11.始まる前に、それは終わっていた
「アイ様、少しお時間いただけないでしょうか?」
その日も放課後は騎士団のお手伝いがあり、鼻歌交じりでいそいそと校門に向かっていると、見覚えのない女子生徒が私にそう声をかけてきた。
同じ赤いリボンのタイをしているから、おそらく一年生だろう。栗色の髪を伸ばした可愛い子だ。
「えっと、あなたは……」
「タイデン男爵家のミッチェルです」
正直学園に通う貴族の数は多く、それってどこの家だっけと思い出そうとしたけど、男爵家まで事細かに覚えきれていない。
なので名前を聞いてもやっぱり聞き覚えはなく、私は初対面だと認識した。
「それで、一体何の用ですか?」
「きゅ、急にこんなことをお願いするのは、その、失礼だと思っているんですけど……わ、私の片思いの相談に今から乗ってはいただけないでしょうか!?」
「え?」
失礼とは思わないけど、見ず知らずの女の子の恋の相談とか、本当に急だ。
なんで私に相談を、と思ったけど、確かにあの告白の一件以来、自分も告白したい人がいるからアドバイスが欲しい的な子から声をかけられることはあったので、その類なんだろう。
それは別に構わないが、今からだと時間があんまりないのは確かだ。
「ごめんなさい、今日はちょっと用事があって。後日時間を取る形で良ければ」
だけどタイデンさんは途端に顔色を青くさせると、私の手を取って引き留めた。
「お、お願いします、今、今お話を聞いていただきたいんです! 無理を言っているのは承知の上です。だけど……!」
「えーと……」
見た目は華奢なのにどこにそんな力があるのか、握られた手の力の強さに思わず顔をしかめる。
けれどそんな私には気付かないのか、彼女は更に青褪めながらついには涙を流す。
私は掴まれていない反対の手で頭を掻きながら、あとどのくらい時間が残っているかを考える。
軽く話を聞くくらいなら、まあ、時間を捻出できないこともない。
それに、こんな切羽詰まった様子の彼女を放って立ち去るのも、なんかいたたまれない。
よほどの事情があるのだろう。
「分かりました。その代わり少ししか時間は取れないですが、構いませんか?」
根負けしてそう答えると、途端に彼女の顔がぱっと輝いた。
それから、できれば誰にも聞かれたくない恋愛相談なので、と言われ、私は疑いもせず彼女の後をついていき、なぜか学園の中庭の端にある物置小屋のような場所に入った。
いや、多少は怪しいかなと思ったけど、それだけ誰にも聞かれたくない秘密の話かとなぜか納得しちゃったのだ。
前に姉ちゃんが、学園物の秘められた恋と言ったら、先生と生徒のカップリングでしょうと言っていたし、もしかしたらこの子は先生の誰かを恋い慕っているっていう可能性も捨てきれない。
でも、それって果たして私で役に立てるのかな、むしろここに姉ちゃんがいてくれたら、きっと良いアドバイスをもらえるのにな。
あの人恋愛漫画とか乙女ゲームとかやりまくっていたから……と内心思いながら大して広さはない部屋の中央まで進んだところで、ガチャリと、鍵が閉まる音がした。
「え」
誰にも聞かれたくないからには、ここは無人のはずだ。なのにどうして鍵がかかる──いや、誰が鍵をかけたのか。
だって、私を先導した彼女は、私よりも部屋の奥にいて、扉からは遠いのに。
勿論私でもない。
じゃあ一体……。
コツコツと、背後から規則的な靴音が聞こえる。
ぞわわわと、全身の毛が逆立つような寒気が襲う。どろりと体に張り付く感覚が襲ってきて、気持ちが悪い。
この世界に来る前、過去に何度も味わったことのある感覚だ。冷や汗が流れ、頭の中に警報が鳴り響く。
変質者に家までついてこられた時、明らかに何か良からぬことを企んた男の人に話しかけられた時、いつもこんな感覚に襲われた。
すごく嫌な予感がする。
そう思って振り向こうとした瞬間────反射的に体が動いた。
「ぎゃっ!?」
私と彼女のものではない悲鳴が上がり、視界の端に青い何かがチラついたが、それが何か理解する前に私の足は見事にその何かを捉え、渾身の力で蹴り飛ばし。
そして気付けば全てが終わっていた。
「…………」
