1章 進む時と止まる時
「自由」とは何だろう。
それは、「選択」すること。
では、それすらも奪われたら?
すなわち、それは「死」だ。生きてなどいない。
ならば私は、あえてそれに抗おう。
駒になどなってやるものか。
窓から日が差す。それは堪らなく眩しく、暖かい。私は無性にカーテンを閉めたくなった。
子供用の、高校生の自分には少し小さめのベッドから静かに立ち上がる。南側の海に面した窓に近づいた。
朝日を浴びたガラスはキラキラと輝いていた。しかし、その輝きは今の自分には強すぎた。カーテンを閉めようとざらつく布に手をかける。けれど、
(もう少し・・・見ていようか・・・)
なんて思って閉められない。いつものことだった。
カーテンから手を離し、ふと、部屋を見渡した。これもいつものこと。
窓に面したドア、向かって右側にはベッド、そして左側の窓際には木製の小さな勉強机と本棚があった。これも、見慣れた風景だった。
ふと、ベッドサイドの置時計に目をやる。
――7:55
「あ・・ヤバい!」
ベッドの上に投げ出していた学生鞄を引っ掴むと、急いで部屋を飛び出した。
外は日差しの明るさとは違い、寒かった。
ここ、緑木町は現在真冬の時期を迎えている。その上、この町は海岸線に北に伸びるようにあるため、毎年冬場は猛烈な寒さに襲われた。
私、新島空もそんな町に暮らす一人である。
緑木第三高校の1年生だ。私は今日、12月10日で16歳になる。しかし誕生日というめでたい日でも、変わらず時間は過ぎてゆく。
走って走って、結局学校に着いたのは8時30分をまわっていた。
(遅刻決定。)
気分は最悪。溜息をつきながら教室の扉に手をかけ、思い切って強く開け放った。
「すみません、おくれ・・」
「コラァ!新島ぁ!!お前今何時か言ってみろ!」
教室に踏み入った途端、担任の怒鳴り声が降りかかった。
「8:45です」
もはや慣れた口調で答える。
「アホッ!あれほど30分までに来いと言っただろう!!」
担任は怒りのあまり拳を震わせていた。
「すみませんでした。明日はちゃんと30分以内に来れるよう努力します」
担任に切り返す隙を与えぬよう、間髪入れずに謝りさっさと自分の席へと歩いて行った。
ドサリと音をたてて座る。
クラスメイトはそのやり取りを一切無視するように、一切こちらを見ようとしなかった。
いつも通り新島空は遅刻をしてきた、その程度にしか考えていないため興味の対象などではないのだ。
進学校でもあるこの高校ではみ出し者である私を気にする者など限られていた。
しかし解ってはいても、その状況に苛立ちを覚えずにはいられなかったのだった。
「そーら!おはよう!」
ホームルーム終了後、隣の教室から急いできたのか、友坂りのは肩で息をしながら話しかけてきた。
「あぁ、りの。おはよう」
私はそれに気怠く返事を返した。
りのはクラスは違うものの、入学以来何かと気が合うため日々を共に過ごしてきた、所謂親友である。
茶に染めた髪は肩口で綺麗に切りそろえられ、卵型の顔立ちは整った印象を与える。瞳はぱっちりと大きく、鼻筋もスッとしている女子高生らしい可愛らしさを持っていた。
そんな彼女が急に怪訝そうな顔をした。
「どうしたの、空。元気ないね」
りのは私の顔を覗き込みながら言った。
「そう?」
「うん」
絶対、と無言で訴えられた。
あまりにも見つめてくるものだから、思わず顔を背けてしまう。
「何でもないよ。別にね・・・」
なおも心配するりのを振り切り、私はスタスタと教室を出て、屋上へと向かった。
「さてと、1限目さぼるか」
屋上へと続く階段をテンポよく上る。上りながら、先ほどりのに問われたことを考えた。
(元気がない、か)
体調が悪いとかそんなことは全くといってなかった。あえて言うなら、今朝方から感じる妙な違和感のせいだった。ここは自分の居場所ではない、と思えてきてならなかったのだ。ここ2、3日そんなことは一切無かったというのに。
屋上の扉の鍵は万年壊れたままである。あっさりと侵入を果たし、一番日当たりの良い場所に横になった。
この時間は寝て過ごす。決めた。
瞳を閉じ、完全に寝る体制に入る。冬空の下で寝ること自体凍えはしたが、教室に戻って受ける授業よりもマシであった。
どれほどそうしていただろうか。急に瞼の上に冷たい何かが触れた気がした。
驚き目を開けると、空からは万遍なく雪が降ってきていた。
「雪・・・」
さっきまでの晴れ間は彼方へと消え、いつの間にか空は灰色の雲に覆われていた。
少し青みがかった白い世界が広がる。
「寒い・・・」
呟いたその時だった。
ピシッ――
「え」
妙な音がしたと思った瞬間だった。降ってきていた雪が空中で、目の前で止まっている。
時が――止まった!?
