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「も、もしもし、なーちゃん……?」
「ちーちゃん、ごめん」
優太は奏恵の家の階段を上がりながら通話をしていた。
「早退って聞いたけど、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」優太は千春が心配しないよう笑ってみせた。「石神さんにも謝っておいて」
「それはいいけど……、本当に大丈夫?」
「本当に大丈夫。朝思い出した約束やらなさなくちゃいけなくて」優太は奏恵の部屋に入ってすぐパソコンの電源をつけた。「明日は普通に行けると思うから。切るね」
「うん。わかった。お大事にね?」
「ありがとう。じゃ、また明日」
優太は携帯電話を机に放り投げ、DAWを起動した。
「今がまさに、〝DAWを立ち上げろ〟って瞬間だね」
『もしかして、いじってらっしゃる?』
「あ、いや……そういうことじゃないけど」
焦る優太に奏恵に笑った。
『まずはどこからやる感じ?』
「えっと、そうだなぁ」優太は昨日のうちに手を加えた箇所を確認していく。「もうオケは大体そろえたから……」
『桶?』
「オーケストラってこと……だったかな? ボーカル抜いた演奏部分ってこと」
『なるほど。カラオケのオケね』
「あ。あとはギターか。奏恵ちゃん家にはギターないんだよね?」
『うーん、そうね』奏恵は言いよどんだ。『あるにはあるけど……』
「けど?」
『お父さんの部屋。勝手に入ると怒られる』
「よし。バレなきゃ大丈夫か」
『ねぇ、なんかちょっとずつ大胆になってきてない?』
優太は自分の行動を思い返す。確かに、一ノ瀬優太として生きていたころはリスクの大きい行動は避けてきたかもしれない。
「なんだろう。奏恵ちゃんの性格が移ったかな」
『どういう意味?』
「冗談」
優太は今、自分の機嫌がとても良いことに気付いた。こんなときは経験上、楽曲全体を見通しやすい。優太は早くギターのアレンジに取り掛かりたくなっていた。
「お父さんはいつ帰ってくるの?」
『大体十九時くらいかな』
「まだ昼前か……。全然余裕あるね」
優太はパソコンの時計を見たあと、足早に奏恵の父親の部屋へ行くことにした。