番外編 仰せのままに
短めのを書くつもりが長くなりました。しかも本当は由梨ちゃん視点の話のつもりだったのですが最後の最後に主人公を書きたくなり真帆の話になりました。すみません。
『参考になるかどうか分かんないけどさ、マンホール踏むと良いらしいよ』
『何それ、おまじない?』
『まあそんなもん。マンホールを踏んだら恋愛運が上がるとか何とかって聞いたことある』
高校一年生のあの日、私は嘘をついた。あの子と好きな人が結ばれなかったとしても、私があの子と結ばれるとは限らないのに。それでも、少しの可能性にすがらずにはいられなかったのだ。それだけ私は由梨ちゃんの隣が、由梨ちゃんの心が、彼女の全てが欲しかったから。
伝えるつもりの無かった想いを彼女に打ち明けてから、どれくらい経っただろうか。私は社会人になった。と言っても高校生の時に考えていたほど私は何も変わっていない。相変わらず面倒なことは苦手だし、辛いものも食べられないし、何より由梨ちゃんのことを忘れられずに未だ独身のままでいる。両親からもお見合いの話を帰省する度に出されるのだが、あの無邪気な笑顔に敵う人なんてこの世のどこにもいる気がしない。男なんて星の数ほどいるよ、なんて同僚には言われたが、由梨ちゃんは一人しかいないのだ。そもそも男じゃないし。
LINEの着信音が鳴る。スマホを起動すると、由梨ちゃんからだった。
『真帆ちゃん、今電話出来る?』
突然のことに私は面食らった。一体何があったのだろうか。気になって、慌てて返信した。
『うん、家でゴロゴロしてたとこ。大丈夫』
本当は先ほど家に着いたばかりでゴロゴロなんてしていなかったのだが、それは内緒だ。とにかく、早く彼女の声を聞きたかった。
メッセージにはすぐに「既読」の二文字が付き、直後に電話がかかってきた。
『……もしもし、真帆ちゃん?』
「由梨ちゃん、どうしたの?」
少しくぐもった由梨ちゃんの声が聞こえ、私の心臓は高鳴った。学生時代のあの日から変わらない綺麗な声だった。
『あのさ、犬飼君って覚えてる?高一の時に真帆ちゃん達と同じクラスだった』
「あー……」
それはもうハッキリと覚えている。私の恋敵だ。いや、彼の好きな人が由梨ちゃんとは限らないし何より向こうからしたらそんなことも思われていないのだろうが。どう返答すればいいのか迷っていると、電話の向こうからすすり泣く声が聞こえた。
『……犬飼君ね、結婚するって……』
──思わず口角が上がった。私は最低だ。親友の失恋の知らせを聞いて喜んでしまった。
「……そうなの?」
『うん……大学から付き合ってた彼女がいたんだって……』
由梨ちゃんはそれだけ言うのに20秒はかかっていた。泣きじゃくっていたせいで話すのもやっとのことのようだ。
『……私ね、犬飼君のこと好きだったの。高一の時からずっと。でも何も言えなかった……卒業してからも何回か会ってたのに彼女いたことも知らなかった……』
私は何も言えなかった。私だって卒業してから何回か由梨ちゃんに会ってたのに、まだ犬飼のことが好きだったことも知らなかった。
彼の結婚を知ってこんなに泣いてしまうほどの想いをずっと持ち続けるのにどれだけの強さが必要なのか、私はよく知っている。あまりにも辛くて、耐えられなくて、だから私はあの日由梨ちゃんに告白したのだ。この恋を永遠にしまっておけるほど、私の心は広くも強くもなかったから。
「……知ってたよ、由梨ちゃんが犬飼のこと好きなことくらい」
私はまた嘘をついた。ほんの少しだけ残っている、彼女を泣き止ませられる可能性にすがるために。
「犬飼もさぁ、勿体無いことするよね。こんなにかわいくてこんなに自分を一途に想ってくれてる由梨ちゃんに気付かないなんてさ」
『……可愛くないよ』
由梨ちゃんが困ったように呟いた。その言い方さえもやっぱり愛おしかった。やっぱり彼女には笑顔でいてほしい。
「可愛いよ。由梨ちゃんは昔からずっと可愛くて優しくてドジで鈍感で食いしん坊でちょっと変な子」
『……それ、途中からほとんど悪口じゃん』
由梨ちゃんは鼻声のまま笑った。表情なんて見えなかったが、それだけで充分だった。
『ありがとね、真帆ちゃん。ちょっとだけ元気出たかも』
「……こちらこそ、元気出たなら良かったよ。いっそのこと私と付き合う?」
冗談めかして言ったが、内心ドキドキしていた。由梨ちゃんは私が同性愛者だと知っている。いくら鈍感な彼女でも、昔自分に告白してきた友人からそんなことを言われたら本気である可能性を全く疑わないなんてことはないだろう。そしてやはり彼女は困っているようで、「えっと……」と呟いてから何も言うことは無かった。
「あー……ごめん、そんな真剣に考えなくて大丈夫だから。流石に無理って分かってるから」
『真帆ちゃんの意地悪』
私を責める言葉とは裏腹に、真帆ちゃんの声は笑っていた。
『大体、こうなったのって真帆ちゃんのせいかもしれないんだからね?』
「え?何で?」
予想外の言葉に、私の声は裏返った。
『真帆ちゃん。あのマンホールのおまじない、逆効果のやつでしょ?』
顔なんて見えないのに、由梨ちゃんのいたずらっ子のような笑顔が頭に浮かんだ。
「……いつから知ってたの?」
彼女はその問いには答えず、こう言った。
『真帆ちゃん、さっき私のこと鈍感だって言ってたけど私そんなに鈍感じゃないからね?』
……敵わないなぁ。やっぱり素敵だ。
今まで全く知らなかった彼女の黒い部分が垣間見え、私は更に由梨ちゃんに惹かれてしまった。どうしたって彼女を嫌いになんてなれない。これはもう運命なのだろう。
「……そういえば由梨ちゃん、今どこ?」
『え?家だよ?それがどうかしたの?』
私は窓の外を見た。満点の星空だ。明日は晴れるだろうか。
「由梨ちゃん。月が綺麗だよ」
『……月?月なんて見えないよ』
その声の様子から察するに、本当に意味が分からないのだろう。やっぱり鈍感だ。
「じゃあね、由梨ちゃん」
『えっ?待って、まだもう少し……』
由梨ちゃんが話しているのを無視し、私は通話を切った。きっとこれでまた由梨ちゃんから電話をかけてくれるだろう。それがいつになるかは分からないけど。
私はレジ袋の中から食材を取り出した。卵に、玉ねぎに、鶏肉。ミックスベジタブルは冷蔵庫にある。由梨ちゃんの大好物のオムライスは、彼女を想って作り続けているうちに私の得意料理になった。
また窓の外を見た。星が、綺麗だ。
これで「7月7日の憂鬱」、本当に終わります。ご愛読ありがとうございました。また違う話をそのうち書こうと思っていますがそれもまた趣味丸出しの話だと思うのでもしこれで興味を持ってくださった方は是非これからも応援よろしくお願いいたします。




