03 何が出来るのか。
結局、私は孤児院にお世話になることとなった。
朝から何も食べていなかったから空腹がピークを何回か過ぎていたけれど、夕食は少ないもの。一つのパンとシチューのみ。それで満足したと思い込むことにした。
ベッドの上で、薄いタオルケットにくるまって、この世界で初めての夜を過ごす。ちょうど頭の上にある窓からは、満月が少し欠けた月があった。
私の髪色と同じ、月光。
悲観的になってしまう前に、幼いノーティスを思い返して、頭の中を飽和させる。天使のように愛らしかった。
慣れないベッドで、眠りに落ちる。
翌朝は、陽の光が私の顔を照らしたから、それで目覚めた。
同じ部屋で寝ていた他の女の子達も起き上がると、ベッドを整え始めたから、私も真似する。与えられたサイズの合わないワンピースを着て、女の子達についていけば、ダイニングルーム。朝ご飯は、ジャガイモを蒸して潰したもの。それだけだった。
我が儘は言うまいとそれを平らげる。
それからは、自由行動。
私は外に出て、森の中に入った。
さて。女神の力は何か調べよう。
何が出来るのか。先ずはそれを突き止めなくてはいけない。
この先、私がすべきことのヒントにもなるだろう。
とは言っても、何が出来るのだろうか。
この世界には、魔法がある。魔法道具の行使や、魔法を学んで魔法使いになった者にしか使えない。
前世は魔法が使いたいと懇願したこともあったとしみじみ思い出す。
魔法や超能力が使えると信じていた。
信じていたことは、実現が出来るかもしれない。
試しに石ころを見つめてみた。
浮き上がれ!
そう念じてみた。
「……」
ビクともしない。がくりと首を折る。
念力的な力は、持っていないのか。
諦め悪く、手を翳して、見えない手で持ち上げるように念じてみる。
すると石ころが、ヒョイッと浮き上がった。
「!!」
驚いて念じることをやめれば、コロンと石ころは落ちる。
きょろきょろと周りに人がいないことを確認して、もう一度挑戦してみた。
見えない手で持ち上げるように、力んだ。
手を動かせば、石ころがそれに合わせて浮いた。
「おおっ!」
浮いている! 超能力使えている!
手を空に翳して、石ころを上げる。
それをキャッチをしようと引き寄せると念じたら。
ゴツン!
石ころは落下して、額に激突した。
「いったぁい!!」
私はそのまま倒れて、額を押さえて身悶える。
血が出ていないかと何度も確認した。
大丈夫、出血はしていない。
「くっ……今度こそ」
私は再度挑戦してみた。
額がヒリヒリする中、手の中に石ころを吸い込ませるように引き寄せる。
ビュッ!!
「ほぎゃ!?」
あまりのスピードに、奇声を上げてしまった。
今のはやばい。当たっていたら、間違いなく出血の怪我をしていた。
咄嗟に避けたから、後ろにある木の幹にめり込んでいる。
お、お、落ち着くのよ、私……落ち着いていきましょう。
ゆっくりと、ゆっくりと、私の手の中に移動するよう念じた。
ビュッと木の幹から飛んできて、私の手の中に飛び込む石ころ。
「っ!」
ジンと痛みが広がっていくが、おおむね成功にしておこう。
制御がまだまだ必要だが、念力が使える。
▽女神リシーは 念力を 使えるようになった!
なんつって。
もっと大きなものを試してみようと、大きめな石を探しに森の奥へ進む。
探すと見付からないものだと思う。
十分くらいして、やっと手頃な石を見付けた。
私の力では、持ち上がるか持ち上がらないかくらいの大きさ。半分地面に埋まっている。
それを片手を翳して念じてみた。けれども、力んでも、石は小刻みに震えるだけで浮かない。力尽きて、私は息を乱した。
片手だから無理なのかもしれない。
私は両手で挑戦をしてみた。重たいものを持ち上げるみたいに、腕を上げる。
大きな石は地面から這い出るように、浮き上がった。
でも限界。私が膝をつくと、石も落ちた。元の場所にすっぽり。
私は脱力した。無理に筋トレしたあとみたい。腕が痺れる。
「わー! すごい!」
そこに聞こえた声に、ビクッとしてしまう。
振り返れば、私の天使が、あっ違う、ノーティスがいた。
「ノ、ノーティス、なんでこんなところに……」
「リシーを探しに来たんだよ。今の何? リシーの女神の力なの?」
わっ! 眩しい!
