【アンガーマネジメント】怒りの「本当の理由」を見抜く 1/5
ドゴォォォンッ!!
王都ギルド『暁の翼』の酒場スペースに、鼓膜を破るような爆発音が響き渡り、黒焦げになった木製テーブルの破片がパラパラと床に降り注いだ。
「ふざけるなッ! 俺の魔法が危険だと言うなら、勝手にしろ! お前らみたいな『出来損ない(できそこない)』のパーティーなんて、こっちから願い下げだ!!」
全身からシュウシュウと怒りの熱気を立ち昇らせているのは、赤髪の魔法使い・イグニス。
彼と向かい合っていた三人組の冒険者たちは、顔を引き攣らせて後ずさりした。
「ほ、ほら見ろ! そうやってすぐカッとなって魔法をぶっ放す! お前みたいな短気な奴とは、恐ろしくて一緒に冒険なんてしてられないんだよ!」
「そうだ! 今日のクエストだって、お前が勝手に大魔法を使って森ごと燃やそうとしたから、俺たちが巻き込まれそうになったんだぞ!」
「なんだと!? 俺が魔法を使わなきゃ、お前ら魔物に食われて死んでただろうが!!」
イグニスの右手に、再びボワッと赤い炎が灯る。
「ひぃぃっ! や、やめろ!」と叫び、三人組は転がるようにしてギルドから逃げ出していった。
残されたイグニスは、ギリッと奥歯を噛み締め、燃えかすになったテーブルを乱暴に蹴り飛ばした。
「……クソッ! どいつもこいつもうるせぇ! 俺は一人で十分だ!!」
イグニスは『焔の魔術師』と呼ばれるほど優秀な魔法の使い手だ。しかし、この「些細なことですぐに激高する」という気性の荒さが災いし、どのパーティーに入ってもすぐに衝突し、孤立してしまうのだった。
ギルドの職員たちも、火の粉が飛んでくるのを恐れて遠巻きに見ているだけだ。
そんな中、筆頭受付嬢のアリサは、よく冷えた水の入ったピッチャーとグラスを氷の魔法袋に乗せ、ズンズンとイグニスに歩み寄った。
「イグニスさん」
「……あぁ!? なんだアリサ、お前も俺に説教する気か! テーブルの代金なら払ってやるよ!!」
イグニスが血走った目で睨みつけるが、アリサは全く動じなかった。
ドンッ、と彼の目の前(かろうじて燃えていないテーブルの端)にグラスを置き、キンキンに冷えた水をなみなみと注ぐ。
「テーブルの代金は後でキッチリ請求します。でもその前に、とりあえずこれを飲んで座ってください。頭から煙が出ていますよ」
「……ッ」
イグニスは毒づきながらも、喉が渇いていたのかグラスを一気に煽り、ドカッと椅子に座り込んだ。
「あいつら……本当にムカつく。俺がせっかく助けてやったのに、感謝するどころか『危険だ』『短気だ』って文句ばかり言いやがって……!」
イグニスは空になったグラスを強く握りしめ、ギリギリと音を立てた。
彼の目には、自分を理解してくれない周囲への激しい『怒り』が燃え盛っている。
「イグニスさん。あなたは今、すごく怒っていますね」
「当たり前だろ! 誰だってあんな言いがかりをつけられたら腹が立つ!」
「ええ、怒るのは当然です。でも、イグニスさんはその『怒り』の正体が何なのか、考えたことはありますか?」
アリサは静かに問いかけ、いつもの手帳を取り出した。
そこには、海に浮かぶ巨大な『氷山』の絵が描かれていた。
「怒りの正体? なんだそりゃ。腹が立つから怒ってるだけだろ」
「いいえ。怒りという感情は、単なる『フタ』に過ぎないんです」
アリサは氷山の『海面から上に出ている部分』を指差した。
「人間の感情をこの氷山に例えると、目に見えて表に現れる『怒り』は、海面から突き出たほんの小さな一角(二次感情)でしかありません」
次にアリサは、海面の下に沈んでいる、見えない巨大な氷山の塊を丸で囲んだ。
「実は、怒りの下には必ず、目に見えない『本当の感情(一次感情)』が隠れているんです。例えば『悲しみ』『寂しさ』『不安』『恐怖』『困惑』といった、マイナスで弱々しい感情です」
「弱々しい感情……?」
イグニスは怪訝そうに眉をひそめた。
「はい。人間は、そういった弱い感情で心が傷つくのを防ぐために、無意識に『怒り』という攻撃的なフタをして、自分を守ろうとする生き物なんです。これを心理学で『怒りの氷山モデル』と呼びます」
アリサはイグニスの目を真っ直ぐに見据えた。
「イグニスさん。あなたがパーティーメンバーに怒鳴りつけた時。その燃え盛る怒りのフタの下には、一体どんな『本当の気持ち』が隠れていたんですか?」




