[5日目 - 午前] 田中家 - 大切なものを守るために ①
夢を見た。
とても、とても昔の夢だ。
小学生くらいの、まだ僕が小さい時のことだ。
その時から、僕はよくドジをする子だった。
その時もそうだった。僕はクラスでヘマをしてしまったんだ。
ヘマをした瞬間、僕はクラス中から沢山責められた。
「せんせー、はるがこわしたぁーー!」
「はるがあいをなかせた!」
「はるがわるいんだ!!!」
でも、どうしてかは覚えていないけど、この事はクラスで大きな問題にはならなかった。
誰かが僕のことを守ってくれたような気がする。
そして、すぐに皆が元通り関わってくれるようになったから。
だから、その時は僕は気にしていなかったんだ。
でもある夜、その時の失敗した瞬間、皆から悪者扱いされたことが、フラッシュバックした。
そして急に、どうしても怖くなったんだ。
……本当は皆、僕のことが嫌いなんじゃないか?
人間関係、それが怖くて仕方なくなくなった。
あの時、僕に投げかけられた言葉、視線を思い出してしまって、溜まらなく苦しくなった。
あの時の皆の感情が、言葉が。
皆の思っている、僕への正直な思いなのではないか、と……
お母さんの寝るベッドに行った。
怖い、と涙ながらに訴えた。
おいで、とお母さんの布団の中に誘ってくれた。
僕は布団に飛び込んで、お母さんに抱き着いた。
お母さんは僕の手を握ってくれた。
たまらなく、温かい気持ちになれた。
心のモヤモヤが晴れていく。
何か、お母さんが僕にアドバイスをしてくれた気がする。
それが何だったか、僕はもう思い出せない。
でも、それに勇気をもらって、この暖かさに包まれて、僕は怖さに打ち勝つことができた。
怖いものはもうなかった。
僕の安心できる場所は、ここにある。
その温かさを、僕は今、感じている。
手にぬくもりを感じた。
なんて安心できる心地よさなのだろうか。
幼い僕はそのまま、深い、深い眠りに落ちていった。
―――――――
目が覚めた。
部屋に明かりが差し込んでいる。
時刻は8時過ぎ、いつもよりちょっとだけ早起きだ。
(……変な夢を見たなぁ)
鮮明に今朝の夢を覚えていた。
あれは、確かに昔の僕だ。
最近忘れていたけど、そういえばそんなこともあったな、と思った。
ちょっとだけ自己嫌悪に陥る。
友達関係で最近失敗したけど、そういえば僕は昔からドジをよくする子だったか。
……まぁ、どうしようもない。
うーん、と腕を伸ばして伸びをする。
寝起きは悪くない。心地よい朝を迎えることが出来た。
横を見ると、やっぱりミライはもう起きているようだ。
でも、布団が敷きっぱなしになっている。
「仕方ないなぁ」
僕の分とミライの分、2つとも畳んで隅に寄せておく。
誰もいない部屋で着替えて、顔を洗って、台所へと向かった。
「……あれ?」
ミライはもういなかった。
「どこにいるんだろう」
ふいに、玄関のドアの開く音がした。
ミライかな?
僕は玄関先の方に向かう。
「よっこらしょ」
「ふぅ、わしも何往復もするのはしんどいのう」
玄関先に、段ボールが幾つか積まれていた。
ミライと、おじいちゃん、それに宅配の人の3人で、いくつかの箱を運んでいたようだ。
「おじいちゃん、手伝うよ」
僕は急いで靴を履く。
「おぉ、晴。おはよう。頼めるかの?」
「おじいちゃんはゆっくりしててね」
「では少し休ませてもらうの」
そういって、ミライと僕と業者さんで小道の下まで歩いて行った。
残念なことにこの小道は車が通れないので、宅配が来た時はこうやって受け取りに行かないといけない様だ。
「ハル、おはよう!」
ミライが汗をかきながら、小道を小走りで降りていく。
「おはよう、ミライ。あとどれくらい?」
「あと3つ!これで最後だね」
「起こしてくれたら手伝ったのに」
「……まさか、こんなに荷物があるなんて思わなかったからさ」
確かに、玄関先に既に7箱置かれていた。
という事は10箱分も荷物があったのか……
話しながら、道に横付けされた軽トラックにたどり着く。
ミライが、いけるいける!と言って2箱、僕が1箱担いで、家の方へ戻った。
僕が2箱持とうかとも思ったが、僕のパワーでは難しかった。
筋トレ、しようかなぁ……
上に運び終わったら、おじいちゃんが朝ご飯を作ってくれていた。
ミライが汗だくだったので、シャワーを浴びてから、3人で食卓を囲んだ。
「今日はおじいちゃんはお休みなの?」
「そうじゃな。ちょっと家で用事をするかの」
……そういやおじいちゃんって何歳だろう。
平然と毎日役場に何かをしに行っているけど、この年まで仕事をするものなのか?
