04 何が出来るのか。その二。
ノーティス・ルナーレ(18)
ギルド【満月の夜】の歴代最高のギルドマスターと謳われるアレックスの息子。八歳の時にアレックスとともに母親を亡くしてしまう。
それ以来、ギルド【満月の夜】に育てられて、父親のようなギルドマスターを目指す。
努力家だけれど、そんな面を見せない、健気な少年。
それが私の知るノーティスのゲームの設定だ。
「……」
ノーティスは両親を亡くしてしまう。もうすぐ。
あんなにも優しい両親を失うなんて、どれ程の痛みだろう。
私はそんなノーティスを思うと胸が痛んだ。
きっとこれの三倍は痛むのだろう。
「……どうしよう」
私は知っている。
ノーティスの両親が死んでしまうということを。
知ってしまっている。
森に戻った私は、木漏れ陽の間から見える青い空を見上げた。風が吹いて、月光色の髪がキラキラと揺れて舞い上がる。
別れる時に手を振ったノーティスは、幸せそうに母ルアンナと一緒に帰っていった。
そんなノーティスの笑顔を脳裏に焼き付けた私は、決意をする。
アレックスさんとルアンナさんを救おう。
女神だもの。設定を変えてもいいでしょう?
誰かを救っても、いいはずでしょう?
愛する人を守ってもいいでしょう?
「よし、決めた!」
女神の最初のお仕事は、最推しの両親を救うこと!
「その前に、救えるように女神の力を鍛えなくちゃ!」
スゥッと息を吸い込む。
森に座り込んで、考察した。
アレックスさん達は、魔獣に襲われる。魔獣には、レベルがあるのだ。最高レベルの魔獣と遭ってしまう。それも不運にもデート中にだ。
私は最高レベル10の魔獣を倒す術を得なくてはならない。
タイムリミットは、ノーティスの誕生日としよう。
最悪なことに、正確な日時はわからない。
レベル10の魔獣を相手しなくてはいけないだけでも最悪なのだけれど。デートをするなと言って聞いてもらえるわけがないだろうし。やっぱりノーティスの誕生日のあとから、二人を監視もとい護衛するしかない。
その前にゲームでも超苦戦したレベル10の魔獣を、リアルで対決して倒さなければいけないのだ。
「ふっ……ふふふっ」
女神の初めての仕事は、超難関ときた。
無理ゲーに近い。でも大丈夫。女神だもの。
だがしかし、まだまだ成り立て。
そこで、ベチャッ。
頭に何かぶつかった。手に触れて確認すれば、泥。泥団子をぶつけられたみたいだ。
「やーい、当たった!」
「告げ口をしたからだぞ!」
昨日のいじめっ子だった。なんだ。
ベッと手を振って、念力で軽く小突く。
のっぽの男の子が転んだ。
「なんだ!? 何した!?」
「なんの話?」
私はすっとぼけて、もう一度手を振った。
今度は、ぽっちゃり体型の男の子が転んだ。
「なんだ、コイツ!」
「逃げろう!」
わけわからなくなり、三人組は逃げ出した。
いじめっ子を追い払うことは、今の私にも出来る。
というか、今の私にはそれが精一杯とも言えるだろう。
もっと女神らしくしなくちゃ。
もっと神的な力を使えるようにならなくちゃ。
女神とはなんだろう。
先ずはどんな女神になりたいかを考える。
この世界の女神なのだ。私は愛ある神になりたい。
この世界を愛する女神になりたいのだ。
だって素敵な景色がたくさんある世界だもの。ゲームのエリアは、どれも素敵だった。壮大な空と荒れ地。花畑と花の木々。
花か。花を咲かせることも、出来るだろうか。
目を閉じて、念じてみた。
座り込んだ地面に、エネルギーを注ぎ込むように、瞑想をする。
花を思い浮かべた。育っていき、咲き誇る花々。
ーー花の香りがした。
瞼を上げると、周囲は花で満ちている。
色とりどりの花が、凛として咲いていた。
私は破顔する。花を咲かせることに、成功したのだ。
女神だって、自信が持てる光景。
ふと視線を上げれば、そこにはノーティスが立っていた。
きっと私と同じ顔をしている。顔が綻んでいた。
「どうしたの? ノーティス。また探しに来たの?」
私ははにかみながら、訊いてみる。
「うん! リシーと遊ぼうと思って! 探しに来たんだ」
「そっかぁ。ごめんね、あの私はその……女神の力の勉強をしているところなの」
女神の力を探求中。
