第9話 リサの体調不良とエリックの看病
いつも、お読みいただきありがとうございます。
今回は、体調不良のリサとリサを看病するエリックの回となっています。
エリックの看病を通して、2人の心の距離がさらに近づいていきます。
いつものように研究室に来たエリックは、リサの様子がおかしいことにすぐに気づいた。
普段はきちんと整えられている髪が少し乱れ、顔色も悪い。それでも彼女は、いつものようにデータの整理を続けていた。
「リサさん、大丈夫ですか?」
エリックが心配そうに声をかける。
「ええ、問題ありません。」
リサが短く答えるが、声がかすれている。
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「でも、顔色が…」
「大丈夫だと言ってるでしょ!」
リサがいつもより強い口調で遮った。しかし、その直後に小さく咳き込む。
エリックは迷った。リサは元々一人で何でも解決しようとする性格だということを、共同研究での出来事を通じて理解していた。
(でも、明らかに体調が悪そうだ。)
午後になっても、リサの体調は回復しなかった。
むしろ悪化しているように見える。データ入力の手が止まることが多くなり、時々額に手を当てている。
「リサさん、熱があるんじゃないですか?」
エリックが再び声をかけた。
「少しだけ…でも研究は続けられます。」
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「無理しちゃダメですよ。今日は早く帰って休んでください。」
「でも、この実験データを整理しないと…」
「僕がやります!」
エリックがきっぱりと言った。
「あなた一人に任せるわけには…」
「共同研究でしょ?お互いが支え合うのは当然です。」
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リサは反論しようとしたが、突然めまいに襲われた。
机に手をついて体を支える。
「リサさん!」
エリックが慌てて駆け寄った。
「大丈夫…ちょっとめまいがしただけ。」
「全然大丈夫じゃないですよ。すぐに帰ってて休んだ方が良いですよ。」
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「でも、アパートまで一人で帰るのは危険です。」
エリックが真剣に言った。
「僕が送ります。」
「そんなことしてもらうわけには…」
「お願いします。このまま一人で帰らせるなんて、できません。」
エリックの真摯な表情に、リサは抵抗をやめた。
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「わかりました…ありがとう。」
小さく頭を下げるリサ。
普段の強気な姿からは想像できない、弱々しい声だった。
エリックは二人分の荷物をまとめ、リサの肩をそっと支えた。
「ゆっくり歩きましょう。」
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リサのアパートは、想像通りきちんと整理されていた。
本棚には医学書や研究書が整然と並び、机の上も片付いている。
「お邪魔します。」
エリックがリサをソファに座らせた。
「まずは体温を測りましょう。」
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体温計は38.5度を示していた。
「やっぱり熱がありますね。薬はありますか?」
「洗面所の棚に…」
リサが弱々しく指差す。
エリックは薬を取ってきて、コップに水を汲んだ。
「これ、飲んでください。」
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「ありがとう…」
薬を飲んだリサが、ソファに横になる。
「何か食べられそうなものはありますか?」
「冷蔵庫に…でも、そこまでしてもらう必要は…」
「今は静かに休んでてください。」
エリックが優しく言った。
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冷蔵庫を開けたエリックは、中身の少なさに驚いた。野菜が少しと、ゼリーしか入っていなかった。
研究に忙しくて、きちんと食事を取っていないのかもしれない。
ふと、棚を見るとチキンスープの缶詰を見つけた。
「チキンスープでも作ろうかな。」
エリックは野菜を切り、缶詰の中身と一緒に鍋に火をかける。
料理は得意ではないが、彼自身が風邪をひいた時も、簡単なチキンスープは作っていた。
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キッチンで料理をするエリックの音を聞きながら、リサは考えていた。
(こんなに優しくされたのは、いつ以来だろう)
母が亡くなってから、体調を崩しても、どうにか一人で乗り切ってきた。
誰かに看病してもらうなんて、何年ぶりのことだろう。
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「チキンスープを作りました。」
エリックが小さな湯気を立てる器を持ってきた。
「すみません…こんなことまでしてもらって。」
「気にしないでください。リサさんにはいつもお世話になってるんですから。」
エリックがスプーンを差し出す。
「一人で食べられます?」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です……ありがとう……」
