昔の栄光の副作用プラスシルエット
千里がネットで調べたレストランはスーツ姿の男女が目立ちお上品な空間の中で、私達二人は浮いた存在だった。
もちろん悪い意味でだ。
居づらい空間を少しでも忘れようとメニューを開く。
その選択肢も間違いに終わったわ。
「千里ちゃん、私達は、吉野家が似合うと思うんだ」
「牛丼って、おしゃれじゃないです」
千里の中では、金銭の問題では無くビジュアルが大事の一言だ。
その考えが男でも同じだったら好感も持てるが、これは食べ物話であり、ネットに載せる為だけの食事と言う事を私は忘れない。
千里は、値段であたふたしている私を視界にも入れずにウェイターを呼びささっと注文を済ます。
注文は、私の耳慣れ不足か知識不足かどちらにせよ両方の不足にあると思うが、聞き取れなかった。
「菜緒さんって元編集者ですよね?」
「えぇ、そうだけど」
「なんで、辞めたんですか?」
彼女の素直な所が苦手だ。
知りたい欲求がプライバシーを軽く高跳び選手の如く軽々飛び越えてくる。
ハードルが見えないのかよと悪態を飲み込む。
紛れもなく私は、元編集者だ。
ガーデニングやら植物やらの雑誌を週刊で発行していたのは懐かしい。
対して好きでもない植物と一緒に仕事をしていたなんて考えられない。
夢が無かったのが、編集者としての始まりだった。
高校に通い自分の力量に合った大学に行き、就活活動をし始めたら、自分のやりたいことがぽっかりなかった。
学生時代に見つけられずに、ただ、歳を重ねていたんだと虚しく感じていたのを今でも覚えている。
いつの間にか運ばれてきたワインを一口飲み込む。
千里は、なかなか話さない私に飽きたのか、それとも気を使ったのかは分からないが、携帯を弄りだす。
「昔は昔で、今を生きないと」
「なんか、自分を誤魔化している感じがします」
私の言い訳を、的を獲た言葉で撃ち抜く千里に感のいい子だなと素直に思わされた。
「気がつけば仕事に生きてた」
「その仕事に殺されそうになってるのに」
「死ぬのも生きるのも自分次第だから」
彼女に見習って素直に話し始めてみた。
千里は、高校も大学も行ってはいないからか、ネックに感じているのが、見え隠れしている。
「大学を出てもダメなものはダメですね、私は中卒だから何も言えませんけど」
「高校とか遅い早い関係ないし、仕事が全部悪いわけじゃないからかな編集者として仕事していた時が、一番辛くても一番楽しかったよ」
「ドM発言もらいました」
携帯から視線を離さないが、ちゃんと耳に入って脳の情報センターに届いていて安心した。
千里の学歴コンプレックスをどうにかしようにも大学を出た私からだと、説得力に欠けてしまう。
「載せなきゃ」
千里が奏でるカシャカシャとカメラのシャッターを切る音が場違いなレストランで堂々たる存在感を示している。
運ばれてきた食事は、普段口にすることが少ないものばかりで、胃がびっくりするのではないか心配。
ガサゴソとバックを漁る。
無造作に詰め込まれたバックの中身からピンポイントで、お目当ての物を取り出す。
「ちょ、菜緒さん?な、なんですかそれ?」
眉を八の字にした千里が問う。
「え、マヨネーズだけど、どうした」
「あ、マヨネーズか、なーんだ・・・・じゃねぇよ!」
私が、取り出した物体は、普通サイズのマヨネーズ何もおかしくはない。
千里の大きな声がレストランに響く。
周りが静かだから余計に大きく聞こえる。
「え、菜緒さんって、マヨラー?」
「違うよ、ただ、マヨネーズが好きなだけ」
「いや、マヨラーじゃん」
カシャっと呆れ顔で、マヨネーズを片手に持った私を撮る。
化粧直しぐらいさせてよ。
「やめてくださいよ?」
「なんでさ、いい?千里ちゃんマヨネーズはねどんな不味い料理だろうとマヨネーズをかけることによって、食べれる物に変わるの言わば、食の万能薬なんだよ」
「今、さらっと酷い事言いましたよね」
「シェフの人だって、食べ物は美味しく頂いて欲しいと願いながら作ってるわけだから、調味料足しても文句は言わないと思うし、金払ってるのこっちだし」
「いやいや、凄い自分に得した考え方だからそれ、凄いねじ曲がってる」
高い料理に高い料金で、腹下しそうなんだよ。
絶対腹に合わないから、胃がびっくりしちゃうから。
私の腹に馴染みがある物が、マヨネーズなだけで、然程問題はあるまい。
人の目を気にするなんて、とうの昔に生ゴミと一緒に間違って捨てちゃったから安心して、千里ちゃん。
洗練されたお皿に負けない輝きを放つ薄くて生の肉に黄金色が優しく包み込む。
「それ、店へと私への冒涜ですよ」
「はい!千里ちゃん載せていいよ」
「炎上するんで、やめます」
それからは、何も話さなくなった千里にくだらない話をする画が続き、終電を逃した千里は怒りもせずに、私とツーショットを撮り、「マヨネーズ先輩と終電逃す」と呟き、お開きとなった食事会は祭の後の静けさが、体に刺さった。
痴漢注意の看板を無視して夜道を歩く。
酒は入っているが、酔うほど飲んじゃいない。
前方は、街灯で道が薄っすら見える程度だが、私の人生より歩きやすいなどとほざいてみる。
そんな道の前方から黒いシルエットが来た。
街灯で交わる時、シルエットだった者が、人となり、私の中で、違和感を植え付けた。
「菜緒じゃない?」
「・・・・」
通り過ぎた直後、名前で呼び止められ、胸がドキッとした。
何処かで見たことのある顔に眉をしかめる。
あれだ、名前は知っているけど、顔が一致しない芸能人みたいな感覚に似ているが、今の私は、どちらも解らないから似てないわ。
「覚えてなさそうだ」
彼女の口から漏れた言葉が、一番しっくりきた。