933 真新しいハンカチ
「じゃあ、帰りましょうか。ここで駄弁っていても時間の無駄だし」
私がアルベドに声をかければ、彼は一瞬だけまた遠くのほうを見て、それからこちらを見た。
挙動不審とまではいかずとも、彼も相当疲れているのか少々気がそぞろになっている気がする。それが悪いとまではいかないものの、なんだか気になってしまうのだ。アルベドだから大丈夫と言いたいけれど、彼も何かしらの洗脳に……? と思ってしまうと、気が気でない。
私はアルベドの前にサッと出て、目の前で手を振ってみた。すると、彼は嫌そうに眉間にしわを集めたのち「何やってんだよ」とドスの効いた声で私を睨みつけた。そんなに睨まなくてもいいじゃないか、と思ったがそれを口に出して口論になりたくはなかったのでギュッと唇を噛む。しかし、唇を噛んだ時、思った以上に強く噛んでしまったため痛みが走った。
「痛っ……」
「強く噛みすぎだ……ほら、ハンカチあるからよ」
「ハンカチ……アンタがハンカチ持っているの、なんか変な感じ」
「……ハッ倒すぞ。一つや二つ持ってるだろ」
「どこかのご令嬢から貰ったもの?アンタモテそうだしね。周囲の人は闇魔法だーって騒ぐけど、アンタの顔はとてもいいし、それに中身だっていい男だと思うから」
「いきなり褒めるな。けなしているのもちょっと入っている気がするが……あーもう、調子狂うな」
アルベドはそう言うと乱暴にハンカチを押し付けた。
彼の耳は真っ赤に染まっており、落ち着かない様子で頭の後ろをかいている。本当に分かりやすいな……
そういうところが私は好きだなと思う。そういえば、彼はツンデレだったと思い出すまでに時間がかかってしまったが、今の一連の行動を見れば納得だった。
(本当にハンカチを持っているのは不思議だけど)
よく、意中の相手に刺しゅうをしたハンカチを渡す……なんていうけれど、彼が真新しいハンカチを持っているのは意外だったのだ。だが、誰かからもらったものを私に渡す……というのも不思議な話だ。アルベドはそういうことはしない気がする。
ならば、彼がもともと持っていたもの……なのだろうか。
謎は深まったが、私は彼から貰った白いハンカチを血で汚していいのかためらってしまう。
「使わねえのかよ」
「血がついちゃうじゃない」
「それをふくために渡したんだから使ってくれねえと困るが?渡し損じゃねえか」
「そ、損って……ありがとう、じゃ、じゃあ拭くね……」
白いハンカチを唇に押し当てると、ジワリと血が滲んだ気がした。




