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ハジメテノヒト

「さてどうしたものか」


「殺っちゃう方に一票」


「じゃあとりあえずそうするか」


真由羅の言葉に同意して、私はニッコリと微笑むと目の前で冷や汗を流す健太郎の股間を勢い良く蹴りあげる。


「!?*☆◎◆△※§!!」


声にならない痛みに健太郎は蹴られた大事な場所を押さえてその場にうずくまった。


「さ、行くか真由羅」


「うん♪」


上機嫌な真由羅を引きつれて教室をあとにする。

健太郎のクラスメイトが、不憫そうにうずくまったままの健太郎を遠巻きに見つめている。


「里見、感想は?」


「し・・・子孫繁栄に影響しそ・・・」


のんきに尋ねる健吾くんの声に、健太郎は涙目で答えた。


あれが学校一モテる男の姿だ。



情けない。






さて、どうしてこうなったのか説明する必要がある。


バスケ部の一悶着があってかれこれ一週間が過ぎた。

健太郎は毎日楽しそうに部活に打ち込んでいるし、私はあれがきっかけかはよくわからないけれど、健太郎ファンから受けるいじめはピタリと止んだ。



ことの始まりはそんな平凡な日々が戻ってきた、今朝起きた事件が瞬く間に学校中に広がって、情報通の真由羅から私の耳元へ届いたところまでさかのぼる。


「優花ちゃん!」


「ほぇ?」


一時間目が終了した休み時間。

トイレへ行ったはずの真由羅が早々に帰ってきた。

目を吊り上げて、息を荒くしながら勢い良く教室のドアを開けたこともあって、クラス中の視線が真由羅に向く。

そんな視線に気付いているのか気付いていないのか、真由羅はかまわずに私の前に足音をたてて駆け寄ってくる。


「浮気よっ!」


『はっ?』


私だけじゃない。

声が被って聞こえたのは気のせいじゃない。

クラス中の人たちが私と同じく、真由羅の言葉にわけのわからないという気持ちがあるらしく。


聞き返された真由羅はじっくりと私に顔を近付けて今度ははっきりとゆっくり話した。


「里見健太郎が浮気したのよ!」


「・・・え?まさか・・・」


「私はこの耳で聞いて、信じられずにこの目で確かめてきたのよっ!?わざわざ二年の教室まで!で!見ちゃったのよっ!」


「おふっぅ・・・な・・・なん・・・何を?」


話しているうちにどんどんと上半身を前に出してくる真由羅に、私は表情を引きつらせながら徐々に後ろに下がっていく。


「女と抱き合ってた」











はぃ?









