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ココロの在り処

「自分で言っちゃあなんだけど、如月優花退院おめでとうスペシャルモノマネ大会いってみよー!」


「きゃー!ステキー!」


「いっきまーす!・・・アナタノコトガチュキダカラ~♪」


「出たーっ!チャン・ドン●ン!」


「似てるー!」






「・・・アレ誰?」


「如月優花ね」


「見た目はそうだけど・・・」


「中身もそうよ」


「・・・鶴来先輩怒ってるの?」


「呆れてるのよ」



今日も健在です。




昼休み。

私が退院してから翌日のこと。

普段どおりに登校してきた私の耳に、沢山の人から心配の声をもらった。

事件が起きて、私が退院するまでの三日間は、先生が男女間のトラブルで私を突き落としたという噂で持ちきりだったらしい。

色っぽくて綺麗な先生の評判はがた落ち。

色目を使っていた男子生徒達からも反感を買ったらしく、ほとんどの生徒が私の応援についてくれた。


かといって優越感に浸ってるわけじゃない。

まだそれについては解決の糸口すら見つかっていない。

出来れば温厚に、出来ればスマートに話を持っていきたい私にとっては、今の状況は少々堅苦しい。


とりあえず、その話から逃れるため、後は真由羅との関係がぎくしゃくしているのを誰にも悟られないために、明るく振る舞って教室内で馬鹿なことをやってみているんだけど。


そんな私と視線も合わさずに、真由羅は自分の席で見たくもない雑誌を広げて片肘をついている。

その隣で、健太郎が窓際に寄り掛かって私のほうを見ながらも真由羅に話し掛けているのが視界に入った。



「優花さんのこと許せない?」


私のせいでやかましくなっている教室内で、健太郎が真由羅に静かに尋ねる。

真由羅は雑誌から顔をあげないまま、静かにつぶやいた。


「別に。・・・なんとなくは気が付いてたし」


無愛想な真由羅の返答に健太郎が少し驚きの表情を見せれば、真由羅は顔色を変えずに言った。


「鶴来家の跡取り・・・私はそうやって今まで育てられてきた。辛い修業にも耐えて、私が自分の里を支えていく柱になる・・・そう思い続けてきた。優花ちゃんに出会ったのは小二のとき。爺さまの知り合いからあずかってる娘として優花ちゃんは私の前に現われたわ。最初はただうれしかったの。鶴来家嫡子、鶴来真由羅として同じ年頃の子は私を敬遠してた。だけど優花ちゃんはちっとも私を偉い人だとか見ずに接してくれた。・・・今思えばおかしい話よね。爺さまの知り合いの子とは言え、私と同じように大切にされてきた・・・」


「・・・最初に疑問を持ったのはいつ?」


「中学にあがってからよ。今までは監視下にある小学校に通っていたけれど、社会を知るためとかで一般の中学に入ったの。私と四六時中一緒に居た優花ちゃんに対して、何も知らない先生が言ったのよ。“アナタ達そっくりね。姉妹みたい”って・・・。その時、優花ちゃんはただ笑ってごまかしてたけど、それ以来優花ちゃんは顔を見られないように前髪で隠し始めたのよ」


真由羅の言葉に健太郎は息を飲む。

その時ようやく真由羅は馬鹿騒ぎしている私のほうを見て静かにため息を吐いた。


「話を聞いたとき、許せないって気持ちより、恥ずかしかった。自分の存在は知らないうちに優花ちゃんを傷つけていたんだって・・・それなのに優花ちゃんはずっと私を・・・守ってくれていたって・・・」


