49話 決戦前日②
車が静かに動き出す。窓の外に流れる景色をぼんやりと眺めながら、俺は思考を巡らせていた。
(どうやって、加賀や桜を動かす……?)
俺一人では限界がある。
母親の件も、父親の動きも、組織のことも。
リスクを減らし、勝率を上げるには、彼らの力を借りる必要がある。
だが、問題は――どうやってその「貸し」を作るか、だ。
桜は俺に興味を持っている。
それは悪くない。
ただ、もっと根本的に――「助けたい」と思わせるように仕向ける必要がある。
加賀もそうだ。あの男は桜の忠実な執事だが、絶対に感情がないわけじゃない。
(どう動く……?)
もし、父親が次に何か仕掛けてくるなら、それを利用できるかもしれない。
父親が仕掛けるなら家だと考えるべきだ。
そういった場合に加賀や桜は手を貸してくれるのか?
やはり桜がキーマンだな。
俺に興味を持っているからこそ、俺の命が危ういと分かれば俺を助けてくれる。
桜の命令ということであれば加賀は動くだろう……。
伝え方はシンプルでいい。
あとはタイミングだな……。
「どうしたの?」
隣で桜が楽しそうに俺を見ている。
「考えごとしてただけ」
「ふーん。やっぱり、家で話す内容と関係あるんだ?」
「うん。大事な話だから……ね」
俺がそう言うと、桜は少しだけ目を細め、面白がるように微笑んだ。
桜は、再び窓の外に目を向ける。
(……興味は引けている。あとはどう料理するか、だ)
桜も加賀も、俺の計画にとって――きっと重要な駒になる。
車はやがて伊集院家の門をくぐる。
(さあ、ここからどう仕掛けていく……?)
俺は軽く息を吐き、心を切り替えた。
伊集院家に到着し、重厚な扉を抜け、屋敷の奥にある書斎へと足を運ぶ。
加賀はすでに待っており、俺と桜が部屋に入ると、静かに一礼した。
「で、話って?」
桜が楽しげに身を乗り出してくる。
けれど、俺は真っ直ぐに加賀を見据えた。
「加賀さんと……二人きりで話がしたい」
桜は少しだけ驚いたように瞬きしたが、すぐに不満そうに口を尖らせた。
「えー、なんで私じゃダメなの?」
「ごめん、これは――大事な話なんだ。どうしても加賀さんとだけ話したい」
しぶしぶと桜は席を立ち、扉の前で振り返る。
「ちゃんと後で教えてよね」
「……あぁ」
扉が閉まると、部屋は静寂に包まれた。
「大事な話とはいかがされましたでしょうか」
加賀が静かに促す。
俺は迷いなく切り出した。
「俺……命を狙われてる。多分、家族に」
加賀の表情は一瞬だけ動いたが、すぐに落ち着いた声で返す。
「……根拠は?」
「状況証拠は揃ってる。計画の実行日ももうすぐだ。俺一人じゃどうにもならない。……助けてほしい」
加賀は少しの間、考え込むように目を伏せた。
そして、ゆっくりと首を横に振った。
「申し訳ございません。私は承ることが出来かねてしまいます」
加賀は静かに、しかし微塵の迷いもなくそう告げた。
まるで既に決められた結論をただ読み上げるだけのように、落ち着き払った声音だった。
「どうしてだよ」
加賀の回答は予想通りだった。
桜のためにしか加賀は動かないだろう。
「お嬢様の安全が最優先になります。私の役目はあくまで――お嬢様を守ることだけ」
加賀は俺の目を真っ直ぐに見据えていた。
その表情に、一切の揺らぎはない。
鋼のように固く、冷徹に、使命だけを口にする執事の顔。
「……っ」
歯を食いしばったような演技をする。
加賀が俺を助けない理由は、痛いほど理解できている
「例え、あなたが桜様にとって重要な存在になりつつあったとしても……私の義務は変わらない」
その言葉は、まるで断罪のように重く響く。
――どれだけ桜に近づいても、どれだけ認められても、この人は譲らない。
加賀の「基準」は、絶対に曲がらない。
「そこをどうにか――」
俺は喉を振り絞るように食い下がっている感じを出した。
でも、加賀はただ一歩下がり、丁寧に頭を下げる。
「申し訳ございません。ご期待には答えられません」
丁寧な礼。けれど、その態度は絶対の拒絶だった。
「もし、君の問題に関与し、私が離れた結果、お嬢様に危険が及べば、私には償いきれない。」
加賀の忠誠心と冷静さは本当に評価に値する。
「……分かった」
そう答え、俺は一旦、身を引いた。
加賀が席を立ち、書斎を出ていく。
そして――。
ドアの向こうで待っていた桜が、すぐに近寄ってきた。
「ねぇ、何の話だったの?」
「……いや。正直桜に話したら桜に危害が加わる可能性がある」
俺は正直にそう言った。
「……ふーん」
桜は腕を組み、少しだけ考え込む。
「私なら……助けられる?」
その問いに、時間をかけて迷う。
「……助けてほしい。本当に、命が懸かってる」
俺は、桜の瞳を真っ直ぐに見つめた。
ふざけた言い回しも、曖昧な逃げ道も、今だけは捨てる。
この言葉だけは、真剣に伝える必要がある。
桜は少し驚いたように瞬きをして、それからゆっくりと表情を引き締めた。
冗談半分だった態度は消え、深く、真面目な眼差しに変わる。
「……命が、懸かってるんだね」
桜は繰り返し、小さく息を吐いた。
その目が、一瞬だけ迷いを宿したのを俺は見逃さなかった。
彼女はたぶん、これがどういう意味を持つのか理解している。
助けるということは、家として責任を背負うことだ。
加賀が断った理由を、きっと桜はもう分かっている。
それでも――桜は俺を見て、ゆっくりと微笑んだ。
「……分かった。じゃあ、私が動く」
覚悟を決めた声だった。
その声音に、俺は胸の奥で何かが静かに揺れた。
「本当に……いいのか?」
「いいよ。だって――アキラがこんな顔するなんて、珍しいじゃん」
桜は少しだけ冗談めかして言った。
でも、その瞳は嘘をついていなかった。
「それに、こういう時に助けなかったら……私、たぶん一生後悔する」
ふっと笑ったその横顔が、どこか大人びて見えた。
桜は、本当に俺を助けようとしている。
……そして俺の計画の準備が完了した事を意味している。
桜は小さく笑い、ポケットから小さな電話番号が書かれているカードを差し出した。
「これ、私専用の非常通報番号。私が使う用だけど……アキラに貸す。これにかけたら通話しなくても、位置情報が伊集院家に転送される仕組み」
「……そんなものを、俺に?」
正直計算外の代物だ。
ただこれは使える……。
「ふふ、いいでしょ? ただし、本当に危ないときだけだよ。遊びや確認は絶対にダメ」
「分かった」
俺は真剣な顔で桜を見つめた。
「それでも助けまで10分以上はかかると思うわ」
そう言うと桜は少し照れながら目をそらした。
今のところは計画通りだな。
加賀に断らせる事で、桜からいい返事をもらえるような状況にする。
桜の性格から予想できた行動だった。
そして俺の描いた通りの絵になれば俺を消そうとしている組織を潰すことが出来る。
きっと誰も予測していないこの絵は俺だけのものだ。
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