「情報班!!走れー!」


「任務遂行しますっ!」


「相手の情報を入手せよ!入手せよっ!」




早っ・・・。



クラスメイト達は一気にその話に食い付く。

普段は物静かな教室なのにこういう団結力は相当なものだ。


チャイムの鳴るギリギリ前動き始めたクラスメイトを横目に私はまだ動かないでいる。

うーん、浮気といわれてもなぁ。

本当の恋人ではない為、怒りや悲しみなんかは生まれてこない。

むしろ新しい女の出現に、失業することの方が困る。

時給九百円のバイトを失うには惜し過ぎる。


でもなぁ・・・互いに好きな人ができたら、契約は破棄になる。


健太郎に好きな人かぁ・・・。


モテる人という認識はある。

何度告白されても断り続けた健太郎。

真面目に、本気で好きになって付き合ったことがある人は今までたった一人。


もしかしたら健太郎には別に好きなヒトがいて、私はそれの目隠し役だったりして・・・。


様々なことを考えて動こうとはしない私を見兼ねて、真由羅は私の腕をつかんでズリズリと教室からひっぱり出した。


向かったのは当然二階にある健太郎のいる教室で。




真由羅が私の代わりに代わりに教室のドアを勢い良く開ける。



その瞬間、目に飛び込んできたのは健太郎に抱きついて離れようとしない、見たことのない女性だった。



あらら。



本当に浮気現場だよ。



私が冷静に判断をしていると、最初に健吾くんがアッと私の存在に気が付く。

健太郎は抱きついてくる女性を引き剥がして私を見ると、慌てて私に歩み寄る。

ところがご立腹な真由羅が私の前に立ちはだかって、健太郎は私に近付けない距離で足を止めた。


「その!誤解でっ!」


「何が?」


慌てて誤解だと話す健太郎に、真由羅が笑顔を浮かべながらも冷たい声で聞き返す。

私は苦笑いを浮かべて、今後の行動をどうとろうかと健太郎を見た時だった。


「健ちゃぁん♪」


猫なで声で健太郎をそう呼びながら、当たり前のように健太郎の腕に自分の腕を絡ませてくる女性。

先程まで健太郎に抱きついていた彼女だった。

健太郎は嫌そうに腕を振り払おうとするが、彼女はぎゅっと健太郎の腕を離そうとはしない。

それどころか、健太郎の方に自分の頭を寄せて甘えるように擦り寄る。

彼女は誰から見ても綺麗な女性だった。

真由羅が日本美人なら、彼女は東洋美人とでも言えばいいか。

茶色掛かったウェーブのかかった髪。

大きな瞳にぷるん、とした唇。

すらっとした細身の体。

モデルのようなスタイルの彼女を思わず凝視する。


「後ろの子が今の‘彼女役’?」


含み笑いを浮かべた彼女の言葉に、私と真由羅、それに健太郎が険しい表情になる。



なんで偽物だってわかったんだろう・・・



その疑問はすぐに解決された。


「うふっ♪初めましてぇ♪健ちゃんの初めての相手、松原友佳里でぇーす♪」


「初めて・・・まさか初Hの相手?」


唖然と聞き返す私の言葉に、松原さんはニッコリと満足気に頷く。


「あ、あれはアンタがしなきゃバラすとか死んでやるとかって言うからっ!」


健太郎が慌てて否定すると、彼女は上目遣いで健太郎を見て言った。


「えー、私が脅したみたいないい方やめてよねぇ?」


「脅すもなにも事実だろ!」


珍しく荒々しい声をあげる健太郎に、教室内だけでなく、噂を聞き付けた見物者が騒ぎだす。

それに気をよくしたのか、松原さんは私に向き直って、勝ち誇ったような笑顔を見せた。


「どうせアナタも本当の彼女じゃないんでしょう?だったら私に健ちゃん頂戴♪」


「はぁ?」


私がため息混じりに聞き返せば、健太郎はギッと松原さんを睨んで絡められていた腕を乱暴に振りほどいた。


「ふざけんなっ!出ていけよオマエ!」


「あらあら、慌てちゃって。ますます怪しい♪そんな健ちゃんも私は好きだけどぉ☆それに、センセーに対してオマエはないんじゃなぁい?」












先生?










