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契約成立

彼と契約を結んだ昼休みを終え、私は授業が始まるギリギリの時間に教室へ入った。

中はまだ昼休みのムードで、仲のいい者同士、トランプをしたり笑い話をして盛り上がっている。

静かに窓側にある自分の席について次の授業の支度をしていると、一人の生徒が私の席の目の前に立った。


「優花ちゃん」


綺麗なソプラノの声で私の名を呼ぶ彼女を見上げれば、彼女はふわりと微笑んで私を見る。


「おー、真由羅(まゆら)。どうした?相変わらず可愛いなぁお前は」


「もう、そんな冗談ばっかり言って・・・」


ぷくっと可愛らしく頬を膨らませる姿に私は思わず笑顔がこぼれる。


鶴来真由羅(つるぎまゆら)は小学生時代からの幼馴染み。

可愛らしく可憐な彼女は男の理想の女性そのものだ。

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花って言葉は彼女の為にあるもの。


平成の大和撫子も付け加えておこう。


神様の差別が生んだ、男性に理想的な容姿をすべて注ぎ込んだような彼女。

腰近くまである長い漆黒の艶やかな髪と制服からのびる白い肌。

大きな瞳に潤んだ小さな唇は世の男たちを獣に変える。


だけど男たちは皆、彼女の恐ろしさを知らない。


それは彼女のトップシークレット。


真由羅は鶴来家の九代目。


鶴来家は江戸時代から代々、忍びの本家として栄えている。

現代においてもその伝統は受け継がれ、彼女はその次期頭領なのだ。

つまり、簡単に言ってしまえば忍者の子孫。

真由羅はくのいち。

今でも政治家や天皇家のボディーガードを数多く育てているエリートの中のエリート。

可憐でおとなしい雰囲気の彼女からは想像できない運動能力を持ち合わせているすごい人間だ。



だけどこうして一般人の私と親友をしているのは誰にも負けないくらい互いを信頼しあっているからこそ。

本当はそれだけじゃないんだけど、今は秘密。

真由羅本人も知らないから。

真由羅は自慢の親友ってことで。


たまらなくため息が漏れる。

無い物ねだりになってしまうけれど。

私の容姿は言えば普通。

真っ黒なボブカットの髪は寝癖でボサボサ。

前髪が異様に長くて目にかかっている。

この性格でなければ暗い人に見られてもおかしくない。

がさつで女らしさなんて一つもなくて。


「で?どうした?」


改めて尋ねれば、真由羅はうれしそうに微笑んで私を見た。


「次の時間、自習だって。ほら小坂先生、今朝体調悪そうだったじゃない?結局早退して病院行ったみたい」


「くはっ!マジか?!うわぁ!内職持ってくるんだったぁ!」


私の反応に周囲からもクスクスと笑い声があがる。

私の金への執着ぶりは、自他共に認めるほどの守銭奴。

なぜ私が金に執着するかなんて、真由羅すら知らないけど、周囲からは卑しいとか貧乏とかそんな目ではなくてお金好きの面白い人として肯定されている。

真由羅は呆れた顔をしていたものの、丁度チャイムがなって、真由羅はそのまま私の前の席に私の方を向いて座った。


「先生も一応、課題出していったよ」


「げ?何?」


「第2章と3章の章末問題全部」


「んー・・・あ、なんだ簡単」


教科書をめくりながら私が言うと、真由羅は少し表情を曇らせて言った。


「いいなぁ、優花ちゃん・・・私、商法苦手で・・・」


「なんでぇ?覚えるだけじゃん」


「法律嫌い・・・」


「あ、あのねぇ・・・」


私が呆れ加減に肘をついて顔を支えると、真由羅は慌てて話題を変えた。


「あ、そうだ。お昼休みどこ行ってたの?探してたんだよ?」


「あーすまん。ちょっとバイトの・・・」


そこまで言ってふと思い止まった。

真由羅に言っていいものかと考えたのもそうだが、私はそれ以上に重大な事に気付かされる。


私、あの人の名前知らないや・・・。


「どうしたの?」


考え込む私を心配そうに覗き込んで、真由羅が尋ねる。

まあ、真由羅ならいいか。

真由羅は絶対私にマイナスになるような事はしない子だし、何より信じてる。

そう思って、昼に起きた話をすることに決めた。


「今から話すことは誰にも内緒ね?」


真由羅は小声で話す私の話を小さくうなずきながら聞いてくれた。




「・・・でね、恋人契約したのはよかったんだけど・・・」


「・・・だけど?」


「その人の名前知らないんだわ」


ケロッと言った私の一言に、真由羅は口をパクパクさせて信じられないっ!て表情で私を見る。

照れた表情で頭をぽりぽりとかくと、彼女は盛大なため息をついて私に聞いた。


「どんな人?そんなにモテる人なら特徴聞けばわかるかも・・・」


「面目ない・・・。えーっと、髪が少し青いの。サラサラの。切れ目で背が高くて、綺麗な男の人・・・あー、二年の情報処理科だわ。うん。ネクタイと靴が・・・」


そこまで言って真由羅を見れば、真由羅は驚いた表情のまま固まって私を見ていた。


「う・・・?」


私何か悪いこと言ったかなぁ?