しかし、空気までもが止まったかと思える中で、何故か私は動くことが出来た。空中の雪に触れてみる。雪は触れた途端にぽろぽろと崩れ、結晶となって散った。
「な、何よこれ・・・」
起き上がって、フェンスに近寄る。そこから町を見下ろしてみた。
そこには異様な光景が広がっていた。
買い物中の主婦や、商店街の端で話し込む老人たち、カラスと喧嘩する猫、飼い主にじゃれつき飛びついた格好のままの犬。全てがまるで写真の如く止まっていた。
瞬間、悪寒が走った。
怖い、なんだこれ。
ふと腕時計に視線を落とした。
――9:45
時計の針はその時刻で止まっていた。秒針が一ミリも動かない。
「何故?何故止まってしまっているの!?」
バンッ!
突然の物音に驚き、音のした方にがばりと振り返った。
「りの!」
頑丈な屋上の扉が大きく開け放たれ、りのが飛び出してきた。りのは肩で大きく呼吸をし、その焦点はあまり定まっていない。
「空・・・」
「りの、あなたも動けるの?」
「うっうん。ねぇ、空・・・どうしちゃったのかな、これ」
りのの声はひどく震えていた。
「わからない」
口ではそう言いながらも、動揺が収まってきているのを感じていた。不思議だ、こんな状況で逆に落ち着いてくるだなんて。
その空間にはただ凍てつく寒さだけがあった。
時は止まったまま、動いているのは私とりのだけだった。
「空、寒い・・・さむいよ」
「りの」
りのの体を引き寄せ、自分のブレザーの羽織らせてやる。
「ほら、これ・・・」
「ありがとう」
私達はいつの間にか座り込んでしまっていた。
屋上の扉は閉じた状態で凍り付いていた。私達はこの空間に事実上閉じ込められた。
風も吹いていないというのに、体感温度は益々下がっていった。
(手の感覚が・・)
五感がマヒしてきていた。やがて、全身ががくがくと震え始めた。
あぁ、もうだめだ。これ以上は・・・っ
気を失うぎりぎりのその時だった。
バサッ
大きな羽音とともに、目の前に白い、本当に白い人影が現れた。
薄く開いた視界でその存在を見た。
「だれ・・・?」
凍り付いて、唇がはりつく。
段々と視界が回復してきた。人影は女だった。綺麗な自ら輝きを放っているかとも思われるほどの美しい銀髪の長い髪を赤いリボンで一つに縛っている。顔立ちはスッと面長く、青い瞳は透き通った水面を思い浮かべる。フリルを少々あしらった純白のドレスを翻し、女は降り立った。その背には驚くことに、真っ白な翼が一対天に向かって大きく広げられていた。
一瞬にして、目を奪われた。
「私のことをお忘れになったのか?レビウス」
女は口をきいた。
「え・・・なんの・・・こと?」
何が何だかわからない。何故話しかけられてる??レビウス?
急に左肩が重くなった。そちらを見やると、りのが倒れ掛かってきていた。ぎょっとして思わずりのの頬に触れた。その肌はひどく冷たく、意識はなかった。
「り、りのぉ!」
動かぬ体を無理やり動かし、りのを必死に揺さぶった。
しかし、逆に触れれば触れるほど、りのの体は冷たく、凍り付いていった。
すると、気が付かぬ内に女がすぐ近くに近寄ってきていた。女は黙って私とりのの腕をむんずと掴んだ。
「ちょ!何するの!!離して!」
「レビウスよ、戻るのだ自分の国へ。・・・この女も連れていって差し上げよう。だから・・・」
「何をいって・・」
言葉はそこで途切れた。
目をさすほどの眩い光が辺りに満ちる。
掴まれた腕が強引に引っ張られるのを感じた。抵抗むなしく、光の中へと吸い込まれていった。
こうして私の旅は始まった。魂のふるさとへの旅が・・・。




