魔王もそろそろ本気出す
さて、俺はひとっ飛びして海に向かった。
太陽が反射する、目のくらむ海面を見つめながら進む。海中の魔素も感じ取れるので迷うことはないが、それにしたって海は広い。
広すぎる。
ここを支配している海王パラーズィアは、海の魔王と言ってもいいだろう。いや、言い過ぎた。支配しきれていないので、陸では四天という、俺の下に甘んじているわけだ。
「このあたりに……ああ、あった」
海上につくられた神殿に足を下ろす。
改めて周囲を見ても、海、海、海である。めまいがする。
「おーい、海王さん」
呼ばなくても気づいているだろうが、早く来てほしい。俺はちょっと焦っているのだ。
海と陸の魔物には隔たりがあり、情報の伝わりが遅い。陸のものたちが知っていることも、海にはなかなか伝わってこない。
しかし時間の問題だ。
(バックスくんが倒されたって知られたら、さすがにな)
もはや俺はバックスくんがやられることは疑ってもいない。ならばその先の話だ。
四天の残りが唯一自分だけとなれば、海王パラーズィアも警戒するだろう。四天が半分いないという今の状態も異常だが、一柱いないという状況はそれほど珍しくなかった。そこから一歩進んだだけと言えば、おかしいが、まあ、そういうこともあるよなという今なのだ。
じりじりを隠しながら待っていると、クラゲっぽい海の魔物がニュッと海上に現れた。
「あ、パラーズィアさん呼んでくれないか? 四天がこんな感じだから、次の襲撃は海辺にしようかなって相談」
「キュッ」
海の魔物は声が可愛いなあ。
ちょっとだけ和んだ。手を振ってクラゲみたいなのが海中に消えていくのを見送る。
(まあ、たぶん、御本人が来てくれる……と思うけどなあ)
これが人間の闇組織のボスなら、打ち合わせくらいで顔を出すことはないだろう。
けど魔物というのは会話できないようなやつが大半なので、お話し合いとなればもののわかった奴が顔を出す。トップ会談が一番効率がいい。
「お……」
などと思っていると、来た。
ひたすらの青だった世界がぶくぶくと泡立つ。色は薄くなってから、ぐっと濃くなり、そして盛り上がった。
現れたのは海竜だった。ふっくらとした体に短い手足で、ドンとぶつかるように神殿にその身を持ち上げる。
「シャァァッァ……」
「あ、うん。お久しぶり」
「ムゥ……」
久しぶりすぎるし形が変わっている気がするが、魔素量からして間違いなくパラーズィアさんだろう。人間の村を襲うときに海の魔物は除外されることが多いので、滅多に顔を見ないのだ。
だが魔物である以上、人間を滅ぼしたいという欲求がある。できるなら襲撃はしたいと思っているはずなのだ。大きな船を時々襲う程度では満足できないだろう。
「ングッ、ググググ、まおう」
「そうそう、魔王ですよ」
どうもバックスくんと違い、気安い口がききづらい。大きさのせいだろうか。海洋生物って大きいよな。パラーズィアさんならサメ映画に出られそうだ。
それに広い海を支配するもので、こっちは陸を支配するもの、対等と言えなくもない。もっとも人を殺すために陸に上がる魔物が多いので、魔物密度は海の方が薄いはずではある。
そもそもこの世界でも陸地より海の面積の方が広い上、住める場所が三次元的に存在している。海の表面でぷかぷか浮いてるのもいれば、深海に沈んでるやつもいる。いくら凶暴な魔物でも出会わなければ戦いは生まれない。平和だ。
(それにしてもでっかいなあ)
俺はふくふくしい体を見上げ、寿司何貫分かなと思いながらこっそり魔素を練った。
「えっとですね、襲撃先を決めたいんだけどさ、どのへんの海がいい?」