「そ・・・」


「そ?」


「それっ!『three knight』の里見健太郎っ!」


声を必死にひそめながらも興奮冷めやらぬ声で真由羅が私に言う。

それを聞いて私の額に冷や汗がにじみ出た。




すりぃないと・・・




「・・・ってなんだっけ?」


エヘッと愛想笑いを浮かべた私に、真由羅はどうしようもなく呆れた表情をする。

金が絡まない事に関してはどうも疎くて、興味をもてない。


真由羅はおもむろに立ち上がると、別の場所で教科書の問題と格闘している一人の女子生徒に声をかけた。


「『three knight』の生写真持ってたよね?ちょっと貸してくれないかなぁ?」


「いーよ。汚さないでね。高かったんだから」


真由羅は一枚写真を受け取ると、自分の席に座って私に写真を差し出す。

それを受け取って眺めると、美男子が三人笑顔で戯れている姿が写っていた。


「これが『three knight』だよ」


そう言われてようやく思い出す。

情報処理科の二年生に、美男子の生徒が三人揃っているって。

三人の騎士、『three knight』。

誰が呼び始めたんだかしらないけど、確かにそんな噂を聞いたかもしれない。


真由羅は写真の左端に写る男子を指差した。

指を差された人物を見れば、幼い無邪気な笑顔で笑っていて、栗色かかった髪をつんつんにワックスで立たせている。



「これが笹木健吾君。陸上部所属で神高一足の早い人。運動神経抜群、容姿端麗、無邪気で人懐っこい性格の守ってあげたい少年タイプ」


真由羅の説明に、私は写真から目を離さずにふんふんとうなずく。

次に中央にいる人物を指差して真由羅は私を見た。

中央に写る少年は一見生意気そうな表情を浮かべているけれど、穏やかな雰囲気も伝わってくる。

金髪に近い色をした髪を後ろの方で無造作に束ねてあり、何だか動物の尻尾のようにも見える。


「彼が吉倉智樹君。サッカー部所属。運動神経抜群、容姿端麗なんだけど口が悪くて俺様的性格。他の二人には適わないみたいだけど、その俺様なクールな性格がお姉系の女子に大人気。ただし、彼には幼なじみの彼女様が・・・」


「ほぇえ・・・すごいなぁ・・・」


変に関心をする私の視線が最後の一人に移る。

焼却炉の近くで会った彼だ。


「最後に、コレが里見健太郎君。バスケ部所属。運動神経抜群、成績優秀、容姿端麗のパーフェクト人間。高校生とは思えないくらい物静かで落ち着いていて、たぶんこの学校で一番モテる人だよ」


「そ・・・そんなにすごいのこの少年?」


「三人とも自分がモテるって自覚ないみたいだけどね。学校の女子生徒、半数以上は彼らのファンだよ」


ファンてあんた、漫画じゃあるまいし。


「もしかしてファンクラブとか得体の知れないもんあったり?」


「得体の知れないものかどうかはわからないけど、あるみたいよ?」


「・・・もしかして私はとんでもない人と・・・」


「(偽)恋人になったのよ。わかった?」


真由羅の一言に私は机に伏して考える。



・・・ファンクラブ?



・・・学校の女子生徒の半数以上?



「・・・ふっ・・・ふふふふふふふっ!」



突然笑いだした私に真由羅は怯えている。


「ゆ・・・優花ちゃん?」


「時給九百円の彼女をなめられちゃ困るわ真由羅嬢。私がそんなものに臆すると思って?」


口調と態度があからさまに違う私を見て、真由羅は涙目になりながらブンブンと首を振る。

ニヤリとほくそ笑んだ私に、真由羅は怯えながら言った。


「私・・・優花ちゃんのそういうたくましいトコ大好き・・・」


好きなら怯えながら言うなよ。

怯えさせたのは私だけど・・・


「敵は本能寺にあり!」


「優花ちゃんの本能寺ってどこ・・・」


「里見健太郎!」


「あ、あぁ・・・里見君が危ない・・・」


訳のわからないコントを繰り広げていた時、丁度5時間目の終わりを告げるチャイムがなった。敵(決して敵ではない)を討つにはまず馬を射よとか言うけど(正:将を射んと欲すればまず馬を射よ)、私は真っ向から敵(里見健太郎)を討つ。