真由羅が泣きだしそうな表情で語り終わると、健太郎はふっと微笑んで真由羅を見つめた。


「俺ね、優花さんから別れようって言われた」


「はっ?!なんでっ?!」


「お金、いらなくなったんだって」


健太郎はそう言うと、入院中に私が渡した通帳を取り出して真由羅に渡した。


「優花さん、なんでお金貯めていたか知ってる?」


「・・・教えてもらってない」


真由羅は静かにそう言って、一番最後の通帳記入の欄を見て、驚きの表情を浮かべた。

そんな真由羅の表情に満足したのか、健太郎は続けて言った。


「鶴来先輩が、鶴来の家に執着する必要がなくなった時、自由に生活できるようにって貯めてたんだって」


通帳に書かれている数字が私が真由羅にしてあげられる精一杯の謝罪。

その通帳を顔に押しつけて、真由羅は表情を誰にも悟られないようにつぶやいた。


「・・・馬鹿ねぇ・・・こんなお金・・・欲しくて優花ちゃんの傍に居るわけじゃないのに・・・っとに・・・馬鹿なんだから・・・」


通帳を閉じて、真由羅が健太郎を見ると、健太郎はすこし首を傾げてみる。

それを見た真由羅は、鼻で笑うように健太郎を見た。


「で?結局別れるの?」


「別れないよ。もともと半年の契約だったし。そう言ったら優花さんもしぶしぶ了承してくれたけど」


「そんな口実で繋ぎ止めておくのも時間の問題よ?」


「あれ?何の話?」


「バレバレよ里見君の気持ちなんて。ただ優花ちゃんは自分のことになると鈍感だから手強いわよ」


「それは重々承知してる・・・」


健太郎が苦笑いを浮かべてつぶやいたと同時に、教室のドアがガラリと開いて、馬鹿騒ぎしていた教室内の生徒の視線が、一気にそちらに向いた。


「如月、今すぐ校長室へ」


入ってきた人物は担任の先生だった。

先生の言葉を聞いた途端、教室がざわめきたつ。


私は向き直って「わかりました」と短く返答をすれば、さっきまで一緒に笑っていたクラスメイト達が私に心配そうな顔を向ける。


「ちょい、行ってきまーす♪」


冗談っぽくそう言って、教室から出ていくと、途端にざわめきが大きくなって、そのざわめきは健太郎に向かっていったらしい。




「失礼します」



そう言って校長室に一歩足を踏み入れると、ピリピリとした空気が体中を駆け巡る。

中で待っていたのは校長と、松原先生、それに見たことのない威厳がましい一人の男性だった。


校長席に座る佐倉氏と目が合って、佐倉氏はサングラスの向こうにある目を細めて微笑む。


「体の調子はどうだい?」


「打ち身も随分引いてきたので元気いっぱいです」


「それはよかった。そこに座って」


佐倉氏に言われるとおりに先生と男性と低いテーブルを挟んで向き合って並ぶソファに腰をおろす。

ソファは応接用なだけあってふかふかだった。


私が座ったのを確認した途端、先生の隣に座っていた男性が口を開く。


「今回の事件だが・・・如月くん、君がウチの娘を突き落とそうとして勝手に落ちていったと娘は言っているんだがね」


そこでようやく理解する。

この人は先生の父親だ。

小さな会社の社長か何からしいけれど、成人を過ぎた娘の弁護にくるとは笑いが止まらない。

私は半ば呆れながら先生を見れば、先生は父親の影に隠れてニッと気味悪く微笑んだ。


「そりゃ驚きですね。私はてっきり自分で先生をかばって落ちたと思っていました」


私がはっきりとそう言えば、父親はこめかみをピクピクと痙攣させて私を見る。

それから少し荒々しい声で佐倉氏に言った。


「このような言い訳がましい生徒を育てるのがお宅の役目かね!えぇっ?!すぐにこの娘に厳重な処分を下していただきたい!」


「真実も見極めることができないまま、処分を下すことはできません」


興奮する父親に、佐倉氏が冷静に返すと、父親は勢い良く立ち上がり、佐倉氏を指差した。


