150.居城と町を結ぶ道の上
イシュデン領主イングスは、居城を出て道に出ると、ほんの少しだけ後ろをのんびり歩いてついてくる、白い大きな生物、フォエルゥに声をかけた。
「フォエルゥ。すまないが、背に乗せてくれないか」
「ゴゥッ」
「それと、町についたら、皆に話をするために、大声を出して皆を呼び集めて欲しいのだ」
「グルゥ」
フォエルゥはイングスをじっと見上げてから、顔から始まりしっぽの先までブルブルふり、それから大きく伸びをしてから、イングスの真横に来て姿勢を低くした。
「ありがとう、助かる」
イングスは背に乗ってフォエルゥの頭を撫でる。フォエルゥは上機嫌になった。
「では、頼む」
ガッ
フォエルゥがイングスを背(正確には肩付近)に乗せ、小走りの足並みで町への道を降り出した。
居城と町は、それほど離れていない。徒歩15分程度だ。
けれど、イングスはすでに自分が大分疲れをためていることを自覚していた。助けが期待できるなら、助けてもらえる事は本当にありがたい。心の底から。
***
ドッドッドッド・・・
下り道の為、気を抜けばすぐ加速しすぎるフォエルゥの上でバランスを保っていたイングスは、こちらに歩いて来る者たちに気がついた。
「フォエルゥ、少し速度を落としてくれないか」
捕まっていた腕でフォエルゥの胴を軽くたたく。
ト、トットト・・・
向かってくるのは、息子アトロスの学友の、キロンとアルゲドだ。
そしてもう一人。息子アトロスより幼いが、町の外から来た商人の娘の失踪に関わっている、クリスティン。
子どもたちの傍で停止したフォエルゥを褒めるため胴を撫でながら、イングスは話しかけた。
「キロン、アルケド、クリスティン。どうした?」
答えたのはアルゲドだった。
「俺たち、ちょっと・・・あの、石見の塔へ行きます」
「石見の塔へ? 一体なぜ」
「いや、それが」
アルゲドは言いにくそうにして、隣のキロンを見やったので、イングスもキロンに目をうつした。
キロンは、妙にしかめっ面で黙りこくっている。
そのくせ、何かを伺うようにこちらの目を見てきた。
何だ? 何かを測られているのか?
「どうした。何があった? 石見の塔に行くような事が・・・」
言いかけて、気付く。
「あぁ、運命の日か」
「いえ、違います」
キロンが答えた。イングスがキロンを見詰めて言ったためだろう。
では、何だ、とイングスは怪訝に思った。
けれどキロンは妙な固い表情のまま、それ以上口を開こうとしない。
「イングス様」
と、幼い声がした。
あっ、とイングスは目線を下に向けた。
キロンとアルゲドは背が高いのでうっかり視界から外れていたが、もう一人クリスティンがいた。
「どうした? クリスティン?」
なるだけ心を砕いてイングスは尋ねる。息子より幼い年齢なのと、この子は今、商人の娘の失踪の件でとても大変な思いをしている。
「僕たち、石見の塔の老婆様に会いに行きます」
「・・・老婆様に? なぜ。皆、運命の日でもないのだろう?」
「違うけど、会えるかもしれないからです」
彼らは何を言いだしたのか。イングスはあっけにとられ驚いた。
一生に一度の運命の日にしか、石見の塔の扉は開かず、石見の塔の老婆様にも会えない。
それは、皆が十分知っているはずだが。
「イングス様、僕は、ダロンの居場所を知りたいです。どうしたらいいか老婆様に会いたいです。会えるでしょうか」
イングスはクリスティンの気持ちを推し量ろうとして、まじまじとクリスティンの瞳を見詰めた。
何かを信じたがっている目で、自分に後押しをしてもらいたがっている目だと思った。
返答に迷ったのと状況がよく掴めず、イングスは、つい、クリスティンの隣のキロンとアルゲドに目を移した。一緒に来た年上の二人は、もう少し分かりやすく状況を説明してくれるのでは。
