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遥か、ミライ地図  作者: もりたろう


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21/45

[5日目 - 午前] 田中家 - 大切なものを守るために ②

「いやぁ、楽しかったなぁ」


 カイが名残惜しそうに、トランシーバーを田中さんに返す。

 僕たちは役目を終えて、田中家に戻っていた。最後に戻ってきたのは、一番遠くを任されていたカイだった。


 田中さんは、家の前に折り畳みの机と椅子を出して、その上にハイテクな機械を広げていた。機械はハードケースに収納されていて、そこから長いケーブルが家の隣の鉄塔まで伸びている。機械からはもう1本のケーブルがCDデッキに繋げられていて、多分ここから試験放送の音楽が流れていたのだろうと想像できる。デッキの横には、ラジオ体操、と書かれたCDケースが置かれていた。


 テキパキと試験の準備を進めながら、


「お疲れ様。しばらく家の中で休んでいきなさい」


 そう声をかけてくれた。

 僕たちは田中家の中にお邪魔して、思い思いに机の周りで寛ぐことにした。




【しけんほうそう~。こちらは~……】


 暫くすると、また試験放送が流れ出した。

 田中家に帰る道中で2回目が流れたので、これが3回目である。

 暇を持て余して、僕は田中さんの様子を見ようと、玄関から外に出てみた。



【ラジオ体操第一~♪】


 無線から音楽が流れ出す。3回目の試験放送ではラジオ体操が流れ出した。

 ふっ、ふっ、と田中さんがラジオ体操をしていた。

 村中の無線を使った、贅沢なラジオ体操である。


「……」


 村中に響き渡るラジオ体操の音楽と、田中さんが一人、ぽつんと運動している光景がどうにもシュールだ。

 形容しがたい気持ちを抱えながら、僕はそっと玄関の扉を閉めて、部屋に戻るのだった。



―――――――



「4人とも、お待たせ。手伝ってくれてありがとう」


 田中さんが機材を部屋の隅に置きながら、家に戻ってきた。


「たなじい、お疲れ様!」


 カイが出迎える。

 よっこらせ、と田中さんが座布団の上に座る。


「ふぅ。見守り隊ももっと人数がいれば、手伝って貰わなくても良かったのだけどね」


 僕たち4人が勝手に冷蔵庫から出して飲んでいた麦茶を茶飲みに入れて、ズズっと飲む。


「たなじい、中々楽しかったぞ」


「そうか、そうか。快と千夏も、もし興味があったら、これからも手伝ってくれると嬉しいね」


「俺はいつでも手伝うぞ!」


「私も、人手が必要だったら呼んでください」


「そうか!ははは、心強いのう。私がくたばっても、この村は安泰だな!」


「ちょっと、縁起でもないぞ!たなじい!」


 ははは、と田中さんは笑う。

 僕も笑う。


 暫く部屋の中に笑い声が響き渡る。

 その笑い声も次第に薄れて、それからは会話が途切れた。

 誰も何も言わず、静かに時間が流れる。


 机の上に、水ヶ谷村を紹介するようなチラシが置かれていた。そっと僕はその紙に視線を移す。

 豊かな自然、水に恵まれた環境、その水で育てられるブランドの野菜や果物の紹介。季節ならではの行事がある事や、住人同士が仲が良いことなどが書かれていた。移住者を歓迎するようなことも書かれている。


 田中さんが呟いた。


「こんな田舎の村ではね……」


 そう言って、田中さんは窓の外を見た。


「皆で助け合わないとやっていけないんだ」


 遠い青空の、その向こうを、田中さんの目は捉えている。

 何か、見えないものを観ようとしている、そんな様に僕には見えた。


「ここは、人と人との距離の遠い場所だ」


 田中さんの表情が固くなる。

 何とも言えない空気感に僕たちは何も言えなくなった。


「私たちは……私は、1人じゃ何も守れないんだからね」


 小さな声で、そう言った。

 遠く、遠くを見ているように思った。

 何を思って、見ているものに何を感じて、その言葉が零れたのだろうか。

 僕は、田中さんの気持ちを図りかねていた。


「たなじい、俺らはいつでも手伝うからな!」


 その静寂はカイが破った。

 カイが元気に力こぶを作って見せる。

 その横でミライも倣って、力こぶを作る。


「ははは。本当に、本当に心強い事だ」


 田中さんは、僕たちの方を優しい表情で見る。

 ふっ、と表情が緩んだように思った。


「頼もしいね。頼りにさせてもらうよ」


「おう!」


 カイが元気いっぱいに返事をした。

 ここには、いつも通りの明るい空間が戻っていた。


「そういえば、お嬢さん。記憶の方はどうかな?」


 田中さんがミライの方を向いて言う。


「まだ何も思い出せないんです」


 ミライは答える。


「そうか…… では、村での生活はどうかな?」


「それは、とっても楽しいです!」


 ミライが満面の笑顔で言う。


「4人で一緒に遊んで、一緒に……色々やって、毎日楽しいんです!」


「そうかそうか。それは良かったな」


 ズズズ、冷たいお茶を音を立てて田中さんが啜る。

 そう言えば田中さん、ミライの為に出来ることはやってる、って前言ってたっけ?