馬(笹木健吾と吉倉智樹の事)とは面識がないし、回りくどいのも面倒だからという私の個人的な考えで。


自習の時に仕入れた情報によれば、彼はバスケ部で今は第一体育館にいるはずだ。

彼を待つ間、貴重な放課後の時間は真由羅を巻き込んであれよこれよとファン対策を練っていた。

真由羅からの情報はすさまじい内容で。

彼らに一人で近づく女子はファンの嫌がらせにあって、その次の日から学校に来なくなったとか、告白をした女子が集団無視されて耐えられずに学校をやめたとか。

本当かどうかはわからないけれど、そんな恐ろしい話ばかりで、さすがに私も覚悟を決める。


「ファンクラブの中には色々決まり事があって、彼らに話し掛けるときは三人以上一緒に話し掛けなければいけないとか、会員になるには彼らに関するクイズ五十問をすべて正解しなければいけないとかあるみたいよ?」


バカの集まりか?


真由羅は真由羅で、現状をすでに楽しんでいるようにも見える。

順応の早い子だ。


誰もいない教室で、二人でのんびり話していると、急に教室のドアがガラリと開いた。


「鶴来せんぱ・・・わっ!ごめっ!・・・あ、如月先輩・・・」


慌てふためいたように教室に入ってきた少年は、真由羅と一緒に居たのが私だと確認するとほっとした表情を浮かべる。


(あるじ)!」


ぱっと表情を明るくして少年に駆け寄っていく真由羅を見て、私は目を細めた。

真由羅は私の存在なんかお構いなしに少年に抱きつく。

抱きつかれた少年は顔を真っ赤にしながら彼女の体を自分から引き離そうとするけれど、真由羅は離れようとしない。

相変わらず免疫力はついていないらしい。


「わっ・・・つ、鶴来先輩っ!あ、主って呼ぶのやめるって言ったじゃないですかぁ・・・」


再び慌てふためく少年に、真由羅は抱きつきながら上目遣いで少年の顔を覗き込むとうるうると目を潤ませて言った。


「主は私が嫌いなの?」


「う・・・その・・・・・・って、ニヤニヤ見てないで助けてくださいよ!」


少年は、二人のやりとりを遠巻きにニヤケながら見ていた私に助けを求める。


「いやぁ、だって邪魔したら真由羅怒るんだもん」


怒ると言うか、拗ねるんだけど、拗ねた真由羅の機嫌をとるのはさすがに私も骨が折れる。

なんだかんだ言って二人の様子を楽しんでいるのも事実だが。

彼、緒方翔夜(おがたしょうや)はデザイン科の一年生で、真由羅の主だ。

小柄で女の子みたいな彼は性格もおとなしくどこにでもいる普通の少年だ。

真由羅が彼を主と呼ぶのは真由羅が忍びとして彼を主としたから。

真由羅の家元で忍びとして教育され、一人前に忍者と認められた人たちは皆、自分自身で護りたい人を決める。

大抵の忍者の人は政治家だったり、天皇様だったりするんだけど、真由羅はれっきとした鶴来家の跡取りで、その他大勢の忍者達と一人の人を護るって事はしないらしくて、自分で自分の護りたい人を探す。

それで真由羅が彼を主と選んだのだ。

ただの一目惚れって言うのはまだ翔夜君には内緒。

ただ、二人の関係は大げさに表沙汰にできないのも事実。

鶴来家は日本最大の忍びを育てる名家ではあるものの、忍びを育てる家は他にもあって、鶴来家を陥れようとする家も当然でてくる。

真由羅が正式に鶴来家を継ぐまでは、緒方翔夜は鶴来家の弱点になりかねない。

そういった危険をわかって真由羅の傍にいる彼の真由羅に対する心の広さには脱帽する。


「翔ちゃん・・・」


すっかり彼の虜になっている真由羅には、すでに彼のことしか眼中にないように、私の目の前で翔夜君に自分の唇を重ねる。

翔夜君は驚いて顔を離そうとするけれど、真由羅は構わずに翔夜君に唇を押しつけていた。


「んっ・・・ふ・・・つ・・・せんぱっ・・・ちょっ・・・んっ・・・き・・・如月・・・っ・・・先輩が見てっ・・・ん・・・んんっ!っ!ま・・・真由羅っ・・・」


顔を真っ赤にしながら真由羅の名前を呼ぶと、真由羅はようやく唇を離し、満足そうに翔夜君を見上げる。

ここまでやっておいて再確認だが、この二人は主と忍びという関係であって決して恋人ではない。

真由羅の一方的な片思いである。

私からすれば翔夜君もまんざらではなさそうだが。


「やっと名前で呼んでくれた・・・」


つーか、私の存在忘れないでよ真由羅ちゃん。


ずれた眼鏡がなんとも間抜けで可愛らしい翔夜君を見て、真由羅はもう一度軽く翔夜君の唇にキスをした。

それからゆっくり私に振り返り、真由羅が恥ずかしそうに私に言う。


「あ・・・ごめんね優花ちゃん・・・忘れていたわけじゃないんだよ?」


「ほっほぉ・・・と言うと、見せ付けたかったってところか・・・」


「んもぅ!優花ちゃんのいじわるっ!」


そう言って一旦は拗ねた表情を浮かべたものの、廊下で足音がバタバタと聞こえると、二人は顔を見合わせて慌てて教室のドアを閉めて窓をあける。


「ごめんね優花ちゃん!今日は帰るね!」


「追われてるのか?」


「頭領が主を連れてこいってうるさいの。私に主ができたことが伝わっちゃったらしくて・・・。気に入ったらそのまま今日か明日には無理矢理、契りを交わさせられそうで・・・」