……というかそもそも仕事をしに行ってるんだっけ?
あんまりおじいちゃんの事を知らない自分に気が付いた。
その後は客間でゆったり。
「ミライ、いこうか」
そろそろ時間だと、ミライに声を掛ける。
ミライは眠たそうに目を擦りながら、立ち上がった。
「あれ、ミライ。大丈夫?」
「ん?大丈夫だよ!」
やっぱり寝れてないって言ってたから、寝不足なのかな?
慎重にミライの顔色をうかがう。
……いつも通りのミライだ。まぁ本人が大丈夫というなら、それを信じるほかあるまい。
そう思って、僕は玄関に向かう。ミライと共に家を出る。
僕たちは、皆と待ち合わせしているバス停へと向かうのだった。
―――――――
なんと、僕たちより先にカイがバス停に着いていた。
もちろん千夏は既に待合室の中である。
「うそだぁ」
ミライが驚く。
「俺だっていつも遅刻してるわけじゃないんだぞ」
えっへん、と胸を張るカイ。
毎日遅刻すな、と千夏がカイをチョップ。
「さて、今日何するか覚えてるか?」
「田中さんの所で、材料を貰いに行くんですよね」
僕は答える。
カイのお父さんの勇輔さんから、今日の午前中に田中さんの所でお手伝いをして、材料を貰うように言われていた。
「そうだ!だから、遊び場寄らずに直接たなじいの所に行こうと思うんだが、良いか?」
「それが良いですね。そうしましょう」
千夏が同意する。
早速、田中さんの家の方に僕たちは向かうことになった。
―――――――
道を下って、橋を渡って少し進むと、目立つ鉄塔の下に田中さんの家が見えてくる。
しかし……
「うわぁ、人が集まってる!」
ミライが驚きの声を上げた。
田中さんの家の前に、10人ほどの人だかりができていた。
その中に田中さんも混じっているのが見える。
「たなじい!手伝いに来たぞ!」
カイが声を上げて、手を振る。
「おぉ、よく来たね。勇輔さんから、手伝いに来てくれると聞いていたよ」
眼鏡をかけた田中さんが、前も見た作業着を着て立っていた。
田中さんが、既に集まっている人たちのことを紹介してくれる。
「ここにいる皆さんは、水ヶ谷村の見守り隊の人たちだよ」
男女混じって、お年寄りの方7割、若い人が3割くらいで構成された10人程の人たちだった。
僕たちは、よろしくお願いします。と口々に言って、挨拶をする。
皆さん優しく挨拶を返してくださった。
「さてと、これで全員だ。今日のお仕事の内容を説明するかな」
そう言って、田中さんは人の輪から外れて、全員と向かい合う位置に立った。
僕たちも田中さんのことを注目する。
「今日は、町内無線の試験放送を行います。晴、快、千夏、ミライ、君たちにも試験の手伝いをしてもらいますよ」
説明が始まった。
まず、村には防災対策の為に、町内無線が敷かれている。
この町内無線を通して、村中に放送を行えるようになっているわけだ。
この町内無線を正しく受信して、スピーカーから放送をできているかを確認するのが、今日の試験放送の役目だそうだ。
1人1人が担当のスピーカーや鉄塔を受け持って、そのスピーカーから正しく放送が流れているかを確認する。
確認方法はシンプルだ。
合図と同時に、田中さんが町内放送を流す。
僕たちは、スピーカーから正しく音が流れていることを確認するだけ。
鉄塔のように、複数個スピーカーが付いている物は、それぞれ1つずつ、ちゃんと流れているかを確認するように、と注意があった。
「それでは、持ち場に向かってください。皆さん、よろしくお願いします」
田中さんがそう締めくくると同時に、見守り隊の人たちが各々の持ち場に移動しだす。
「4人とも、こちらにおいで」
僕たちは何をすればよいかと思っていたら、田中さんが手招きしてくれた。
「君たちにも、持ち場を持って確認してもらいたい。お願いできるかな?」
「お安い御用だ!」
快がグッドサインを出す。
ミライもそれに倣ってグッドサイン。
ぼくと千夏は頷いた。
「本当に助かるよ。見守り隊も高齢化で、人が減ってきていてね……」
そう言いながら、田中さんは地面に置いた箱からトランシーバーを4つ取りだした。
何やら、ダイヤルを操作しながら僕たちに1つずつ手渡しする。
「お、おぉぉぉ!!」
カイのテンションがぶち上っていた。
正直僕もワクワクしていた。こういうの、男心がくすぐられる。
トランシーバー。一度触ってみたいと夢見た物が、この手の中に!