しかし、キロンが目線を下に向けて逸らした。
その様子が何か妙で引っかかりを覚える。彼は何かを隠そうとしている。いや、少なくとも言いだしにくい何かを抱えている。
アルゲドは、そんなキロンとクリスティンの様子と、そしてイングスの説明を求める表情を順番に見て、それから天を仰いでこう言った。
「いえ、あの・・・でも、何もしないより何かした方が・・・良いかもっていうか・・・」
イングスはさらに表情を怪訝なものにした。
「・・・今から説明に行くところだったのだが、今日はモリジュの葬儀を行う。葬儀に参加しなさい、キロン、クリスティン、アルゲド」
「いえ、ちょっと、その、モリジュお婆ちゃんの葬儀にも関わってて・・・」
「どういうことなのだ」
アルゲドが再びキロンを見た。イングスもキロンに視線をうつした。
キロンは、口を開きかけ・・・けれど、何も言わなかった。
「キロン・・・?」
「いや、すみません、イングス様。とにかく、俺ら石見の塔に行ってきます。で、あの、葬儀にも参加します。必ず」
答えたのは、アルゲドだ。
「・・・ふむ。危険な事はしないでくれ。くれぐれも注意を」
何をするか話して欲しいところだが、無謀だと相手にされないと分かっているから、キロンは話さないのか?
「イングス様・・・」
クリスティンの声がまた下から聞こえてハッとした。
「あぁ、すまない、クリスティン」
「僕、老婆様に会って来ます。あの、会えると、思いますか?」
「・・・。クリスティン。きみが老婆様に会えるかどうかは分からない。なぜなら、人は一生に一度しか老婆様に会えないからだ。一生に一度しか、石見の塔の扉は開かないのは知っているだろう・・・。だが・・・会えると思って試すのならば試してみなさい。だが会えなくても力を落とさないように。会えなくて当たり前なのだから」
「・・・はい。・・・ねぇ、イングス様でも、一度しか会えないのですか?」
「そうだな」
「・・・」
「そろそろ行くぞ、クリスティン。イングス様、引きとめてすみません。今から町に行かれるのでしょう?」
とアルゲドが言った。
「あぁ」
「では、俺たち、行きます。あ、アトも誘ってみて、良いですか?」
「すまない、アトロスは今、色々やってもらいたい事があってそのために休んでいる」
「そっか・・・分かりました。じゃあ、声掛けないで行きます」
「・・・くれぐれも気をつけていくんだぞ。モリジュも亡くなったところなのだから」
「・・・はい」
「フォエルゥ、行こう」
イングスはフォエルゥに声をかけた。
ト、トット・・・
フォエルゥが再び歩き出し、三人と距離が離れる。
「イングス様! 俺たち、湖の死体が誰か、確認しに、行ってきます!」
後ろになったキロンが、大声で叫んできた。
「え、何、だと?」
走り出していたフォエルゥの上で、イングスはバランスを崩しそうになって一瞬ヒヤっとしながらも、なんとか速度を落として振り返ろうとした。
止った時には、フォエルゥの速度のために、三人の姿は道のカーブの木立のために隠れて見えなくなっていた。
「・・・死体が誰か、だと・・・?」
キロンは一体何を言い出したのか。あの妙な表情は、これを言いたかったからか。言いだしにくかったからだ。
「死体が・・・」
いや、あれは老人の死体だった。決して商人の娘などではない。
そして、町ではモリジュのみが行方不明だ。
自分たちが把握していない人間が亡くなったというなら話は別だが、イシュデンで把握しない人がいるはずもない。
妙な気分に捕われた。
だが、キロンは一体どうしてしまったのだろうという気持ちの方が強かった。
木立に隠れて姿の見えない三人の子どもたちを思ってから、イングスはまた前を向いた。
「行こう、フォエルゥ」
町にモリジュの葬儀を正式に伝えなくてはならない。




