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07 教会の女神。




 アレックスさんの説明により、私が女神だということが”ナナリーの鍋“の店にいた冒険者に伝わる。


「キュア」


 私は自分とアレックスさんの怪我を治した。

 リンリンと魔法をかけると、アレックスさんが被った血も消える。挫いた足の痛みも消える。

 注目するギルドメンバーは、絶句していた。


「詠唱しないで魔法を使ったぞ!!」

「こんな子どもが!!」


 そして巻き起こる喧騒。

 どうやら普通は、魔法には詠唱が必要らしい。

 そういえばゲームは、魔法を使う際にはキャストタイムがあった。リアルで詠唱をしている時間を示していたのかもしれない。

 私は動揺を抑え込み、アレックスさんの目の前で胸を張ってみせた。


「だから言ったでしょう? 私はこの世界の女神なのです!」


 鼻を高くする。でも泣いた跡が気になって、目を押さえた。


「怪物並みの魔獣を、火で燃やしたんだ! とんでもない威力だった! 今の治癒魔法も見ただろ!?」


 アレックスさんは興奮した様子で告げる。


「リシーは女神なんだよ!!!」


 ルアンナさんがそっとアレックスさんの背中を摩った。


「お前達も見ただろ、紅い満月の夜明けに光りが広がったのを! 女神が落ちた時に発光したんだ!」

「あなた、落ち着いて」

「女神だぞ、ルアンナ」


 カッと目を見開いて、アレックスさんはルアンナさんの肩を掴んだ。


「なんで女神が地上にいるんだ?」


 もっともな疑問が、湧いてきて、私に視線が集中した。


「……私より偉い神様が、決めたことです!」


 そういうことにしておこう!

 確かに地上に落とされた女神なんて、信じてもらえないだろう。

 もっと神がかった降臨を用意してくれたら、とそう思った。


「まだ成り立てではありますが、私は、この世界の女神です!」


 言い切る。そんな力んだ手を握ってくれる人がいた。

 ノーティスだ。最初から信じてくれていた唯一の人。

 微笑めば、同じものを返してもらえた。


「お前はすごいよ」


 感心して息子の頭を撫でるアレックスさん。


「で、どうするんだ?」

「女神様を孤児院に置いとけねぇだろ」

「女神様なんだからな」


 再び集中する視線。孤児院の女神か。

 確かに女神だと知っていて、孤児院に置いておけない。

「オレは決めたぞ。命の恩人で、女神だ! ギルド【満月の夜】が養う! 異論がある奴はいるか!?」


 アレックスさんが立ち上がって声を轟かせた。

 異論はないようで、頷きが見える。

 私は養われるのか。ノーティスと引き離されなければ、別に構わない。

 むしろ冒険者として働こうかと考えが至った時、店の扉が開かれた。

 入ってきたのは、シスター二人を連れた神父さんだ。

 ふさふさの眉毛がキリッとした威厳ある風格の神父さんの名前は、なんだったか。

 参加をさせられているミサでいつも見ているけれど、本名を聞く機会はなかった。

 そんな神父さんが、私の目の前に来ると傅く。


「おお、女神様。お目にかかれて光栄です」


 頭まで下げられて、ギョッとしてしまう。

 誰だ、教会にまで女神だって言い触らしたのは。

 顔を上げた神父さんは、一筋の涙を流していた。


「ぜひ我が教会にあなた様を引き取らせてください。女神リシー様」

「え、えっと」

「ちょっと待て。神父さん。たった今ギルド【満月の夜】が預かると決まったところだ」

「えっとぉ」

「我々は神に仕える者、ならば女神リシー様に仕えるのは必然。女神リシー様が居るべき場所は教会なのも必然」


 立ち上がった神父さんがアレックスさんと、バチバチと火花を散らす。

 私はノーティスの手を握ったまま、オロオロと首を左右に揺らした。


「失礼だが、冒険者に女神リシー様のお世話が出来るかな?」

「喧嘩売ってるのか!? 神父この野郎!!」


 フンと鼻で笑われて、ギルドメンバーが怒り出す。


「あ、あの!」


 私が声を発するとそれを聞き取るために、皆が黙った。


「喧嘩はしないでください。私は……」


 チラリと手を握っているノーティスを見る。

 ノーティスと居られればいい。

 女神として初仕事に、アレックスさんとルアンナさんを救うというミッションはクリアした。その先はまだ決めていない。だが、ノーティスのそばにいたいことは変わらない。きっとこの先も。


「今後はギルド【満月の夜】にお世話になりたいと思います。微力ながら、力をお貸ししたいのです。でも孤児院からは、出たいです。寝泊まりする場所は、教会に用意してもらってもよろしいでしょうか?」