「先生って・・・」


真由羅が唖然と聞き返せば、松原さんはニコッと笑いながら私たちにVサインをして改めるように言った。


「今日から産休に入った小谷センセーの代わりに入った、臨時教師の松原友佳里でぇーす♪ぃよろしくぅっ♪」





「・・・健太郎、先生に手出してたのか?」


「だ、だから誤解でっ!」


「ほう・・・五階か?ここは二階のはずだが?」


「そんなジョーク誰が言った!」


「はははっ♪なかなか健太郎としてはつまらない親父ギャグだったな♪」


「笑えないなら笑わないでよしっ!つーか話聞いてよ!」


「さてどうしたものか」


私がうーんと考えるふりをすると、真由羅が私に振り返ってニッコリと微笑んで。


「殺っちゃう方に一票」


恐ろしい一言をケロリと言って。


「じゃあとりあえずそうするか」


真由羅にニッコリと微笑んでから私が健太郎を見る。

健太郎は私の笑みにビクッと後ずさりして、それから歩み寄る私に戸惑いの視線を向ける。


「え・・・あ、優花さ・・・」


「健太郎♪」


「う・・・うん?」


私はニッコリと微笑むと目の前で冷や汗を流す健太郎の股間を勢い良く蹴りあげる。


「!?*☆◎◆△※§!!」




で、冒頭に戻るわけだ。






健太郎が浮気をしたという噂は瞬く間に、私の制裁事件とともに広がり、一日中その話で持ちきり。

私のところへは今後どうするのかを聞きに来る人が絶えなかったし、健太郎の所へも、噂の浮気相手の情報を聞こうと人が集まったらしい。

私は怒った‘ふり'をして、一切の質問には答えず、沈黙で通した。

休み時間のたびに健太郎が謝りに来たけれど、決して健太郎の顔を見ずにソッポを向いてその時間をしのいだ。


「優花さん」


帰りのホームルームが終わって、すぐに健太郎が尋ねて来た。

ざわめく教室に健太郎は物怖じもせずにずかずかと入りこんでくる。

私はそんな健太郎を無視して帰り支度をしながら真由羅に話しかける。


「真由羅、今日久々にどこか寄っていくか?」


「え?いいのっ!?」


「いいぞー♪どこ行く?マック?カラオケ?ボーリング?あ、ゲーセンもいいなぁ」


「優花さん」


「どうしよー!どこも捨てがたいっ!久々にプリクラでも撮る?」


「そうだなぁ、私は久々に歌いたい気分だ」


「優花さん」


「じゃあ、ゲーセン行った後にカラオケは?」


「おう、そうするかっ!」


「優花っ!!!」


初めて呼び捨てで呼ばれながら肩をぐっとつかまれ、強制的に健太郎の方に向かされる。

目に映った健太郎は険しくも、悲しそうな表情を浮かべていた。

私はじっと見上げながらも、後ろでソワソワしている真由羅の気配を感じて、何も話さないまま真由羅の方に振り返ってカバンに必要な教科書を詰め始める。


「話がある」


「私はないから」


「俺にはあるんだよ」


「聞きたくない」


頑なに拒む私に、苛立ち気味の健太郎の声。

教室内はヒソヒソと耳打ちの声がいろんな方向から聞こえてきて、固唾を呑んで私たちのやり取りを、ただ遠巻きに見守ってた。


「優花さん。こっち向いて」


「顔見たくないからどっか行け」


私が冷たく突き放すと、健太郎は口をつぐんでしまった。


「えー?じゃあ私と遊ぼうよ健ちゃん」


突然の第三者の声に私も健太郎も振り返る。

すると、教室のドアの場所に立っていたのは松原先生だった。

最初に会ったときは付けていなかった赤いグロスを塗った唇を潤ませて、企みを含んだような笑顔を向けてくる。

私は一瞬躊躇したものの、すぐに真由羅を促して教室から出て行こうとした。


「あら?如月さん、本当に健ちゃん置いていくの?じゃあ先生が貰っちゃうよ?」


「どうぞご自由に」


私が振り返らずに呟けば、健太郎の呼び止める声が聞こえたけれど、そのまま真由羅と学校を後にした。








『あれ、ちょっとやりすぎじゃない?』


「そうか?」


マイク越しに話しかけてくる真由羅に、私は海老ピラフを頬張りながら首をかしげる。

学校から出た後、私は真由羅と予定通りにゲーセンへ行った後にカラオケへ来た。

真由羅は真由羅で、私が怒った‘ふり'をしていたことがわかっていたらしく、そう尋ねてきたのだ。


何せ朝から突然の事件で、私も恋人役として対処に困った。

だけど、健太郎から一番最初に初めての相手について聞いていたから、それなりに演技をした。

恋人らしい態度をとるなら、泣くか怒るかのどちらかだ。

嘘泣きは苦手というか出来ないので、怒るという簡単な方を選んだわけだが。


『里見君、マジで優花ちゃんが怒ってると思ってるよ?』


真由羅の言葉には私も思わずうなり声を上げた。

そんな私に苦笑しながらマイクのスイッチを切ってテーブルに置くとソファに座って選曲を始める。