まるで燦々と輝く太陽のように、瞳が輝いて見えて、私は目を両手で覆う。
「う、うん、そうみたい」
つい頷いてしまった。この子に嘘はつけない。
どうやら、私の女神発言を信じてくれているようだしね。
「すごいね! リシー!」
天真爛漫な笑顔とは、このこと。
悶える。萌えが一杯で。むしろ、萌だえる。
「ありがとう、ノーティス」
潤んだ声を出して、私は破顔した。
はぁー好きぃ。超好きーぃ。
頬を押さえて俯いて、好きって気持ちを実感していれば、ノーティスの手が伸びた。額に触れてきたのだ。
「赤くなってるよ?」
「ちょ、ちょっとぶつけたの」
「そっか」
すると、ノーティスの顔が近付いてきた。天使な顔がドアップになって、私は目をギュッと瞑る。
ちゅっ。
微かにリップ音を立てて、私の額に唇を重ねたらしい。
「!? ……!?」
「えへへ。怪我をするとお母さんがこうしてくれるんだぁ」
「っ〜!!」
無邪気な笑みを溢してそう言うノーティスに、またもや私は顔を覆って仰け反った。
ノーティスのお母様っ! いい教育をありがとう!!
「とっ、ところで、どうして、私を探しに来てくれたのかな?」
萌え死にそうになりつつも、私は尋ねてみた。
「あ、お父さんがね、リシーを呼んであげなさいって。“ナナリーの鍋”店に行こう?」
「……」
小さな手が、私の手を取る。
可愛いっ……!!!
「行くぅ!」
拒否なんてものはない。行くの一択!
私達はお手を繋いで、森を抜けて街に戻った。
そして“ナナリーの鍋”店に入る。
「おっ! ノーティスとリシーが来た!」
「「よっ! 女神さん!」」
「……こんにちは」
賑わっている“ナナリーの鍋”の店には、昨日と同じ面々があった。
まだ女神ごっこをしていると思っている彼らは、面白がって私を“女神さん”と呼んでいる。苦笑いを堪えて、挨拶をした。
ノーティスみたいに念力を見せれば信じてくれるかもしれないが、まだ自分の力全てを解明が出来ていない今は隠しておこう。
「あのアレックスさん、私を呼んだそうですが?」
「おう、お腹が空く頃だろうと思ってな。好きなもの選べ、奢ってやる」
「えっ!? いいんですか!?」
食べ物を奢ってくれると聞いて、お腹が鳴った。
キュルルっと。
賑わった店内でも、聞き取ってしまったアレックスさんは笑った。
頬に、熱が集まる。
「お腹いっぱい食べていいぞ」
アレックスさんが、そう笑いかけてくれた。
「お、お言葉に甘えて!」
差し出されたメニューを見る。そこに書いてあったのは、ヘンテコな模様の羅列。でも不思議と読めた。楽譜を読むみたいだ。
そう言えば、どうしてこの世界の言葉がわかるのだろうか。全部、日本語になる。理解出来る言葉に自動変換されているのだろうか。女神だもの。ありえる。
足が付かない椅子に座って「チキングリル!」と速攻で決めた。
「ぼくも同じものがいいな」
「そういえばお母さんは?」
「洗濯物干してから来るって」
「そうか、あ、来た。おーい、ルアンナ」
アレックスさんが、手を上げる。
一同の視線が、入り口に集中した。
「ルアンナさん、こんにちは!」
「よう、ルアンナさん!」
「こんにちは」
挨拶をされて、微笑んで返すのは美女だ。
白金の長い髪を緩い三つ編みにして、右肩から垂らしている。
飾りっ気のないドレスを着ているけれど、姿勢がお嬢様に思えた。
「洗濯ご苦労さん。ほら、メニュー」
「ありがとう、あなた」
労いの言葉をかけて、メニューを差し出すアレックスさん。