海の魔物と陸の魔物の戦いは、けっこう単純だ。
海なら海の魔物が強い。
陸なら陸の魔物が強い。
(というわけで)
「ピッ!?」
俺は一気に海面を凍らせた。速度が命だ。だって凍らせたってここは海の上なんだから、パラーズィアさんのお仲間は大量にいる。
「すみませんね、もう」
なんとなく腰を低くしつつ、俺は鉤爪を大きくした。なんといっても相手の体がでかいのだ。大きなサイズでないと切り裂けない。
俺が攻撃に入るより先に、パラーズィアさんが大きく口を開いた。
(ブレスかあ? いや)
違った。ただの威嚇だ。
大きな口をしているから連想してしまったが、そもそも海にいる魔物だ。海の中でブレスを吐いてもあんまり意味はないだろう。
「おっと」
本命の攻撃は尻尾だった。
びたんと神殿の床を打つ。たったのそれだけで世界が揺れたようだ。もしかすると海面に張った氷を割ろうとしたのかもしれない。
どちらにしてもそれは叶わない。
俺はもう飛び上がってパラーズィアさんを見下ろしていたし、次には切り刻んで耳をふさいでいた。すんごい断末魔だ。体がでかいからなあ。
残念ながら陸で始めた時点で俺の勝ちなのだ。うん、まあ、とりあえずは。
急いでとにかく食えるだけ食ってあとは持っていくとして。
「さ。……逃げよ」
その瞬間、海面の氷が割れて魔物たちが吹き出てくる。
「わあ」
まあこうなる。
四天がいなくなった。そんで俺はそれを食った。魔物の奴らからすれば、俺を放っておいたら全員食われかねないんだから、寄り集まって俺を倒そうとするよな。
俺だって数万のプランクトンサイズの魔物が飛んできて体をかじり始めたら、食って追い払ってなんて余裕はない。弱い魔王ですまない。
なんとか逃げながら配下増やしつつ目ぼしい強い奴を服従させていかないとなあ……。
三百日くらい逃げたり戦ったり折ったり食ったり増やしたりして、俺はまだ生きていた。
「助かるぅ……」
これも勇者ルカのおかげだ。勇者ルカは世界を巡りながら強い魔物を倒している。そんで俺は、そのあとをこそこそついていく。そうすると割と安全なのだ。情けなさは無視しておこう。
ていうかほら、そもそもパラーズィアさんを倒したのは勇者のためなんだから許してほしい。
だって無理だろ、普通に考えてさ、海の中の魔物は無理だよ。海だと有利取られるとか以前に、ゲームじゃないんだから人間は呼吸できないじゃん。
永遠に倒せないなら諦めて魔王のとこ来てくれるかなとも思ったけど、そうなると俺と勇者が死力尽くして戦ったあとにパラーズィアさんの天下すぎるんだよなあ。漁夫の利するのは好きだがされるのは悲しいので、先に倒すことにしたわけだ。
(ま、死力尽くして戦えるかはわからないが)
勇者は強い。
どんどん強くなる。
俺も食いに食ったので少し強くなったかもしれないが、魔王城で魔素食ってるのが効率的すぎるんだよな。ただ支配下に置いた魔物が増えたので総合力ではちょっと上がった、かもしれない。
まあ勇者相手に使わないけどな。数で押せば勝ててつまらんから。
「ん~……そろそろ戻るか」
どっちみち勇者も魔王城にやってくるはずだ。
魔素の多い場所ほど強い魔物が多い。強い魔物を追っていれば、自然と魔王城につくというわけだ。
配下をつれて魔王城に戻ると、実に騒がしくなっていた。主がいないもんだから、まあそうなる。小物は放置して大物をしばいた。魔王城が無人というのも恥ずかしいので、小物にはうろうろさせておこう。あとは罠とか牢獄とか、意味深な石碑とか?
「けっこう忙しいな……ま、とりあえず落ち着くか」
やれやれ。
元の椅子に腰を落ち着けて、あとは勇者を待つばかりだ。




