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水中世界のデレリクト  作者: 雪峰
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第18話.瀬戸彗蓮という少女

 ダンジョンに巣食う火蛇ズメイ。

 火蛇は再び、先ほど吐き捨てた卵を咥えようとしているところだった。

 己が産んだ卵のひとつを。


「食うなって……言ってんでしょ!!」


 スイレンさんが杖の先から冷気波を放つ。振り返ろうとしている火蛇の頭を魔方陣が取り囲む。


「凍れ! 凍れ! 凍り尽くして散れ! 【極魔術】冥海の多冬極氷(ポーラーアイス)――」


 たちまち、蛇の頭部が幾重もの分厚い氷に包まれる。氷の重みで蛇の頭が揺れ、ダンジョンの床に激突する。


「起きるな……! そのまま凍ってろ……!」


 頭部が凍った事による最後の足掻きなのか、火蛇は全身を発火させた。

 スイレンさんが忌々しそうに術を続けながら、蛇の全身へと魔力氷を積み上げていく。

 しかし氷が包む傍から激しい炎によって解氷されてしまう。


「スイレンさん! うわ……!?」

「キューッ!」


 駆けつけようとする先から冷気波が襲い、危うくひっくり返りそうになる。

 フロア全体を凍てつかせる程の激しい冷気が迸り、蛇の炎を削った。


「負け……、負けたくない……! もう、失敗できない……!」


 燃え盛る炎を虚ろに見つめ、スイレンさんは譫言(うわごと)のように呟いている。


 鋭利な魔力氷を降らせ、突き刺す。

 スイレンさんの氷は絶えることなく降り注いでいるが、蛇の炎の方がわずかに勢いは強い。

 このままではまずい。


 きっと、スイレンさんは己の心を守るために戦っている。

 でも、俺たちがここで蛇にトドメを刺したら、スイレンさんの気持ちはどうなるんだ?


