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7月7日の憂鬱   作者: 塩ウサギ
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番外編 箱入り娘 前編

番外編第2弾です。先日投稿した話と同じ時系列の場面もあるので、そこもお楽しみいただけるととても嬉しいです。

「おじちゃん、デネブっていうの?」

そう言って俺の顔を見上げる少女は、昔の織姫そっくりだった。彼女の娘なので当然なのだが。

「おう。お前のお母さんの友達や」

「ふうん。あたしね、デネボラっていうの。おじちゃんとあたしの名前、そっくりね!」

俺が天界に戻ってくる6年前の春に生まれたという彼女のその名前は、織姫と彦星が俺の「デネブ」という名前から取ったのだそうだ。そっくりなのも当たり前だ。

「よろしくね、デネブおじちゃん」

「おじちゃん、は余計や!俺まだピッチピチの兄ちゃんやねんで!」

「じゃあよろしく、デネブ!」


織姫達との再会と真帆達との別れからもう一年は経った頃だろうか。俺は真夏の日射しの中、あの日もう二度と踏まないだろうと思っていたあの公園の地面の上に、人間の足で立っていた。

「わぁ、ここが地上!?とってもステキ!」

隣には、目をキラキラさせて喜んでいるデネボラがいる。そもそも、ここにまた来ることになったのは彼女のせいなのだ。

「デネボラ、俺もう帰りたいんやけど……」

「ダメ!デネブのお友達に会いたいの!」

そう。事の発端は、俺がデネボラに地上での昔話をしたことからだった。長月のこと、春川のこと、犬飼のこと。みんな良い友達だった、と話しただけだったのに、まさか彼女がそれで地上に興味を持って、あまつさえお忍びでそこへ行きたいなんて言ってしまうとは思わなかったのだ。

織姫達には「一緒に近所を散歩してくる」と誤魔化したが、仮にも一国の姫君がこんなに簡単に城を抜け出して良いのだろうか。そういえば昔の織姫もそうだった。やっぱり親子なのだろう。

「ねぇデネブ、お腹空いた!地上のゴハン食べたい!」

「んな急に言われてもなぁ」

この辺りに何があったか、正直うろ覚えだ。でも、記憶が正しければこの近くには「アレ」が売られているはずだ。

「ついてこい、デネボラ。地上で一番のご馳走食わしたるわ」


数十分後、俺とデネボラは公園のベンチに座ってカボチャコロッケを頬張っていた。ビニール袋の中にはソーダアイスも2つある。

「美味しい!デネブ、これ何ていうの?」

「カボチャコロッケ言うんや。甘くてホクホクしとるやろ?デザートもあるからな」

「うん!」

彼女は無我夢中でカボチャコロッケを口に運び、デザートのソーダアイスもあっという間に食べてしまった。その食べっぷりはあまりにも可愛らしく、俺は思わず自分の分のアイスをあげてしまった。

「ごちそうさまでした!デネブありがと!」

「おう、こちらこそありがとうな」

「……?なんでデネブもありがとうって言うの?」

デネボラは不思議そうに俺に聞いた。そのきょとんとした顔も、やっぱり彼女の母親に似ている。

「大きくなったら分かるで」

俺はデネボラの頭を撫でた。さわり心地の良い髪の毛だった。

ふと、近くから祭り囃子の音が聞こえてきた。一年前の七夕祭りの時とは少し違う。でも俺にはハッキリとそれがお祭りの音だと分かった。

「デネボラ、お祭りでも行くか?」

「オマツリ?美味しいの?」

「食いもんちゃうけど、美味いもんはいっぱいあるで」

そう言って俺はデネボラの手を引いて歩き始めた。祭り囃子のする方へ向かっていると、視界の端に見覚えのある顔が映った。

窓が開いていたので声も聞こえた。民家の中にいた茶色がかった長い巻き毛をポニーテールにした彼女は、確かにあの日の片想い仲間の想い人だった。思わず立ち止まって見ていると、奥からもう一人の声が聞こえてきた。

「……まさか」

大皿を持って声のする方から出てきたのは、春川だった。目が合いそうになって思わず俺はデネボラを連れて物陰に隠れた。

「デネブ?どうしたの?」

「……デネボラ、ちょっとここで待っててくれ」

俺はそう言って彼女の側を離れ、カササギの姿に変わった。この姿なら気付かれないだろう。いや、春川達の記憶から笠木ヒカルという人間は消えているのでどのみち気付かれないのだろうが。羽をばたつかせ、窓の側に近付く。あの日の記憶がまだ残っているせいか、彼女は野暮ったい眼鏡をかけていたのに、綺麗だなんて思ってしまった。

織姫への想いが消えたと言ったら嘘になる。それでも、彼女から「結婚する」と言われた時の傷はだいぶ薄れてきた。そして、去年の七夕の日に春川から見つめられた時に心臓が高鳴ってしまったのも事実だ。多分、恋をしてしまったのだと思う。現に俺は地上で関わった人間の下の名前を殆ど覚えていないにも関わらず、春川だけはフルネームをしっかりと覚えている。

──愛華。

そう呼ぼうとしたのに、カササギの俺の喉から出たのは醜い鳴き声だけだった。

それなのに、彼女は確かにこちらを見た。カササギの姿の俺の正体が分かるわけがないのに、そもそも俺のことなんて覚えているわけがないのに、春川は……愛華は、じっと俺を見ていた。

窓の中から、ほんのりとカボチャの匂いがした。彼女は再び俺の視界から外れ、嘘のような数秒の時間は呆気なく終わった。……そうだ、デネボラを祭りに連れていかなくては。

そう思って物陰に戻ったその瞬間、俺は自分の血の気が引く音が聞こえた。

デネボラが、いない。

続きは決めているのですが、長くなりそうなので2話に分けます。すみません。

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