「そりゃ大変だ。けど安心しろ、法律では翔夜君はまだ結婚できないから」


「そんなもの頭領が守るはずないでしょ?!あの人が素直に従う法律あったら知りたいわよ!だから法律って嫌い!あの危険人物を黙らせる法律なんてないんだからっ!」


商法であれ刑法であれ、彼女の法律嫌いはココからきている。


「鶴来先輩、仮にも自分の祖父でしょう?」


呆れ加減ながらも頭領と面識のある翔夜君がキレの悪いツッコミを入れる。


「って事で後よろしくね優花ちゃん!主、行こう!」


真由羅はひょいと翔夜君の腰を自分の元へ引き、軽くひょいと横抱きして抱える。

翔夜君は慣れたように真由羅の首に手をかける。


普通は逆だろうってツッコミたくなるけど、普通じゃないから仕方ない。


翔夜君も自分より男前の真由羅に最初は男としてのプライドをズタズタにされたようだけど、今は真由羅の身体能力が遥かに上回っているのを知っているからか、おとなしく従っているようだ。


真由羅は翔夜君を抱えたまま三階にあるこの教室の窓から飛び降りて見事に着地を決め、そのままピョンピョンと軽く飛べば、あっという間に姿が見えなくなった。

次の瞬間、再びガラリと教室のドアが開いて、見慣れた人物が顔を出す。


「あれぇ?!如月さん?真由羅様は?・・・はっ!逃げられた?!今日こそは捕まえれると・・・あぁ、また頭領に怒られる・・・」


「牧野先生、忍者なのにバタバタ足音させれば誰だって逃げます」


私が毒を吐くと、ウッと言葉を詰まらせてうなだれた。

牧野先生は真由羅と同じ忍者で、この学校で家庭科を教えている立派な教師だ。

鶴来家に仕える重臣の跡取りで、もちろんその仕える家の跡取りの真由羅を支える重臣になりつつあるけれど、やっぱり現頭領には逆らえないらしく、何かと命を受けては真由羅達にちょっかいを出している。

もちろん彼が忍びというのも秘密で、この事実を知っているのは私と校長の佐倉氏だけだ。

鶴来家は古くから佐倉校長とは友好関係にあるらしく、鶴来家のことに関しては佐倉校長も大方理解しているらしい。

忍者と交流のある校長っていうのも何だか不思議な感覚だ。

まあ、佐倉校長自体、あの若さで校長をしているから、それが神高の七不思議の一つとして騒がれているのも確かだが。


「牧ちゃんも懲りないね」


「頭領が懲りてくれれば俺も走り回らずに済むんだよ・・・」


そうぶつぶつと文句をいいながら、私に窓を閉めるように指示を出して猫背のまま今来た廊下を帰っていった。

先生に言われたとおり立ち上がってから窓を閉めてうんっと背伸びをする。

おまけに欠伸なんかついてきちゃって、一人になった教室を見渡してため息がもれる。


太陽はすでに半分沈んでいて、私は敵陣に乗り込むことにした。体育館へ入ると、威勢のいい声とボールの弾くが響き渡る。

見れば紅白試合をしているようで、私はその中から里見健太郎を見つけだした。

額からこぼれる汗を拭いもせず、必死にボールを追い掛けている。

敵からボールを奪えばゴールに走りだし難なくディフェンスをかわすと、しゅっと彼の手からボールが離れ、弧を描きながらパスッとゴールに入る。


「きゃあぁあ!里見せんぱぁい!」


「カッコイィ!素敵ぃ!」


びっくり。


上部から聞こえてくる地響きにも似た黄色声に私は眉をひそめた。

見上げれば人気と比例してか多くの女性が彼らの試合をみている。

正しくは彼を見ているのだろうけど、当の本人はお構いなしに試合に集中していた。

私も半ば感心しながら彼の動きを観察した。

他の部員より遥かにキレのいい動きをしている。

敵も彼の動きに翻弄され、フォーメーションを崩される。

彼の出すパスを味方がとり損ね、ボールが宙に浮いたままのところでホイッスルが鳴り響く。

選手は皆、肩で息をしていて滴る汗をタオルで拭っていた。



・・・?



