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彼とする恋は苦くて甘い  作者: 史音
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1年後 穏やかな休日

本編完結後の1年後のお話になります。

私たちが付き合い始めて、1年が経った。

成瀬さんの新部署はかなり順調に走り始めて、今も最初の勢いそのままに実績を積み重ねている。新部署に集められた人たちは、各部署の精鋭と言った感じで、優秀なだけでなくて、見た目も良い人が集まっていて、いろんな意味で社内の注目を集めている。


私は変わらず柳原さんの下でアシスタントをしている。柳原さんは確かに指導がうまく、私はかなり成長したと思うし、以前に比べて出来る事もかなり幅広くなった気がする。だけど残念ながら、あの後すぐに営業に異動してきた橋本さんが目覚ましい成長を見せているせいで、私はどこか霞んでいる気がする。


二人で暮らす生活は、大きな問題もなく、喧嘩をすることもなく続いている。


その日は土曜日の昼間で、仕事が休みだから私はのんびり家事をしていた。

天気が良くて、窓を開けると爽やかな風が部屋の中に入ってくる穏やかな日だった。


私は掃除と洗濯を終えて、リビングに戻る。成瀬さんはリビングのデスクにパソコンを広げて、休みの日の自宅だというのに、まるで平日の会社のように仕事をしていた。


テレワークやオンライン会議が増えたこともあって、予想よりも彼の出張の数は少なくなった。彼が出張だと家にひとりになってしまうから、出張は少ない方がいい。

家にいてくれるからいいかといえば、そうでもなくて、その代わりに昼夜を問わずにメールでやり取りしたり、時差の関係で仕方ないとはいえ、朝早くや夜遅くにオンラインで海外の人と会議をしているのは、やっぱり気になってしまう。