どうしよう……と思い、とりあえずタイデンさんに視線を送ると、さっきまで泣きじゃくっていたはずの彼女は目が合った瞬間、まるで化物でも見たかのような形相になり、口からひぃぃと悲鳴を上げながらその場にぺたりと座り込む。
とりあえず、この状況を見たまま説明すると。
ウィーン・バレスチア様が、地面に転がり白目をむいている。
そして、彼は別に固い床で昼寝をする習慣があるわけではなく、多分、いや絶対私のせいだろう。だってさっきまでいなかったし。
完全に無意識だった。
けど、この場には他に人はいないし、昏倒しているところからして、私が蹴り倒したあの気持ち悪い空気感を纏って背後から近付いてきた人物は、彼で間違いないだろう。
とりあえず、伸びている彼に恐る恐る近寄って、息をしているか確認する。
……うん、大丈夫そうだ。眼鏡は衝撃で割れてしまったので申し訳ないけど。
ついでに彼の手には縄が握られていて、これ絶対あかんやつじゃんと思い、私の直観は当たっていたんだと知る。
これこそ正当防衛と言うことで許してほしい。
気配を消して背後から近づくとか、本能で身の危険を感じてしまったのだから仕方がない。うん、私は悪くないはず。
しかしあの程度の蹴りで一発KOとか、鍛えていないにも程がある。もしこれがゾイドさんだったら、軽く受け止めたに違いない。
さて。
とりあえず動かれても面倒なので、彼を近くの柱まで引きずって、その手から縄を取り上げると、縄で柱に彼をくくりつける。だけど私一人の力じゃしっかり固定できなくて、その場で固まっているタイデンさんに声をかける。
「ごめん、ちょっと手伝ってくれませんか?」
「は、はひっ!」
そして二人分の力を加えてぎっちぎちに柱に彼を固定した後、私は改めてタイデンさんに向き直る。
「それで、一体どういうことか説明してもらえると助かるんですけど」
おそらくこの件には彼女も一枚噛んでいるはず。
そして私のこの考えは正しく、涙目のタイデンさんの口から語られたことを簡潔にまとめると、彼女の父親が密かに領内で横領をしており、その事実を掴んだ眼鏡様が、父親の罪を見逃す代わりに、私をここへ連れてくるよう彼女に命じたらしい。
まあ、普通に彼に呼び出されても、私が応じないと分かっていたんだろう。
ちなみにその後彼が私をどうするかまでは知らなかった模様。
私も分からないというか、知りたくもない。ろくでもないことを企んでいたのは確かだ。
とりあえず、コレを一体、どうするべきか。
というか、誰に引き渡せばいいのだろう。守衛のおじいちゃんにでも言えばいいのかな。
とここで、一つ疑惑が生じる。
彼、これでも一応高貴なる血筋の一族だ。
万が一、正当防衛が認められるどころか、私が怪我をさせたと責任を追及されて、被害者なはずの私に何らかの罰が下ったらどうしようかと考える。
例えば、牢に入れられるとか、鞭で百回叩かれるとか。
いや、それならまだマシかもしれない。
一番最悪なのは、彼に怪我をさせてしまったから、責任を取って結婚しろ、とか?
だって、私、乙女ゲームのヒロイン。
そしてこの眼鏡、ゲームの攻略キャラ。
今更って感じはあるけど、このタイミングでゲームの強制力が働いて、彼と結ばれるエンディングが用意されている可能性もゼロじゃない。
途端に、引いたはずの寒気が戻ってくる。
そんなの冗談じゃない。
私はゾイドさんと結婚するのだ。その権利を誰にも奪わせない。
幸いここは道具が揃っている。
そして、この場にいるのは、私と、私を陥れる手伝いをしようとしたご令嬢。彼女が黙ってさえいれば、私が青いのに危害を加えたことがばれることはない。
思わず私は、手近にあった、固い土でもよく掘れそうな大き目のシャベルを手に取る。
幸い眼鏡様の意識が戻るのはまだ先のようだ。
ならこれを好機と捉えるのはどうだろう。
「あ、あの、一体何をなさるおつもりで……???」
シャベルをじっと見つめて動かない私を不審に思ったのか、震える声で尋ねるタイデンさんに、私は半ば独り言のように呟いた。
「いやぁ、穴掘ってアレを埋めて証拠隠滅しようかなと」
「ひっ!」
が、私が行動を起こす前に、急に外が騒がしくなるのと共にとても重い足音がやってきて、それが止んだかと思うと、今度は扉がドンッというけたたましい音を立てて破壊されたと同時に、見慣れた大きな体が飛び込んできた。