「ウチの娘が嘘を吐いていると言いたいのかっ!」


「生徒が嘘を吐いていると決め付けるのもどうかと思いますが?」


佐倉氏の言葉に、父親はギリッと歯を食い縛って佐倉氏を睨み、それから私の方を見る。


「君は自分がやったことを恥だとは思わんのかっ!」


「その言葉、娘さんに言ってあげたらどうです?そのままアナタにお返ししても構いませんよ?」


「なっ!なっ!」


「如月さんの言うことはもっともだと思います。娘さんを大切にされるお気持ちはわかりますが、大人になってまで父親に尻拭いしてもらうのはどうかな?」


私の言葉に続いて、佐倉氏が先生に向かって言うと、先生は顔を真っ赤にして佐倉氏をにらんだ。


「どうなっとるんだ!この学校は!校長が最悪なら生徒も最悪だ!」


父親が堪忍袋の緒が切れたように怒鳴ると、佐倉氏は目を細めてギッと睨む。

その時初めて父親と先生が驚きの表情を浮かべ、ゴクリと喉をならした。


「これ以上、生徒への暴言は許しません。部外者は退室願います」


「部外者だとっ!?」


「ここは高校だ。生徒の為にある教育の場。先生の為にあるわけじゃない」


「貴様っ・・・」


「聞こえなかったのか?・・・出ていけ」


再三の佐倉氏の言葉に、父親はぎゅっと手を握り締めて睨む。

そんな態度を見て、佐倉氏は小さくため息を吐くと、隣のドアに向かって言った。


「柚里」


「はい」


佐倉氏の呼び掛けにドアが開く。

緊迫した校長室に入ってきたのはスーツを着た若い男性だった。

何度か見たことがある。

その人はいつも佐倉氏と行動をともにする秘書の人だ。

眉一つ動かさずに柚里さんが佐倉氏の横に歩み寄ると、佐倉氏は父親の方を向いたまま言う。


「玄関まで送って差し上げて」


「はい」


短な会話を済ませると、柚里さんは父親に向かって歩きだす。

その時、ふいに先生の足が柚里さんの足と触れた。


「やっ・・・」


「・・・すいません」


小さく抵抗の声をあげた先生に、柚里さんが無表情で返す。

先生はすぐに柚里さんを睨み返し、スカートから覗く足を組み替えた。









あれ?










ふとした疑問に私は口元に手を当てる。

そんな私を父親は鼻で笑うと、しぶしぶと柚里さんに促されて校長室をあとにした。















「はい?先生との初体験?あ、問8、5MIPS」


「うん。詳しく聞かせてほしいんだけど。正解」


「そんなの聞いてどうするのさ。問9、3,7ナノ秒」


「んー、ちょっと気になることがあってさ。あ、おしい、違う」


「えー・・・あ、3,4ナノ??」


「正解」


「ご褒美は?」


「まだ答えあわせ終わってないでしょうが」





あのあと、佐倉氏と先生と私の三人だけになった校長室は、終始沈黙が続いた。

解決まで辿り着けず、その時はそれで終わってしまった。

校長室から帰ってきた私を、みんなは待ち受けていたけれど、また変な噂が流れると困るので、愛想笑いでその場をしのぐ。


そして現在、放課後に気になることを尋ねるために健太郎の家に行ったわけだが。

そろそろ中間試験なものだから、健太郎の勉強に付き合っている。


ガラステーブルに肘をついて、問題集を広げている健太郎に、テーブルを挟んでベッドに寄り掛かりながら答えを眺める私。


「具体的にどんなHだったか教えてよ」


「がっ・・・そ、それは少々キツイんですが・・・」


「いいからいいから♪」


私がガラステーブルに身を乗り出して尋ねると、健太郎は少し頬を赤らめて小さな声で答えはじめた。


「その・・・ヤル前にお酒飲まされて・・・そのまま・・・」


「・・・なんか抽象的・・・」


「仕方ないでしょう?!なんか夢見てる感じで頭がぼーっとしてたんだから・・・」


頭がぼーっと・・・夢見てる感じ・・・?