「そうだ、たなじい。手伝った代わりに、欲しいものがあるんだけど」


「ん?快、何か欲しいのかな?」


「そうだ。俺ら、4人で梯子作ってるんだ」


「……はしご?」


「父ちゃんから、ここで手伝ったら、梯子につかう材料をわけてもらえる、って聞いたんだ」


「ふむ」


 田中さんが、頭をポリポリかいている。


「あぁ、そういえば昨日、大部の勇輔さんがそんなことを言ってたな……」


 よっこいしょ、と田中さんが立ち上がって、電話の近くのメモ帳を取り出す。

 ペラペラと何枚かめくって、ベリッと1枚ちぎった。


「ふむ、これを君たちに分ければよいのかな?」


 田中さんがカイの元に行って、メモを見せる。

 僕ものぞき込んでみる。専門的な用語で記された、何やらパーツを示すような言葉が連なっていた。

 カイがポケットから設計図を取り出して見比べる。


「うん、これが欲しいんだ」


「よし、じゃぁ倉庫まで行こうかな」


 あっさりと、わけてもらえることになった。

 やはり勇輔さんが色々根回しをしてくれているのだろうか。


 僕たちは田中さんの家を離れて、倉庫とやらへ向かうのだった。



―――――――



 倉庫はバス停の近くにあった。

 僕たちは橋を渡って、少しだけ歩いて倉庫の前にたどり着いた。


 倉庫はコンクリートで建てられた、2階建ての高さのある四角く白い建物だった。相当な年季が入っていて、壁の表面は緑色のコケがうっすらと生えている。1枚のシャッターが取り付けられていて、そこには「水ヶ谷村消防団第2分団」と大きく書かれていた。シャッターの横には「水ヶ谷村見守り隊」と書かれた小さなパネルが埋め込まれている。

 屋上に、ミニチュア鉄塔のようなものが立てられていて、そこにはスピーカーとアンテナ、そして垂れ幕を付けられそうな機材が備え付けられている。しかし、今はそこには何も掲示されてはいなかった。


 シャッターの隣に、「防災倉庫」と書かれた鉄製の扉が別に備え付けられていた。

 田中さんは、手に持った鍵で倉庫を開けて、中に入る。

 僕たちも倉庫の中に入った。



「さて、必要なものを取り出そうか。皆も手伝ってくれるかな」


 田中さんが軍手を付けながらそう言った。

 僕たちも軍手を付けて、倉庫から必要な道具を取り出していく。



 倉庫の中には、村で使うのであろう道具が沢山置かれていた。木材で組み上げられた棚に、丁寧に道具が仕分けされて置かれている。リアカーに乗せられた発電機や、投光器、沢山のビニールシートに掃除道具なんかも置かれていた。

 その一角に、沢山の鉄パイプや足場が積み上げられた場所があった。そこから、カイと田中さんが必要なものを取り出していく。僕とミライと千夏は、手渡されたものを順に倉庫の外に運び出していった。


「お、重い……」


 意外と鉄パイプは重かった。


「ね、ハル」


 千夏から話しかけられた。


「なに?」


「私、遊び場から昨日借りたキャリアーを取ってこようと思います」


 確かに、これを手で運ぶのは大変だ。キャリアーを使って運ぶのが良いだろう。

 流石千夏、先のことを見据えている。


「その方が良さそうだね。お願いしていい?」


「もちです。では行ってきます」


 千夏は軍手を外して僕に渡すと、さっさと遊び場の方へ向かっていった。

 僕は、ミライと共に道具を運び出す作業に戻ることにした。


 :

 :


「うーむ……」


 一通り、道具を運び出した後、田中さんが唸りだした。


「たなじい、どうした?」


「そういえば、流石に3メートルのパイプは、ここには無いな」


「えぇ!?」


 カイが驚く。

 そのパイプは、梯子の支柱に使うパーツだった。それが無ければ、僕たちが作り上げれるのは、梯子の踏み台十数個だけである。これではただのガラクタだ。


「困ったね」


「ハル、カイ、どうしようか……」


「うーん……」


 困ってしまった。梯子計画、2度目の頓挫直前である。


「そうだなぁ」


 田中さんが、眼鏡をはずしてハンカチで拭きながら考えている。


「村の備品にならあるかも知れないね」


「たなじい、本当か?」


「うむ。お祭りの時に、何本も使っていたと思うよ。ただ……」


「ただ……?」


 ミライが含みを持った田中さんの言葉を聞き返す。


「村の備品だから、貸すことは出来ても、多分君たちにあげることは出来ないんじゃないかな」


 たしかに、公共の物を譲ってもらうというのはかなり難しいだろう。


「ね、カイ、千夏。宿題に出すのって、梯子いつまであればいいのかな?」


 ミライが問いかける。


「ん?そうだな、春休み明けの数日間あればいいんじゃないか?」


「じゃぁ、終わった後返せる?」


「そうだな。デカい梯子、遊び場にずっと置いておくわけにもいかないし、バラして返せばいいな」


「……なら!」


 ミライが田中さんの方を見る。


「うむ。返すのであれば、貸し出せると思うよ」


「たなじい、お願いできるか?」


「ただ、私ではなくて山守さんにお願いしてきなさい」


「おう!」



 ガラガラガラ


 振り返ると、千夏が1人で手押し車を押してここにきていた。

 僕たちは手押し車の上に、貰った材料を載せていく。


「たなじいさん、ありがとうございます!」

「ありがとうございました!」


 僕たちは口々に田中さんへお礼を伝えて、倉庫を後にした。


 手押し車をミライが率先して引いて、僕とカイで後ろから押す。

 千夏が横を歩く。


 ふと振り返ると、田中さんは僕たちを見守るように、まだ倉庫の前に立っていた。

 僕が振り返ったことに気が付くと、小さく手を振ってくれるのが見えた。

 僕も手を振り返す。それからは、皆と一緒に前へ前へと手押し車を押すのだった。

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