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獣人相手でよくあるやつ

「あ、いけるんだ」

 魔素がもれないように気をつけつつ、樹の影から様子を伺って呟く。

 アンシーちゃんが投げたのは甘い水、それもなんやかんや混ぜ込んで腐らせたような甘い水だ。もちろん俺が用意しました。

「嗅覚が鋭くて困るパターンな」

 獣の嗅覚を持つバックスくんにとって、アレはたまらないほど臭いらしい。匂いというのはバカにできない攻撃である。どれだけ気にしないようにしても、体の中に入り込んだ異臭は、命の危険を知らせるサインでもある。

「でもまあ、これだけじゃなあ。……うん、受け止めてるよな」

 勇者ルカの攻撃はバックスくんにしっかり止められた。周囲を取り巻くほどの稲光も、バックスくんの体に傷をつけるには至らない。

 バシバシ当たって痺れてはいるだろうけど、ちょっと足りないだろうなあ。

「ぷっ」

 でも電気で毛が逆立ってる。

「お」

 じわり、バックスくんの魔素の質が変わるのを感じた。

「……嗅覚止めたな」

 魔物の体のつくりは、魔素を動かすことで自由に変えることができる。臭さで動けないなら嗅覚を捨てればいいのだ。

「まあでも」

 それで本調子に戻れるかというと微妙だ。

「いつもあったものを無くすとやりづらいよなあ」

 バックスくんはおそらく嗅覚でも獲物の位置を感じ取っていたはずだ。その情報が得られなくなったのだから、だいぶ感覚が違う。そうなれば、そうそう全力で突っ込めるものではない。

「いや、行く……か? おっと」

 さすが蛮勇バックスくんと思ったら、突進する先は勇者ではない。

「っ、逃げろ!」

「手先め!」

 バックスくんは叫びながらアンシーちゃんに向かっていく。

 なるほど、アンシーちゃんの魔素に気づいてしまったんだな。勇者のそばにいる魔物、つまり俺の手下だもんな。まずその邪魔なのを倒しにきたわけだ。

「きゃあっ!」

 アンシーちゃんは悲鳴をあげながら、倒れるようにしてバックスくんを避けた。上手い!

 さすが、人間が堂に入っている。バックスくんからしっかり逃げながら、勇者ルカに不審に思わせない動きだ。

「アンシー!」

 しかし倒れたアンシーちゃんに凶暴な攻撃が降りかかる、かと思ったら勇者が間に合った!

「チィッ」

 さすがの頑丈バックスくんも背中で剣を受ける気はなかったらしい。舌打ちをしながら振り返る。

 しかしグッと濁った声を出した。あれはたぶん、思っていたより勇者との距離が近かったんだな。嗅覚が効かないもんだから。

 バックスくんがひるむ。

(とはいえ)

 勇者が優位になるほどの隙ではない。

「お?」

 かと思ったのに、勇者の剣が流星のような軌跡を見せた。

(早いじゃないか!)

 驚いた。大量の蟲との戦いで鍛えられただろうとは思っていたが、予想以上に早い。鋭い。バックスくんが傷を負った。

(あ、信じられないって顔してる)

 だろうな、俺だってそうだ。仲間だな、バックスくん。

(そうかそうか、強くなったな勇者。そりゃ、そうだ。そうでないと!)

 四天王の半分を倒し、多くの魔物を蹴散らしてきた。戦いに戦いを続けその力を増し、人々の期待をその背に浴びてきたのだ!

(それでこそ勇者!)

 戦えば戦うほど強くなる。理屈通りで、理屈で考えられない存在。数字を積み上げて彼は成し遂げてしまう。成し遂げられる。できないわけがないのだ。

「それにしても……こんなに強かったか?」

 ふと冷静になってぼやいた。

 勇者の剣先が鋭い。その動きに、獣王の巨体がついていけていない。獣王の速度は重さが乗って加速するが、初速はそれほど早くないのだ。

 ひとつの呼吸さえ無駄にせず、勇者の剣はあまりに真っ直ぐだ。いつも間の抜けた表情をしていた彼が、いまは獣王を倒すことだけ考えている。

 気づいた。

「アンシーちゃんを狙ったから、か……」

 バックスくんを見つめる瞳には何もない。強い怒りのためにすべてが失われてしまったようだ。迷いのない剣先はただ相手を屠るためだけに動く。

「ふっ!」

 俺は声をあげて笑ってしまいそうになり、こらえた。かなりこらえた。こらえすぎて唇が切れるんじゃないかと思ったくらいだ。

(まるで勇者だ、まったく勇者だ)

 素晴らしい。

 ならば俺も急ごう。クライマックスを早めてやろう。ここにいてもやることなどない。だって勇者ルカは勇者なのだ。バックスくんは倒される。

(そうだ、無駄なことをしてしまった。いやでも……見れてよかったあ)

 後ろ髪引かれるが、こんなのはいずれいくらでも見られる。俺は魔王なんだから、勇者は必ず俺の元にやってくるのだ。


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