「なるほど・・・」


「なん・・・こんな事聞いてどうするのさ」


少し不貞腐れながら言う健太郎に、私はニッと笑みを浮かべて言った。


「これは、私の考えだから、正しいとは限らないんだけどね・・・」


そう言って話し始めた私に、健太郎は無言のまま聞いてくれた。

私が話し終えると、健太郎は眉をひそめて私に言った。


「まさか・・・でも・・・」


「ありえなくはないでしょう?」


私の言葉に、健太郎は小さくうなずく。


「じゃあ先生は・・・」


「その可能性が高いって事」


私が改めて肯定の言葉をつぶやくと、健太郎ははぁーっと大きく息を吐いて、おもむろに立ち上がると私の後ろに回って後ろから抱き締めた。


「なんか・・・気が抜けた」


「あくまでも私の推理だから、まだ油断はできないけどねー」


私が笑いながら言えば、健太郎は私を自分の方に向き直させると、クッと私の顎を引いて唇を寄せる。


「んっ・・・前から思ってたんだが、ふたりっきりの時はキスする必要ないんじゃない?」


「嫌なの?」


「そんなことはないが・・・」


「じゃあいいじゃん」


そう言うと再び唇を塞がれる。

角度を何度も変えながらついばむような口付けに、頭がぼーっとしてくる。


「・・・んっ・・・」


合わせた唇から息が漏れると、健太郎はゆっくりと唇を離して額と額をコツンとくっつけた。


「優花」


艶やかな声で呼び捨てされて、思わずドキッと胸が鳴る。

絡み合った視線は私を捕らえて離さない。

なんか今日の健太郎、少しおかしい。

そう思って口を開こうとすれば、健太郎はまたキスをして、小さな声でつぶやいた。


「俺のこと好き?」


なんでこんなことを聞いてくるんだろう。

不思議に思って顔を覗きこめば、少し恥らったように、でも真顔な健太郎に一瞬、ドキッとする。

自分でもわからないけれど、きっと今まで見たことがない、"男"としての健太郎を見た気がしたからだ。

どう答えればコイツは満足するんだろう。

少し考えていると、健太郎は私を自分の膝の上に乗せて私の胸元に顔をうずめる。

私も無意識に健太郎の頭を引き寄せた。


胸元に健太郎の吐息が掛かって熱くなる。

サラサラな健太郎の髪を撫でれば、時々くすぐったそうに顔を動かす。


健太郎が甘えている。


そう感じたとき、とてつもなく愛しくなった。


「優花・・・優花・・・」


何度も何度も囁く様に健太郎が呟く。

そのたびに私は答えることもなく、ただ健太郎の頭を撫でる。



可愛いくて



優しくて



柔らかい笑顔が綺麗で



時折見せる真剣な表情は凛々しくて



サラサラと揺れる髪も



吸い込まれそうなほど艶やかな瞳も



全てから伝わってくる暖かな温もりだって



私の存在を認めてくれた優しい心も









・・・うそ・・・







私・・・健太郎の事好きなんだ・・・







友達とか、雇い主とかじゃなくって







異性として・・・








自覚した途端、健太郎の頭を撫でる手を思わず止める。

その行動に疑問を持ったのか、健太郎が不思議そうに顔を上げた。


「・・・優花さん?」


さっきまで呼び捨てだった健太郎の口調はすでに戻っていて、上目遣いで見てくる健太郎と視線が合う。

途端、心臓が自分のものじゃないと思えるほど、ドキドキと高鳴る。


「わ、私、帰る!」


恥ずかしさと高鳴る心臓の音を知られまいと、すぐさま健太郎から離れて立ち上がる。

私の突然の行動に唖然とした健太郎は、すぐさまハッとして私の腕を掴んだ。


「ちょ、どうしたの?!」


「あのっ!用事!用事が思い立った!!」


「用事は思い立つものじゃないでしょ!?どうしたんだよ?!」


「み、水戸●門の再放送見なきゃ!」


「ウチで見ればいいじゃん!」


「1人で見たいの!」


「とりあえず落ち着こうよ!」


「かーえーるーっ!」


「優花さんっ!」


「ご隠居が私を待ってるの!」


「優花さんっ!」


「角さん助さん!今行くよっ!」


「優花っ!!」


怒鳴るように健太郎が私の名前を呼んだので、思わず反射的にビクッと体が震える。

それが伝わったのか、健太郎は掴んでいた私の手首を離すと、私をじっと見つめてきた。


「・・・わかった。ごめんね。俺なんか嫌な気分にさせたみたいだし」


「そんな・・・事ないぞ?・・・たぶん」


「たぶんって・・・」


あきれたように健太郎が聞き返せば、私はカバンに荷物を詰めてドアに向かう。


「送っていこうか?」


「いいよ。大丈夫。じゃあまたな」


「うん・・・」


少し残念そうに言う健太郎に、私は笑顔で手を振って、健太郎の家を後にした。

走りながら火照る頬を隠して、それから胸に手を当てる。

ドキドキと正直になる胸の高鳴りと同時に、罪悪感が生まれてきた。


「私・・・人を好きになっていいのかな・・・」


それに・・・


健太郎はあまりにもアイツに似すぎている・・・。


アイツに似ているから?


だから私は健太郎を好きなのか?