「……ん? ういろう、あれ見えるか?」

「キュ?」


 フロアの端に、打ち捨てられた卵がひとつ。

 ヒビの入ったその卵は、さっき何度も火蛇に呑み込まれそうになっていた卵だ。


 火蛇ズメイは魔力が低い卵を、孵化する前に喰らう習性を持つ。

 子を選別し喰らう事で魔力を保ってきたのだろう。


 選別され親の糧となりかけていた卵が、わずかに揺れている。

 ヒビの入った場所から殻の破片が飛び、裂け目が大きくなる。


「あの卵、生まれそうになってる!」

「ピキュイ!」

「ういろう、卵を守れるか?」


 暴れる火蛇の尻尾が、今にも卵を押し潰そうとしていた。

 ういろうが飛び出して、水弾で尻尾を弾く。

 卵に襲い掛かる火の粉を水流のブレスで散らす。


「ナイス! 孵化するぞ……!」

「キュイーー!!」

「は!? あなた達何やって……!?」


 スイレンさんがようやく俺たちの存在に気づいて叫ぶ。

 と同時に、彼女の視界には孵化したばかりの火蛇の子が映っていたことだろう。


「ふしゃ!」

「えっ、わ、な……何!?」


 火蛇の子……ちびズメイは嬉しそうにスイレンさんの周りを取り囲んで回った。


「その子、スイレンさんが助けてくれたと思ってるんじゃないですか?」


 蛇が卵を咥えるタイミングでスイレンさんが攻撃していなかったら、こいつは喰われていた。

 きっとちびズメイも、それを理解していて、彼女に懐いているのだろう。


「え!? わたしは別に……卵を食べて回復とかパワーアップとかされたら面倒だって思っただけで……うわ!?」

「ふしゅる~!」


 ちびズメイは前方に炎の壁を作り出した。スイレンさんを襲っていた熱波が、遮断される。


「あれは……炎耐性の付与スキル?」

「キュ!」


 スイレンさんが杖を構え直して、ちびズメイの背中を見る。

 火蛇の巨体と対峙する子蛇は、生まれたてでまだ1メートル弱位だろうか。

 そんな身体を震わせ、ちびズメイは大口を開いて火蛇を威嚇した。


「わたしと一緒に戦ってくれるっていうの? ……そっか、あんた親に食い殺されかけてたもんね。利害の一致ってことで、一緒にブッ倒しましょうか!」

「ふしゃああ!」


 巨大で鋭利な魔力氷が、火蛇の頭上に出現した。

 燃え盛る蛇には焼け石に水かと思われたその一撃は、確かに蛇の脳天を突く。


 憤怒した蛇は発狂し、残りの力を振り絞らんばかりに口内に炎を溜める。

 そして全てを焼き尽くさんばかりの、凶悪な火炎を放射する。


「ふしゅるああああ!」

「【魔術】氷結盾!」

「キュイイイ!」

「熱っつ! ……くない!?」


 ちびズメイの炎の壁と、スイレンさんの氷の盾が火炎放射を防ぐ。

 俺たちの方はういろうが水のベールで炎から守ってくれていた。


 蛇の最後の咆哮ともいえるブレスは、やがてただの白い煙になった。

 力を使い果たし煙に包まれる蛇の喉を、スイレンさんの魔力氷が無情に刺した。


「……ほらね。わたしが負けるなんてあり得ないんですよ」

「ふしゅ!」


 激しい魔力の応酬に息を切らせ、ボロボロになりながらも、スイレンさんは不敵に口端を吊り上げていた。

 やっぱりスイレンさんは普通じゃない。きっとそれを知ることになる人は、俺以外にもたくさん居るだろう。





「……宝箱、ありませんでしたね。手間を取らせて申し訳ありませんでした」

「いや、ボーナスフロアがどこに繋がるかは運ですから、スイレンさんが謝る事ないですって。それに、俺的にはすごく運に恵まれたと思いますし」

「ふしゃん!」


 スイレンさんの足元にはちびズメイがご機嫌に擦り寄っていた。


「えー……っと、これどうすれば……??」

「すごく懐かれてますね」

「キュ!」


 ちびズメイを見下ろして、スイレンさんは言う。


「おっきい火蛇は倒したんだから、もう行きなさい」

「ふしゅ……?」

「どっかに行きなさいって」

「ふ……しゅ……る……」


 スイレンさんの言葉にちびズメイはしゅるしゅると縮こまった。

 かと思えば、鎌首を擡げ身体を全身を勢いよくぶんぶんと振る。

 やだやだー! と言っているみたいだ。


「ちょっ……! なんなんですか!」

「スイレンさん、今までテイムしたことないんですか?」

「ないですね。会話が通じない生き物って、どうしていいか困るじゃないですか。モンスターの気持ちなんてわかりませんし」

「気持ちで言うなら……少なくともこの子は、スイレンさんが好きって言ってると思いますけど」

「ええ?」

「ふしゃ!」


 ちびズメイが再びご機嫌になって、スイレンさんの足元に寄り添う。


「そんな事言われても、世話とか管理とかイチから覚えるのも大変だし……ヘビじゃバズるのも難しそうだし……」

「ふしゅ~……?」

「でも、放っておけない気持ちもあるんですよね。……別に感情移入してるわけじゃないんですけど」


 スイレンさんはその場に屈み込み、不敵な笑みでちびズメイを見つめた。


「ヘビさん。わたしとA級の探索者を目指す心意気はありますか?」

「! ふしゃああああ!」

「わっ! 飛びかかられるとびっくりするでしょう!?」


 ちびズメイはぴょんと身軽に飛び上がって、スイレンさんの首元や肩に懐いている。


「スイレンさん、何か吹っ切れました?」

「……おかげさまで。今まで、ちょっと不安定だっただけです。わたしはやっぱり最強も目指したいし、カワイイも目指します」


 ちょっと不安定ってレベルだったかなあ……。でもこうして、自分の中から立ち上がるきっかけを掴めたんだから、スイレンさんは強い人だなと思う。

 こんな強い人でも、世の中を嫌悪したり弱気になっちゃうことってあるんだな。


「というわけでミズキさん、さっそく私を強くてカワイイと褒めてくれてもいいんですよ?」

「え? え~……っと」

「なんですか~、その歯切れの悪い感じ!」

「いやそういうわけじゃなくて、俺好きな子がいるんで……」

「あー、そうなんですか? 彼女さん思いなんですね」


 まだ彼女じゃないと慌てて弁明する。


「ふふ、何ですかその慌てよう。彼女思いなのはむしろ好感度アップです。それじゃ行きましょうか、そうだな……”ほのちゃん”」

「ふしゃあ!」


 スイレンさんが立ち上がる。そしてふと、こちらを振り向いた。


「それから……ありがとうございます。負けるのが普通、当たり前と言ってくれて」

「え?」

「わたしは失敗が怖いんじゃなくて、普通の人間になるのが怖かったんですね。あなたのおかげで気づけて……良かったです」

「スイレンさん……」

「ふふっ、これから何度失敗したとしても、最強の探索者になってやりますよ。彼女持ちだろうが家庭持ちだろうが関係なく、賞賛させる究極の探索者にね」


 ……それは、応援していいんだろうか?


「あ、誤解しないでくださいね? 恋人持ちでも推させてやる、それくらい魅力的で完璧な探索者になってやるって意味ですよ。恋人と推しは違うってよく聞きますし?」

「なるほど……??」

「いつでも、わたし推しになってくれていいですからね~?」

「考えておきます……」


 続いてスイレンさんは、ういろうに向かって頭を下げた。


「あらためて、ういろうちゃんに、嫌がることしてごめんなさい」

「キュ~!」

「……ほのちゃんのテイマーになるにあたって、ういろうちゃんを庇ったミズキさんのこと、目標にさせてもらいますから」

「ふしゅ?」

「お、俺が目標って……恐れ多いです」


 びっくりして声が上擦る。スイレンさんは照れ隠しのように咳払いをしてから、柔らかい微笑みを浮かべた。

 

「というか、そろそろ敬語やめません? わたしの方がたぶん年下ですし、テイマーとしては先輩じゃないですか」

「は、はい……うん? 慣れたらそうします」

「ピキュ~」


 ふいに、ういろうがスイレンさんの隣に並ぶ。

 一連の出来事を経て、スイレンさんへの警戒を解いたようだ。


「キュイ!」


 ういろうはカメラ目線を決めている。ちょっとキメ顔になってるのがわかる。


「ういろうが写真撮りたそうにしてるんで、一緒に撮っていいですか? 一応SNSには上げないって約束で」

「SNS禁止ですか~。あくまでわたしたちだけの思い出ってことですね」

「それだと駄目ですか?」

「まさか。もちろんです。せっかくなんでミズキさんも映ってくださいね?」

「え?」

「ほら、ほのちゃんも。いきますよ――、」

 

 シャッターが起動する音がした。


 こうして俺たちのダンジョン戦は幕を下ろしたのだった。

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