[5日目 - 午前] 田中家 - 大切なものを守るために ②
「いやぁ、楽しかったなぁ」
カイが名残惜しそうに、トランシーバーを田中さんに返す。
僕たちは役目を終えて、田中家に戻っていた。最後に戻ってきたのは、一番遠くを任されていたカイだった。
田中さんは、家の前に折り畳みの机と椅子を出して、その上にハイテクな機械を広げていた。機械はハードケースに収納されていて、そこから長いケーブルが家の隣の鉄塔まで伸びている。機械からはもう1本のケーブルがCDデッキに繋げられていて、多分ここから試験放送の音楽が流れていたのだろうと想像できる。デッキの横には、ラジオ体操、と書かれたCDケースが置かれていた。
テキパキと試験の準備を進めながら、
「お疲れ様。しばらく家の中で休んでいきなさい」
そう声をかけてくれた。
僕たちは田中家の中にお邪魔して、思い思いに机の周りで寛ぐことにした。
【しけんほうそう~。こちらは~……】
暫くすると、また試験放送が流れ出した。
田中家に帰る道中で2回目が流れたので、これが3回目である。
暇を持て余して、僕は田中さんの様子を見ようと、玄関から外に出てみた。
【ラジオ体操第一~♪】
無線から音楽が流れ出す。3回目の試験放送ではラジオ体操が流れ出した。
ふっ、ふっ、と田中さんがラジオ体操をしていた。
村中の無線を使った、贅沢なラジオ体操である。
「……」
村中に響き渡るラジオ体操の音楽と、田中さんが一人、ぽつんと運動している光景がどうにもシュールだ。
形容しがたい気持ちを抱えながら、僕はそっと玄関の扉を閉めて、部屋に戻るのだった。
―――――――
「4人とも、お待たせ。手伝ってくれてありがとう」
田中さんが機材を部屋の隅に置きながら、家に戻ってきた。
「たなじい、お疲れ様!」
カイが出迎える。
よっこらせ、と田中さんが座布団の上に座る。
「ふぅ。見守り隊ももっと人数がいれば、手伝って貰わなくても良かったのだけどね」
僕たち4人が勝手に冷蔵庫から出して飲んでいた麦茶を茶飲みに入れて、ズズっと飲む。
「たなじい、中々楽しかったぞ」
「そうか、そうか。快と千夏も、もし興味があったら、これからも手伝ってくれると嬉しいね」
「俺はいつでも手伝うぞ!」
「私も、人手が必要だったら呼んでください」
「そうか!ははは、心強いのう。私がくたばっても、この村は安泰だな!」
「ちょっと、縁起でもないぞ!たなじい!」
ははは、と田中さんは笑う。
僕も笑う。
暫く部屋の中に笑い声が響き渡る。
その笑い声も次第に薄れて、それからは会話が途切れた。
誰も何も言わず、静かに時間が流れる。
机の上に、水ヶ谷村を紹介するようなチラシが置かれていた。そっと僕はその紙に視線を移す。
豊かな自然、水に恵まれた環境、その水で育てられるブランドの野菜や果物の紹介。季節ならではの行事がある事や、住人同士が仲が良いことなどが書かれていた。移住者を歓迎するようなことも書かれている。
田中さんが呟いた。
「こんな田舎の村ではね……」
そう言って、田中さんは窓の外を見た。
「皆で助け合わないとやっていけないんだ」
遠い青空の、その向こうを、田中さんの目は捉えている。
何か、見えないものを観ようとしている、そんな様に僕には見えた。
「ここは、人と人との距離の遠い場所だ」
田中さんの表情が固くなる。
何とも言えない空気感に僕たちは何も言えなくなった。
「私たちは……私は、1人じゃ何も守れないんだからね」
小さな声で、そう言った。
遠く、遠くを見ているように思った。
何を思って、見ているものに何を感じて、その言葉が零れたのだろうか。
僕は、田中さんの気持ちを図りかねていた。
「たなじい、俺らはいつでも手伝うからな!」
その静寂はカイが破った。
カイが元気に力こぶを作って見せる。
その横でミライも倣って、力こぶを作る。
「ははは。本当に、本当に心強い事だ」
田中さんは、僕たちの方を優しい表情で見る。
ふっ、と表情が緩んだように思った。
「頼もしいね。頼りにさせてもらうよ」
「おう!」
カイが元気いっぱいに返事をした。
ここには、いつも通りの明るい空間が戻っていた。
「そういえば、お嬢さん。記憶の方はどうかな?」
田中さんがミライの方を向いて言う。
「まだ何も思い出せないんです」
ミライは答える。
「そうか…… では、村での生活はどうかな?」
「それは、とっても楽しいです!」
ミライが満面の笑顔で言う。
「4人で一緒に遊んで、一緒に……色々やって、毎日楽しいんです!」
「そうかそうか。それは良かったな」
ズズズ、冷たいお茶を音を立てて田中さんが啜る。
そう言えば田中さん、ミライの為に出来ることはやってる、って前言ってたっけ?
