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冬、夜明けの2

アキトは熱を出して3日間寝込んだ。心身ともに限界だった。2日間、ろくに寝ていなかったし、体を冷やし、気は張り詰め、ユキが行方不明になったことに強く責任を感じていた。

そして、ハルもアキトと同じか、それ以上に責任を感じていた。ハルはユキについで、丸太小屋の中で一番年上だった。イツキやマイが「ユキ姉は?」と、心配そうに聞いてくるので、その度、不安にさせまいとして嘘をついた。

「今出かけているんだ、もうすぐ戻ってくるから大丈夫だよ」と。

心が痛かった。ハル自身、どうしようもなく不安だったけれども、それをマイ達に伝播させるわけにはいかなかった。明るくいつも通りにふるまい、ふざけて、笑わせた。

「ユキ姉、いつ帰ってくるのかな?」とワカキが聞いてくれば、

「ユキ姉の代わりに、私が遊んであげようー」と言いながら、キャッキャと喜ぶワカキ達を追いかけ回してやった。

ハルは、アキトの看病をしつつ、下の子達の面倒を見つつ、寝る間を惜しんで時間を作り、街までユキを探しに毎日出かけた。ハルはアキトよりも足が速かった。街まで行って帰ってくるのも、街で騒がれそうになったときに慌てて逃げるのも、アキトよりも速かった。

しかし、ユキのことはさっぱり見つからなかった。


アキトの熱が下がった日、世話人の足長おじさんがやってきた。ハルがアキトの為に街へ果物をもらいに行ったとき、アキトの熱のことを伝えていたらしい。足長おじさんは、バナナやリンゴ、カブや大根、ショウガ、ハチミツなど、風邪に効きそうなもの、食べやすいものを大量に持ってきてくれた。

足長おじさんはハルとアキトを庭先に呼んで、沢山ものが入った袋をわたした。

アキトはお礼を言った。

「ありがとうございます…世話人さん。あの、世話人さんのお名前、教えてくれませんか。僕、お名前で呼びたいです」

足長おじさんは頭をポリポリとかいてから、ぼそりと「タツノというんだ」と教えてくれた。

「タツノさん…教えてくれてありがとうございます。それから届けてくれて」

アキトがもう一度頭を下げると、タツノは照れたようにもう一度頭をかいた。

タツノは気を取り直し、咳払いをした。

他の子ども達が丸太小屋の中にいるのを確認してから、「君たち二人に話しておきたいんだが…」と、ハルとアキトだけに話をはじめた。

「ええと、ハルナさんにアキトくんだね。この前、街へ来たことがあったろう。いいかい、これからはもう決して街に来てはいけないよ。」

アキトとハルは顔を見合わせた。

「私は偶然街で君たちを見かけたんだ。他の世話人は…多分知らない。ユキさんは、そのときに一緒に来たんだね?」

アキトは驚きを抑えつつ、頷いた。

「ユキ姉、知っている?今、街にいるの?」ハルが勢い込んで尋ねた。

タツノは少しうつむき、アキトとハルの肩に手をおいた。そして静かに言った。

「ユキさんは…街にいる。元気だから、心配はしなくていい。ただ、ここには戻ってこないと思う」

「どうして?」ハルが怪訝そうに尋ねた。

タツノは更に声を低めた。

「ユキさんはね…ここでの暮らしや君たちのことををすべて忘れてしまったんだ」

「…どういうことですか?」アキトが、不安そうに尋ねた。

「彼女は、妖精の歌を聴いてしまったんだ。…君たちが一緒に街に来た日の夜、ある妖精が、彼女を見つけたんだ。おそらく、音楽を愛する彼女を気に入ったのだろう。そうして、彼女を歌で呼び寄せたんだ。妖精の中に、時々そういうものがいる。その妖精の歌に魅了されてしまうと、何もかも忘れてしまう。自分が誰だか、もう覚えていない。ここでの暮らしや君たちのことも…」

タツノは沈痛な面持ちになった。ユキとハルの肩においた手に、わずかに力がこもる。

ユキとハルは、絶句して、しばらく何も言えなかった。三人の間に沈黙が流れた後、やっと口を開いたのは、アキトだった。

「僕たちのこと…忘れちゃったとしても、ここに戻ってくることはできるんですよね?」

タツノは下をむいて、かぶりを振った。

「実は…ユキさんのことを知って、ユキさんを引き取りたいという人が街にいてね。滅多にないことなんだが…。ユキさんは今、そこにいる。おそらくこのままそこで暮らすことになるだろう。だから…」

「ユキ姉に会わせてください」

「お願いします」

ハルとアキトが頭を下げた。

それを見たタツノは、腰をかがめて、二人の目線にあわせた。真剣な表情だった。

「君たちはとても仲が良い。本当の家族のようにお互いを愛しているんだろう…。君たちの気持ちはよく分かる。けれども、決まりをやぶって、君たちを街に入れるわけにはいかない。

君たちは、捕まったら、恐らくひどいことをされてしまうだろう。もうここに戻ってこられなくなるかもしれない…。もし、ユキさんだったら、そんな危険をおかしてまで、街へ来て欲しいとは言わないと思う…。

そしてユキさんを街の外に連れ出すこともできないんだ。分かっておくれ…」

「僕たち、どうして街へ入れないんですか?」

「…君たちが…妖精だからだ」

「僕たちは人間です」

「君たちが一緒に住む者の中には、ひょっとして人間がいるかもしれない。…だけれども、君たち二人には、おそらく妖精の血が流れている。これは言ってはいけないことになっているんだが…ユキさんに免じて、話しておこう。」

タツノは二人の肩においた手を離し、近くの切り株に腰掛けた。

「君たち二人とユキさんはな、妖精が人間の子どもとすり替えて置いていった子どもだったんだ。妖精は取り替え子と言って、そういうことをすることがあるそうだ。自分の子どもがすり替わっているのに気付いた家族は、君たちを育てられず、君たちは街の外に出されたんだ」

アキトとハルは、何も言えなかった。

「君たちがユキさんをよく愛しているのは知っている。私も彼女と彼女の音楽が好きだった。なんとかしたいのは私も同じだが…何もできなくてすまない…」

そして、タツノは二人を残して帰って行った。

アキトはしばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。

ハルは黙ったまま、アキトの肩に手を添えた。


世話人が帰った後、二人はぼんやりしたまま、3日を過ごした。黙々とするべき仕事をして、下の子ども達の前では普段通りふるまった。

「ユキ姉は?」と聞かれれば、「そのうち帰ってくるよ」と、苦しい嘘をつきながら。


Rugia…dose…odo…rose …

vio…lette…grazi…ose…

(※)


アキトは切れ切れに、ユキの歌っていた歌を思い出しながら口ずさんだ。そこにユキがいるような気がした。ユキの入れてくれたあたたかい紅茶、午後の夕日の中で食べたクッキー、ストーブのはぜる音、ピアノと歌、楽しげな笑い声…すべてが幻のように消えてしまった。

ふいに、透明な涙がひとすじ、頬をつたっていった。


アキトはおやつにクッキーを焼いた。

焼けてゆくクッキーを眺めながら、明日待ち合わせている妖精のことを考えた。ハルに話しておくべきか迷っていた。これ以上他の人を巻き込みたくない。僕が街へ行かなければユキ姉はいなくならなかった。これ以上、ハルに何かあったら…。

明日尋ねてくる妖精のために、こっそりクッキーを取り分けながら、ハルには黙っておくことに決めた。



※A.スカルラッティ「Le violett」

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