第四話 花いちもんめ
恋と魔法の話のはずなのに人間化したカササギくらいしかファンタジー要素の出しどころがわからず、四話目にしてカテゴリーに「ハイファンタジー」と付けたことを後悔し出しました。「カテゴリー詐欺だ」と思ったそこのあなた、その通りです。すみません。
その日の昼休み、私はいつものようにハルちゃんと由梨ちゃんとお弁当を食べていた。
「ねえ真帆。あの転校生、もしかして知り合いだったの?」
ハルちゃんに突然そう言われて、危うくプチトマトを喉に詰まらせるところだった。
「え、何で?」
「だってやけにすぐ仲良くなってるからさ」
「わかる!私もちょっと思ってた!」
すかさず由梨ちゃんも参加し出した。何て厄介な展開だろう。
「別に知り合いでも何でもないよ。ただ…」
続けようとして、自分でもまずいと思った。昨日起こった出来事など自分でも信じたくないのに、二人も信じてくれるわけがない。しかしここで言葉を止めたことで、また別の問題が起こってしまった。
「あ、わかっちゃった!真帆ちゃん、笠木君のことタイプ?」
由梨ちゃんが目を輝かせて私を見つめた。いつもならキュンと来るこの仕草も、その台詞とセットにされたらたまったもんじゃない。
「違うから!そんなんじゃない!」
私は必死で否定したけれど、由梨ちゃんは「わー、ツンデレ!」とまた目を輝かせた。助けを求めようとハルちゃんを見たが、この状況が面白いのか、はたまた本当に私が笠木ヒカル(偽名)を好きだと思っているのか、ニヤニヤしてこちらを見るだけだ。
「大体、あんなおっさん臭くてデリカシーの欠片も無い寝癖だらけの関西弁男タイプじゃないし!」
「ほお、じゃあどんなんがタイプなんや?」
背後から低い声が聞こえた。振り返ると、件の転校生がカボチャコロッケを囓りながら鬼の形相で立っていた。
「俺かてお前みたいなチビで野暮ったいおかっぱ眼鏡とかタイプやないんやけど」
そう言うと笠木は残りのカボチャコロッケを口の中に放り込んだ。次の瞬間、私は彼に首根っこ…正確にはセーラー服の襟部分…を掴まれ、廊下に連れ出された。さっきのように目で助けを求めるも、ハルちゃんどころか由梨ちゃんまでもがニヤニヤしてこちらを見ていた。二人とも恨んでやる、と言いたいところだけどハルちゃんはクラスで唯一の友達だし、由梨ちゃんに至っては見つめられるだけでノックアウトされるのは分かっていたので、私はただ遠ざかっていく「1-6」のプレートを見つめることしか出来なかった。
美術室の前まで来ると、笠木ことデネブはようやく私を解放した。人がいないのでここまで来たら魔法の話をしても大丈夫だろうと考えたのだろう。
「…お前な、俺が何のために人間になってまで見守ってやってると思っとるんや?」
そもそも頼んでいないと言おうとしたが、さっき彼に対しては結構な名誉毀損をしてしまったので黙っていることにした。
「結局魔法もあの一回しか使わんし…」
「だって、それしか使いようがないんだもん」
彼は昨日カササギの姿でそうしたように額に手を当ててため息をついた。どうやらそれが癖らしい。
「最近の若者っちゅうのはえらい物欲が無いな…」
「欲しいものはあるの。魔法で手に入れたくないだけ」
「欲しいモンって、お前まさか彼氏とかいうつもりやないやろな」
私は返答に困り目を逸らした。彼「氏」ではない。しかしぽっと出のカササギ男にそれを知られるのも癪だ。
「…冗談や。流石にもう分かっとるで、あの子やろ?鈴村サン」
「え?」
何でわかるの、と言う前にデネブは続けた。
「恋する人間の表情は他の奴らとは明らかに違う。それくらいお前も分かるやろ?」
「そんなに違う?」
「違うな。ま、お子ちゃまにはわからんやろうけど」
ふてぶてしい態度で人のことを「お子ちゃま」と言うが、この男も同じくらいの年齢ではないのか。するとデネブは私の思考を読み取ったかのように言った。
「言っとくけどな、俺お前よりよっぽど人生経験あるからな。くれぐれも同い年とか思わんといてや」
「…御愁傷様、そんな『お子ちゃま』と噂になっちゃって」
私は嫌味を吐き捨て、教室に戻ろうとした。すると、またデネブに襟を掴まれた。
「ちょちょちょ、待て待て!俺まだ言うてへんことあるんやって!」
「何?早くしてくれない?」
「鈴村サンの好きな男の名前。犬飼蒼太や」
「…あっそ」
素っ気なく返したつもりだが、自分でも声が震えていたのが分かった。いずれ知ることにはなっただろう名前は、まだ知りたくなかったはずなのに無意識のうちに私の頭の中で反芻されていた。…そうだ、お弁当をまだ食べ終わっていない。咄嗟の現実逃避でそんなことを思い出し、デネブの手が離れたのを感覚で確認すると、私は今度こそ教室へ戻った。
教室のドアを開けて自分の席に向かうと、「あ、おかえりー」と間の抜けた声で由梨ちゃんがこちらを見た。ハルちゃんはと言うとやはりニヤニヤとこちらを見ている。
「どう、真帆。何か言われた?」
「だからそんなんじゃないってば!」
ハルちゃんの問いに対してムキになって答え、お弁当の残りを掻き込む。卵焼きの甘さとウインナーの塩味が混ざった味がした。
「真帆ちゃんたら、喉詰まらしちゃうよー」
正面に座る由梨ちゃんがこちらを慈しむような目でこちらを見ていたことに気付き、思わず手が止まった。…ヤバい、今の可愛い。彼女が私の奥さんだったらなあ、なんてことまで考えてしまうくらい。
「…どうしたの真帆。本当に詰まらした?」
「あ、ううん、大丈夫!」
私は慌ててまたお弁当の中身を胃袋に詰めた。ようやく食べ終わったところでチャイムが鳴り、由梨ちゃんが「じゃあねー」とこちらに手を振りドアの方へ向かう。私とハルちゃんもいつものように、じゃあね、と手を振り返した。
手を振り返した後も私は由梨ちゃんを見つめる。これもいつも通りだ。しかし今日は由梨ちゃんのその後の行動に気付いてしまった。
教室を出る直前、由梨ちゃんは私を見た。いや、たまたま私の近くにいた、犬飼君とやらを。その顔は、悔しいことに今まで見たどんな表情の由梨ちゃんより愛おしかった。
─恋する人間の表情は他の奴らとは明らかに違う。それくらいお前も分かるやろ?
デネブの言葉が、私の脳みそを内側から殴った。
死ぬほど悔しいのに、死ぬほど憎らしいのに、それでも由梨ちゃんを諦められないのは、それほど私が彼女に惚れてしまったからなのだろう。
「…敵わないなあ」




