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魔法が使えない魔導師と、霧の大陸の教え子たち【第一部完結】  作者: 稿 累華
第10章:ついてくる少女─後編─

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190話:戦闘

 日除けがあった。小部屋につづいているようで、不思議とそこだけ隔絶されているような気配がする。


「シェイラ」


 イディオンが呼ぶ。

 シェイラは肯いた。香る先はそこから。呪術の気配を感じる。

 短い呪文をつぶやく。それから、すうっと息を吸って、そのまま止めた。垂れ下がる日除けをめくる。


 その時、シェイラとイディオンのあいだを残影が抜けていった。


 まるで、シェイラたちに反応したかのように、速度をもった動きは扉を開け放って、出ていく。

 疑問より先に体が動いた。ぱっと身を翻して、外へ出る。

 影が、細い路地の壁を左右に跳躍していきながら、上へとのぼっていくところだった。



「イディさん!」



 シェイラが呼ぶよりも先に、イディオンは動いていた。飛翔して影を追う。

 シェイラもまた、{跳躍}からの{疾速}を描く。連動する魔術に、右親指の太い金輪が反応する。叩いただけの加工が施された指輪。つづいて、左中指。連動するのは、身体魔術。菱形の紫金石の大きく嵌まった指輪が、輝いた。


 視界が開ける。

 紺青になりかけた黄昏色と、広がる赤屋根色が、渦を描く。


 少し先を、影がいく。臙脂色の影は、〈気高き魔女の騎士団〉の紋章──荊棘(けいきょく)の剣を背に負っていた。イディオンが、肉薄する。


(逃がしません)


 シェイラは、{疾速}からの{転移}をした瞬間、右人差し指より元素魔術を描いた。六色の貴石を束ねた指輪が輝く。

 大地と炎、水から、細い、だが太くもある針を練り上げ、右手で握りしめる。

 それを、{転移}した先の人物に、突くように薙いだ。


 避けられる。

 なおも、身を翻そうとする魔女の騎士の行く先を、イディオンが塞いでいた。シェイラとイディオンに挟撃された騎士の足が止まる。


「どうされますか」


 シェイラは尋ねる。黒土を使った赤瓦の屋根は、足を踏みしめやすい。瓦自体が波打っていても、滑らなかった。かんっ、と踵が音を鳴らす。


 束の間が、あった。

 それからすぐに騎士が動いた。人差し指をイディオンに構える。


 シェイラは見定めて叫ぶ。


「鏡を……っ!」


 瞬間、騎士の指先から、赤黒い光が放たれた。──〈呪い指し(ガンド)〉だ。身体魔術の{強化}とは異なり、指した相手を病で呪う。

 イディオンの反応は、はやかった。魔導で現出させた鏡で、〈呪い指し(ガンド)〉の光をそのままに跳ね返す。

 騎士は反応できない。反射された呪いに崩れ落ちる。


 シェイラは、そこにすかさず飛び込んだ。


(もう少し、打撃を!)


 手に掴んだ針を構える。同時に、騎士が長外套に手を入れた。なにかを掴む。小瓶が、ふたつ。


 ひとつ目が弾ける。



「シェイラっ!」



 霧砂、だ。蟲の遺骸のようなもの。細かく、ふわっと白が舞う。

 シェイラは考えるより先に、突風の魔術を描く。散らそうとして、それよりも先に、もうひとつの小瓶が硝子を散らした。

 赤だ。蟲の血。白と赤が混ざって、ぬうっと顔を出すように、黒い影がいくつも出現する。



 ──〈蝙蝠(こうもり)〉。



 複数の目玉。六枚の翅。群集で、襲ってくる。シェイラが魔術を描く前に、イディオンの閃光が、翅を撃ち抜いていく。


 シェイラは迎撃をイディオンに任せた。

 身を屈めさせて、騎士のほうに再度詰め寄る。放たれてきた〈呪い指し(ガンド)〉を、腰袋から出した手鏡で弾く。騎士は弱っている。拘束する。


 光の縄を、放つ。


 一弾指のうちに、縄が弾かれた。

 戦斧。横から現れた戦斧が縄を断った。


 {転移}で現れたのか。もう一人、臙脂色の長外套をまとう人間が、斧を振り回す。



「失態だ」



 低く、重たい中年の男の声だった。


「……すみません」

「申し開きは団長にしろ」


 男が言って、戦斧を上から振るった。シェイラは跳び退る。瓦が弾け飛んだ。

 手練れだとわかる。ただの騎士ではない。


 シェイラは見極めて、水の魔術を描く。


(斧の無力化を)


 渦潮を描き、ふたりの騎士へ。

 だが、対する男がさらに大きく斧を振るった。その瞬間、潮を飲み込むようにして大きな大地の波が現れる。土が、水を呑み込む。


 シェイラは、驚愕に息を呑んだ。圧倒される大地の高波と粉塵に、束の間、反応を忘れる。


 その間がよくなかった。

 男は、呪いを返されたもうひとりを連れると、{転移}の光で、あっという間に姿をくらます。

 土塀のような高波を、手の平から出した木の根で吸い取るようにして消し去る。あとは呆然と、立ち竦むしかなかった。



「シェイラ!」



 〈蝙蝠(こうもり)〉を殲滅したイディオンがシェイラに合流する。


「怪我は……?」

「ないです。……すみません、逃げられました」


 答えを聞くと、イディオンがほっとする。

 シェイラは、歯噛みした。


「もう少しでしたのに……」

「怪我がなくてよかった」

「……イディさんのおかげです」


 ひとりで蟲を相手しながら、呪了師を捕まえるのは難儀だったろう。結局、逃げられてしまったが。


「くやしいです」


 シェイラはぽつりと言う。


「捕まえられませんでした」


「ちがうよ」


 イディオンが否定する。


「情報は得られた。捕まえられなくても、わかったことはあるだろう?」

「…………」

「それを整理しよう。大丈夫だ。まだ、大きな犠牲は出ていない」

「……はい」

「落ち着いた場所で話そう」


 冷静なイディオンに、シェイラは肩の力が抜ける。

 たしかに、そうだ。シェイラの思考も、戦闘の興奮から落ち着きが戻ってくる。


「そうですね」


 肯くと、ふたりは風琴亭への帰路についた。

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