一瞬、彼の表情が少しだけ歪んだ気がした。

そしてまた普通の表情に戻る。

ふと、周囲を見渡せばギャラリーはパラパラと体育館を後にしている。

部員が汗を拭き、ドリンクを飲みながら輪になってその中央から監督らしき人の声が響き渡る。

その雰囲気に、私は再び疑問を抱いた。

なんとなくだけど違和感を感じる。


「・・・では解散!」


『お疲れさまでしたっ!』


監督の言葉を合図に、部員が口をそろえて言う。

バラバラと帰り支度を始めた中、里見健太郎が私の姿を見つけて歩み寄ってきた。

それを見ていた部員や残っていたギャラリーが騒つき始める。


くおぉ・・・視線が痛い・・・

さすが人気者・・・


なんて呑気に考えていると、彼はすぐ目の前に立っていて、首に掛けていたタオルで口元を拭きながら私を見下ろした。


「来てたの?」


「ううん。ついさっき来たところなの。部活の邪魔されちゃ気が散るでしょ?」


とりあえず、周囲によい彼女の印象を与えたくて私はにっこり笑いながら彼に答える。

仕事は完璧に。

たとえバイトだろうが個人雇用だろうが、金を貰うからにはきっちりと。

それが私のモットーであり、プライドでもある。

私の表情をみて、彼は少しだけ驚いた表情を見せてそれから私の頭を軽く撫でると、


「着替えてくるから待ってて」


満面の笑みを浮かべて言った。

途端、断末魔のようなきゃあぁあ!という声が響き渡る。


「ちょっ!何あの女!」


「里見君があんな・・・あんな・・・ブスに・・・笑顔で・・・」


ブスって言うな性格ブス。

心で毒付きながらも私から離れていく彼ににっこりと笑って手を振る。

彼も振り返りざまに私に手を振って答えてから急ぎ足で部室へむかった。


うむ、あやつも中々やるのぅ。


頭がいいのは本当らしい。


より多くの女性に私の存在を知ってもらい、噂を広げて自分に想いを寄せる女性諸君に早々にその想いを断ち切ってもらおうという魂胆だろう。


「きぃぃ!許せないあの女!」


「裏切り者に死をっ!」


「はっ!会長っ!ファンクラブ会長に連絡を!」


大げさすぎるほどの彼女達の反応に、明日の自分の身の安全を按じた。


こうして私と彼らのファンとの対決の火蓋が切って落とされたわけだが。


『ぶっ殺すっ!』


一致団結した彼女達の言葉に明日からと言わず今から身の危険を感じて、体育館を後にした。

体育館へ入ると、威勢のいい声とボールの弾くが響き渡る。

見れば紅白試合をしているようで、私はその中から里見健太郎を見つけだした。

額からこぼれる汗を拭いもせず、必死にボールを追い掛けている。

敵からボールを奪えばゴールに走りだし難なくディフェンスをかわすと、しゅっと彼の手からボールが離れ、弧を描きながらパスッとゴールに入る。


「きゃあぁあ!里見せんぱぁい!」


「カッコイィ!素敵ぃ!」


びっくり。


上部から聞こえてくる地響きにも似た黄色声に私は眉をひそめた。

見上げれば人気と比例してか多くの女性が彼らの試合をみている。

正しくは彼を見ているのだろうけど、当の本人はお構いなしに試合に集中していた。

私も半ば感心しながら彼の動きを観察した。

他の部員より遥かにキレのいい動きをしている。

敵も彼の動きに翻弄され、フォーメーションを崩される。

彼の出すパスを味方がとり損ね、ボールが宙に浮いたままのところでホイッスルが鳴り響く。

選手は皆、肩で息をしていて滴る汗をタオルで拭っていた。



・・・?



