142.混乱
グィンは、町の外からやってきた。サリシュがイシュデンの自分のところに嫁ぐ際に、道中の護衛などのためにサリシュとともにローヌから来た者。
グィンはサリシュの父の仕事をしていた。
指示に沿い黙々と真面目に働いたため、父がサリシュの護衛という仕事をきちんとこなすと判断した。
そして、グィンも、ローヌに全く未練を感じなかった。イシュデンという辺鄙な土地に来て、故郷と切り離される事を何の問題にも思わなかった。家族との関わりが希薄な環境におり、周囲ともそうだったのだ。
だから、グィンはサリシュの護衛としてイシュデンに来た。
そして、イシュデンでグィンは初めて自分の家族を実感した。
居城の世話人として働いているマチルダと結婚し、元気なモリジュを義母と呼び、義弟もでき、娘メチルも授かった。
グィンはイシュデンに来て家族を知った。
それは自分を強く支える基盤だった。まるで植物にとっての根の様だった。大地に根付かせて養分を与える。
グィンにそう思わせた一人であり、家族となった一人・・・モリジュが、この世を去った。
***
「違う! 違うだろ! モリジュお婆ちゃんじゃない! 死体は別人だ、見たじゃないか、アルゲド!!」
同じ頃。イシュデンの町で、イシュデン領主の息子アトロスの学友の一人である、背の高い少年キロンが必死になって叫んでいた。
誰も聞き入れてくれない中で。
一方、どこか戸惑いながらけれど怒ったように、学友であり親友であるアルゲドが怒鳴ったキロンに対して告げた。
「キロン・・・お前、冗談でも言っていい事と悪いことがあるぞ」
周囲を取り囲むように数人いる大人たちまで、そろってキロンをたしなめた。
「キロン! そりゃモリジュ婆さんが亡くなるなんて信じられないけどな、だからってお前、現実から目をそらせてちゃいけねぇ」
「そうだよ、そんな事言ったって、余計悲しみが増すだけだ。モリジュお婆ちゃんが死んだわけじゃないなんて、そんな話するな・・・!」
「・・・湖で亡くなっているのを発見されたんだ。辛いことだが、起こってしまったんだ。キロン、もう子どもじゃないんだから、よく考えて落ち着くんだ」
「違う!」
キロンは叫んだ。頼りのアルゲドに詰め寄り、両肩を掴む。
が、アルゲドはそれを払った。
「落ち着け、お前おかしいぞ、キロン」
キロンは信じられない思いでアルゲドを見た。
「何を・・・。おかしいのは、そっちだ・・・」
アルゲドは辛そうに、言いにくそうに、だが、それでも言う必要があると思ったのだろう。言葉を迷う様子で、言った。
「・・・メチルが・・・泣いてるの見て、なんとかしたいって思ったんだろ? でもだからって、そんな話を作ろうとするなよな・・・」
キロンは目を見張った。動揺する。
信じられない。
アルゲドは、こう思っているのだ。
好きなメチルが祖母モリジュを思って泣いているのを、自分がなんとかしてやりたくなって、とっさに、湖の死体はモリジュじゃないなどと、嘘を言っていると・・・そんな酷い事を自分がしていると・・・思っているのだ。
信じられない。
言葉が震えた。
「アルゲド・・・お前・・・・昨日、俺と一緒に、石見の鏡に行っただろ?」
キロンの様子に、アルゲドも気まずそうに、けれど答える。
「あぁ、行った」
「俺たちが、死体を、見つけた、よな?」
「・・・」
アルゲドは眉を寄せた。答えない。
キロンは続けた。
「トルカと、ザティが、町に、大人を呼びに行って・・・俺たち、残った。大人たちが来て・・・舟出しててさ」
「あぁ」
「俺たち、そこで、モリジュお婆ちゃんを、見ただろ」
アルゲドの目が、じっと、キロンを見ていた。
「・・・順番が・・・逆だろ?」
とアルゲドが答えた。
「アルゲド! なんで! 忘れたのか? 舟出してるのを見てる時に、俺たち、モリジュお婆ちゃんが石見の塔に行くのを、見て、追いかけた! 追いつけなかった、出てこないから、塔の外で待って、そしたらルナード先生が迎えに来て、帰って・・・!!」
必死でアルゲドに訴える。
「なんでだよ! 死体見つけたほうが、先じゃないか!! 死体がモリジュお婆ちゃんなはずがないだろ、その後に見たんだから! モリジュお婆ちゃん、まだ塔にいるかもしれない、森で迷ってるかもしれない!!」
「キロン! 何言ってんだよ! お前いい加減にしろよ!」
アルゲドが、怒っていた。本当に、怒っている。
アルゲドは、自分が嘘をわめいていると思っている・・・。
どうして!!
「アルゲド!!」
どうして一緒に行動して一緒に見たのにそんな風に・・・!!
周囲の大人も、アルゲドと共に自分を責めている。その態度はいけない、改めろと。
キロンは呆然とした。なぜ。どうして。
なぜ皆信じない? なぜ皆、間違った事を正しいと思っている?
ちがうのに、順番が違うのに。
死体を見つけたほうが先だった、モリジュお婆ちゃんは死体を見つけた時には生きていた・・・今だって生きているに違いない! 死体が誰かは分からないが、モリジュお婆ちゃんじゃないことだけは間違いが無いのに!
アルゲドが自分をたしなめる。
「キロン、落ち着けよ。信じられないの分かるけどさ・・・」
アルゲドは続ける。友達として、心から。
「モリジュお婆ちゃん、亡くなったんだよ・・・」
現実を見ろと、アルゲドは言っている。
キロンは呆然とした。
自分は本当の事を話しているのに。全ての人が、一緒にそれを見たはずの親友さえ、それを否定する。
「キロン・・・?」
キロンはじっとアルゲドの瞳を見つめ返した。ただ純粋に自分を心配していると分かる。
アルゲド、一緒に、見ていたのに。
大人たちにも、話したのに。大人たちも聞いていたのに。
どうして、昨日の事が、今日、ひっくりかえってるんだ。どうして皆、違った事を言ってるんだ。
それとも、自分の方が狂っているのか・・・?