好きって勘違いしているのかもしれない。


わからないや・・・。


アイツを好きなのか、健太郎を好きなのか・・・。


途方にくれるように空を見上げた。









静かで長く続く廊下の端に、体が埋もれるほど大きく柔らかなクッションに身を沈め、そこに広がる日本庭園をボーッと見つめる。

庭先で脚立に上って木を切る庭師を見つめては目を細めた。

足元ですやすやと眠る毛の艶が美しい黒猫が、グルグルと喉を鳴らす。

そんなとこが私に与えられた家。

馬鹿デカイ旅館みたいな武家屋敷は私一人では大きすぎる。

うちのジジィは鶴来家の血を引くものから異端が生まれたことをひどく恥じていた。

私が朱雀の力を継承してからも、鶴来家に入ることを極端に拒まれた。

異端は決して禍ではない。

私の前に異端として生まれた人物が、なんらかの理由から自我を崩壊させすべてを破壊へと導いた。

それが原因となって異端は禍という方程式ができあがってしまったのだ。


まったく、迷惑な話だ。


そんな話より今の現状に目を向けようとふと、健太郎のことを思い出す。

自分の気持ちを確認するように、私は健太郎が好きなのかと自問自答を繰り返せば時折、自分の答えに笑いがこみあげてきて、口元に弧を描く。


「優花様、なんやえらい不気味ですわぁ」


京都訛りの声に私は反応して顔を向けた。

そこに立っていたのは地味な和服姿で、姿勢よくこちらを見て微笑んでいる一人の女性。

私は微笑み返しながら彼女に言った。


「・・・少し夜風に当たりすぎたかな?」


「お体の調子が悪くて笑っていらっしゃるなら余計に不気味でっしゃろう?」


「ははっ、そうだね」


「夕飯のご用意ができましたが食べられそうどすか?」


「ああ頂くよ勿論。・・・アイツは?まだ寝てるのか?」


「ええ。優花様がこの屋敷に戻っていらっしゃる時だけがあの子の休み時ですから。今起こしてきますわ」


「・・・いや、私が行こう」


「そうですか?ではよろしゅう。・・・ひじり、夕飯ができましたよ。いつまでその姿でおらっしゃる?今日こそ猫マンマの用意でもしはりますか?」


彼女の言葉に、私の足元で眠っていた黒猫がゆっくりと目を開け、それから大きく欠伸をすると、立ち上がってその場でクルリと宙返りをする。

途端、そこに猫の姿はなく、ただ眠たそうに目を擦る五歳くらいの男の幼子が立っていた。


「ちゃんと食べるよぅ。伊織ちゃんの意地悪っ」


幼子は少しプクッと頬を膨らませて、伊織と呼ばれた和服の女性を可愛く睨んだ。

伊織は目を細めて笑うと、次に庭先で木を切っていた庭師に声をかける。


やしろ、食事を運ぶのを少し手伝っておくれやす」


社と呼ばれた庭師は、伊織の言葉に振り返ると頭に巻いていたタオルを取って、金色の髪をなびかせる。

それから脚立のうえに座り込んでニッと悪戯っぽく笑った。


「今行くわ!片付けてから行くから、ちょお待っとってや!なぁなぁ姫さん!」


さっきまで黙々と仕事をしていたのが嘘のように、社はベラベラと大阪弁で話しだす。

彼の言う姫とは私のことで、私は少し微笑みながら社を見た。


「姫さん、俺は自分の気持ちにまっすぐな姫さんが大好きやで?」


私の心の中を見透かすような彼の発言に、一瞬言葉を失う。

言葉を詰まらせた私を見て、彼はただニッと悪戯っぽく笑った。

私は無言のまま自分の気持ちを追いやって、彼から視線をはずすと立ち上がって長い廊下を歩き出す。

少し廊下がきしむ音がして、歩き始めた後方で伊織は小さく頭を下げて会釈する。

彼女の着物の裾を掴んで聖が私の後ろ姿を指をくわえてぼーっと見つめる。

それから伊織を見上げて小さな声でたずねた。


「ユーカ様と一緒に行っちゃ駄目?僕もいーちゃんと遊びたい」


「駄目ですよ彼は私達四人の中でも特に優花様のお気に入りですから・・・二人の時間を邪魔したらあきません」


「邪魔したらユーカ様に怒られる?」


聖が少し泣きそうになりながら伊織にたずねれば、脚立を持って廊下の脇まで歩いてきた社がフッと微笑んで聖の頭を撫でた。


「姫さんが怒るわけあるかい。聖だけやのーて、俺達みんなを愛してくれとるお人や。アイツが気に入られてんのはただ・・・まぁ、気にせんでええ」