一瞬、彼の表情が少しだけ歪んだ気がした。

そしてまた普通の表情に戻る。

ふと、周囲を見渡せばギャラリーはパラパラと体育館を後にしている。

部員が汗を拭き、ドリンクを飲みながら輪になってその中央から監督らしき人の声が響き渡る。

その雰囲気に、私は再び疑問を抱いた。

なんとなくだけど違和感を感じる。


「・・・では解散!」


『お疲れさまでしたっ!』


監督の言葉を合図に、部員が口をそろえて言う。

バラバラと帰り支度を始めた中、里見健太郎が私の姿を見つけて歩み寄ってきた。

それを見ていた部員や残っていたギャラリーが騒つき始める。


くおぉ・・・視線が痛い・・・

さすが人気者・・・


なんて呑気に考えていると、彼はすぐ目の前に立っていて、首に掛けていたタオルで口元を拭きながら私を見下ろした。


「来てたの?」


「ううん。ついさっき来たところなの。部活の邪魔されちゃ気が散るでしょ?」


とりあえず、周囲によい彼女の印象を与えたくて私はにっこり笑いながら彼に答える。

仕事は完璧に。

たとえバイトだろうが個人雇用だろうが、金を貰うからにはきっちりと。

それが私のモットーであり、プライドでもある。

私の表情をみて、彼は少しだけ驚いた表情を見せてそれから私の頭を軽く撫でると、


「着替えてくるから待ってて」


満面の笑みを浮かべて言った。

途端、断末魔のようなきゃあぁあ!という声が響き渡る。


「ちょっ!何あの女!」


「里見君があんな・・・あんな・・・ブスに・・・笑顔で・・・」


ブスって言うな性格ブス。

心で毒付きながらも私から離れていく彼ににっこりと笑って手を振る。

彼も振り返りざまに私に手を振って答えてから急ぎ足で部室へむかった。


うむ、あやつも中々やるのぅ。


頭がいいのは本当らしい。


より多くの女性に私の存在を知ってもらい、噂を広げて自分に想いを寄せる女性諸君に早々にその想いを断ち切ってもらおうという魂胆だろう。


「きぃぃ!許せないあの女!」


「裏切り者に死をっ!」


「はっ!会長っ!ファンクラブ会長に連絡を!」


大げさすぎるほどの彼女達の反応に、明日の自分の身の安全を按じた。


こうして私と彼らのファンとの対決の火蓋が切って落とされたわけだが。


『ぶっ殺すっ!』


一致団結した彼女達の言葉に明日からと言わず今から身の危険を感じて、体育館を後にした。

「悪い待たせて・・・どうした?」


「いや・・・ちょっと呪いが・・・」


顔を蒼白させて体育館脇で待っていた私をみて、彼は心配そうに私を覗き込んだ。


「呪い?」


「そう・・・君を慕うお嬢様方の・・・」


そんなもんあるはずないけどね。

私は深呼吸して立ち直ると彼を見上げる。

シャワーを浴びてきたらしく髪は濡れていてそれでもさっぱりした表情を浮かべている。


「シャワー浴びてきたの?」


「うん。汗臭かったし・・・水も滴るいい男?」


「自分で言うなや。水が滴っても似合うやつと似合わないやつがいるのよ」


「俺は?」


「前者にしといてやるさ」


私がため息混じりにつぶやくと、彼は照れたように笑う。

自分で言ったくせに人に言われて照れるだなんて可笑しい人だ。


とりあえず互いのことをよく知ろうって話になって、学校の近くにあった古びた喫茶店へ入ることになった。

喫茶店は何かと評判が悪く学校の生徒は中々寄り付かないので密会には最適だ。


とは言っても、評判が悪いのはマスターが昔ヤクザの頭だったからっていうのが元凶。

今は温厚でダンディなオジサマだけど、人は見かけや過去や噂で寄り付かなくなる。


興味本位でこの店に入ったら、マスターは素敵だし店の古びたイメージもアンティークを思えば悪くない。

店内には60年代の洋楽が静かに流れていて雰囲気も申し分ない。

なによりマスター特性手作りミートスパゲティは安くて大盛りで美味しいので、私はすでに常連になっている。


最初、彼も躊躇していたけれど無理矢理引きつれて店のドアをあける。


「いらっしゃい・・・ああ、優花ちゃんか」


「やっほーマスター!相変わらず恐い顔してるねー」


私の言葉に里見くんは慌てた様子だったけれど、当の私は気付いていなくて、マスターは私の言葉にはっはっはっと図太い声で笑った。


「優花ちゃんも相変わらず元気そうでよかった。そちらの子は彼氏かい?」