歌いたいと言ったのは私なのに、今後どうするかを考えると頭がいっぱいでそれどころではなく、真由羅だけが歌う羽目になっていた。


「すまんな真由羅」


「ぜーんぜん♪最近は里見君に優花ちゃんを取られっぱなしだったから、嬉しいよ!」


素直に喜ぶ真由羅の笑顔に、私も自然と笑みが漏れる。

そんな私に少しだけ意地悪い笑顔に変わって、私に顔を近づけて続けて言った。


「それにさ、少しくらい悩ませたっていいじゃない?ああいう堕落な所見せられた女性って、里見君に憧れを抱いてた分、幻滅して結構ファン減るかもしれないし」


まあ、それが目的で私は彼女役をしてるしな。


それにしても初めての相手が先生だとは驚いた。

確か初めての経験は中学2年生の時だったと聞いている。

そう考えれば、やっぱり教師と生徒という間柄はどう考えてもおかしいように感じる。

それにあの松原先生の態度も少し気に掛かる。

健太郎の心配ではなくて、彼女自身の心配だ。

自分が教員という立場だというのは自分が一番理解しているはずなのに、わざわざ生徒との昔の関係を堂々と好評する意味がわからない。

大人っていう観点からしても、彼女が一体何を考えているのかさっぱりわからなかった。


自分を追い詰めるようなことをしてどうしようと言うのだろう。


いくら校風が自由であれ、神市高等学校も立派な教育現場だ。

佐倉氏の耳もすでに情報が行っていると思うのに、佐倉氏はなかなか行動を見せない。

その黙認が一連の騒ぎを肯定する行為なのか、それとも・・・。


考えれば考えるほどややこしくなってしまい、気を取り直すように自分の両頬を叩くとテーブルの上に置いてあったマイクを持って、片足をテーブルの上にかけて言った。


『うっし真由羅っ!歌うぞこのやろー!』


「おー!」


私が考えているよりも、健太郎が悩んでいるとは知らずに、私たちはカラオケで盛り上がっていた。








「如月優花。ちょっと屋上まで付き合いなさいな」


それから数日後の昼休み。

相変わらず健太郎は休み時間のたびに私に会いに来てたけれど、私も相変わらず無視をしたままで。

少しかわいそうかなぁとは思っているんだけれど、まだ真由羅大先生からのお許しが出ないので放置しっぱなし。

その間も健太郎について回る松原先生の噂は耐えなかった。


弁当を食べている最中の登場に、あんぐりと口を開けたままフリーズしてしまった。

そんな私のことなんて気にもとめず、腕組をしてフンッと鼻を鳴らしながらえらそうに話しかけてくる女子集団。

教室もその人数と迫力にシーンと静まり返り、ハラハラと固唾を呑んで見守る。



とうとう出やがった!



three knightファンクラブ!!



そんな驚きを喉の奥に留めて、私は恐る恐る尋ねた。


「えっと・・・御用ならこちらで承りますが・・・」


「あなたに決定権はなくってよ。早く来なさいなっ!」


ちょっとイライラ気味の彼女達に無理やり立たされたせいで、手に持っていた箸を落とす。

それを真由羅が慌てて拾いながら彼女達に文句を言おうと顔をあげた。

私はそれをあえて視線で止めて、真由羅を落ち着かせる。


「ちょっと行って来るさ」


「だって優花ちゃんっ!」


「大丈夫大丈夫♪」


何の保障もないけれど、彼女達の様子がなんだか少しおかしいのに自分自身も気になっていた。

恋敵である私に文句があるならば、いつものように姿を見せずに物的攻撃を受けるだろう。

その物的攻撃もまったくなくなった今、彼女達が私に用事があるとしたらあの事しか思い浮かばない。

とうとう失業か私・・・。


私は失業の痛手に苦笑いを浮かべながら彼女達に屋上へと連行される。

私を取り囲みながら、もとい包囲しながら歩く女子集団はどこを歩くにしろ目立つものだった。


ようやく屋上へとたどり着き、私はフェンスの一番端に追いやられる。

おいよおいよ。

自殺でもさせるつもりかいセニョリータ達。


「で、何用じゃ?苦しゅうない。近う寄れ」


「何様よアンタ。しばくわよ」


「ごめんなさい」


さすがに人数では勝てません・・・はい。


私が彼女達の顔色を伺うように黙って立っていると、フェンスを通り抜けて生暖かい風が吹く。

心地いいなんか言ってる雰囲気ではないので、とりあえず相手の出方をひたすら待った。


「とりあえず説明してもらいましょうか」


「・・・な、何を?」


偽恋人事件発覚!?失業決定っ!?

さすがに焦りが隠せずにいる私に、彼女達はずずいっと詰め寄ってくる。


「何をってわかってるでしょう!」


「はひっ!すいませんっ!!」


「あの雌豹教師の事っ・・・てなんで謝ってるのよアンタ」



・・・雌豹教師?



偽恋人の話ではなくて、松原先生のお話ですか?