そんな夫に微笑みを返すルアンナさんは、青い瞳を私に向けた。
「あなたがリシーちゃんね。私はルアンナ。よろしく」
「は、はいっ! よろしくお願いいたします! ルアンナさん……本当にお綺麗ですね」
「あら、ありがとう」
ペコッと頭を下げたらテーブルにゴツンしそうになったけれど、なんとか免れる。顔を上げて、まじまじと見つめていれば、花のように可憐な微笑みを向けられた。
「リシーちゃんも美人さんね」
「そそそんな滅相もありませんっ」
ルアンナさんに褒められてしまい、私は萎縮をする。
「……ノーティスは、ルアンナさん似だったんですね」
ポツリと漏らす。
かっこいいよりも綺麗系な顔立ちのノーティス(十年後)は、母譲りの美貌を持っていたのだろうと思う。
「え? そうかしら? この子は父親似だとよく言われるのだけれど」
「ほら、そっくりだろう?」
ルアンナさんは首を傾げ、アレックスさんは自分の顔を指差す。
アレックスさんとノーティスに挟まれた私は、左右を交互に見た。
「確かに似ていますけれど、将来はルアンナさん譲りで綺麗な顔立ちになりますよ。アレックスさんは、かっこいい系です」
「はっは! まるで未来を知っているみたいな口振りだな」
知っているのだけれど。
「リシーは女神なんだよ」
ノーティスがルアンナさんに教えた。
ちょっと待って! ルアンナさんには、まだまともな子どもだと思われたい!
「まぁ、それはすごいわね」
ルアンナさんが微笑んで、受け流した。
まだ子どものごっこ遊びだと思われていてよかったぁ。
ちょっと頭のおかしな子だと思われなくてよかったぁ。
でも話を聞き出されて、結局昨日と同じ話をする羽目となった。
どうやら話を聞き出したくて、私に食べ物を奢ることにしたらしい。
神様に選ばれて、この世界の女神になり、親も友だちもいない。
そんな話をしながら、チキングリルを食べる。
あ、この甘酸っぱいソース、美味しい。
チキンに甘酸っぱい味は合うのよね。
「友だちならいるでしょ? ぼくがいるよ」
「!! ……ノーティス! いい子!! こんな優しい子に育ったのも、ご両親の教育の賜物だと思います!」
「あら、ありがとう」
「リシーは難しい言葉を使うなぁ」
よしよしとノーティスの頭を撫でてやりながら、ご両親を褒める。
二人とも、のほほんとしていた。
「しっかし、女神かぁ。毎週お祈りしに行くが、ここにいるなら魔獣をなんとかしてほしいものだな」
牛のステーキを咀嚼してから、アレックスさんが言う。
魔獣とは、簡単に言えばモンスターだ。
冒険者が倒すべき相手。
ここは小さな国【ルビノ】の下街【月下】だ。魔獣が住まう森や荒れ地に囲まれている。
魔獣は、人を襲う猛獣だ。その脅威から、冒険者は人々を守っている。
そこで、入り口の扉が慌ただしく開かれた。
「街の外れで魔獣が出たぞ!!」
「出番だ、野郎ども!!」
素早く反応したアレックスさんが声をかければ「おう!!!」と野太い声達が返事をする。
「悪いな、いってくる」と一言詫びてくれるアレックスさんは、ルアンナさんに軽くキスをした。
「気を付けて帰ってきて」とルアンナさんは名残惜しそうに手を離す。
そんな二人を見て、私は思わずノーティスに尋ねた。
「ねぇ、ノーティス、今何歳?」
「僕? 七歳だよ」
「もうすぐ八歳?」
「うん、そうだよ」
「……」
私は言葉を失う。
アレックスさんとルアンナさんが死ぬのは、ノーティスが八歳の時だ。
ノーティスが二人を失くしてしまうまで、もうすぐ。
20181126




