』
「ああ。しかもこのタイミング、野郎の耳に俺の話が報告されたと考えるべきだぜ」
商船団の帰還する前、すでにヴァーゴの提供した魔導具の売上については商人のあいだでちょっとしたウワサになっていた。
魔導具は金持ち向けの高価な商品だ。
それを大量に売りさばくには確かな目利きと商品補充のルートが必要となる。
レオ・ヴァンドールという無名の商人がいきなり派手に活動すれば嫌でもウワサになるわけだ。
それを耳に入れた大商会の親玉がヴァーゴに粉をかけにきた、と考えるのが自然だろう。
ヴァーゴは宿敵リブラに対する激情のコントロールの訓練だけでなく、いかにしてリブラに近づくかをずっと考えていた。
幸い、商船団の仕入れで便利な魔導具も手に入れた。
あとは大筋の計画をすこしずつ実行に移していくだけだ。
書状に記されていたリーブロ商会傘下の商店に入ると店主、および客たちのあいだに緊張が走った。
(客の格好をしているのはドクヘビの連中か)
ヴァーゴは何食わぬ笑顔で店主に挨拶した。
「こんにちは。私、レオ・ヴァンドールと申します。何やら取引のお話があると伺って参りました」
「おお、あなたがレオさんですか。どうぞ店の奥へ。応接室でお待ちです」
客に扮したドクヘビどもからは荒々しい気配が感じられたが店主にはそれがなかった。
おそらくリーブロ商会の息が掛かっているだけの商店なのだろう。
ヴァーゴは店主に案内されるまま、奥の応接室へ向かった。
「失礼します。はじめまして、レオ・ヴァンドールと申します」
「君が魔導具を取り扱っている商人か。まあ掛けてくれたまえ」
簡素な応接室ではあるがソファはそれなりに質のいいものだった。
ソファに深々と座っている中肉中背で口ヒゲを生やした男はヴァーゴに腰かけるよう促した。
ソファに座ったヴァーゴが口を開いて言葉を紡ごうとするのを遮り、
「リーブロ商会会長代理ショルズだ。率直に言おう。レオ・ヴァンドール、我がリーブロ商会と専属取引をしないか?」
「これはまた……唐突なお誘いですね」
「君ほどの腕を持つ男なら想定の範囲内ではないのかね?」
「いやはや、参りましたなぁ」
ヴァーゴは片手で頭を押さえながら困った顔を浮かべた。
「ゲンナル商会との取引については調査済みだよ。派手に稼いでいるようじゃないか」
「そんな! たまたまこの街で魔導具を扱う商人が少なかっただけです。偶然ですよ、偶然!」
「では、なぜリーブロ商会ではなくゲンナル商会だったのかね? これも偶然か?」
ショルズという男は冷静にヴァーゴの一挙手一投足を観察していた。
言葉で揺さぶりをかけ、相手の反応からウソと本音を見抜こうという腹づもりだろう。
ヴァーゴは顔に浮かべた苦笑の裏で、氷のように冷たく目の前の男を分析していた。
会長代理という立場から考えてドクヘビの一味であることは間違いない。
ひそかに麻薬を扱っている事実を知り、リブラとの繋がりも当然あるだろう。
取り入る以外に選択肢はない。
「そこまで見抜かれているとは、驚きました。理由はいくつかあります。一番大きな理由は流れの商人である私が、この街でもっとも大きな商会に飛び込みで営業をかけたところで相手にされないと思ったからです」
「だが君には魔導具に関する知識がある。さすがに我々リーブロ商会も無下にはしなかっただろう」
「そこで二つ目の理由です。手広く商売をしている商会よりも、失礼ながらまだまだ成長途中の商会のほうが私を重宝してくれると考えました。商人なら己の利益を最大化したいと考えるものです」
「見かけによらず強欲な男だな」
「はい。私、意外と強欲なのです。だからこそ流れで生き残ってこられた、と言えば納得いただけるでしょうか?」
「ふむ……」
ショルズは腕を組んで口ヒゲを指で撫でた。
ゲンナル商会で話した“こき使われたくない”というデタラメは言わないでおいた。
大商会の会長代理にそのような人情味のある理由は響かない。
強大な権力を持つ商人にはあくまで合理的かつ計算づくの理屈のほうが説得しやすい。
商人なら利益のために動いて当たり前、この前提をでっち上げたほうがよほど響くだろう。
「ひとまず納得した。それで、だ。私の誘いへの返答を聞いていないのだが」
「リーブロ商会様との専属契約、ですか」
「悪いようにはしない。君は貴重な技能を有する商人だ。ゲンナル商会との取引以上の利益を約束しよう」
「それはつまり、大幅な利益を載せた価格で販売する、と?」
「当然だ。魔導具を欲しがるなど金持ちの道楽以外の何物でもない。買える者が買えばいい」
道理だった。
戦闘に使用する魔導具は別格として、生活用品や芸術などに関わる魔導具は豪勢な趣味の延長線上の嗜好品と言っていい。
いわば、なくても困らないものを欲しがる見栄っ張りはぼったくって構わないという理屈。
ショルズの言葉は徹底して利益を追求する商人の論理だった。
「うーん……」
「悩む理由があるか?」
「いえ、いま私がゲンナル商会と取引している商品は生活用品です。魔導具の中では需要の高いもの。私がこの街で商売できるようにしてくれた先方への恩があります」
「驚いたな。商人の辞書に恩などという言葉があるとは」
「流れの商人はどこへ行っても部外者です。信用されなければ商品を買ってもらえない。私個人の職業病とでも思ってください」
「拠点を持たない者の処世術か」
「そのようなものです。ですので、僭越ながら条件を付けさせていただいてもよろしいでしょうか?」
ヴァーゴは見事に魔導具専門の商人、レオ・ヴァンドールを演じてみせた。