「そうだ、たなじい。手伝った代わりに、欲しいものがあるんだけど」
「ん?快、何か欲しいのかな?」
「そうだ。俺ら、4人で梯子作ってるんだ」
「……はしご?」
「父ちゃんから、ここで手伝ったら、梯子につかう材料をわけてもらえる、って聞いたんだ」
「ふむ」
田中さんが、頭をポリポリかいている。
「あぁ、そういえば昨日、大部の勇輔さんがそんなことを言ってたな……」
よっこいしょ、と田中さんが立ち上がって、電話の近くのメモ帳を取り出す。
ペラペラと何枚かめくって、ベリッと1枚ちぎった。
「ふむ、これを君たちに分ければよいのかな?」
田中さんがカイの元に行って、メモを見せる。
僕ものぞき込んでみる。専門的な用語で記された、何やらパーツを示すような言葉が連なっていた。
カイがポケットから設計図を取り出して見比べる。
「うん、これが欲しいんだ」
「よし、じゃぁ倉庫まで行こうかな」
あっさりと、わけてもらえることになった。
やはり勇輔さんが色々根回しをしてくれているのだろうか。
僕たちは田中さんの家を離れて、倉庫とやらへ向かうのだった。
―――――――
倉庫はバス停の近くにあった。
僕たちは橋を渡って、少しだけ歩いて倉庫の前にたどり着いた。
倉庫はコンクリートで建てられた、2階建ての高さのある四角く白い建物だった。相当な年季が入っていて、壁の表面は緑色のコケがうっすらと生えている。1枚のシャッターが取り付けられていて、そこには「水ヶ谷村消防団第2分団」と大きく書かれていた。シャッターの横には「水ヶ谷村見守り隊」と書かれた小さなパネルが埋め込まれている。
屋上に、ミニチュア鉄塔のようなものが立てられていて、そこにはスピーカーとアンテナ、そして垂れ幕を付けられそうな機材が備え付けられている。しかし、今はそこには何も掲示されてはいなかった。
シャッターの隣に、「防災倉庫」と書かれた鉄製の扉が別に備え付けられていた。
田中さんは、手に持った鍵で倉庫を開けて、中に入る。
僕たちも倉庫の中に入った。
「さて、必要なものを取り出そうか。皆も手伝ってくれるかな」
田中さんが軍手を付けながらそう言った。
僕たちも軍手を付けて、倉庫から必要な道具を取り出していく。
倉庫の中には、村で使うのであろう道具が沢山置かれていた。木材で組み上げられた棚に、丁寧に道具が仕分けされて置かれている。リアカーに乗せられた発電機や、投光器、沢山のビニールシートに掃除道具なんかも置かれていた。
その一角に、沢山の鉄パイプや足場が積み上げられた場所があった。そこから、カイと田中さんが必要なものを取り出していく。僕とミライと千夏は、手渡されたものを順に倉庫の外に運び出していった。
「お、重い……」
意外と鉄パイプは重かった。
「ね、ハル」
千夏から話しかけられた。
「なに?」
「私、遊び場から昨日借りたキャリアーを取ってこようと思います」
確かに、これを手で運ぶのは大変だ。キャリアーを使って運ぶのが良いだろう。
流石千夏、先のことを見据えている。
「その方が良さそうだね。お願いしていい?」
「もちです。では行ってきます」
千夏は軍手を外して僕に渡すと、さっさと遊び場の方へ向かっていった。
僕は、ミライと共に道具を運び出す作業に戻ることにした。
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:
「うーむ……」
一通り、道具を運び出した後、田中さんが唸りだした。
「たなじい、どうした?」
「そういえば、流石に3メートルのパイプは、ここには無いな」
「えぇ!?」
カイが驚く。
そのパイプは、梯子の支柱に使うパーツだった。それが無ければ、僕たちが作り上げれるのは、梯子の踏み台十数個だけである。これではただのガラクタだ。
「困ったね」
「ハル、カイ、どうしようか……」
「うーん……」
困ってしまった。梯子計画、2度目の頓挫直前である。
「そうだなぁ」
田中さんが、眼鏡をはずしてハンカチで拭きながら考えている。
「村の備品にならあるかも知れないね」
「たなじい、本当か?」
「うむ。お祭りの時に、何本も使っていたと思うよ。ただ……」
「ただ……?」
ミライが含みを持った田中さんの言葉を聞き返す。
「村の備品だから、貸すことは出来ても、多分君たちにあげることは出来ないんじゃないかな」
たしかに、公共の物を譲ってもらうというのはかなり難しいだろう。
「ね、カイ、千夏。宿題に出すのって、梯子いつまであればいいのかな?」
ミライが問いかける。
「ん?そうだな、春休み明けの数日間あればいいんじゃないか?」
「じゃぁ、終わった後返せる?」
「そうだな。デカい梯子、遊び場にずっと置いておくわけにもいかないし、バラして返せばいいな」
「……なら!」
ミライが田中さんの方を見る。
「うむ。返すのであれば、貸し出せると思うよ」
「たなじい、お願いできるか?」
「ただ、私ではなくて山守さんにお願いしてきなさい」
「おう!」
ガラガラガラ
振り返ると、千夏が1人で手押し車を押してここにきていた。
僕たちは手押し車の上に、貰った材料を載せていく。
「たなじいさん、ありがとうございます!」
「ありがとうございました!」
僕たちは口々に田中さんへお礼を伝えて、倉庫を後にした。
手押し車をミライが率先して引いて、僕とカイで後ろから押す。
千夏が横を歩く。
ふと振り返ると、田中さんは僕たちを見守るように、まだ倉庫の前に立っていた。
僕が振り返ったことに気が付くと、小さく手を振ってくれるのが見えた。
僕も手を振り返す。それからは、皆と一緒に前へ前へと手押し車を押すのだった。