タフな人だとは思っているけれど、体調を悪くしなければいい。

そう思いながら、彼を見ていたのがわかったのか、ふと私の方を見た。

そして、首を傾げて

「働きすぎって顔をしてる」

困ったような顔をして笑った。


思っていたことを言い当てられて、私は苦笑いする。

「里保、こっち」

彼がそう言ってソファの隣を空けてくれたから、私はそこに座る。机の上に置いてある資料が気になって思わず手に取ると、隣から伸びてきた手がそれをさっと奪い取る。

「見たらだめ?」

そう尋ねると、成瀬さんは笑った。

「今は、こっちに集中して」


そう言って、私にキスをした。


唇を離した彼は小さく笑うと、そっと私を引き寄せて、今度は首筋にもキスを落とした。

触れられた場所が熱を持って、私の胸を高鳴る。

そのまま彼は私の肩に自分の顎を乗せた。


彼と付き合って、もう随分経つのに、私はいまだにこうして彼に触れられると、どうしていいかわからなくなる。

彼はいつもそんな私を笑って、抱きしめる。



彼はゆっくりと体を離すと、私の膝の上に頭をのせて横になった。安心しているような姿を見て、私も力を抜いた。


膝の上の彼を抱きしめるように、頭を撫でる。


彼は目を閉じたまま、大きく息を吐いた。

私たちの間を、窓から入った風が静かに通り抜けていく。

なんだかとても穏やかで、こうしているとそのまま眠ってしまいそうだった。


彼の頭の分だけ、私の膝は重い。

だけど、それはとても幸せな重さだった。




膝の上で静かにしている彼を見て、疲れているのかと心配になって覗き込むと、ちょうど目を開けた彼と目があった。

「疲れてますか?」

彼は目を細めた。

「いや、そうでもない」

「最近忙しそうだったから、心配で」

そう言ったら、膝の上の頭が軽く揺れた。

「大丈夫」

ふと手が伸びてきて、私の手が握られた。

「でも、今日はゆっくりしようか」

彼は顔を傾けて、目を細めて窓の外を見る。

「こうしてゆっくりするの、久しぶりだな」

私は笑って頷いた。彼の目線を追って窓の外を見る。


窓の外には綺麗な青空が広がっている。

こんないい天気の日に家でのんびりするなんて、もったいないような気もするけれど、逆にとても贅沢だとも思う。


できることは限られるけれど、家でゆっくりして、美味しい物を食べて元気になってほしい。そう思って、私は彼を見た。

「今日は、光輝さんの食べたいものを作ります」

そう言ったら、膝の上の彼が目を開けた。

「なんでもいいですよ、言って」

私がいろんなメニューを言うと、膝の上で笑い声がした。膝が揺れてなんだかくすぐったい。

「里保が作ってくれるなら、なんでもいい」

「なんでも、って一番困る」

そう言ったら、彼は困ったような笑顔になった。

「でも、里保の作るものは全部好きだし、嬉しいよ」

そんなことを言われたら、これ以上文句はいえなくなってしまう。


「ねえ」

そう言って、絡めた指を引っ張られる。

「はい?」

「とりあえず、コーヒー飲みたいな」

少し甘えたような彼に、私は笑った。


「うん、わかった」

彼がそっと体を起こしてくれたから、私も立ち上がろうとして、隣の彼の手を握った。

「美味しいの、いれるね」


そう言って手を離して立ち上がる。歩いてキッチンへ体を向けた。

「ねえ、里保」

「うん?」


彼は座ったまま私へと顔を向けた。

私も立ち止まって、彼を見る。

私たちの視線があった。彼が口を開く。



「結婚しようか」



窓から風が入ってきて、カーテンを揺らした。


彼はとてもさらりと、そう、口にして、私を見た。


私は彼を見たまま、動くことができなかった。



そんな私を見て、彼は笑うと立ち上がって、私の目の前にやってきた。

「結婚しよう、里保」


そう言った後で、背をかがめて私を見て笑った。


突然のことで、とても驚いてしまった。

「里保?」

そんな私を見て、彼は手を伸ばして私の頬を撫でる。

私は返事の代わりに、彼に抱きついた。


「私、今、すごく幸せです」

彼の手が私の頭を撫でた。

「すごく、嬉しいです」

「でも、これからの方がもっともっと楽しいし、幸せだから」

私は彼を見上げた。彼は私を見た。

お互い同時に笑い合う。


その後で、彼はすぐに真剣な顔になって私を見つめる。

「いい?」

私は笑って、頷いた。

「はい」


答えは一つしかないって、私たちにはわかっている。

言わなくても、伝わっていたはずだ。

だけど、私の返事を聞いて彼は嬉しそうに笑った。


彼は私の左手に触れる。

「とりあえず、明日、指輪を買いに行こうか」

それに内心驚いて、相変わらず仕事が早いな、と思っていると、彼は私を見た。

「里保を一人にしておくのは、やっぱり心配だからね」

驚いて目を丸くした私に、彼はとても苦い顔をした。

「君は何もわからなくていいけど」

それでも今ひとつ納得できていない顔をしていた私に、成瀬さんは苦笑いした。


「いつだって、俺の方が君のことを思ってる」

そうため息をついた後で、私をみて笑った。



私は彼を見上げた。

「何があっても、私の一番は光輝さんです」

それを聞いて、彼が驚いた顔をするから、思わず恥ずかしくなって俯いた。

額を彼の胸につけて大きく息を吸うと、彼の匂いがした。

私の両脇で腕が動いて、暖かく私を包む。



ここが自分の居場所だと、実感する。



上司と部下だった私たちは、恋人になって、そして家族になる。

私たちを表す言葉も関係も変わった。

二人でいる時間も、最初に比べたらずっと落ち着いたものになった。胸が高鳴ることは減ったけれど、だけど今の優しい、穏やかな時間の方が私は好きだ。


でも変わらないものもあって、

お互いを思う気持ちは形を変えながら、より確かなものになった気がする。


これからもそんな風に時間を積み重ねていければいい。

私は彼といる時間が、とても好きだ。

そして、彼もきっとそう思っていると思う。


「今までも、これからも、ずっと大好きです。だから…」

私は彼を見た。

「これからもよろしくお願いします」



また強い風が吹いて、カーテンを大きく揺らした。


成瀬さんは身をかがめて私に触れるだけのキスをすると、私の顔を覗き込んだ。

「里保、コーヒーはやっぱり後にしようか」


誘うようなその顔を見て、それから言われた言葉の意味を理解して、すぐに私の顔は赤くなる。

だけど、小さく頷くと、それを見た成瀬さんは嬉しそうに笑った。


「好きだよ、里保」


耳元でそう囁いたその顔は、今まで見た事がないほど、甘かった。



<完>



これで完結になります。


読んでくださった方、ブクマしてくれた方、評価くださった方、本当にありがとうございました。

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