「そうよ私の彼氏様。素敵でしょ?店長も早く茉莉さんと結婚したら?」


「ばっ、バカ言え!まだ・・・つ・・・付き合ってもいないっ!」


慌てるマスターに私の後ろに立っていた里見くんが意外そうな表情で私たちのやりとりを見ている。

私はそんな彼を横目でみながら彼の腕をひっぱって、一番奥の席へ座った。

その様子をみて、マスターはお冷やを二つテーブルの上に置いてくれる。


「何する?」


「んーとりあえずミルクティかな。アンタは?」


「あ、えっと・・・」


私が聞くと、慌ててメニューをめくりだす。


「と・・・とりあえずコーヒーお願いします」


躊躇しながらも注文すれば、マスターはニッコリ笑いながらカウンターへ戻っていった。


「さて・・・と」


私が改めて彼に向き直ると、彼はきょとんと私を見る。

真由羅の大人びた人という情報とはかけ離れた幼い表情に私は思わず笑みが漏れる。

それからずっと聞きたかった疑問を率直にぶつけてみた。


「ねー、私の名前知ってる?」


それを聞いた途端、彼は持っていたメニューをテーブルに音を立てて落とす。


あーやっぱり。


申し訳なさそうな表情で私を見るけれど。


「やっぱりかぁ・・・まあ、おあいこね。私も最初はアンタのこと知らなかったもの」


「ご・・・ごめん」


「いちいち気にしたらハゲるわよ」


メニューをスタンドに戻しながら彼は私を見る。


「じゃあ改めて自己紹介ね。会計科三年、如月優花」


「三年?!」


何をいまさら・・・。


ネクタイ見て気付こうよ・・・。


「あ、えっと・・・俺は、情報処理科二年の里見健太郎」


知っている情報を教えてくれる。

あえて知っていることを言わなかったのはたいした理由もないけど、いちいち言う必要なんかないと思ったから。


「私のことは好きに読んでいいよ。私は・・・んー、健太郎って呼んでいい?」


「うん。じゃあ如月先輩」


「あ、名字却下。親しい呼び名じゃなきゃ疑われるよ?」


私の言葉に、納得したのか少しだけ考え込んで健太郎がつぶやく。


「じゃあ・・・優花さん」


「また他人行儀な呼び方選んだな。まあ、いいか・・・で、詳しい話を聞かせてもらいましょうか?」



「詳しい話って?」


「雇用時間と給料日。んーと、後は出会ったきっかけとか告白したのはどっちか、とかね。聞かれたときに話が食い違ったらおかしいでしょ?」


納得言ったように彼がうなずく。

なんかさっきからそればっかりだ。

自分から言いだした関係なのに、何も考えていないコイツの態度に少しだけ苛立ちを感じる。


「何も考えてなかった・・・」


「その様子じゃぁ、そうだろうね。」


少し刺のある私の発言に、少しだけむっとした表情を浮かべる。


「給料日は月末でいい?こっちも金のやり繰りあるし」


「問題ナッシング。給料日前は茶漬けで過ごすから」



「あ、いいねそれ。俺も一緒に・・・」


「一杯、百五十円ね」


「金取るの?!」


「当然」


私が胸を張って答えれば、彼は驚いた表情から一変、声をあげて笑った。


「ははっ!やっぱ優花さん選んでよかったかも・・・すっごい現実主義!」


「誉められてるんだか・・・。私も聞きたかったんだけど、なんで私だったの?たまたま現場に居合わせたから?」


私が質問を終えると同時に、マスターが注文したコーヒーとミルクティを持ってきてカチャッと音を小さくたてながらテーブルに置いた。

健太郎はふんわり柔らかく笑ってマスターにお礼を言う。

さっきの私とマスターの会話を聞いていたからか、最初の警戒感はすでに薄れているらしく普通に会話が成り立っていた。

マスターも答えるように笑うとまたカウンターへ戻っていった。


「優花さんの質問に対する答えを言えば、今言ったように現実主義だったから」


そう言って健太郎はコーヒーを一口飲む。

それからもう一度真っすぐに私を見て、退屈そうなため息をもらした。


「実は偽恋人は優花さんが初めてじゃないんだ」


その意外な言葉に私は思わず呆気に取られる。


「過去に三人ほど仲良くなった女友達にしてもらった事があって。俺は友達のつもりだったから気楽にって思ってたんだけど、三人とも俺が好きだったみたいで・・・どんどん自己中でワガママになった人もいたし、俺に気のある人からいじめられて守らなかった俺を責めた人もいた。夢見られて迷惑だったんだ」