 ギルド【満月の夜】にも、教会にもお世話になることにすれば、いがみ合わないと考えた。


「それならば教会の屋根裏部屋をすぐにあなた様の部屋に変えます」

「ではよろしくお願いします」


 教会の屋根裏部屋に住まう女神か。

 他に相応しい場所は思い付かないから、そこにしよう。

 一礼をして見せれば、神父さん達も深々と頭を下げた。

「失礼します、女神リシー様」と神父さん達は店を出ていく。


「リシー……いや女神様」

「いつも通り、リシーでいいですよ。アレックスさん」

「んーじゃあリシー。いいのか? 微力ながら力を貸すって、冒険者業を手伝うってことだろう? でも女神として、これから忙しくなるんじゃないのか?」


 アレックスさんがしゃがんで私に言った。

 私はキョトンとする。


「女神を拝みに来る人間が街中から、いやもしかしたら他の街からも来るかもしれないぞ」

「だから教会に寝泊まりするんです。冒険者の怪我人を治すなら、私に任せてほしいです!」

「まぁ……助かるが」


 そうアレックスさんは、自分の頭を掻いた。

 とりあえず、孤児院に説明をしに行き、お世話になったお礼を告げる。

 いきなり女神だから孤児院を出ると聞かされた院長は、呆然としていた。


「んー……服を新調してもらいましょうか」


 荷造りを手伝ってくれたルアンナさんは、与えられた私の服を見て、そう提案してくれる。それらはサイズの合わない古いワンピースばかり。

 買う、ではなく、新調。

 さっそく連れていかれたのは、洋服店。ドレスがいくつか飾られているが、きっとほとんどオーダーメイドする店だろう。ちょっと怖気付いて、私はもう片方の手でルアンナさんの手を握った。

 ルアンナさんは大丈夫と込めた微笑みを寄越す。

 でも、お高いのでしょう?

 ちゃんと働いて返そう。


「なんか女神っぽい服を頼む!」


 アレックスさんが、そんな曖昧な注文をする。

 事情を知らない店員さんが困ってしまうではないか。


「白いローブと白いワンピースをお願い出来ますか? そうですね、ワンピースの裾にフリルをあしらって……」


 ルアンナさんはそう言って、細かく注文をつけた。

 流石、美しい女性。わかっていらっしゃる。

 すぐに製作に取り掛かってくれるとのこと。だから、荷物を教会の屋根裏部屋に運びに行った。ほとんどアレックスさんが持ってくれたけど。


「わー」


 まだ掃除をしていたけれど、天蓋付きのベッドが真ん中に置かれていて、棚が並んでいる。屋根裏部屋だから、こじんまりしているのを想像していた。でも広い。礼拝堂と同じくらいの広さだ。天井は三角だったから、ノーティスと見上げては、ちょこっと笑った。

 教会側からも、服を用意してくれる。Aラインのワンピースにナイトガウン。子どもの私には、ちょっと大きいサイズだった。身体に当ててみれば、裾が床につく。寝間着用だな。

 荷解きをして、また洋服店に戻る。

 出来立ての服を着させてもらい、最終確認。

 ぴったりの服を、それも新品の服が着れて、喜んだ。


「ありがとうございます!!」


 くるりと回って、一礼をする。

 スカートもローブも、動きに合わせて舞う。

 その服を着て、また”ナナリーの鍋“の店に行く。夕食をとるためだ。

 でも”ナナリーの鍋“の店の前には、人集りが出来ていた。

 どうやら女神の噂を聞き付けて、来た人達みたいだ。


「ほらほら、女神様のお通りだ! 道を開けてくれ!」


 アレックスさんがそう声を張り上げれば、ザッと開かれる道。

 視線が痛いほど突き刺さった。

 今日は注目を浴びすぎたけれど、これからは慣れなければならない。

 ”ナナリーの鍋“の店に入って、いつもの席に座ってお気に入りのチキングリルを注文。飲み物が運ばれると、ナナリーさんがおずっとお辞儀した。別にいいのに。


「ゴホン。女神リシー!」

「はいっ」


 飲み物を飲もうとしたら、アレックスさんが席を立った。


「礼を言う。今日は助けてくれてありがとう。リシーがいなければ……どうなっていたか」

「……」


 どうなっていたかは、私は知っている。

 俯いて、私は黙った。それは言うことはないだろう。


「心からありがとう、リシーちゃん」


 ルアンナさんも立ち上がって、私に感謝を伝えた。


「私の方こそ……いつも優しくしてくださりありがとうございます」


 私は潤んだ声で、伝え返す。


「リシー」


 ずっと私と手を繋いでくれていたノーティスが、私を呼ぶ。


「守ってくれてありがとう」


 ノーティスからも感謝を伝えられて、私ははにかんだ。


「オレ達からも礼を言わせてくれ。我らがギルドマスターを助けてくれてありがとう。女神様に乾杯!」

「女神リシー様に乾杯!」

「女神リシーに!」


 乾杯と店中の人が、コップを掲げた。




 それからは、目まぐるしい日々が過ぎる。

 教会の女神様ということで、私にお祈りや懺悔をする人が押し寄せたのだ。アレックスさんは、これを危惧していたのだろう。

 懺悔は神父ジェシーさんに任せて、ミサの時だけ祈りを捧げてもらうことになった。純白の礼服を着て、皆が見える礼拝堂の台の上に乗せられた私。正直恥ずかしいが、女神の務めだと割り切った。

 それで発見したことがある。

 私が加護を祈ると、不思議な光が現れるのだ。

 その光に包まれたミサ参加者は、元気になったと言う。冒険者なんて力が湧いてきたとまで言っていた。老人がハキハキしていたので、事実のようだ。

 まだまだ、女神の力は未知だと思った。

 そんな忙しい日々の中でも、ノーティスと言葉を交わす。

 時間が許す限り、ノーティスと過ごした。

 最推しとの時間は、私の糧だもの。



 

20190216

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