「・・・よくわかんない?」


「ははっそやな。ほな、飯にしよや」


そう言って社が再び聖の頭をグシャグシャと撫でれば、髪をぼさぼさにしながらも、聖は嬉しそうに微笑んだ。





三人がそう話している間、私は入り組んだ屋敷を歩きまわり、目的の部屋へたどり着く。

ふすまをノックする事なくスッと横にスライドさせる。

暗闇の中で敷布団を引くことなく、私がさっき使っていた大きめのクッションを下に白い薄手の布団をかぶり、丸くなって寝ている彼を見つける。

スースーと規則正しい呼吸が聞こえ、私はその傍まで歩み寄ると穏やかな声で話しかけた。



「・・・十六夜いざよい



私の呼び声に、布団がモゾリと動く。

そこから長い男の手が伸びてきて、私の腕を優しく掴んだ。

私が彼の髪を撫でれば、彼はゆっくりと目を開けて私を見る。

おぼろげな瞳に、私は唇を落として。

ゆっくりと上半身を起こして私を引き寄せる彼に私は身を任せる。

四人の中でコイツが一番落ち着く。

私がゆっくりと彼の腕の中で目を閉じれば、彼は私の首筋に頬を摺り寄せて、それから私の唇にキスをする。

恋人同士がするような、でも決してそういう関係ではない十六夜と私。

少し青みがかったサラサラとした髪に、吸い込まれそうなほど艶やかな瞳。

顔立ちも綺麗で、それは本当に健太郎そのものだ。


私はなんだか十六夜の顔を直視できず、少し視線をはずして言う。


「夕飯。呼びに来た」


「・・・はい」


私の言葉に小さく返答をした十六夜は、私を抱き寄せたまま立ち上がり、彼の腕の中で私は足を浮かせた状態になる。

それから何度も唇を重ね、彼は微笑むことなく穏やかに私を見た。


「・・・お疲れですか?」


「少し・・・な」


私が力なく微笑めば、彼は少し悲しそうな表情をして私をしっかりと抱きしめる。

それに答えるように私は十六夜の首にしっかりと抱きつく。

甘い香りが鼻先をくすぐった。


「なぁ十六夜」


「・・・はい」


「・・・私の気持ちわかるか?」


「・・・いえ」


「だよなぁ・・・私、自分でもわからないから」


「・・・それでも俺にはアナタだけです。アナタが全てです・・・」


「うん・・・知ってる・・・」


「ごめんなさい」


「何で謝るの?謝らないでいいよ」


「彼に似ていて・・・ごめんなさい」


「・・・不可抗力だ」


「でも、アナタを悩ませてる」



彼の言葉に私が思わず顔をあげる。

間近で見る十六夜は本当に健太郎に似すぎていて。

優しい、困ったような、泣きそうな表情で私をみる十六夜に、私はただ優しく頭を撫でた。



可愛くて可愛くて仕方ない。


健太郎よりもずっと長く私の傍に仕えてくれていた十六夜。

最初に健太郎を見たとき、十六夜と似ていると全然思わなかった。

だけど私が健太郎の傍に居ると、どんどんとそんな風に思えてくる。

双子ってほど似ているわけじゃないと思う。

容姿にいたってはちょっと十六夜のほうが劣っている。

でも十六夜の雰囲気が、私は健太郎より好きで、健太郎と一緒に居るより落ち着ける。


「私は十六夜が好きだよ」


「俺も好きです」


「十六夜・・・大好き」


「んっ・・・」


私は呟きながら彼の唇にキスをする。

健太郎に対して罪悪感とかは全然ない。

だって十六夜とこうやってキスするのは健太郎よりずっと前からしていた事。

おまじないのように毎日繰り返したキスの雨。

お互いの存在を確認し合うように。

お互いだけが自分のすべてだと刻むように。

別に恋人同士じゃない。

けれど気持ちは恋人以上に膨らんでいる。

十六夜は私の心そのものだ。

いつ自我を崩壊させても可笑しくなかった私の傍にずっと居てくれて。

ずっとずっと私を守ってきてくれたから。

私の支えであり、私の全てと言っても間違えじゃない。

健太郎への気持ちだって嘘じゃない。

でも十六夜への思いには全然届かない。


恋人には決してなれない十六夜と私。


恋人ではないけれど偽りの恋人として行動を共にする健太郎と私。


選ぶことも選ばれることも間違っているかもしれない。


私は本当に人を愛してもいいのだろうか?