おっと見当違い。

思わず口をつぐんで笑顔を繕いながら首を横に振る。

彼女達は不思議そうな顔をしながらも私に詰め寄ることをやめなかった。


「で、どうするつもりなのアンタ。あの雌豹教師をどうするつもりっ!?」


「どうするって・・・」


二度繰り返すと言うことは相当切羽詰まっているらしいけれど、私が戸惑ったように言えば、彼女達は怒ったような表情で私を睨んだ。


「アンタ何も知らないの?」


「え?」


何を言ってるのかさっぱりで、私が不思議そうに顔を見返すと、彼女達はようやく詰め寄るのを止めてあきれたように口々に呟き始めた。


「あの雌豹教師、ちまたじゃ有名なヤリ手らしいのよ」


「学校や地域で有名な男に手を出して自慢し歩いてるって」


「駆け出しのモデルから、活躍はじめのサッカー選手まで」


「彼女の自慢が週刊誌に載って、つぶれていった人達も沢山いるらしいわ」


「親がちょっと名の知れた会社の社長さんで」


「この学校にもそのコネで採用してもらったとか」


「佐倉校長は断固拒否したみたいだけど」


「金食い虫の教頭が勝手に採用したとかって」


「そのおかげで里見君だけじゃなく、笹木君や吉倉君まで魔の手に・・・」



「ちょっとまてっ!!!」




『はい?』



それまで黙って聞いていた私が、突然勢いよく身を乗り出すように彼女達に問いただす。

今度は私が詰め寄る側になってしまって、彼女達は私の勢いに普通に引いていた。


「笹木君や吉倉君までってどういうことだコラッ!?」


「えっ?やっ・・・なんか・・・そのっ・・・」


形勢逆転。

人数なんてなんのその。

優花様に掛かればやっぱりファンはただの人の集まりでしかないのだ。


「笹木君や吉倉君まで言い寄ったって話よっ!何とか逃げたみたいではあったけど、またいつあの人たちに魔の手が忍び寄るかわかったもんじゃない!」


その言葉を聴いた瞬間、ふっと脳裏を過ぎった疑問に冷静を取り戻す。

落ち着いて一息置いたあと、彼女達の今にも泣き出しそうな顔を見て、私は疑問をそのまま彼女達にぶつけた。


「じゃあアナタ達が自分達で動けばいいんじゃないのか?」


「も、もちろん動いたわよ。今のアンタと同じように屋上呼び出して」


「でも相手は教師であり大人だったからいくら人数が多くても勝てなかったのよ」


どうやら返り討ちにあったらしい。

まあ、あの先生の傲慢な性格を考えれば、この子達のやることなんて彼女にとっては蚊に刺されたようなものだろう。

この世にあんな教師がいてもいいものなのかと少々考え込んでしまうが、普通は居てはいけないだろう。

健太郎も厄介な相手と関係を持ってしまったもんだなぁと冷静ながらに同情した。


「じゃあなんで私を呼んだんだ?」


さらに浮かんできた疑問を投げかけると、あれだけ話していた彼女達が黙ってしまい、顔を見合わせてから少し硬い表情を私に向ける。

納得いかないように、それでも仕方がないようなその表情に、私も思わず真顔になる。


「アンタが里見君の彼女だからよ」


意外な言葉に私は思わず呆けた顔を浮かべる。

その馬鹿面に腹が立ったのか、彼女達は再び口々に話し始めた。


「アンタみたいな洒落っ気もない、女っ気もないつまらない女が里見君と並ぶのは私達としてはすごく心外よ」


「里見君がアンタの頭を撫でた日にはどう殺してやろうかと思っていたわ」


「突然現れて、私たちの憧れの王子様を攫って行ったもの。さしずめ悪魔の化身か魔女の呪いのどちらかと思っちゃったわ」


「本当!ムカつく最悪の女だった!」



