vol.7 ブラボー
コンサートホールは何とあの『のだめカンタービレ』に出て来た有名なルドルフィヌムだった。
入口ではプログラムが配られていたが、後半のラスト2曲はバッハの無伴奏チェロ組曲1番と3番だった。周りがざわついているので何事かと恭子に聞くと直前でラスト2曲のプログラム変更があってそれについて賛否両論のざわつきらしい。宮崎としてはチェロ曲で一番好きな曲なので大歓迎だ。
「そう言えば君が2回目に旅立った後、この2曲が入ったLPを実家に返しに行ったんだよな」
「知ってる。後に母が言ってた。暗い顔して帰っていったって。あの頃母は付き合ってた事は知っていたけど東北旅行が一緒だった事は知らなくて、不審に思って誠さんの実家に電話して一緒だった事を確認したみたい。出産の時には2ヶ月間位ウィーンに来てくれたんだけと、本当の予定日がわかって誠さんが子供の父親だと気づいた様なの。私の父親は鈍感だしウィーンにも来なかったから知られなくて大騒ぎにならなかったけど。母もそうなる事を嫌がってそれ以上突っ込んでこなかった」
「ご両親はご健在なの?」
「父は5年前に、母は去年亡くなったわ。特に母は誠さんの事申し訳なく思ってたみたいだから今回引き合わせてくれたのかもね」
そして開演の時間となった。結構な人数が入っていて息子は有名なチェリストなんだなと思った。前半の第一部はピアノ伴奏付きの独奏でサンサーンスとかエルガー、ラフマニノフだった。さすがのレベルで聴衆も拍手喝采だった。後半のバッハ無伴奏チェロ組曲の前の休憩タイムで恭子は言った。
「3日前、あなたが来る事を息子に伝えたのでこの後半の2曲が入ったの。彼はここ10年くらいあなたの事ネット検索しまくってたわ。若くして役員になった事もTV出演も彼が教えてくれた。付き合っていた頃あなたがバッハ好きでギターバージョンのこの2曲よく弾いていたでしょ。それを息子に言った事があるのでそれを覚えててくれたんだと思う」
「・・・なんか聞く前から涙が出そう・・・」
そしてその後聞いたバッハは今まで聴いたチェロの中、いや人生で聴いた全ての音楽の中で文句無しの最高のものだった。
「ブラボー‼︎‼︎」
宮崎は人生初のブラボーの声掛けが何の躊躇もなく出てしまった。それに触発されたか会場はスタンディングオベーションとブラボーの渦となった。
「誠さん、楽屋に挨拶に行こう!」
アンコールの後、宮崎は恭子に手を引かれて楽屋に向かった。
そこには紛れもなく息子とわかるアントン・キョウセイ・リヒノフスキーがいた。
父子は何分間か言葉を発することが出来ないまま抱擁し続けた。そしてようやく声をかけたのは宮崎の方だった。
「アントン、ごめん!今日まで何も知らなくて」
「いいんです、お父さんが悪い訳じゃ無いから。こっちのダディも僕を何の隔たりもなく良くしてくれて幸せだったし」
'凄く良い人間に育ったな。改めて恭子とその旦那さんに感謝だな'と思いながらも何も言葉を返せなかった。
「さあさあ、3人でご飯食べに行こう!」
泣きながらの笑顔で恭子が言った。
レストランに入る頃には3人とも落ち着いていた。
ひとしきり自分達の現況を話し終わった時にアントンが提案した.
「日本の弟と妹に会ってみたいな。弟が22歳ならこっちの妹とと同い年だね。日本の妹は15歳というとまだ可愛いんだろうね」
「アイツらが大人になって理解してくれる歳になったらな」
「是非。僕は今の両親もあなたも尊敬してますし、そちらの家族に会う事も何の問題も無いです。今日は会ってくれてありがとうございました、お父さん」
「これからだっていつでも会えるさ。ここの近郊のコリン市に工場を建てる予定だから2〜3年は数ヶ月に一回は来るから」
二人は再びしっかりハグした。
-第2話 ウィーンとプラハ 終わり-




