17話 山の民
イルヴァナト村から北西へ進むこと二日。
ザイードたちは、深い山の中を歩いていた。
先頭を進むのはザイード。その後ろにはリシェラとティアナ、護衛として十人ほどの兵士が続いている。
「本当にこっちで合ってるんでしょうね?」
険しい山道を登りながら、ティアナが息を吐いた。
「神様が見つけた場所です」
リシェラが答える。
「煙が上がっている集落があるそうです」
「それは聞いたわ。でも、こんな山奥に腕のいい鍛冶師がいる保証はないでしょう?」
「俺も鍛冶師がいるとは言ってないよ」
直人の言葉を受け、リシェラが少し困ったように笑う。
「神様は、金属を扱っている場所があると仰っています」
「そこ大事なところでしょう」
ティアナが呆れた。
だが直人にも、それ以上のことは分からなかった。
神の目で見えたのは、山中に点在する家々と、複数の炉。そして大量の金属らしき物が置かれていることだけだ。
イルヴァナト村では農具の不足が深刻になっている。
鍬や鎌が壊れても修理できる職人は少なく、新しい物を作るための鉄もない。
商隊から買うことはできるが、人口千八百人分を外部から調達し続けるのは難しい。
(まず、作れる人を見つけないとな)
前世でも同じだった。
予算があっても、それを実行できる人間がいなければ何も始まらない。
山道をさらに進むと、直人の視界に人影が入った。
「リシェラ、少し止まって」
「どうしました?」
「前に三人いる。岩陰からこっちを見てる」
リシェラがすぐにザイードへ伝える。
ザイードは右手を上げ、全員を止めた。
「武器を抜くな」
兵士たちへ命じる。
数秒後、岩陰から弓を持った男たちが姿を現した。
「そこで止まれ!」
山岳民らしい厚手の服を着た男が叫ぶ。
「何者だ!」
ザイードが一歩前へ出る。
「イルヴァナト村から来た」
男たちの表情が変わった。
「イルヴァナト?」
「滅びた王国の名を騙るつもりか?」
「王国を名乗っているわけじゃない」
ザイードは淡々と答えた。
「ただの村だ」
直人は少し安心した。
そこは重要だった。
今のイルヴァナトは、まだ国ではない。
王もいない。領土を主張しているわけでもない。
ただ、滅ぼされた祖国の名前を受け継いだ村に過ぎない。
「ここへ何をしに来た?」
「鍛冶師を探している」
その一言で、男たちの警戒がさらに強まった。
「帝国と同じか」
「違う」
「何が違う!」
男が弓を構える。
「鉄が欲しい。武器を作らせたい。結局それだろ!」
ザイードは動かなかった。
「話をしたいだけだ」
「帰れ!」
そこでリシェラが前へ出た。
「待ってください」
「来るな!」
弓が彼女へ向く。
ザイードが僅かに身体を動かしたが、リシェラは止まらなかった。
「私たちは、無理に何かをさせるために来たわけではありません」
「誰が信じるか!」
「信じてもらえなくても構いません。ただ、話だけ聞いてください」
男たちは顔を見合わせた。
やがて一人が集落へ戻っていった。
しばらくして、山の奥から別の男が現れた。
五十代ほどの男だ。
背はそれほど高くないが、肩幅が広く、腕は丸太のように太い。
鉄灰色の短い髪に、濃い髭。両腕には火傷の跡がいくつも残っている。
直人は彼を見た瞬間、何となく思った。
(この人だ)
男はザイードたちを睨む。
「俺がグラド・バルガンだ」
「俺はザイード・ベルクだ」
「知ってる」
グラドは鼻を鳴らした。
「臆病者って呼ばれてた騎士だろ」
兵士たちの表情が険しくなる。
だがザイード本人は気にした様子もない。
「昔の話だ」
「そうかよ」
グラドはリシェラを見る。
「そっちは?」
「リシェラ・ナイエと申します」
「⋯⋯巫女か」
「はい」
「噂の神様も一緒ってわけか」
リシェラの瞳が僅かに見開かれる。
「ご存じなのですか?」
「山まで噂くらい届く」
グラドは腕を組んだ。
「帝国の黒狼隊を潰した。枯れた村に水を出した。冬も死人をほとんど出さなかった。今度は蜂蜜で儲けてるらしいな」
「情報が早いわね」
ティアナが呟く。
「商人が喋るんだよ」
グラドは彼女へ視線を移す。
「で、その神様が俺に何の用だ?」
直人はリシェラへ言葉を送る。
「農具を作れる人を探してるって伝えて」
リシェラがそのまま伝える。
グラドの眉が僅かに動いた。
「⋯⋯農具?」
「はい」
「剣じゃなく?」
「神様は農具と仰っています」
グラドはしばらく黙った。
だが、すぐに表情を戻す。
「断る」
あまりにも即答だった。
「理由を聞いても?」
リシェラが尋ねる。
「帝国にも同じことを言われた」
グラドの声が低くなる。
「最初は農具を作れ、鉱山設備を直せ、荷車を作れってな。そのうち剣を作れ、槍を作れ、鎧を作れ。そればっかりになった」
彼は山の奥を見る。
「俺たちの鉱山も工房も帝国に奪われた。鉄は全部軍へ送られた。畑の鍬が壊れても新しい物を作るなと言われた」
直人は黙って聞く。
「だから逃げた」
グラドは続ける。
「山の連中と弟子を連れてな」
「⋯⋯」
「今さらイルヴァナトだろうが神様だろうが同じだ。力を持った奴は最後には武器を欲しがる」
「グラド」
ザイードが口を開く。
「俺は武器も欲しい」
リシェラが驚く。
グラドは鼻で笑った。
「正直でいいじゃねえか」
「だが今、村で足りないのは武器より農具だ」
ザイードは続ける。
「畑を耕せなければ兵士も食えない」
グラドの表情が僅かに変わる。
直人も同意した。
(その通りなんだよな)
武器は必要だ。
黒狼隊のような相手がまた来る可能性もある。
だが兵士だけ強くしても村は生きていけない。
「神様」
リシェラが直人へ尋ねる。
「どうされますか?」
直人は少し考えた。
無理に説得しても仕方がない。
グラドの人生を知らない自分が、「信じてくれ」と言ったところで軽い言葉にしかならない。
「今日は帰ろう」
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