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スープを半分ほど食べたところで、リサの手が震えた。
「やっぱり僕が…」
「すみません……お願いします。」
リサが素直に頼んだ。
エリックが慎重にスプーンでスープをすくい、リサの口元に運ぶ。
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「熱い?」
「ちょうどいいです。」
このやり取りを繰り返しながら、二人の間に静かな時間が流れた。
いつものクールなリサではなく、素直で弱い一面を見せている彼女に、エリックは改めて彼女の人間らしさを感じていた。
「エリック…」
「はい?」
「どうして、こんなに優しくしてくれるんですか?」
リサの素朴な質問に、エリックは少し考えた。
「リサさんが、いつも頑張りすぎてるからかな?」
「頑張りすぎてる?」
「研究も、生活も、全部気を張って、抱え込んでいます。でも、こういう時くらい人に頼ってもいいと思うんです。」
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リサの目に、涙が滲んだ。
「母が亡くなってから、ずっと一人でやってきました。」
「でも、もう一人じゃないですよ。」
エリックが優しく言った。
「僕がいます。研究パートナーとして…そして、友達として。」
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その夜、エリックはリサのアパートに泊まることにした。
「僕はソファで寝ますから、何かあったら呼んでください。」
「でも…」
「お願いします。心配で家に帰れません。」
「ごめんなさい。あなたも大変なのに……今夜は、お願いします……。」
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夜中、リサの熱が上がった。
「エリック…」
弱々しく呼ぶ声に、エリックがすぐに起き上がった。
「どうしました?」
「水…お水を…」
エリックが冷たい水を持ってきて、リサの額に濡れタオルを当てる。
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「ありがとう…」
「大丈夫、すぐに良くなりますよ。」
エリックの温かい手が、そっとリサの冷たい指先を包み込んだ。リサは驚いて顔を上げる。彼の茶色い瞳が、優しく彼女を見つめていた。
その温かい手に、リサは安心感を覚えた。
(この人となら…この人となら、頼ってもいいのかもしれない。)
翌朝、リサの熱は下がっていた。
「おはようございます。体調はいかがですか?」
ソファから起き上がったエリックが心配そうに尋ねる。
「おかげさまで、ずいぶん楽になりました。」
リサの顔色も回復していた。
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「朝食、作りましょうか?」
「いえ、もう大丈夫です。それより、エリックこそ疲れたでしょう?眠そうな顔してますよ?」
「全然疲れてませんよ。」
エリックが眠気の残る笑顔で答えた。
「でも、リサさんが少し元気になって良かった!」
「本当に…ありがとうございました。」
リサが深々と頭を下げる。
「こんなに親切にしてもらったのは久しぶりで…」
「当然のことですよ。困った時はお互い様です。」
エリックは、疲労感を残しながらも、笑顔で答える。
「しばらくはしっかり休んでくださいね。研究のことは、僕の出来る範囲でフォローします。安心してください。では、お大事に。」
そう言って、エリックは帰って行った。
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数日後、研究室に戻ったリサは、明らかに以前と違っていた。
エリックに対する態度が、より親しみやすくなっている。
「エリック、昨日の実験データ、見てくれる?」
敬語ではなく、より自然な話し方になっていた。
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「もちろんです…あれ、敬語じゃないんですね。」
エリックが嬉しそうに言う。
「あの時、友達としてって言ってくれたから。」
リサが少し恥ずかしそうに微笑む。
「もう、そんなに距離を置かなくてもいいかなって思って。」
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エドガーがこの変化に気づくのに時間はかからなかった。
「おや、二人の雰囲気が変わったな。」
「エドガー、何のこと?」
エリックがとぼける。
「いやいや、明らかに仲良くなってるじゃないか!」
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体調不良というアクシデントが、二人の心の距離を大きく縮めていた。
リサは初めて誰かに弱い自分を見せ、エリックは彼女のために行動することで、自分の気持ちを確認していた。
研究パートナーから友達へ。そして、それ以上の何かに向かって、二人の関係は静かに変化し続けていた。
お読みいただきありがとうございました。
リサの体調も回復し、より、エリックとリサは親密な関係になれましたね。
エドガーに言われて、エリックはとぼけてますが(笑)
次回は初めての2人きりの映画館での鑑賞回になります。
よろしくお願いします。