「お前等の気持ちは胸に突き刺さって貫通するほど良く理解できたよ」



私が真顔でボケた感想を言っても、彼女達は間髪いれずに私をギッと睨んで言った。


「だけどアンタは屈しなかった」


「私たちがどんなに苛めても、どんなに野次を飛ばしてもアンタは泣きもせず怒りもしない」


「それどころか、アンタは自分から動いて部活の中に里見君の居場所をちゃんと作ってくれた」


「アンタは自分が傷つけられた時は怒らなかったくせに、里見君の居場所がなくなることをアンタの中傷の言葉に使ったことに腹を立てた」


「里見君が落ち込むような言葉を言われたときに初めてアナタは私たちに怒ったのよ」










そうか・・・私、無意識にそんなことしてたのか











でも・・・言えない・・・












それが全てお金の為だなんて・・・






「ごめんなさい・・・シリアスぶち壊しました・・・」


「さっきから何謝ってるのよ?意味わかんない」


独り言にも不機嫌な言葉が返ってくる。

私が気を取り直して彼女達を見ると、彼女達は神妙な面持ちで私に言った。


「私たちファンクラブはアンタを、里見君の彼女と認めたのよ。だからあんな雌豹の思い通りにさせないでっ!」


「里見君や吉倉君、笹木君はどんな相手であれ女性に対しては優しい人達よ」


「そんな彼等の優しさを悪用するようなあの女が許せないの」


「お願いよ・・・あの女と対等に渡り合えるのは里見君の彼女であるアンタだけなのよ」


「助けてあげてよ」


中にはシクシクと泣きだす子も居て。

本当に彼女達は彼等が、健太郎たちが好きなんだなぁと思うと、少し自分で反省する。

私は所詮お金目的で彼等の傍に居るだけなのに。

叶わなかった恋の代わりに、せめて私が彼女達の願いをかなえてあげよう。


私は沈んだ表情を浮かべる彼女達に、ニッと笑みを漏らして、それから大きな声で言った。


「わかったよ。私に任せろっ!」


彼女達の暗かった表情が、ぱっと青空のように晴れた。








事件というものは突然起こるから事件と言うのだ。

それをこの後すぐに実感することになる。



「あらぁ、こんにちは如月さぁん」


移動教室で真由羅と二人、階段を上っていると後ろから嫌な声がして振り返る。

そこにいたのは紛れもなく雌豹教師と名づけられた松原先生の姿があった。

本当に教師かと疑いたくなるほど、谷間の見えるフリルのあるキャミに、薄手の白いカーディガン。

ありえないだろうと言いたくなるくらいマイクロミニのスカートから伸びる足には網タイツ。


相変わらず派手でどうしようもねぇな、この人。


階段の踊り場で立ち止まり、私はペコリと先生にお辞儀をする。


「こんにちは」


とりあえず挨拶はしとかなきゃな。

その私の考えを知ってか知らずか、先生はただ私の全身をジロジロと見つめて赤い口紅の塗られた潤んだ唇をニッとつりあがらせた。


「アナタみたいな平凡以下の女の子がどうやって健ちゃんのハートをゲットしたのか教えてくれなぁい?」


さっそく嫌味勃発の先生に、後ろで彼女を睨みっぱなしだった真由羅が先に口を出した。


「先生がそうやって人を中傷するお言葉を使われるのはどうかと思いますが」


「あらぁ?だって本当のことですもの。ねぇ?如月さん」


「こういう場合は肯定するべきか?否定するべきか?」


「否定しなさいよっ!優花ちゃんっ!」


「あははっ面白い子ねぇ如月さん」


「でしょー?」


「何打ち解けてんのっ!」


真由羅の怒りもそろそろピークか?

