山歩き(その一)
施設で朝食を取り片付けた者から、昼食のお弁当を手渡される。
今日は朝から昼過ぎまで山での自然観察になる。自然観察は名目で、基本的には山を登って、降ることが主になる。各班のペースで行動する為、終わる時間がバラバラになることが予め分かっていた。行きは一斉にバスで出発地に下され、帰りは人数が溜まり次第バスが動く。
食事を終えた生徒が、全員着席すると担当の先生が今日の説明を行った。
一番大事なのは、怪我なく帰ってくること。班員の安否を常に確認して、まとまって行動すること。当初の自然観察ノートに従って、記録をつけて帰ってくること。
地形の説明も改めて行われ、現状天気は良いが、山は天候が変わりやすいから注意するように言われる。何かあったらすぐ近くにいる先生に報告すること。
大きな返事をするようにと言われ、皆んなムキになって大声を張り上げた。
「はい」
すると先生も生徒に負けないくらい大きな声で号令する。
「出発!」
施設からバスに乗り込み、登山口で下される。
点呼をとって、準備が整った班から順に山に入っていく。
「ほら、皆んな早くして」
そう言って麗子の班の班長である村地は、班員を急き立てる。
「ノートチェックよし」
「靴紐、装備、問題なし」
「OK、先生に確認してもらいに行こう」
全員で先生の前に並び、ノートや服装、装備のチェックをしてもらう。
「はい。前の班が入ったら、次に出発してください」
天気はいい。
風はないが、施設よりは高度が高いせいか、少し肌寒い。
山を登っているうち体が温まるだろう。麗子はそう思った。
「出発してください」
先生の声に、麗子を含めた班員が声をそろえて返す。
『行ってきます!』
麗子の班が山を登り始めた。
班員の状況が確認できるように、しんがりを務める村地。麗子はその前を歩くことになった。
運動部でかつ、班員の中で一番運動神経の良さそうな娘が一番先頭で、その後ろが逆に運動に自信がない者という形で、二人ペアの形をとって進む。
登山道は狭いが複数あるため、麗子達は降りる者とすれ違うことはなかった。
少し登るのが難しいところには、鎖やロープがあり、それに捕まって登るようになっていた。
傾斜が少し緩やかになってきたところで、村地が麗子の手を握ってきた。
「!」
びっくりしたように激しく手を振って、払ってしまう。
「ちょ、ちょっと麗子、ひどくない。足滑りそうだから、引っ張ってよ」
麗子は昨日、橋口に言われたことを気にしていたのだ。この自然学習に来てからというもの、村地がやけに麗子に触ろうとしてくるからだ。
「……ごめん」
手を伸ばし、村地を引っ張る。
タイミングのせいか勢い余って、村地が麗子を押し倒してしまう。
あっという間に近づく麗子と村地の顔と顔。
加えてのしかかられて身動きが取れない麗子。
麗子は視線を逸らし、顔を横に向ける。
村地は気まずそうに言う。
「ご、ごめん」
「いいけど、立ち上がれる?」
村地は、ゆっくりと立ち上がる。
そして今度は逆に、村地が麗子に手を伸ばす。
「ほら、麗子、手を貸したげる」
麗子は悩んだ末、その手に触れなかった。
「大丈夫」
麗子は独りで立ち上がると、村地は背中を見せて立っていた。
肩を震わせ、何かブツブツと言っている。
「どうしたの」
「……」
チラリとみた横顔には、怒りが満ちていた。
麗子は声を震わせ、絞り出すように言った。
「ごめん」
村地が手を握り込むのがわかる。
傷つけてしまった。麗子は思う。勝手に『魅了』し、こっちの都合で冷たくあしらって…… 村地からすれば、気持ちを弄ばれているように感じだろう。こんなことを続けていると、今に大ごとになる。
「先に、進んで」
そう言っただけで村地は麗子を振り向かなかった。
気まずい状況のまま、麗子は山登りを再開した。
この間に、残りの班員とはかなり離れてしまっていた。
班員に追いつくのは容易ではない。
