旅の者(魔王) 1
春風駘蕩。
空から降り注ぐ太陽光は、程よい温かさで冬の寒さを忘れさせる。
山のほうを見ればまだ、頂上の方には雪が残っておりまだまだ冬を感じさせるものの、この気候ではそんなことも忘れ昼寝だけしたくなってしまう。
凍てつく冬の痛いほどの風や、夏のじっとりとしたしつこい熱風でもない。
春らしい心地よい風が、丘の上から街に向かって流れていく。
その風に湧き上がる歓声のように、草や花たちが気持ちよさそうに右へ左へとなびいている。
丘から街へと向かってなだらかなに下り斜面になっており、その野原にはたくさんの植物が育っている。
冬の間、今か今かと出番を待っていた植物たちが一斉に飛び出したようで清々しい原っぱになっている。
その丘を流れていくのは、なにも風だけとは限っていない。
鳥や虫に犬もいる。そして先ほどから、女の子も追いかけっこしているように流れ去って行った。
王都のある大陸は今の季節はちょうど春。
僕たちのいた魔都は気温は高かったから、それに比べてこちらの気候は過ごしやすい。
先日、魔法陣で別世界から転移してきたマシロ。彼女は今、丘を走っている。
何のためかというと、その前にマシロより小柄な女の子が走っている。その女の子は、魔王軍の魔法兵長で僕の幼いころからの知り合いのアリスだ。
「アリスちゃーん、待ってよぉー。」
マシロは、いつものようにアリスを追いかけている。理由はたぶんアリスの格好であろう。
いつもの魔法使いの服ではなく、人間の着る服を着ているためだ。
それも、アリスの場合背が低いために大人の服では身体に合わない。そのために、子供の服をアリスは着ているのだ。
ヒラヒラとした感じでどこかのお姫様のようにも見える。マシロ曰く、
「もう犯罪者になってもいい」
と言ってアリスを捕まえようと追いかけている。
「いやあぁぁああっ!エル助けてぇ!!」
アリスも元気よく駆け回っている。
たしかに服は子供だ胸も膨らんでおらず、いわゆる幼児体型といったところだ。
それに引き替え、西の魔女は若くして亡くなったということもあったが綺麗でスタイルもよく魔族の中でも人気が高かった。
その弟子ともあろうアリスが・・・。
昔は、アリスは本ばかり読んでいて西の魔女のところから帰ってきたときも、華奢で相変わらずの引きこもりっぷりだった。
僕も大して人のこと言えないが、一応外に出て力仕事したり武術も練習している。その理由はアリスほど魔法は強くないからせめても、と思ったがどちらとも中途半端になってしまった。
そんな二人の近くを必死に走り回っている犬。ワンワンと可愛らしい鳴き声とともに飛び跳ねながら走っている。あの犬はまさにマシロとアリスレベルの犬である。
僕はその状況を、遠くから眺めていた。
丘の上に建つ一軒家。その軒下にある手作りのベンチ。
ベンチに座る僕の上には、先ほどから犬が丸くなって昼寝している。僕に懐いてくれたのか会ってすぐに足元をクルクルと回り、このベンチに座ったらすぐに上に乗っかってきた。
どうやらこの犬は僕と同じレベルの犬で、面倒なことは嫌いなようだ。
「ああ、エル君。昼食の準備出来たからアリスちゃんとマシロちゃん呼んきて。」
「わかりましたコレットさん。ほらマヤ起きて。」
「フフフッ。あの子たち元気ねー。ドリーもあんなに元気に走り回って。
マヤはエル君が好きみたいね。」
「ドリーはオスで、マヤはメスなんですか?」
「そうよ。私がこの家で一人で住むことになって少し経ってからアドルフさんが連れてきてくれたのよ。」
「そうなんですか。マヤがメスで良かった。」
「あら、オス同士もなかなかいいと思うわよ?」
「いや・・・遠慮します。」
僕の膝の上で寝ていたのはマヤ。遠くで走り回っているのはドリー。
コレットさんはアドルフが提案してくれた、王都の近くに住む人間の方。
元々は別の街に住んでいたけど、魔族が焼き払ってしまったためにこの場所にアドルフさんが用意したらしい。