「これを持って行きなさい。使い方はね……」
簡単に使い方をレクチャーされた。要はボタンを押して話すだけだ。
加えて、村の中で話すときのルールをいくつか説明された。
最後に、それぞれに割り振られた場所を指示される。
「さて、じゃぁ4人とも、行ってらっしゃい」
「おう、じゃぁみんな、後でな!」
「それでは、また」
4人と別れて、僕たちは担当の場所へと向かった。
何だか、こんなお手伝いをしていると、村の一員になれている気がして、僕は少し嬉しかった。
―――――――
「ただいま~」
「晴、おかえりなさい」
僕は家に帰っていた。庭の整備をしていたおじいちゃんに迎え入れられる。
ぼくに割り振られた場所は、山守家だった。
「……無線なんてあったかな……?」
当然、我が家に鉄塔なんて立っていない。
田中さんからは、山守家の中のスピーカー2つを点検するように言われている。
「おじいちゃん」
「なんじゃの?」
「うちに、無線のスピーカーってある?」
「……はて?」
通じていない気がする。
「何か、村中に流れる放送が聞こえるスピーカーとか」
「……電話から流れはするかの?」
きっとそれではない。
「あぁ、そうじゃ。蔵の所にスピーカーはあるのう」
有力情報だ。
「おじいちゃんありがとう!」
「ほい」
そう言って、蔵の方に向かう。
確かにスピーカーが付いていた。
三角屋根のとんがりに1つと、蔵の中に1つ、計2つのスピーカーを見つけた。
よく見ると屋根の頂上に、「王」みたいな形のしたアンテナが、ニョキッと生えている。
その上、天井に取り付けられた蔵の中のスピーカーの周りに、よく見たらゴテゴテとした配線と装置が付けられていて、異常なハイテク感を醸し出してる。
唯でさえ奇妙な見た目の蔵が、より一層奇妙に思えてきた。
そもそも、蔵にアンテナは生やすものじゃないだろう……誰が作ったんだ、この蔵。
ともかく、僕は配置に着いた。トランシーバーで報告しよう。
「お手伝い4から田中、準備OKです」
『田中からお手伝い4、了解』
おぉ、夢の無線通信だ。
じわじわと、気分が高まってくる。
トランシーバーから、続々と他の人も配置に着いたことを知らせる音声が聞こえてくる。
『お手伝い2から田中、準備完了です!』
お、これはミライの声だ。
僕たちにはお手伝い1~4のコールサインが割り当てられている。
ちなみに3が千夏、1がカイだ。
他の人たちは、見回り隊としての担当住所がコールサインとなっている様だった。
『それでは1回目の試験放送を流します』
全員が配置に着いた所で、試験放送が始まった。
ピンポンパンポ~ン
【しけんほうそう~。こちらは~、ぼうさい~みずがたに~……】
田中さんの声が聞こえるかと思ったら、録音された放送音声が流れだした。声に続いて、音楽が流れだす。
僕は蔵の中でスピーカーからちゃんと音が流れているか、耳を澄ませる。
蔵の中のスピーカーから、ちゃんと音が流れているように聞こえる。
念のため、蔵の扉を閉めてみた。
村中から反響してくる試験放送の音が消え、蔵の中にあるスピーカーからノイズ交じりの音声が流れてくる。
(ちゃんと、蔵の内側のスピーカーからは音が流れていそうだ)
よし、蔵の外側のスピーカーを確認しにいこう。
蔵の扉を開けて、今度は蔵の外のスピーカーに耳の焦点を向ける。
こっちは、蔵の内側より明らかに音量が大きかったから、確実に正しく動いていることが確信できた。
これで、僕の担当分のスピーカーは確認完了だ。
『1回目の試験放送は、終わりです。2回目は15分後です』
田中さんが、試験放送の終わりを連絡する。
それに続いて、順番にチェック結果が報告される。
『川南村本から田中、村本1番塔問題なし。商店に移動します』
『川上平野から田中、平野塔問題なし』
:
タイミングを計って、僕も報告しないと。
スピーカーは住所ごとに管理されているので、住所で田中さんに報告する。
『手伝い4から田中、山上問題なし』
山守家の住所は、山上というらしい。
山の上だから、山上。わかりやすい。
他にも報告が続く。
ともあれ、僕のお仕事は終わりだ。
田中家に戻ろう。
ポケットのトランシーバーから流れる、他の人同士の会話を聞き流しながら、小道を降りていく。
そう言えば、蔵についていたスピーカー。
ある意味山守家の為だけに付けられたモノのように思う。
我が家の為だけに、あんなに立派なモノを設置するんだなぁ、と思った。
ある意味、放送を全ての村中に届けることを徹底しているともいえる。
そして思った。
そういえば、なんで蔵の内側にもスピーカーが付いていたんだろうな?
……蔵の中に籠っている人の為?
多分蔵にスピーカーを付けるついでに、中に居ても聞こえるようにしておいたのかな。
そんなことを考えながら、田中家の方へ向かっていった。