まったく、堪忍袋が小さい奴。


腹を立てて先に階段を上り始めた真由羅を追いかけるように階段を一歩上れば、先生がまた私を呼び止める。


「ねぇ如月さん」


「はい?」


「アナタ本当に健ちゃんの彼女?」


「そうですよ」


間髪いれずに答えてやると、先生の笑顔が一瞬ピキッと固まったように見える。

それから私の腕を引っ張ると、再び踊り場まで戻らされて私の手首をぐっとつかむとニッと微笑んで見せた。


「アナタ、自分の立場わきまえたらどうかしら?」


どういう意味かは馬鹿な私でもしっかり理解できる。

ファンクラブの子達も言ったように、洒落っ気も女ッ気もない私に健太郎はもったいないと言うことだ。


「先生に健太郎の何がわかるんですか?」


「あら?前にも言ったでしょう?私は健ちゃんの初めての・・・」


「それは体であって中身じゃないでしょう」


私の言葉に、先生は口をつぐんでただ睨むでもなく私を見る。

私は私でまっすぐ先生を見て、その派手な衣装に隠れている何かを探り始めた。


「先生は正直言って馬鹿だと思います。体ひとつで心を繋ぎとめられると思っている」


「お説教とはいい度胸しているじゃない。そんなこと許されると思ってるの?」


「許されるも何も私の本音です。先生は本当の恋愛したことないんじゃないですか?」


私も人のことは言えないかもしれないけど・・・そんな言葉を心の中で付け足していると、先生は何が気に食わないのか掴んだままの私の手首をぎゅっと握り締める。


「私を馬鹿にしたわね」


「先生、痛いです。腕離して下さい」


「あら、振りほどけばいいじゃない」


「嫌ですよ。どうせ振りほどいた反動で階段から落ちて"如月さんに突き落とされた"とか一芝居打たれるんでしょう?」


「なっ!」


バレバレなのよ、この人。

いつの時代のネタ持ってきてるの?


私がうんざりしながら腕の痛みに耐えていると、彼女はグッと歯を食いしばり私をギッと睨んだ。


「思い知るがいいわ」


そういうとスローモーションのように先生の体が後ろへ倒れていく。



階段の上から真由羅が覗いているのも知らず。



階段の下に健太郎が歩いてきているのも気付かずに。



まずいっ!



ただその気持ちだけで体が動く。


瞬間、手に持っていた筆記用具をぶちまけて、倒れていく先生の頭上を越えるように飛び上がる。

先生の背を飛び越えながら階段の上に押し戻すと、私の体は態勢を立て直しそこねて、宙を舞って階段の下に叩きつけられた。





ダンッ!!ガダッ!!!!





ゆっくりと、生温い感覚が頭の付近に広がっていく。

力の入らない体と、考えることの出来ない頭の中。



視線だけを動かせば、自分の予想とは大きくかけ離れた出来事と驚きのあまりに階段の上で震える先生と、私の名を叫びながら駆け寄ってくる真由羅。



そして・・・








「ゆうかぁあぁっ!!」



ぼーっとする意識の中、取り乱した健太郎が私の名前を呼んだ気がした。




「きゃーっ!!!」


「階段から人が落ちたぞっ!!」


「早くっ!救急車っ!」


「松原先生が突き落としたの!?」


慌しい声が聞こえてくる。



痛い。


頭が痛い。



私が把握できるのはそれだけだった。

パニックになって私に触れようとする真由羅を、健太郎が制止する。


「頭を打ってる!触るなっ!」


健太郎の制止に、ビクッと体を震わせる真由羅は、ただじっと私を泣きながら見るしかなかった。


「ごめんっ・・・ごめんね優花ちゃん・・・」


何で謝るんだろう。

真由羅のせいじゃないのに。

どうか無力だと嘆くのは止めて欲しい。


私は真由羅の・・・


私は大丈夫だ。

そう思って微笑もうとするが、なかなか顔の筋肉が言うことを利かない。

ようやく状況が飲み込めてきた頃に、健太郎が泣き出しそうな表情で私の顔を覗き込んでいるのがわかった。


「優花さん。少し胸元緩めるよ?いいね?」


そう言いながら私のネクタイを慣れた手つきで解いていく。









あ・・・








だめ・・・








嫌だ・・・







やめて・・・







だってそこには・・・







血がついて・・・








あれが・・・









あれを真由羅に見られたら・・・


















ブラウスのボタンがひとつ、二つとはずされていく。

三つ目のボタンがはずされた時、私の首筋に自分の血がついて、ボゥと浮かび上がるアザがあった。


「何・・・これ?」


唖然と真由羅が呟く。

すると健太郎が不思議そうにそのアザを見ていつか暴漢に襲われた時のことを思い出してか、ボソリと呟く。


「こんなアザ・・・今ついたのか?それにしては浮かび上がるのが早すぎる・・・」


健太郎の問いに、ただ愕然と真由羅が私を見つめて。


それからもうひとつ胸元の見えるその場所に、似たようなアザが浮かび上がってくるのを見て、意識が朦朧とする私に愕然とした視線を向けた。


「なんで・・・どうして優花ちゃんが・・・」





首筋に浮かぶアザは真由羅の肩にあるものと同じ





鶴来家の血筋のみに浮かび上がるアザ





そして




胸元に浮かんだアザは





決して"自分が存在してはいけない"証





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