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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児─後編─

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67話:休暇明け

 盛夏ノ休暇が明けた。アベルの月が過ぎ去り、オルトヴィアの月を迎える。


 シェイラは、第二週の大地ノ日から、セレリウスのいる高等魔術学院を訪問した。経過を見るためだ。専門の、選択授業の時間を訪れる。


「お久しぶりです、シェイラ師」


 挨拶をくれたターニャ師は、この夏の休みでどこか小ざっぱりとしたようだった。洗いたての甘橙(オレンジ)のようなみずみずしさ、というべきだろうか。

 当初会った時の、土に落ちて忘れ去られたような顔ではなかった。


「久しぶりです、ターニャ師。髪、切られましたか?」

「わかりますか? 少し印象を変えたくて、前髪を作ってみたんです。ちょっと幼くなったかなって思ったんですけど、私は気に入ってます」

「お似合いです」

「ほんとですか?」

「はい」


 うれしそうにはにかむターニャは、やはりどこかちがって見えた。

 聞いてみれば、亡くなった恩師の家に顔を出す機会があったらしい。なにかそこで、刺激を受けたのかもしれなかった。


「行けてよかったですね」

「ほんとうに」


 ターニャは思い出したように、小さく笑んで見せた。

 シェイラは笑みを反射する。


 ——あなたの気持ちをともに感じています。


 そういう笑みだった。


「……セレリウスくんは、やはり心配です」


 ターニャがつぶやく。


 ヨハルが退学してからの学校だ。この一週間でなにかあったのだろうか。

 尋ねてみれば、ターニャは首を振った。


「いいえ、特に大きなことは……。ただ、なんだか無理をしているように見えて……」

「無理?」

「全部に肯く、というか。わかったようにしている……というか、口を開くのを抑えつけているように見えます」

「抑えつける」

薬水(ポーション)になる前の、ぐつぐつとするような釜のような、と言えばわかりますか?」

「ああ……」


 反応性が起きる前の状態。薬水は、さまざまな材料を調合し、呪文によって変化が起きて効用のあるものになるが、その反応性は激しいものが多い。


「水がこぼれるぎりぎりの状態?」

「そうです。まさに、そんな感じです」


 シェイラは理解する。それは、かなり危うい状態だな、と思う。


「今日あたり爆発してしまうかもしれないですね」


 シェイラがにっこりと言えば、ターニャは唇の片側をひくつかせた。



 ——そして、予見どおりのことが起きる。



 休暇までの大地の魔術訓練。


 シェイラが、セレリウスに大地の魔術を使って見せてほしいと言ったところまではよかった。その場は魔法植物の放置されたあの部屋で、セレリウスは〈導脈〉の魔力を活性化させ、伸びる螺旋紐苔(ラセンヒモゴケ)を伸ばしたり、板から枝を隆起させるなどを披露した。


「……うーん、もう少し派手でもいいですけど、このあたりが限界ですかね?」


 シェイラがターニャに聞くと、ターニャはげっそりと言う。


「そもそもこれ以上やると部屋が崩壊してしまいます……」


「まあまあ、それはそれで仕方ないですよ。この部屋もなくなってしまって問題ないでしょうし」


 放置されているくらいだから、部屋ごとなくなっても痛手ではないだろう。

 シェイラがのんびりとそんなことを言っていると、セレリウスが小さく言ったのだ。


「……ざりだ」

「はい?」


 シェイラがセレリウスを見る。


 ターニャが、さあっと顔を青ざめる。たしなめようと口を開くより先に、セレリウスの大きな声が窓を突き破った。



「うんざりだっ!」



 ぱりんっ、という大きな音がする。セレリウスの魔力を帯びた声に、蔦で支えられていた窓硝子がことごとく割れて、外へと落ちていく。


 ターニャが口元を覆う。

 シェイラは、平然とセレリウスを見た。


「こんなことをやってなんの意味がある!」

「はい」

「やっても意味ないじゃないか!」

「はい」

「僕を暇だとか思ってるのか!」

「はい」

「おまえも、僕をばかにしてんだろ! 導師で、僕を下に見てるんだ!」

「してないですし、見てないです」

「黙れよ! ちびのくせに! なにが導師だ!」

「あー……」


 それは言われると、いやだなあ、とシェイラは間延びした気持ちで言う。


 目の前のセレリウスは完全に怒髪天を衝く勢いだったけれど、言われている自分の気持ちと、今セレリウスを冷静に見ている自分は、分離して俯瞰していた。


 先月、イディオンが怒りをあらわにした時とはちがって、シェイラは今、冷静にヴェッセンダリアの導師としてセレリウスという人間を観ている。それが導師たる自分の役目であると、自らの感情と距離を置いていた。


(イディさんは、どこかわたし自身と似通っているからかもしれないです)


 あんなふうに、自分を取り乱してしまったのは。


 セレリウスと向き合っている自分こそが、ガザン師との瞑想による訓練の結果とも言えた。

 セレリウスのこの状態には、今の導師である自分のほうが必要だ。そう判断する。


「ちび、は言われると傷つきます」


 はっきりとシェイラは言っておく。


 ユートに「ばばあ」、イディオンに「くさい」、セレリウスには「ちび」である。


 子どもに言われる悪口一覧を上から順番に埋めていっている気がする。

 ちなみに、シェイラは一番「くさい」が傷つくが、二番目は「ちび」だ。背丈が小さいことはけっこう気にしている。


「僕は、ちびって言われても傷つかない!」


 なに言ってるんだ、という顔をしたのはターニャだった。

 シェイラは思わず笑いそうになって我慢した。状況的によろしくない。


「そうですか。どなたかに、自分がされていやなことは人にするな、とでも教えられましたか?」


 淡々と尋ねれば、セレリウスは押し黙った。

 教えられたことがあるらしい。


(院の育司士の方でしょうか)


 よくある教え方だし、その教えがすべてまちがっているとは思わない。

 だが、セレリウスにとっては誤った教え方だろう。


 自分がされていやなことは人にするな、という教えは、人への思いやりや人の立場をおもんぱかれという教えだが、文字通り受け取るとちがう意味になる。



 ——自分がされていやでなければ、人にやっていい。



 セレリウスは文字通りに解釈しているのだと思った。

 シェイラは、落ち着いた声音のまま告げる。


「それは真理ではありませんので、上書きしてください。

 ——人がいやだと言うこと、いやだと思うことはしない、です。それは他者を大事にするとともに、あなた自身のことも大事にすることです。セレリウスさんだって、いやだと言ったこと思ったことはされたくないでしょう?」


「…………」


「気分を変えるために、べつの場所でお話をしましょうか。それから、ごめんなさい。あなたに我慢を強いていたのですね。たえがたかったのだと……理解しました。教えてください。ターニャ師とともに、聞きたいです」


 セレリウスは黙り込んだままだったが、拒否がなかったので、シェイラはターニャに視線をやって事前に告げる。


「{転移}します」

「はい?」


 ターニャの驚きは、シェイラが放つ魔導の光でかき消えた。



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