「ぼく、見てていい?」
「いいよ」
ノーティスに頼まれては、断れない。
デレッとした顔で許可を出すと、ノーティスは花を折らないように避けて座った。優しい子だ。
「よし、ちょっと試してみるね」
私は手を伸ばす。それをノーティスが掴んでくれた。
まだ幼い手があると感じながら、私は目を閉じる。
ふっと浮き上がる身体。それはすごく力む行為だった。
でも浮遊感が不思議で、私は支えにしている手を見る。
「すごい! 飛んでるね! リシー!」
「う、うんっ! うわっ!」
満面の笑みになるノーティスに、返事をしたら、力が抜けてしまった。
落ちて、ノーティスを押し倒してしまう。
愛しいノーティスを押し倒してしまったことに、またデレッとしてしまった。ノーティスも、笑顔だ。
「あれ、髪に泥がついてるよ?」
「あ、うん」
そのままでノーティスは泥を拭ってとってくれる。
花の香りが飽和する思い出となった。
その数日、私は花の香りの思い出を胸に秘めて、孤児院のベッドに眠る。
いじめっ子三人組が私を「不気味な子」と言い触らしたせいで、友だちは出来なかった。いいのだ。好都合だもの。
女神として出来ることを検証する。
でもノーティスだけは度々、私を森の中で見付けては見学をしていった。
女神修行を始めてから、三日後。
ノーティスや他の人がいないことを確認してから、私は魔法を使えるかどうかを試してみることにした。
ゲームでは、お高い魔法道具を購入してから行使していたのだ。
でも攻略対象者の一人に魔法使いがいて、彼が使う魔法の名前を覚えている。
稲妻のように落下する炎をイメージして、唱えた。
「ファイアボルト!!!」
バチンボアアアッ!!!
落雷の炎が目の前に。
開けた場所で試してよかった。巨大な火柱が立ったのだ。
森を火事にするところだった。
「ア、アクア!!!」
とりあえず水を!
そう唱えてみれば、水が降り注いだ。鎮火。
ホッと胸を撫で下ろす。
魔法を使うのは、くれぐれも気をつけなければいけない。
女神だからだろうか。桁外れな迫力だ。
それとも魔法行使ってこんなものだったのか。
ゲーム画面越しで見るものと、リアルでは違う。
「……レベルの低い魔獣を相手に試してみようかしら」
想像したら身震いしてしまった。
ゲームではバトル画面に切り替わって、仲間に選んだ攻略対象者と交互に攻撃をしていくものだ。好感度が高ければ、庇ってくれたり回復薬をくれたりする。そういうRPG要素の乙女ゲームだった。
しかしここはリアルだ。ゲーム画面越しではないし、ターン制でもない。生きるか喰われるかの世界なのだ。乙女ゲームなのに。
ああ、何故神様はこの世界に私を放り込んだのだろうか。
過酷すぎるだろう。乙女ゲームの世界なのに。
しかし愛してしまったのだ。愛って罪深い。
なんて戯言を心の中で呟きつつ、夕陽が空に見え始めたので孤児院に戻ることにした。
その帰り道。ガサガサと茂みが揺れた。
今まで動物に遭遇していなかった私は、思いっきり身構える。
でも出てきたのは、小動物だ。子犬だろうか。水色に艶めく白銀の毛並みがもふもふした小型犬サイズの生き物。右の後ろ足には、赤い血が出ていて怪我をしている。
「どうしたの? 可哀想に」
「クゥン……」
そんな風に鳴かれては、放っておけない。
私は膝をついて、怪我した足を上げながら歩み寄る子犬に手を差し出す。
子犬はすり寄ってきた。
「孤児院には連れていけないわよね」
子ども達に振る舞う料理が質素なところを思うと、子犬を養う余裕はないだろうと推測出来る。
「そうだ、治癒魔法を使ってみよう。えっと……なんて唱えていたかしら」
治癒魔法も行使出来たはず。なんて唱えていたか、私は記憶を掘り返した。
「キュア!」
右手を怪我に翳して、そう唱えれば、鈴の音がリンリンと響く。淡い光が周囲に灯る。ゲームと同じ現象だ。
血の跡はなくなり、怪我は治った。
「どう?」
「キャン!」
子犬は大喜びしたように、私の周りを走り回る。元気になったようで、何よりだ。
「じゃあ私は帰るね。ついてきちゃだめよ?」
「アゥウウ!」
「元気ね」
遠吠えをする子犬に手を振って、私は今度こそ孤児院に戻った。
20181127