表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児─後編─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/334

66話:仲直りの味

「…………」


 ちらっとシェイラを認めると、途端にきまりが悪そうにする。足が逃げ出そうとしたのか、幾分動いたけれど、意志でその場に押し留まったように身じろぎした。


「あの……」


 謝ろうと思っていたのに、意図していなかった場所だったので、シェイラもまた戸惑って言葉にならなかった。

 気まずい空気になる。


「——あ、俺、喉が乾いたので果汁を買ってきますんで。三人分」


 ちょっと待っててくださいや、と男がなんの空気を読んだのか、小走りで去っていく。

 ますます気まずい空気が、暗幕のように落ちるようだった。手の平に汗が浮かんでくる。


 なんて言おう。

 第一声。

 どうしよう。


 シェイラが思い悩んでいるうちに、先に行動をしたのは、イディオンのほうだった。

 白い長外套(ローブ)の懐から、ずいっと紙袋を出して、シェイラに突きつける。


「……これ」


 シェイラの目を見ないように、紙袋だけ出されて、シェイラは条件反射で受け取った。

 少しだけあたたかい紙袋。近くに来ると、フラウ麦と、香ばしさの混ざった油のにおいが食欲を刺激する。


 シェイラの好きな、揚げ麦粉焼(パン)、だった。


 思わず、イディオンを見る。

 恥ずかしそうに、ぷいっと反対のほうを向いている。それでも、たしかめずにはいられなかったのだろう。少しだけ上ずったような高い音で、イディオンはシェイラに問う。


「怪我……しなかったか?」

「えっ?」

「本……投げたから」


 こちらをもう一度、ちらっと見て落ち込んだように俯く。

 そのさまに、シェイラは無性にイディオンの頭を抱えて、胸に引き寄せてやりたくなった。先日とはちがった意味で、目頭が痛くなる。


「……怪我、してないです」


 急にそんなことをしたら、嫌われてしまう。

 シェイラは問われたことだけを答えた。

 怪我なんか、するわけがない。むしろ、


(イディさんのほうが怪我したみたいな顔をしています)


 あの、お守りをさがしていた時みたいに。


「そっか……」


 よかった、とイディはほんとうに胸を撫で下ろしているようだった。

 本なんかで怪我をするわけないのに。そんなことよりも、ずっと、イディオンのほうが傷ついて、いやな気持ちをしたであろうに。


(心配せずにはいられないのですね)


 イディオンの人柄がわかってしまうと、あの部屋を思い出してしまって、シェイラは胸が痛かった。

 壁際に寄ると、シェイラはずりずりと背中をやって座り込む。長外套が後ろにもつれあって、気持ち悪かった。


「これ……」


 シェイラは紙袋を持ち上げながら言う。


「ありがとうございます。——一緒に……食べませんか?」


 座り込んだシェイラを、イディオンは少しだけ見下ろす位置になる。視線が変わったことで恥ずかしい気持ちが下がったのか、シェイラのほうをじいっと見る。


「はんぶんこ、しましょう?」


 提案をすれば、イディオンは無言でシェイラと同じように座った。

 座ると、大人でも子どもでも、そんなに目線の高さは変わらなくなる。一緒のような気分になる。


「……はい、どうぞ」


 取り出して、半分にすれば、砂糖の粒が指にいっぱいついた。

 そのまま渡したら、イディオンにも粒がついてしまうなと思って、袋のなかを見てみたけれど、余分な紙は入っていない。一枚だけ入っていたもので包んで渡してやる。

 イディオンは無言で受け取ると、半分になった揚げ麦粉焼をしげしげと見る。


「おいしいですよ」

「……うん」


 言えば、イディオンは小さくかぶりついた。

 そうすると、目を丸くする。

 もしかしたら、はじめて食べたのかもしれない。


「おいしいと思いませんか?」

「……たしかに、これはうまい」

「でしょう?」

「……うん」


 イディオンが二口目を食べるのを見て、シェイラも口にする。

 いつも揚げたてを欲するシェイラだったけれど、少し時間が経って生地に染み込んでいた油と砂糖がなじんで、べとっとじゃらっとした感じは、いやではなかった。


 一口かぶりつくと、たまらなかった。

 揚げたてじゃないのに、いつも以上にあまく感じる。麦の香りと砂糖と油が、知らず伝っていた塩分と混ざって、あまく口のなかで広がった。広がったものが、つっかえていたものまで届いて、香り伝いにのぼってくる。



「……ごめんなさい」



 言うのが遅くなってしまった。

 シェイラは、揚げ麦粉焼を頬張るイディオンをしっかりと見て、もう一度言う。



「ごめんなさい、イディさん」



 イディオンが顔を上げる。食べるのをやめて、シェイラを見返す。


「勝手に部屋に入ってごめんなさい」

「…………」

「覗いて申しわけなかった、です」

「……もう、いい」


 イディオンはシェイラの謝罪を受け止めると、俯いた。

 一口、麦粉焼を咀嚼してからつづけられる。


「ぼくも、ごめん。……怒りすぎた」

「……怒って当然です」

「……本まで投げた」

「全然、痛くなかったです」

「……暴力はいけないんだ」

「そもそも、わたしがいけなかったんです。あれは、たまたま投げた方向にわたしがいただけです」

「でも、ちょっと当たった」

「当たることもあります」

「なんだそれ」

「投げたら、たまたま当たることもありますから」

「じゃあ、暴力じゃないか」

「たまたま当たったら謝ればいいんです。謝罪はもう、もらってます。これと一緒に」


 シェイラが揚げ麦粉焼の袋を見せれば、イディオンは少しだけ笑った。

 笑ってから、最後の一口をひょいっと放り込む。満足げな顔だった。


 シェイラもほっとして、食べ進めた。一口一口がおいしくて、今まで食べたなかで一番、おなかに溜まっていくようだった。


 食べ終えると、イディオンはシェイラの砂糖だらけの指に気がついたようだった。


「ごめん」


 言うと、今度は懐から手巾を出す。それで無造作にシェイラの指をつかむと、拭いはじめた。高そうな手巾だった。

 シェイラはされるがままになりつつ、苦笑する。水の魔術を用いれば汚れなんてすぐに落ちるけれど、それはしたくなかった。


(砂糖と油まみれにしちゃいました)


 洗濯を担当するであろう下働きに申しわけなかったが、{洗濯}のかけ方をちょっと工夫すれば、どうにかなるかと思考が魔術の仕組みに移ろった。

 ぶつぶつとつぶやきそうになったところで、イディオンの顔が上がった。


「……訊かないのか」

「はい?」

「あの部屋のこと」


 拭い終えたのに、イディオンはシェイラの指をつかんだままだった。かすかに、震えのようなものが伝わってくる。


「……訊いて、ほしいですか?」

「…………」


 震えが、びくっと一度大きくなった。

 収まって、それからぎゅっとシェイラの指ごと力を入れられる。


「今は、まだ……」


 訊かれたくない、とイディオンは言う。


「じゃあ、訊かないです」

「……うん」

「もし、話してもいいってなったら、話してください」

「……うん」


 イディオンが肯けば、ふたりのあいだに、気まずい空気はもう流れていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
よかった、さっきは心配してたけど、すぐに仲直りできて、ほっとした
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