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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第4章:空気の読めない孤児─後編─

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65話:押し込められていたもの

 ——全部、シェイラが悪い。


 寝台に伏せっていた。気づけば、暮色蒼然(ぼしょくそうぜん)としていて、仮住まいの窓からは王都の七色の輝きが目立つように入り込んでくる。


 今日は風ノ日で、明日は静寂ノ日だった。


 数日、登城をさぼってしまった。次に城へ上がるとしたら、休み明けとなる。

 さすがに、そろそろまずいだろう。クビにされてしまう。そうなったところで、世評など気にしないシェイラにとってはどうでもよかったけれど、このまましこりが残るような形でイディオンと別れるのはいやだった。

 きちんと会って、もう一度謝罪しなければいけない。


(わたしは、ばかです……)


 お守りのときもそうだ。土足でイディオンの心に踏み込んだ。

 今回もそうだ。ましてや許可も出されてないところに、勝手に入った。



 ——全部、シェイラが悪い。



「ラータはたまに取り憑かれるとばかなことをする」

 そう言ったのは、元婚約者のヴィクトル。


「シェイラは、いつも用心深いのに、気が緩んでいるとうっかりが多いから気をつけなさい」

 そう指摘したのは、師であるガザン。



 ふたりとも笑って許してくれていたけれど、シェイラの特質なのだろう。

 だが、今回ばかりは許されないと思う。

 シェイラ自身が、自分を許せない。


 ——あの、部屋。


 イディオンの書斎か、研究室とも呼ぶべき部屋。

 あそこに押し込められていたもの。塵埃をかぶっていたものたち。


 ——あの部屋の意味がよくわかるのは、シェイラだけだろう。シェイラだからこそ、わかる。


(どれだけ、がんばったのですか)


 滲むような努力を。しんどさを、たえたのだろう。


 ——魔法を使えるようになるために。


 そういったものが積み上がっていた。調べ尽くしたものが重なっていた。

 何度もめくり、書き記し、書き捨て、また記して、そういうものが部屋の痕跡だった。


(それなのに……)


 できそこない、と言われてきたのだ。


 絶対女王のできそこないの王子、と言われてきた。

 シェイラは、そこに土足で入り込んだのだ。

 許されるわけが、ない。

 許してほしいとも、言えなかった。


「謝罪はきちんとしないといけません……」


 つぶやいて、シェイラはゆらりと仮住まいを出る。

 亡霊のようにふらふらとした足で、城下まで下りた。謝罪の英気を養うためにも、なにか口にしなければ、と思う。


(なにを?)


 頭の隅で思う。シェイラが口にできるものなんて、城下には揚げ麦粉焼(パン)くらいしかなかった。けれど、自室にこもっていると、闇に溶け込んでしまいそうだった。


 気分を変えるためには、場所を変えるのも得策。

 心ノ理学(こころのりがく)を思い出して、シェイラはぶらぶらと夜の王都をさまよう。

 時折、目新しい魔導具を見つければ、少しだけ気分が変わっていった。



「——こんばんは、魔導師のお嬢さん」



 声をかけられたのは、楽器店の前だった。

 なんとなく、ぼうっと、店の前に釣られていた柳弦(リュート)を見上げていた。


 シェイラはぎょっとする。

 いかにぼうっとしてようとも、反応が遅くなったとしても、気配を感じないということはない。特にシェイラは修練をして感覚が拡がっているから、気配を感じやすい。

 かけられた声は、かけられることで気配が現出した。そう感じ取れるもので、警戒で肌が粟立った。


「……どなたですか?」


 シェイラは振り向く。


 緑の顔料を頭からかぶったような、緑だった。ここまで純粋な緑を見たことがない。目の色が灰色だからこそ、冴えて見える。

 その緑が、三つ編みに結われて、白い飾紐(リボン)で結ばれていた。

 顔を見れば、男だった。おそらくシェイラと年頃は変わらない。屈んでいたので、背丈はよくわからなかった。


 男は、にっと笑みを浮かべる。


「どうも。夏の夜は暑くてかないませんね」

「……わたしに用ですか」


 上から下まで、シェイラはもう一度見る。半袖の襯衣(シャツ)胴着(ベスト)細袴(ズボン)、そのうえに長靴。一般的なモロル綿でできた衣服。

 なんらあやしいところはない。

 シェイラが聞くと、男は手を振った。


「いやいや、俺じゃなくて、用があるのは仲間のほうで」

「仲間?」


 あっちです、と男は親指で、店と店のあいだの小路のほうを指し示す。

 暗がりになっていて、たいへんあやしい。


「……その人のほうを連れてきてください」


「あ、いやいや、すみません、すごいあやしいんですけど、あいつ、恥ずかしがって出てこないんですよ。それで、俺がしょうがなくお嬢さんに声をかけに来たんです」


「はあ……」


 両手をぶんぶん振りながら、男は言う、

 シェイラはなんだか毒気を抜かれてしまって、警戒を解いた。

 どのみち、魔導師であるシェイラをどうのこうのできる人間は、街なかにいない。仕方なく、緑髪の男のあとを付いていく。


(なにか見た覚えがある気がしましたが、海藻みたいな髪ですね……)


 海に漂っているあれだ。

 美髪にいいとかなんとか、フェノアが言っていた気がする。


「——おい、連れてきたぞ。ったく、あとでなんか奢れよ」


 男のあとを追って、シェイラが路地裏を覗き込めば、目に入った姿に意表を突かれた。

 こぼれんばかりに瑠璃色を丸くする。


「イディさん……」


 イディオンが、悄然とした様子で石煉瓦の壁によりかかっていた。

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