目を瞑ったまま角度を変えて十六夜と唇を重ねる。

十六夜はゆっくりとクッションの上に私を寝かせ、私の上に覆いかぶさってきた。

抵抗することもなく十六夜を抱き寄せて、十六夜のぬくもりを全身から感じ取る。


十六夜は健太郎の存在を知っている。

私が健太郎をどう思っているのかは、さっきの会話からきっとわかっていると思う。

それなのに十六夜を好きだと言う自分は本当に卑怯だ。

健太郎を想いながら十六夜を手放せないでいる。

十六夜が自分から離れていかないように縛り付けている。


健太郎は十六夜の存在を知ったら怒るだろうか?


・・・私・・・嫉妬してほしいのか・・・?


・・・わからなくて、どうしようもなくて・・・。


私、二人をどちらか選ぶだなんて偉そうなことはできない。

どっちを選んでも、どちらかの身代わりとしか考えさせられなくなる気がする。

どちらも選べない。

そんなことできやしない。


驚いた・・・


私に好きな人ができるなんて・・・


同時に二人を好きになるだなんて・・・


「十六夜・・・抱いて?」


「・・・夕飯はどうされますか?」


私の言葉に、十六夜は冷静に返す。

言葉は冷静に、でも私を抱き締める力は強く。

私はただ目を閉じて無言のまま抱きつけば、十六夜は答えるように私と体を重ねた。












真っ暗な部屋の中。

そこにポゥっと小さく灯るロウソクの明かり。

その薄暗い明かりのなかで、私が十六夜の腕の中で身じろぎをする。

何度も優しく髪を撫でてくれる十六夜の手の温もりが心地よい。

全身から感じる十六夜の暖かさに、私はゆっくりと目を開けた。


「・・・伊織」


私が小さくつぶやけば、部屋の隅に彼女の姿が突然あらわれる。

全裸で布団の中にいる私と十六夜をただ何も言わずほほ笑みながら見つめる。


「夕飯・・・食べ損ねてしまったな」


「構いまへん。お二人の分、あとで運びますさかい、頂いてください」


「ああ、手間を掛けてすまない。社・・・聖・・・」


私が伊織の言葉に謝罪すると同時に名前を呼ぶと、社は伊織の隣にあらわれ、優しく微笑んで私を見つめる。

聖は私と十六夜が眠るすぐ横に現われて、私をジーッと覗き込んでくる。


「聖、おいで」


そう言って聖の顔を引き寄せてキスをすれば、聖は恥ずかしそうに微笑んで、社に駆け寄った。

私はゆっくりと上半身を起こして、十六夜にキスを一つ落とすと、全裸のまま立ち上がって伊織達に近づく。

社はそんな私をみて、どこから取り出したか白いシーツを広げると私の肩にそれをかけて、そのまま後ろから抱き締めた。


「呼ばれたっちゅー事は、何や久々にお仕事かいな?」


「ああ、調べてほしい事がある」


私が一言つぶやけば、社は私の顎を指先でクッと持ち上げてキスをしてきた。

唇を重ねたまま私は続けるように話す。


「松原友佳里。社は監視を頼む」


「了解や。ほな行ってくるわ♪」


そういうと社の姿がパッと消える。

私は伊織に向き直ってゆっくりと近づく。

自分より少しだけ背丈の高い伊織と唇を重ねると、そのまま静かに言った。


「伊織は証人を」


「かしこまりました」


そう言うと、社に続いて伊織の姿も目の前から消える。


私が襖を開けて空を見上げれば、朧月がぼんやりと浮かんでいる。


「優花様・・・」


後ろから抱き締めながら十六夜が私の名前をつぶやく。

目を閉じれば健太郎に呼ばれた気さえする。

声まで似ているだなんて・・・

私は少し口元に笑みを浮かべ、月明かりを浴びたまま小さくつぶやいた。


「少し冷えた・・・風呂に入ろう」


「・・・はい」


十六夜は私の言葉に静かに返答すると、私を横抱きにしてゆっくりとそばに寄ってきた聖を見た。

私もそれにつられるように聖を見る。

少し仲間外れにされた気分になって泣きそうになっている聖に微笑んで、私は静かに言った。


「聖も一緒に入ろうか?」


「うんっ!」


途端、パッと笑顔を浮かべた聖の頭を撫で、それから私を抱き上げる十六夜に再び顔を向ける。

真っすぐ前を見て私を見ようとはしない十六夜に、私は小さく小さくつぶやいた。


「そろそろ終わらせようか・・・ねぇ・・・健太郎・・・」



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