02 推しは天使。
「え? ここの孤児じゃない?」
「そのような子どもは、うちにはいませんね」
とりあえずと連れて行かれたのは、孤児院だった。
ここの子どもだと思い込んだアレックスさんは、困ったように首を傾げたあと、私の目の前でしゃがみ込んで顔を覗いてくる。
うっ、私が弱い顔で見つめないで、動悸がっ……!
「どういうことだ、リシー。お家はどこだ? ん?」
「……ないです」
「親は?」
「……いないです」
「でもここの子どもじゃないんだろう?」
「……はい」
行く宛がない。かと言って、彼に泊めてくれなんて言えなかった。
「わた、私、女神なんです……」
「よしよし。今までどこにいたんだ?」
「……」
勇気を出してまた言ったけれど、流されてしまう。
下手に嘘をつくのも、どうかと思う。
「……んー困った。院長、この子、預かってもらうことは出来ないか? 調べてみる」
「それはいいですが……あなたに懐いてしまったようですね」
「ん?」
私はひしっとアレックスさんの足に掴まった。
「リシー。ここにいてくれ」
ぎゃあー! 愛しい顔で頼まないで!
私は赤面して、顔を両手で覆った。
「じゃあ、院長頼んだ。これだけ特徴的な子だ、すぐ情報が集まるだろう」
「はい」
その隙に院長へ私をパスしたアレックスさんは、早々と行ってしまう。
無駄な努力に終わってしまうのに、言えなかった。
こんな特徴をしていても、一切私の情報を拾えないはず。
仕方なく、老人の院長のしわくちゃな手に引かれた。
孤児院を案内される。もしものためと、ベッドまで用意してくれた。
「お心遣いに感謝します、院長」
「はっはっは! とても礼儀正しい子だ。いいんだよ、“ありがとう”で」
「ありがとうございます、院長」
またもや笑われてしまったから、私は言い直して一礼をする。
「あとは自由にしていていいよ」
「あ、あの院長! 教会に行ってもいいですか?」
「教会にかい? ああ、行っておいで。でもアレックスさんが戻ってくるかもしれないから、あまり時間をかけないように」
「はいっ!」
孤児院の窓から、教会が見えた。
あれはこの街【月下】の教会。ゲームでよく出てきた。
HPがゼロになるとそこから再スタートするんだよね。
とにかく私はお祈りをしたくて、向かった。神様に。
女神である私がお祈りして届くかわからないけれど、私は物は試しに行ってみた。
中はシンと静まり返っている。
大きな十字架が飾ってあって、壁には色取り取りの素敵なステンドグラス。見覚えのある教会の中だ。
私は他にお祈りをしている人達の邪魔にならないように、音を立てずに長椅子に腰を乗せた。そして両手を組んで祈った。
神様、神様、神様。
聞こえていますか? 女神にされた転生者です。
あなたが女神に選んだ転生者です。
少し待ってみる。けれども、返事はない。
これからどうすればいいのでしょうか。
せめて、説明をお願いします。
応答願います。
また少し待ってみる。しかし、返事はない。
あなたが存在していることはわかってるんですよ!
聞こえてないんですか? 聞こえてますよね!? それとも口に出していいましょうか!? ええ!?
心の中で声を上げてみても、返事はこなかった。
聞こえていないのだろうか。それとも丸投げされたのだろうか。
私は項垂れた。
どうしろというのだろうか。本当に。
「……戻ろう」
アレックスさんが戻ってくる前に、孤児院に戻って玄関の前に座り込んで、ひたすら待った。
そんな私に歩み寄ってきたのは、ちょっと歳上らしき男の子三人組。
「おい、お前、新入りだろ」
「え? 私? 私は……」
真ん中ののっぽの男の子に言われて、言葉を詰まらせてしまう。
これからは孤児院のお世話になった方がいいだろうか。
「新入りだから、おれのゲボクな」
「下僕?」
子どもには相応しくない単語が出てきて、私は眉間にしわを寄せる。
孤児院の中で、いじめっ子ポジションなのだろうか。
「ゲボクって意味わかるか? したっぱって意味だぞ」
「したっぱだからオレ達にもらったものを寄越せよ」
「特別な日のデザートとか、オレ達に差し出すんだぞ」
要するに、新入りいびり。横取りをされるのか。
相手にするだけ無駄だと判断した私はそっぽを向いて、青い空を眺めた。
「お前! ムシしただろ!?」
「変なカミしやがって! 生意気だぞ!」
「痛い!!」
髪の毛を引っ張られて、流石に痛みで声を上げる。
まさか異性に髪を引っ張られることになるとは、信じられない。
絶句ものだ。