「助けてやらなかったのか?」


「違うよ。知らなかったんだ。まったくそんな素振り見せなかったのに、ある日突然、何で助けてくれないのっ!て怒鳴られて。わけもわからないまま殴られたんだぜ?」


「それはその子も悪いけど、気が回らなかった健太郎も悪いんじゃないのか?」


「・・・そんなもんか?」


「一概に自分は悪くないって言いきれないっしょ?」


「・・・まぁ、そう言われればそうだけど・・・」


少し納得いかないも、語尾を濁す辺りを見ればまったく間違ってもいないらしい。


「で、あとの一人は?」


私が不貞腐れて口を閉ざした彼に助け船を出すと、彼は口をムッとさせてしかめた顔をした。


「一番最悪だった。擬似恋愛を始めてしばらくしたら、体の関係求めてきて・・・」


「どうしたの?」


「煩かったし、体の関係ができるまで別れないとか、死んでやるとか言われたから、仕方なしに・・・」


「食っちゃったのか」


「失礼な・・・迫ってきたのは相手だよ?」


もう思いだしたくもないといった表情で彼がぶつぶつと不機嫌になる。

私はそれをみて盛大なため息が出た。


「アンタ・・・バッカじゃない?」


「ばっ?!・・・俺、今までにバカなんて言われたの二人しか居ないけど、初めて会ってその日にバカって言われたのは初めてだ」


「はぁ?それは自分が頭いいって自慢してんの?!」


「せめて努力家って言ってほしいね」


「それじゃあアンタは勉強のできるバカね」


冷たく吐き捨てた暴言に、彼は目を鋭く細めて私を見る。

彼なりにプライドを傷つけられたみたいだが私の知ったことではない。

私は紅茶を一口飲んで、私をにらむ彼を見て小さく落ち着いた声で話した。


「健太郎は本気で守りたいって思える人に出会えていないんだな・・・」


私の穏やかな声に、健太郎は少しだけ反省したように手元にあるコーヒーに視線を落とす。


「・・・いたよ」


「ん?」


「本気で守りたい人はいた・・・けど、守るのは俺じゃなかった」


「そうか・・・」


そうつぶやいてまたミルクティを口に含む。

香り高い紅茶にまろやかなミルクが絡んだその飲み物は最高だった。


「何も聞かないんだね?」


「聞いてほしいなら言えばいいし聞かれたくなければ言わなきゃいい。無理矢理聞いてオマエが辛くならない保障はないからな」


私の言葉に、健太郎はどうしようもなく辛そうに笑う。

しばらく二人の間に沈黙が流れ、店内に流れるジャズ調の曲がその沈黙をなごませる。


「好きだったんだ・・・」


先に沈黙を破ったのは健太郎だった。


「去年、高一の時に初めて好きな人ができた。遅い初恋だったけどね・・・」


ぽつりぽつりと話し始めた彼に私は無理しなくていいと言ったが、彼は頑なに首を横に振った。


「自負になるんだけど。自分は他人以上に努力して勉強してるから、人よりは自分の方が頭いいって思ってる。努力もしない奴らに負けるはずないって・・・」


少し言葉を切って天井を見る。

その姿がまわりから尊敬され、女子生徒に多大なる影響を与えている里見健太郎かと思うと、ずいぶんちっぽけに感じられる。

きっと彼女達が見ている里見健太郎は外面的で決め付けたまま、それを自分達の理想で固めてしまった里見健太郎なんじゃないかって思う。


どこがかっこいいのか私には到底わからなかった。


「その人とは何回か会話をする程度だったんだけど、その人が初めてだった。勉強してる俺に対して『何バカみたいに勉強してるの?』って。努力してるだけなんだぜ?初めてバカにされたよ。」


「そっか、その人が初めて健太郎にバカって?」


「ん。なんか彼女には俺が切羽詰まってるように見えたんだって。実際、周囲の期待に答えなきゃって躍起になってたのも確かだし、だから彼女の言葉に救われた・・・」


「一つ聞くけど、努力してるのは優秀っていう猫をかぶりたいからしてるのか?」


「どうだろ?でも優秀でいたいっていうプライドはあるよ」


「疲れない?」


私の一言に彼は動きを止めて、ハッと吐き出すような苦笑いを浮かべる。

テーブルに片肘をついてその手で目元を覆うと、口に弧を描く。


「なんだよ?」


彼の態度に私は少しムッとして、だけど彼は目元を覆った手を離して顎肘をつくと、今までに見たことがないくらい切なそうにほほえんだ。


「いや・・・彼女にも同じようなこと言われたけど、そんなストレートな聞き方じゃなかったもんだから」


「悪かったな。思ったことストレートに言うやつなんだ私は」


「いや、うれしいよ」


そう言ってまた彼は微笑むとカップに残ったコーヒーをすべて飲み干した。


「少し・・・ね。周囲の目を気にして自分を作ってる」


それを合図のようにおもむろに立ち上がり、私もそれにつられるようにすでに冷めてしまった紅茶を飲み干して彼のあとを追う。

代金を払って、外へ出るとすっかり暗くなっていて、あたりは静まり返っていた。

歩き始めた彼の隣を歩いていると、星空を見上げて彼がつぶやく。


「俺だって屁はするし馬鹿な妄想もする、エロい事にも興味あるどこにでもいる高校男児だ。理想に塗り固められて素の自分が出せなくなってる・・・そんな自分が大嫌いなんだよ・・・」


なんとも情けなくて、頼りない。

これが素の彼なのかと思うと少しだけ私は彼に同情する。


「・・・やっぱりバカだよアンタは」


私の言葉に彼はふと足を止めて私をまじまじと見た。


「自分を好きな人間なんて一握りだろ。ほとんどの人間は自分が大嫌いさ。自分を追い詰めすぎるなよ。自分らしく生きたらいい。無理するな。自分らしくがんばれ」


「・・・ははっ・・・やっぱり俺、アンタ選んでよかったよ・・・」


そう言って私との距離を少しだけ縮めて、私を見下ろす。


「ね・・・抱き締めていい?」


「仕方ない・・・特別に無料サービスだ」


私の答えに呆れたように笑って、私の肩に顔を埋める。

そのまま私の体を自分の方へ引き寄せた。

暖かな温もりが全身から感じられる。

私は彼の体を抱き締めることもなく、ただ彼に抱き締められる格好を維持する。


なんとなく健太郎が泣いてる気がしたのは黙っておいて。


こうして私たちの擬似恋愛が始まった。

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