村地が付いて来ているか、何度か振り返ろうと思う度、村地のことを意識してしまい振り返れなかった。
「あれ、麗子」
先を進んでいた班員に呼びかけられる。
「班長は?」
「えっ、後ろに……」
麗子は振り返る。登ってきた道が見えるだけ。そんなに急いでいた訳でもないのに。
「村地!」
麗子が叫ぶと、村地は岩陰から顔を出した。
「……」
「なんだいるじゃない。麗子、焦らせないでよ」
班員はそう言うと、村地に呼び掛ける。
「班長、そろそろ観察するポイントだと思うんだけど」
村地が息を切らせながらやってくる。
「そう、ね、ちょっと、かくじ、写真を、撮って」
膝に手を付き、俯いた格好で、途切れ途切れにそう言った。
麗子や班員は各自ノートを確認する。普段生活しているところでは見られない植生を観察し、写真に撮った。
気づいたことなどや、疑問に思ったことをお互いノートに書きとめる。
「すごいね。だいぶ登ったね」
歩いてきた山道を振り返ると、出発したあたりはかなり下に見える。
「こっから先、しばらくは下るのよ」
「あれ、けど向かう先は、山頂じゃないの」
「ここ高度的には目指す山頂より高いんだよ」
「変なの」
村地が全員のノートを確認して、出発を指示した。
班員が言っていた通り、下りが多くなってきた。
少し下り始めると、村地が辛いと言うことで、班全体の歩く速度を落とすことにした。
そうやって下りの道を進んでいると、後ろから別の班が追いついてきて、道を譲った。
最初は気にしなかったが、抜かれていく班が七、八、と増えていくと班員も気になり出した。
「やばいね。流石に遅くない? 少しだけペースあげようか」
「けど班長が」
班員が伝言ゲームのように順番に後ろを振り返る。
「班長、ペース上げれるか、だって」
「麗子、村地の様子はどう?」
「……」
麗子は振り返る。
本当に歩けないぐらい辛いのか、麗子に近づきたくないのか、どんな理由かは分からなかったが、村地は、麗子から声をかけれるほど近くにいなかった。
しばらく麗子は立ち止まって村地をまった。
先をいく班員は、止まらずに少しずつ先に進んでいた。
「村地、さっきのこと気にしてる?」
「……」
否定するでも、肯定するでもなく、村地はただ麗子の言葉を聴いていた。
「大分後ろの班に抜かれたから、皆んな、歩くペースを上げたがってるんだけど」
村地は目線を合わせようとしない。
困ったな…… 麗子は考えた。順番を変えて、副班長にしんがりを任せて、村地は先頭を歩いてもらった方がいいかもしれない。ただ、歩きながら順番を入れ替えると村地に負担がかかるから、入れ替えるなら昼食後の再出発にするべきだった。
「少し、頑張ろう?」
麗子は、自然と村地の方に手を伸ばしていた。
村地は一度手を握ろうとして、止め、再び手を伸ばして繋いだ。
「うん……」
手を繋ぐと、村地の歩くペースが少し上がった。
前を行っている班員が近づいてくると、麗子は声をかける。
「少しペース上げていいよ」
「わかった」
前の人に伝言ゲーム式に伝えていく。
班の先頭は、下り道を終え、山頂に向かっての登りに入っていた。
登り始めると、山頂はすぐだった。
山頂は切り開かれていて、野原のような状態になっている。
大勢の生徒が既に山頂に着いていて、食事を始めていた。
「大分遅れちゃったね」
「ここから取り返そう」
「ここからの下りは、途中、舗装された道もあるらしいし」
「食事の後は、村地を先頭、副班がしんがり。それでいいよね」
「……」
班員からの圧力があって、村地も嫌とは言えなかった。
これからの方針を決めた後、食事をとってしばらく休憩した。
今のところ天気も崩れず、山頂から見る景色は素晴らしかった。
だが、山頂で食事や休憩をする生徒たちに、指導する先生が回りながら言った。
「予報だと、この後少し天気が崩れる予報がありますので、皆さん早めに出発してください」