「女の子の髪を引っ張るなんていけないって教わらなかったの!? 謝って!」
「な、なんだよ! お前っ! 新入りのくせにっ」
「謝ってって言ってるのよ!!」
私はキッと睨み付けて、怒鳴り付ける。
気圧されたように身を引く男の子達。
「おいおい、どうした? 喧嘩か?」
そこで来たのは、アレックスさんだった。
男の子達はたちまち逃げていく。
「髪を引っ張られた……」
ポツリと報告して、月光色と紅い毛先の髪を自分で撫でる。
「女の子の髪を引っ張るなんて、男としてだめな奴らだな。叱っておく。痛かっただろう? 大丈夫か?」
アレックスさんは、私の頭に手を置いて優しく撫でた。
流石アレックスさん。私の推しの父親。わかっている。
「アレックスさんが来てくれたので、大丈夫です」
そう顔を綻ばせた。
「そうか。笑った顔、可愛いぞ」
「っ!」
微笑みの爆弾を返されて、私はまた赤面して顔を両手で覆う。
その顔でそんなセリフはずるい。
「おい、ノーティス。リシーだ、知り合いだろう?」
「え、ノーティス?」
その名前を聞いて、ハッとする。
「だからぼく、リシーって女の子は知らないよ」
アレックスの後ろにいた男の子が、そう返事をした。
海の底のような深い青色の髪が短く、爽快な青空のように明るい瞳は真ん丸で大きい。私と同じくらいか、ちょっと低い視線。
私が愛してやまない幼いノーティスが、そこにいた。
私はまたもや赤面した顔を両手で覆って、空を見上げる形に仰け反る。
天使かなっ!!?
ノーティス、天使! 幼子ノーティス、天使!! 超天使!!!
しかも一人称がぼくって! ゲームではオレだったよね? ぼくっ子時代もあったのね! そんな時代に会わせてくれてありがとう神様!!!
「どうした!? リシー!」
「息子さん、天使ですね」
「お、おう、それは褒め言葉か? ありがとう」
ちらり、と指の隙間から覗いてみた。
キョトンとした顔が、もう天使。
マ? ちょ、マ? マ?
萌え死にそうなんですけれど、神様っ!! ありがとう!!!
「ノーティス、くん!」
私は思い切って、呼んでみた。
「ノーティスでいいよ? リシーちゃん」
「くっ……リシーでいいよっ!」
本当に天使だなこの子!!!
萌え死にそうなんですけれど、神様本当っ!!!
「はっ……ハグ、してもいいかな!?」
「ハグ? いいよ」
即答に歓喜。もう萌えで胸一杯で張り裂けそう。
私は恐る恐る手を伸ばして、自分よりちょっと小さく感じるノーティスを腕の中に閉じ込めた。温もりを感じる。
ああ、私今、最愛の人を抱き締めているんだ。
とても温かい。体温は同じくらいだろう。
重なる頬は、もちっとした。肌が触れている。
触れているんだ。最愛の人を。
抱き締めているんだ。最愛の人を。
夢のようだ。なんだか胸がギュッと締め付けられるように痛む。
だからなのか、視界が潤んだ。ボタッと涙が零れ落ちた。
「泣いてるのか? リシー」
覗き込むアレックスさん。
するとボタボタと空からも雫が降ってきた。
青い空から、雨粒が降り注いだ。
「おおっと? なんだなんだ? 天気雨か?」
前庭で遊んでいた子ども達が玄関に押し寄せてきたから、私達三人も孤児院の中に入った。
「すぐ止むだろう。じゃあ、ノーティスとリシーは会ったことないんだな?」
「うん、ぼく初めて会う」
アレックスさんが私の涙を拭ってくれると、ノーティスに確認する。
ぐっ……一人称ぼくって、本当に効果覿面。
「じゃあなんでリシーは知っているんだ? 聞き回ってもお前さんを見かけた情報すらなくて仕方なくノーティスを連れてきたんだが……」
「だから、私、女神なんです!」
私の女神発言のあとに沈黙。
子ども達が、こっちを見ていた。
「あはは! じゃあわたしは女王さま!」
「おれ、王さまぁ!」
ぷははっと笑われてしまう。またしてもだ。
ごっこをしていると思われている。
「はいはい、女神サマ。あ、天気雨止んだみたいだな」
子ども達はそれを聞くなり、私達の間を通ってまた外に出て遊び始めた。
「女神って何が出来るの?」
首を傾げたノーティスが尋ねてきてくれる。
マジ天使!!!
「わ、わからない……神様に急にこの世界の女神になってくれって言われたから、何も……わからない」
私は俯く。わからないのに、この世界に放り込まれた。
そんな私の頭に小さな手が置かれる。
「なんとかなるよ」
幼い無邪気な笑みで、そう言ってくれた。
ぐはっ! 天使の笑み! 萌え死にそう!
私はもう一度お願いをして、ハグさせてもらった。
一生の思い出にする!
20181126